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東方連小話  作者: 北見哲平
秋穣子 〜 収穫の季節と豊穣神
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秋穣子 - その5

「断る! どうして私がそんなことに手を貸さなきゃいけないわけ?」

 人間の里から飛んで約2時間。幻想郷の最東端であり、外界との境界。私はすがる思いでここ「博麗神社」までやってきた。

「お願いします霊夢。貴方の結界術があれば、嵐から里の作物をきっと守ってあげられる」

「いやよ、疲れるし」

 私の必死の懇願はあっさりと断られる。

 目の前の少女は博麗霊夢はくれいれいむ。ここ、博麗神社の巫女であり、強い力を持つ人間。以前に一度、ちょっとした理由で彼女に挑んで軽く返り討ちになったことがある。

「大体、私の結界はいつも攻撃にしか使っていないから守りには不向きなのよね。封魔陣も二重結界も、いつも相手に向かって全力でぶつけてるから。……あっ、そうね~。魔理沙に頼んでみたら? あいつだったらマスタースパークで嵐なんか吹っ飛ばしてくれるんじゃない?」

「ふざけないでっ! 私は真剣なんだから」

 私は、霊夢にとても面倒な頼みごとをしている。それは分かっているんだけど、彼女のあまりにも素っ気ない態度に、ついつい大きな声を上げてしまった。

「別に、ふざけてるわけじゃないわ。むしろふざけてるのはあんたの方でしょ。お土産もお賽銭も無しで、厄介な話を持ってきていきなり助けてくれって。私は、そんな一方的な話を受ける程、あんたと仲良くなった覚えはないわよ。まあ、誰が頼んで来たって結局は同じことだけどね。しかも、折角の神様の力にあやかろうと思っても、あんた豊穣神だし。残念ながら、私は家庭菜園を始める気は無いのよね」

 相変わらず素っ気ない霊夢。無理なお願いだってことは分かっている。彼女がそう簡単に、他人のために動く人間じゃないってことも聞いている。……でも、

「私、何でもしますから。収穫祭でいただいた野菜を持ってきますから。姉さんから貰ったお小遣いもお賽銭として奉納しますから」

 どんなに惨めでも、無様でも構わない。霊夢はそんな私の本性など既に知っている。余裕などない。ある筈がない。私は、いつだって必死なんだ。

「あら、思いの外好条件がかえって来たわね。っていうか、神様もお金が必要なのね。しかも静葉が管理してお小遣い制だし。う〜ん……でも、やっぱり面倒だからやだ」

「どうしてっ!」

「だから、面倒だからって言ってるじゃない。それに、何であんたがそこまでする必要があるわけ? 作物を嵐から守るなんて、豊穣神のすることじゃないでしょ? 放っておけば? 別に作物全部がダメになるってわけでもないんだし」

「確かに、そうかも知れないけど。でも……」


 ……でも、


「でも何? あんたは嵐から作物を守って何がしたいわけ? 自分は神様で、常に人間を守っているってことを誇示したいわけ?」

 ……違う。

「それだったらお笑いね。人間の里を守る為に、人間である私を頼ってくるなんて随分情けない神様じゃない」

 ……うるさい!

「私はあんたと一度勝負しているから、あんたの力はよく知っている。確かにあんなに弱くちゃ、誰かに頼らないとどうしようもないかもね。ああ成程、つまりそう言うことなのね。あんたは神様の威厳を守りたい。でも、私に対してはそんなもの守る必要がないから……だから私に頼りに来たってことか」

 うるさいうるさい!

「諦めてしまえばいいじゃない。そうすれば、もっと楽になるんじゃない? 逃げてしまえばいい。あんたにとってはそれが分相応ね。いくら背伸びしたって見苦し」

「うるさい博麗霊夢っ! 貴方なんかに、貴方なんかに何が分かるの!? どうして人間の為にそこまでするかって? そんなの、人間のことが好きだからに決まっているじゃない! ……でも、私が望んでいたのはこんな関係じゃなかった。毎年毎年、まるで私が一人で作物を育てたみたいにお礼を言われて、それで、来年もお願いしますって皆から頼まれて。期待されて。……それで私は、毎年秋になるとそれに応えることばかり考えてる。少し無理をしてでも、豊作にしなきゃって……。でもそれは、明らかに対等な付き合いじゃない。私は、私は人間ともっと自然に付き合いたかった。共に喜び合って、共に悲しみ合って、共に困難に立ち向かっていける。どんな苦楽も一緒に共有して、いつも身近にいられる関係。以前は、ずっとそんな関係になれるって信じてた。でも、いつの間にかこうなって、気が付けばもう元に戻らなくなってた。私が皆に喜んでもらいたくて、里に豊作をもたらしてしまったせい? ……でも、きっとそうじゃない。結局のところ、私が神だという事実が存在する限り、同じことになってたよ。私は、こんな中途半端な力を持って神として生まれてくるくらいなら、人間に生まれたかった。貴方みたいに強い力を持っていて、強い心を持っている人間には分からない。人間と関わった時から人間に依存して、いつの間にか逆に依存される存在になっていた。でも、こうなってしまった今、私にとってはそれだけが自分の存在意義だから。人間に捨てられると、私はもう幻想郷にはいられない。大好きな人間達に嫌われて生きていける程、私は強い神じゃない」

 霊夢に言いたいことを思いっきり吐き出した私は、それ以上もう何も言えずに黙って俯いた。頬を伝った涙が、重力に耐え切れず地面を濡らした。

 ずっと泣いていなかったのに……。



 …………。


 その後、暫くの沈黙が続いた。

 それが1分だったのか、5分10分だったのか、私の体内時計は感情と共に大きく狂いが生じていた。

「上出来ね。……穣子、顔を上げなさい」

「!?」

 私は、言われたとおり黙って顔を上げる。今の私は、一体霊夢にはどのように映っているのだろうか? ……神様らしからぬ、情けない表情をしているだろうか?

「確かに、私にはあんたの考えていることなんて何も分からなかった。でも、今なら少しは分かる。ちゃんと話してくれたからね」

「霊夢」

「聞いてみれば、あんたがこんなになっちゃったのには、人間側の問題も少なからずあるみたいね。私も人間だからなんとなくわかるけど、確かに人間は神様に弱いみたい。特に、あんたみたいな優しい神様には頼りたくなるものなのよ。それが、例え信仰と呼べるかどうかも分からない危なっかしいものだったとしてもね。……分かったわ。今回は特別に協力してあげる」

「本当に?」

 私は、今にも消えてしまいそうな声で確認する。

「ええ。美味しいお野菜を届けてくれるんでしょ? 最近は雑草ばかり食べているから、ちょっとそこには魅力を感じていたのよ」

「……ありがとう」

「でも、私は直接手を下さない。疲れるのは嫌だからね」

「それじゃ、どうやって?」

「あんたに、結界の使い方を教えてあげるって言ってんの」

「えっ!」

 私が、博麗の技を……でも、そんなこと出来るわけが、

「ほらまた、自信のなさそうな顔をする。別に、博麗の技をそのままコピーしろって言ってるんじゃない。結界なんて、センスがあれば別に私じゃなくても使えるんだから、自分なりにアレンジすればいい。新しいスペルカードを作る時と同じ。でもまあ、時間が無いわけだから、会得できるかどうかはあんた次第だけど。……どう? やってみる?」


 結界。私にそれが使えるようになるかなんて、やったことがないから分からない。でも、これでもしかしたら、私自身の力で作物達を嵐から守ってあげられるかもしれない。

「やる! 本当に時間がないから、すぐに始めて」

 ここまで来るのに約2時間かかったってことは、帰りも当然約2時間かかる。今から帰っても、恐らく日没までには間に合わない。嵐がいつ頃来るのかは、はっきりと分かっていないから、今は一分一秒無駄にできない。

「分かったわ。でも、その前に一つだけ聞かせて」

 霊夢の方から私に質問。……何だろう?

「あんたは結界術を覚えて、嵐から無事に作物を守り抜いた。でも、もしそうなると、また人間は勘違いをするかもしれない。穣子がいれば、嵐が来ても作物を守ってもらえるって。……それでもいいの?」

「いいわけは、ないと思うけど。でも、結局私は作物を守らなければならないの」

「どうして?」

「私、人間が大好きだけど。豊かに稔る作物達も大好きだった」

「……上等ね」


 私は先程、霊夢の前で確かに泣いた。本当のところ、あまりに必死で、彼女に向かって何を言ったのか、詳しくは覚えていないのだけど。……まだ乾ききっていない涙がその証拠。


 でもその涙は、私に何か大切なことを教えてくれた。

 そんな気がした。

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