レティ - EXTRA 後編
宴が終わると、必ず後片付けというイベントがやってくる。
まあイベントと言うほど大それたことでもないのだが、これが割と億劫で、実際私自身あまり気分よく行えたという記憶はない。ただ、自分達で散らかしたものは自分達で片付ける。その程度のことは人としての常識であり、普段から子供達にも口うるさく言っていることなので、私がサボるわけにはいかない。子供達は大人を見て育つのだ。ましてや私は教師。皆のお手本となり、面倒なことほど率先して行うよう心掛けている。
しかしながら……人としての、いや人はほとんどいないが……いや、そう言う事じゃなくて。つまり、そんな常識的なことさえできない連中も中にはいるわけで、それどころか私の模範的な姿すら全く見ようとしない奴には後できついお仕置きを……。
「慧音さん。さっきから何を呟いているんですか?」
「うおっ!……な、何だ穣子か。いや、気にしないでくれ。……呟き健康法だ!」
突然視界にどんと入り込んできた穣子に少し驚く。年を重ねると、思っていることがつい口に出てしまう。悲し過ぎて涙が出そうだ……。
因みに呟き健康法など無い。変な人だと思われるだけなので良い子はマネしないように。
「へぇ~、そんな健康法があるんですか~。私も今度試してみようかな」
マネしないように!
「それにしても、いつも酔いつぶれちゃうのってずるいですよね。姉さんもそうだけど、後片付けの心配なんて一切しないんだから」
そう言いながら辺りを見回す穣子。つまり常識的なことも出来ない連中とはそのことだ。まあ、このメンバーが集まれば大体いつもこうなることは予想できる。静葉は何も考えずに飲みまくってつぶれるし、阿求様は例の如く自分で作った水たまりの上で眠りに就く(朝まで起きない)。花も恥じらう乙女とは程遠い姿である。これだったら私の方がよっぽど乙女に相応しい。……んっ?乙女にしては頭突きと拳骨の威力が高すぎるって?……放っておいてくれ!後、妖精達は基本的にイベント終了と共に帰ってしまう。妙にすばしっこいのでなかなか捕まえるのも難儀である。ただ大妖精だけはいつも手伝ってくれ、その時はチルノも一緒に片付けを行う。とは言っても、チルノは邪魔ばかりして文字通り邪魔なだけだが。今日は色々あって疲れたみたいなので、今は桜の木に二人寄り添って小さな寝息をたてている。起こそうとは思わない。二人は本当によく頑張ったのだから、今日は特別だ。続いてミスティアだが、彼女は何故かこの時間帯になると歌い出す。つまり、チルノ以上に邪魔である。今日は大量に摂取した睡眠薬のおかげで、未だにリグル共々夢の中をさまよっている。一石二鳥とは正にこのことだ。因みにリグルは、いつも悪友(チルノ・ミスティア等)にそそのかされて邪魔をする方にまわってしまう。とりあえず、確実に後片付けを手伝ってくれるのは穣子とルーミアぐらいである。尤も今日ルーミアは不参加ではあるが……。
「穣子は、酒を飲もうとは思わないのか?」
「う~ん、これでも少しは飲んでますよ。……お酒は嫌いじゃないけど、あまり飲み過ぎると姉さんみたいになっちゃうから」
「ふふふ……姉の様にはなりたくないか」
「っていうか、今まで散々酔っ払った姉さんに絡まれてきたから。……あの質の悪さったら本当にどうしようもなくて……もし、知らないうちにチルノちゃんに絡んだりして嫌われたら嫌だもん」
「穣子は、酒が無くてもチルノには絡んでいると思うのだが……それに、穣子は絡まれ続けても静葉を嫌いになったことは」
「無いよっ!私、基本的に姉さんのこと大好きだから!」
穣子は爽やかに微笑んだ。
豊穣神である穣子。彼女が人間の里で暮らすようになってもう半年になる。真面目すぎたせいか、当初は姉の静葉と違って人間と気軽に接することが出来なかったが、もうその面影はない。日を追うごとに快活さは増し、チルノ好きに拍車が掛かり、仲良し姉妹のイメージが定着し、若干暴走することを除けば普通の女の子と変わらない。これこそが穣子本来の姿だったのだと、今となってはそれを疑う住人はいない。
ただ、穣子本来の姿が、神として本来あるべき姿だとは思わない。人々に信仰されてこその神であり、信仰の無い神など、それが神と呼べるのかどうかも怪しいものだ。豊穣神とは、人間にとってはある意味一番近く、一番関わりの深い神。里の者たちも、以前は例外なく彼女を信仰していた。それが結果的に、穣子にとっての重荷になっていたのは事実だが、神としてこれ以上幸福なことはないと思う。信仰が欲しくて躍起になっている神など、この幻想郷には五万といる。
仲間、友人、家族……確かに、他に代えがたいことではある。しかし、それらは信仰とは程遠い関係で、他の神々からしてみれば、これ以上愚かな話は無い。自分の存在を人間の位置まで下げて、人間と一緒に暮らすことなど普通ならまず有り得ないことだ。
しかし、私は今のままの穣子で構わないと思っている。本来あるべき姿とは確かに違うが、誰しもが本来あるべき姿でいる必要はないのだ。神だからと言って、いつも神らしく振る舞う必要はない。元々幻想郷は型破りな世界。神らしくない神がいたって、私は全然構わないと思う。
ただ、穣子は自分が神であることを捨てたわけではない。決してそんなことはない。彼女は自分が神であることを心から認めている。
一番大切なのは、自分らしくあること。
「どうしたの慧音さん?……私、変な顔してたかな?」
「ん、いや。とてもいい表情をしてると思うぞ」
私がそう言うと、穣子は照れくさそうに頬を赤らめはにかんだ。
こんな表情ができるのなら、私から言うことは初めから何もない。
「お~い穣子ちゃん。こっちの片付けも手伝ってくれ~」
「はいは~い、今行っきま~っす!……じゃあ慧音さん、また後でね」
「ああ」
別グループの片付けに呼ばれた穣子は、全力で駆けて行った。
全く、自分達で散らかしたくせに、穣子に手伝わせるとは何事だ!
まあ、当の穣子は嫌がってないようだし、それだけ穣子が人気者だという表れか。片付けを口実に、色々と話したいこともあるのだろう。
「……うぅ」
私は、誰も呼んでくれない……寂しくなんかないぞ!ちょっとばかし悲しいだけだ!
「慧音、こんにちはなのか~」
「んっ」
突然背後から声を掛けられる。この声(口調)はルーミアか。
「今くらいの時間になると、むしろこんばんはだな」
振り返ると予想通り、両腕を広げた例のポーズでルーミアが立っていた。
「そーなのかー」
「こんばんはルーミア」
「こんばんはなのかー」
ルーミアは、花見には参加していなかった。本来であれば、好きなだけただ飯が食えるイベントを彼女が欠席することは考えられないのだが、今回は特別な事情があったのだ。
「花見はもう終わってしまったが、料理はまだ少し残っているぞ。食べるか?」
「ううん。お腹はいっぱいなのか……」
少し疲れ気味で、少し落ち込んだ様にルーミアは答えた。彼女のいいところは持ち前の明るさと笑顔なのだが、今はそれが翳りを見せている。いや、頑張って明るく振る舞おうとしているのは分かるのだが、いつもの彼女を知っている私としては、ルーミアらしくないと言うしかない。
私は、彼女が元気のない理由を知っているし、それが花見に参加できなかった事情そのものだということも知っている。
「あのね慧音。……千穂、また今日も笑わなかった」
「そうか……」
千穂はルーミアの親友で、そして私の教え子でもある。元々は祖母と二人暮らしだったのだが、数日前に祖母が他界し、それ以来彼女はずっと落ち込み続けている。両親を早くに失ったこともあってか、祖母のことが大好きで、所謂おばあちゃんっ子だった千穂。その分、ショックも大きかったのだろう。当たり前のように、いつもそこに居てくれた人が居なくなる。私は幾度となく経験してきたことだが、それは、まだ十歳そこそこの少女にとっては重すぎる現実。
私が側で支えてやらねばならないのかもしれない。……恐らく、ルーミアが居なければそうしていたと思う。ルーミアは、千穂にとって一番の親友であり、千穂のことを誰よりも大切に想っている。悔しいが、今千穂が一番側に居てほしいと感じているのは間違いなく彼女なのだ。
ルーミアが側に居るだけでも千穂は相当救われているはずだ。それはルーミアも分かっているはずだし、だからこそ彼女はそれを選んだ。しかし、ルーミアの願いは一日でも早く、千穂に本来の元気さを取り戻してもらうこと。それは、当然私も望んでいることであり、その為には私も、私なりの方法で力になると宣言した。そもそもお節介な私だ……可愛い教え子のことを放っておけるわけがない。
ルーミアもそんな私の気持ちを察してか、一日に一度は相談に来てくれる。
「ねぇ、慧音はどうするのが一番いいことだと思う?このままで、本当に千穂は元気になるのかな?一日でも早く千穂が元気になる為に、私には何ができるのかな?」
「ルーミアの想いはずっと千穂に伝わっているはずだから、いつか千穂に笑顔が戻る日が来るよ。……ただ、少し時間が掛かるかもしれない。何か切っ掛けがあればよいのだがな」
「きっかけ?」
「……私に一つ提案がある」
「てーあん?聞かせてなのかっ!」
ルーミアに相談されてからずっと考えていたことだ。
「千穂に孤児院を勧めてみてはどうだろうか?」
そう、ずっと考えていたことなのだ。
「こじいん?……って何なのか?」
ルーミアは首を傾げた。まあ、知らないのも無理はない。
「孤児院というのは、何らかの理由で早くに親を亡くした子供達が一緒に暮らす施設だ」
「暮らす?……ずっと一緒に?」
「ああ、ずっと一緒だ。孤児院の院長である明里は私の元教え子で、今は良き友人だ。月に何度かは出向いて茶を御馳走になっている。非常に心豊かで優しい女性だ。そして何より、私と里一番を競うほどの美人だ!」
「……」
……。
…………。
「まあ今のは聞かなかったことにしてくれ。……とにかく、昨日明里に事情を話したら、いつでもおいでと言ってくれた。……どうだろうか?」
ルーミアは「う~ん」と、困ったように表情を曇らす。
彼女にとって、ある程度納得いかないことがあるのも分かっている。ただ、私のしてやれることではそれが最善だと考えたのだ。
「……でもあの家は、千穂にとっておばあちゃんとの想い出がいっぱい詰まった大切な場所なんだよ。私にもそんな場所があるから分かるけど、大切な場所を離れるのはとてもつらいことだよ!」
ルーミアの言ったことは正しい。ある意味当たり前のことかもしれないが、それでもとても人間的で、千穂のことを何より大切にしたい気持ちが伝わってくる。それに、口にこそしなかったが「千穂には私が居る」って、本当はそう言いたかったのだと思う。ただ、千穂を元気に、笑顔にしてあげられない自分がもどかしくて、なかなか自信を持って言えなかったのだろう。
「確かにルーミアの言う通りだ。しかし、想い出は無くなるものではないだろう?家を取り壊すわけでもないし、またいずれ帰ってくればいい。それに、今の千穂にとって一番つらいのは、そんな想い出のたくさん詰まった家で暮らすことなのだと思う。……こんなことは言いたくないが、一度あの家を離れることも必要だと私は思う」
「それは、千穂におばあちゃんのことを忘れろってことなのか?」
「そうではない。そもそもそれは不可能なことだろう。だから、想い出ごと家に置いて行けとは言わない。想い出も一緒に連れて行ってもいい。ただ、環境が変われば気持ちも変わるかもしれない。いつも側で戻ることのない想い出を感じて、その度に悲しい気持ちになるくらいなら、いつも側に居るのは支えてくれる家族の方がいいに決まっている」
私がそう言うと、ルーミアは何かを思い出したかの様に「あっ」と小声を発した。
「家族……千穂に家族ができるのか?」
「私は、孤児院とはそういう場所だと思っている。同じ屋根の下で暮らして、同じ釜の飯を食べて、元気良く一緒に遊んで。ケンカすることもあるけど、心の中では早く謝って仲直りしたいってずっと考えている。本当の兄や姉の様に慕って、時には目一杯甘えてみたりして。本当の弟や妹の様に可愛がって、時には精一杯意地を張ってみせる。喜びや楽しみ、悲しみさえも一緒に分かち合って、常にお互いのことを心から大切に想っている。血の繋がりが全てじゃない。家族ってそういうものだろ?」
「……うん。私もそう思う、のか~」
ルーミアは小さく頷いた。
「実はと言うと、明里も幼少の頃に両親を亡くした孤児だった。私も色々と気に掛けたのだが、やはり今の千穂の様に長く落ち込んでいる時期が続いた。無理もないことだ。幼い子供にとっては、突然世界に一人取り残されたような感覚になってしまうのだろうな。だからそんな彼女にとって、孤児院の皆がどれだけ救いになったか。……明里が以前言っていたよ。ここで暮らす皆は、理由は違えど大切な人を失う悲しさと、独りぼっちになる寂しさを経験している。だからこそ家族の大切さを知っているし、新しい家族ができるってどういうことなのかよく理解している。私は一番つらい時、言葉では言い尽くせないくらいたくさん皆に助けてもらった。今は亡き先代の院長先生、私にとって二人目のお母さんの後を継いだのも、その恩返しをするため。私が皆のお母さんになって、常に孤児院が楽しく、幸福の詰まった場所としてずっと守っていく為。そう決めた!……今の自分があるのは、この孤児院と、たくさんの家族が居てくれたおかげ、と」
私に対してそう決意を口にした明里はとても逞しく、そしてとても頼もしく見えた。あの泣き虫だった明里が……子供はいつまでも子供というわけではない。私よりも、ずっと大人びた表情で口を結んだ彼女を見てつくづくそう思った。
「明里さんって、とても優しくて温かい人なんだね」
「私にとって自慢の教え子だ!」
というより教え子は皆、私にとっての自慢だ!
「まあ、子供達の母親になるのはいいが、早く父親になってくれる人も見つけないと、とも言っていたけどな」
「慧音も他人事じゃないね!」
「うっ、言うようになったなルーミア。……くっ、それにしたって明里はそんな心配いらないだろう。美人で気立てが良くて優しかったらいい男なんてすぐに……って言うか里の男共め!私に会うたびに明里ちゃんってどんな男が好み?とか、明里ちゃんって今付き合ってる人いるのかな?とか……自分で聞けよ!頭突くぞコラッ!ブツブツ……」
「わわわっ、何だかお月さん真ん円じゃないのに角が生えてきそうなのかー!ごめんなさいなのか~」
いかんいかん。
「いや、まあその……すまん。一瞬我を失っていた。それよりルーミアは、今気になっている男子とかいないのか?もしいたら、人妖問わず早めに唾を付けておいた方がいいぞ。私みたいになりたくなければな!はっはっは~!」
ああもう何かやけくそだ!
「う、う~ん。私にはまだちょっとだけ早い話なのか~?……でも、慧音は素敵だよ。私、慧音の色んなところに憧れてるもん!」
「ルーミアは本当にいい子だな。もしいつか母親になるとすれば、ルーミアみたいな娘が欲しいよ」
「えへへ~!わは~」
私が言ったことが少し照れくさかったのか、ルーミアはほんのりと頬を赤らめて笑う。
「いつものルーミアが少し戻ってきたな!」
「うん。私が暗く落ち込んでちゃ、千穂を元気にしてあげることなんてできないもんね!……私、千穂に孤児院のこと話してみる。……でも~、私まだ孤児院のことあまり知らないから……」
「ふふっ、私も一緒に行くよ」
「ありがとなのか慧音っ!」
恐らく、千穂はすぐにあの家を離れようとはしないだろう。ルーミアもそう思ったからこそ私に一緒に来てほしかったのだろう。
分かっている。少々強引にでも説得しなければならない。……だからこそ私が行く必要がある。少々の悪役ならば、ルーミアではなく私が引き受けるべきだと思うのだ。
教え子のことを気に掛けない先生はいない。私は、また千穂が寺子屋で勉強する姿が見たい。つまらないつまらないと言われている私の授業を真剣に聞いて、分らないことがあったら手を上げて質問を投げ掛けて来る。そんな千穂の姿。
教室の中に、常に空席があるというのは……思っていた以上につらいこと。つまらないと言われてもいい、私は常に皆揃った教室で授業を行いたいのだ。
「だがこれだけは言っておく」
「ほえっ?」
「千穂は大切な人を失ったが、それから今日まで独りぼっちではなかった。彼女にはルーミアが居たからな。……一番傷付いて、一番つらい時にルーミアは千穂のことを支えてあげられている。一生懸命になって。親友を元気付ける為、勇気付ける為に。そんなルーミアの気持ちは、絶対千穂に伝わっている。ただ今は、まだ心が落ち込んでいるから笑えないだけ。気持ちの整理もついていないのだと思う」
「うん。……千穂は笑ってくれないけど、それでも私に対して「ありがとう。ありがとう」って何度もお礼を言ってくれる。涙を流しながら、何度も何度もお礼を言ってくれる。何だか私が泣かせちゃったみたいだけど、ちゃんと知ってるから。私も、同じだったから。……ありがとうの涙は悲しい涙じゃなくてきっと嬉しい涙だと思うから。だから私は、少しでも千穂の支えになってあげられてるんだって、そう思ってる。……そう思ってもいいんだよね」
「ああ、構わないと思う。以前、ルーミアが千穂のことを必要としたように、今千穂にとってルーミアは、絶対に必要な存在なのだと思うぞ。それは、例え新しい家族ができたとしてもずっと変わらない」
もしくは、家族以上の特別な存在。特別な関係と言っても決して間違いではないだろう。
「慧音も優しいね。ちゃんと私の気持ちも考えてくれてる。……うん、私頑張るのか。私は千穂の大親友だもん。家族にしかしてあげられないことがあるみたいに、親友にしかしてあげられないことだっていくらでもあるんだから!……でも、今はやっぱり千穂を笑顔にしてあげたい。だから、私は千穂に新しい家族ができるのは大賛成!……千穂の笑顔が、私は大好きだから。わは~」
「よしっ!完全にいつものルーミアに戻ったな!」
「うんっ!……そう言えばお腹空いたのか~、残ったお料理もらってもいい?千穂の分も~」
「ふふふっ、こんなこともあろうかとまとめておいたから好きなだけ持って行ってもいいぞ!」
むしろ残っていたのは……ううっ。皆で持ち寄ったはずなのだが、阿求様や秋姉妹の料理はほぼ完売。ああ、何だかまた悲しくなってきた。自分で作った料理を自分で持って帰るなんて寂し過ぎると思っていたところだ!予定通りと言えば予定通りなのだが……ルーミア許せ、千穂も。先生はどうやらお米やお味噌、その他諸々の食材に嫌われているみたいなのだ!(言い訳)
「やったー!ありがとなのか~!おっ、あれがそうなのか、美味しそうなのか~!」
残った料理(私の料理)に飛び付くルーミア。持って帰って千穂と一緒に食べるつもりなのか、いきなりがっつきはしなかった。
因みに「私の料理」ではなく「ほぼ私の料理」だから、その辺誤解の無いよう訂正しておく。
「でも、あれ~?何かこのおにぎり形が変なのか~。あっちの卵焼きは色が変。これも、これも……あれもなのか~。……も、もしかして、今日のお花見の料理は慧音が全部一人で作ったのかー!すごいのかー!」
「うぐっ!……ま、まあ、そんなところだ」
地味に傷付く心。しかし、訂正するのも情けない話。いや、残ってしまった私の料理を食べてくれるのだから、ルーミアと千穂にはむしろ感謝しなければならないのかもしれない。
……。
…………料理の上手な旦那、募集中だ!
「慧音、それじゃあこれ全部貰って行くね~」
ルーミアはそう言うと、おおよそ二人分とは思えないほどの料理がぎっしり詰まった弁当箱や皿を、器用に積み上げて軽々と持ち上げた。千穂が1としたら、ルーミアは恐らく10以上あるだろう。
「ああ、美味しく食べてやってくれ!」
「うん。見た目はちょっと変だけど、どれも美味しそうなのか~」
高級料理も雑草も、結局お腹の中に入っちゃえば同じとかどうとか、確かルーミアは言っていたような気がする。腹の中に入っても、腹持ちの面でかなり差が出そうだが、そういうことはとりあえず置いておくとしよう。つまり、私の料理はルーミアにとって高級料亭の高級食材をふんだんに盛り込んだ高級料理にも匹敵するのだ!隣に雑草が肩を並べているのが少々気掛かりだが、まあこの際無視だ!
更に、私の作る料理には真心が籠っているから一歩リードか!
……。
…………自分で自分を慰めるの、もうそろそろやめにしようかな……。すごく寂しくて、悲しくて、虚しくて、わびしい気持ちになってくるの。冗談抜きで。
料理を抱えたルーミアはふわふわと飛翔しながら、これまた器用に料理を落とさないように、千穂の家がある方角へ向かって飛んで行った。
「全く、チルノも大ちゃんもルーミアも、友達の為に頑張り過ぎだ……ふっ、妖精も妖怪も、そして勿論人間も、友のことを想う気持ちは変わらない。私は、最近になってようやくそのことに気付いた。この約1週間、友達の為に頑張るあの子達を見ていてとても優しい気持ちになれた。……ありがとう」
なぜだか、お礼が言いたくなったのだ。
「ふぁ~~ぁ。……はれっ?ここどこ~?」
と、ルーミアの姿が確認できなくなったところでチルノが目を覚ましたようだ。相変わらず、寝起き第一声はバカっぽい。……らしいけど。
因みに、大妖精は隣で気持ちよさそうにまだ眠っている。
「あっ、慧音~。おはよう」
「今は夕方だぞ」
私がそう言うと、チルノは辺りを二度三度見回した。
「あれっ、すごく片付いてる……ルーミア来た?」
「おっ、起きていたのか?」
「ううん。だって、慧音が作った料理が全部なくなってるから。あれをあんなに一杯食べられるのってルーミアくらいしかあたい知らないし」
ぐっ!
「ち、チルノにしては鋭いじゃないか。……当たってるぞ」
私はまたしても軽く傷付いたが、もうこれ以上傷が深くなることはないので安心だ!
……料理が上手な旦那、再度募集中だ!
「何だか、今あたいは絶好調な感じなんだよね!」
「不安要素も一つ消えたことだしな」
「うんっ!慧音のおかげだよっ!」
チルノは明るい表情で微笑んだ。そして、満開の桜木を見上げた。
「早く、冬来ないかな~」
「……おいおい、春はまだ始まったばかりだぞ」
「そっか!……ねえ慧音」
「ん?」
「大ちゃんがあたいに桜が咲いたよって伝えに来た時、あたい素直に喜べなかったでしょ。あれ、もちろんレティの気持ちが分からなかったから、余計なことかもしれないって思ったこともあったんだけど、あたいはもう一つあったんだ」
「もう一つ?」
「あたいレティにひどいこと言っちゃったんだ。レティの目標を、ただのわがままって……あたい、その前は嬉しかったの。レティは、あまり自分のことあたい達に話さないから、お花見をするのが目標だって話してくれた時はすごく嬉しかった。レティのこと一つ知れて、絶対叶えてあげたいって思った。だから私も大ちゃんも、どうすればいいのかなって考えてみた……」
「うん」
「でも、レティはちょっとダメだっただけですぐに諦めみたいなことを言い出したから……だから、怒っちゃったんだ。バカなのは、レティのこと何も分かってなかったのはあたいの方だったのに。レティの本当の気持ちを聞いて分かった。色々つらいことがあって、たくさん悲しいことがあって、色んな想いで春を迎えて、色んな想いで冬が来るのを待っていたっていうのに。そんな気持ちに全く気付けずに、ひどいことだけ言っちゃった。なのに、レティは全然怒ってなくて、それどころかこんなあたいのことを、もっと好きになったって。怒ってくれて嬉しかったよって……言ってくれた。あたい……それが滅茶苦茶嬉しかった」
チルノは少しだけ瞳を潤ませながら、それでもかつて見たことがないような満面の笑顔で言った。
「あたい、レティのことがもっともっと好きになったよ」
これでレティ編は本当に完結です。
誰かの為に一生懸命になるのはいいですけど、自分ことも大事にしてください。
慧音先生みたいに、働き過ぎにも注意ですな~。
それにしても、11話更新するのに約9カ月も掛かるとは……完成度もさることながら、もう少し精進します。
次回からはようやく次キャラに移りますが、割と書き溜めているのであまり不定期更新にならないよう心掛けます。
因みに、別に隠すようなことではないので宣言します。こまっちゃんこと小野塚小町の話です。
死神です。死の神だなんて、もう響きだけで既にカッコいいですよね。
もしよろしければ、引き続き読んで頂ければ幸いです。