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東方連小話  作者: 北見哲平
レティ・ホワイトロック 〜 季節の檻
49/67

レティ - その8

「今から1週間程前だったか、里でちょっとした珍事が起こったんだ」

「珍事?」

 何となく自然に聞き返した私。それを見た慧音は顔を綻ばせ、人差し指を下に向けて自分達の座っている場所を指差した。

「場所はここだ。里の若者がそれを伝えに来た時、私は寺子屋の仕事で忙しかったのだが、何か良くないことが起こる前兆かもしれないなどと、そんな根拠のない説得までされて仕方なく……里の皆が私に嘘をつくとは思えなかったが、正直ここに来るまでは半信半疑だったよ。因みに、寺子屋と言うのは子供達が勉強する所で、私は教師をしている」

 慧音は相変わらず嬉しそうに見えた。何がそんなに嬉しいのか私には皆目見当もつかないが、今はとにかくこの子達が、チルノと大妖精が私の為に何をしてくれたのか、それだけが気になった。

「それで、実際何があったの?」

 私は少し急かすように聞いた。

「ふふふ……。私が到着すると、ここにはチルノと大ちゃんが声を掛けた妖精達が大勢集まっていた。10や20どころではないぞ。100?……いやいやもっとだ。……数1000は居ただろうな。とにかく、目ではとても数え切れない程の数だった。チルノも大ちゃんも、妖精の中ではなかなかリーダー性を持っているみたいじゃないか。正直、大したものだと思ったよ」

 うんうんと、一人感心した様に腕を組んで頷く慧音。どことなく焦らされているような感覚だった。彼女は、まだ肝心なところを話していない。リーダー性があるかどうかは別として、二人が人気者なのは知っている。妖精だけじゃない。妖怪だって人間だって……バカなくせに、元気があって可愛かったら皆好きになるに決まっている。

 でも、今私が知りたいのはそんなことじゃなくて!

「私が知りたいのはっ!」

「レティは、どうしてチルノと大ちゃんが妖精達を集めたのか。それをまず考えないのか?」

「……えっ?」

 なっ、何を言って……、

「レティが二人に言ったんだろ?桜は暖かくなったら咲くって。……だから妖精達は、力を合わせて桜の木を温めていたんだ。桜の幹に、枝に必死でしがみ付いて。一生懸命になって、まるで自分の卵を温める親鳥のように」

「……あ」

 言った。確かに私は彼女達に……。

「もしろ、桜は暖かくなったら咲くんだ」

 そう言った。

 でも、それにしたって……いくらなんでもそれは、


「バカ。本当にバカだよ」


 私は、思ったことをそのまま口にした。

 でも、別に彼女達を貶しているわけじゃない。ただ……、

「ああ、バカだな!」

「慧音?」

 私が自分の気持ちを確認する間もなく、慧音はあまりにもあっさりと、あまりにも爽やかにそれを肯定した。

「ん、どうした?」

「……うっ」

 そのあまりの爽やかさに、そのあまりの眩しさに私は一瞬見惚れてしまう。別に否定してほしかったわけではないし、そもそもチルノ達のことをバカだと先に言ったのは私だけど、慧音のどこか私の心を見透かしたような表情を見ると、返す言葉が見つからなかった。……彼女には、チルノ達とはまた違った魅力がある。


「すぅすぅ……」

「スースー……」


 ……寝息?


 気恥ずかしくなった私を救ってくれたのは、やはりチルノと大妖精だった。

 ふっ、相変わらず上手な寝息を立てるもんだ。


 そのあまりの可愛さと愛おしさを、至近距離から一身でまともに食らった私は、今度は照れくさくなってはにかむ。

 

 慧音は、そんな私の反応を楽しんでいるかのように破顔一笑し、そして続けた。

「確かにチルノも大ちゃんも生粋のバカかもしれない。特に、チルノに関しては無類飛び切りの大バカ娘だ。……でも、今回この子達を見ていて気付いたよ。……ここまで真っ直ぐで、ここまで一途で、こんなにも一生懸命友達のことを想ってあげられる子もいないって。私は教師という仕事上、これまでに大勢の子供達を見てきたが、チルノや大妖精ほど純真無垢で、更に子供の心を持ち合わせた子供はいなかった。自分の教え子でないことか悔しくなるくらい、いい子達だと私は思うぞ!」

「……うん。そんなことくらい、ずっと前から知ってるよ。でも……」

 知っている。いや、知っていたはずだ。

 ……でも、今私がこんな気持ちになっているのは、本当の意味で彼女達を理解していなかったということかも知れない。

「それでも、この子達がバカなことには変わりないよ」

 私は、穏やかに表情を崩して言ってやった。

「それはそうだ。しかし、何だかんだ言っても今年は桜の開花が例年より数週間早いらしい。……偶然だと思うか?」

 ……偶然?


「……そんなこと言うやつがいたら、私がぶん殴ってやるからね」

 私がそう言うと、慧音は「くっ」と微笑を浮かべて言った。

「お~、怖い怖い。私も殴られないように言葉には気を付けないとな……因みに、今年の冬は例年に比べて暖かかった。多分その要素が加わったのが幸運だったのだと私は分析している、のだが……」

 それは、私も肌で感じて分かっていたことだ。……でも、

「それでも、偶然だったなんて言う奴は許さないからね!」

 拳をギュッと握りしめた私は、ちょっとだけ妹を誇らしく思う、姉になった気分だった。



 私の言葉は、驚くくらい彼女達にはよく届く。どんな些細な一言や、思い切った発言でさえ、まるで自分のことのように真剣に考え、時には無い知恵を一生懸命出し合って力を尽くしてくれる。

 だから、例え私が諦めを口にしたとしても、それは彼女達の諦めというわけではなかった。私が弱気になればなるほど、逆に元気付けてあげようとより必死になれる。私が彼女達の前で目標と言う言葉を口にした時、それは私だけのものではなくなっていたんだって……今更だけど、それに気付いた。

 落胆することに慣れていた私。そんな私を見て、慣れない言葉で叱ってくれたチルノ。今思えば、弱気になった私を励ましてくれたんだね。私の我が儘を叶えようとしていた自分達がバカみたいだと、そんなことまで口にしていたくせに。バカにすると、すぐにバカって言うなって喚くくせに……それを自分自身で認めてどうするよ。本当にバカ。大バカだと思う。

 でも、例えバカだと言われようと、それで私の力になれるのなら、私の為に頑張れるのなら……そんなこと初めから関係無かったんだ。


 この一週間、私が何もできずに空を見上げていたその間にも、彼女達はずっと桜を咲かせようと努力してくれていたんだ。



「ん?でも、よく考えたらそれだけじゃ、私が春になってもここに居られる答えにはなっていないような……それにチルノは」

「おっ、気付いたか。確かにその通りだ。いくら桜の開花を早めても、その前に幻想郷が春を迎えてしまったら意味がないからな。……しかし、その答えは簡単だ。今は春だが、春と同時に冬でもある。つまり季節の移り目ということだ。季節の中に少しでも冬の要素が混じっているのであれば、冬の妖怪であるレティが今ここにいられない道理はないだろう」

「でも、去年まではもうこの時期にっ!」

 慧音はすぐさま、言いたいことは分かっていると言わんばかりに、私の目の前で手を広げて制止する。

「……あっ」

 私よりも一回り小さいその手は、年頃?の少女らしからぬ古傷が幾つも刻まれており、彼女が人間の里を守る為に戦ってきたことを私に教えてくれた。……それに、真新しい刺し傷も。いや、刺し傷と言うほど大層なものではないか。

 親指と人差し指に細い針で刺した様な傷がポツポツと……何だろう?


「大ちゃんを含む仲間の妖精達が、皆一生懸命桜の木を温めているっていうのに、そこから一人離れてポツンとチルノが立っていてな。今にも泣きそうな表情で大ちゃん達を見ていた。……まあそれもそうだ。彼女は氷の妖精。大ちゃん達の側に居ると、折角桜を温めたのが無駄になってしまう」

 妖精一倍、友達想いのチルノのことだ。何もできない自分に対する苛立ちと、悔しさで胸が一杯になっていたんだと思う。

「で、気になったので私が声を掛けると、突然チルノは縋る瞳で聞いてきた。自分がレティの為にできることを教えてほしいって。……自分はバカだから、何も思い浮かばないから、だから何かあれば教えてほしいって。誰かに頼みごとをすることに慣れているとは思えないチルノだったけど、私を圧倒するほどに、彼女の想いは強かった。話を聞いて、これは力になってやらないわけにはいかないと思った」

 誰かに頼みごとをするのに慣れていない、か……確かに、私の記憶の中には、チルノのそんな姿は無かった。

「それでチルノには何て?」

 慧音は答えた。

「だったら、大ちゃん達が桜の花を咲かせるまで、冬が終わるのを待ってもらえるようにすればどうだ。そう言った」

「冬の終わりを待ってもらうって……誰に?」

「レティも知っているだろう。春を告げる妖精。通称「春告精」のリリーホワイト。さっきも言ったように、今は冬と春の境界の季節だ。正直どの辺りを見てその境界を判断するのかは私にも分からん。ただ、一つだけ言える確実なことは、彼女が春を告げに来た瞬間は、例外無く春の訪れだということだ。何といっても彼女の能力は「春が来たことを伝える程度の能力」だからな。……だから、リリーを探して春を告げるのを少しだけ待ってもらえば、その間レティは待ってくれるかもしれないって。試したことはなかったので、若干の希望的観測を含んだ提案だったのだが、他に良いアイディアも浮かばなかったからな。春になった時のリリーのテンションは私も知っている。今はそれが待ち遠しくてうずうずしているかもしれないけど、同じ幻想郷の自然を象徴する妖精同士。事情を説明すれば分かってくれるかもしれないと……私はそうチルノに話した」

 妖精が春を告げに来ること……それは、私が「春」の定義として考えたものの一つだった。慧音が割と自信を持って言うのだから、それはやはり正しい定義だったのかもしれない。

 でも、私が常に持っていた結論は……、

「私は、桜が開花することこそが春の訪れだと思っていた」

 そう。私は自分の都合のいいようにそう考えていた。彼女の能力、それ自体を知らなかったのは仕方がないことだけど、薄々感づいていたことではあった。桜の開花を今日の今日まで知らなかった私だが、それと同じようにリリーの姿も見たことが無かった。ただ、チルノ達から彼女の話は聞いていたからどんな妖精かは知っていただけ。

 私とリリーは決して交わることのない存在だった。きっとそういうことだったのだろう。

 毎年のように、自分の姿形が保っていられなくなるその時、既に光を失った世界に聞こえて来る少女の声があった。妙に陽気で、変に浮かれてて、同じセリフを馬鹿の一つ覚えのように何度も何度も繰り返す。

春ですよ~、春ですよ~、春ですよ~

 あれはどう考えても、やっぱりリリーホワイトの声だったんだね。


「しかし、レティの考え方も強ち間違いってわけでも無いのだぞ。何と言っても、リリーが来る前に桜が開花することなど、ほとんどないのだからな。毎年、桜はリリーが通った時に満開を迎えている。春告精の能力で、蕾だった桜も一斉に花開く。不思議な能力だよ。……つまり、私の中ではリリーが春を告げに来ることと、桜が開花することはどちらも大して変わらないということだ」

「……ありがとう」

 何だかフォローしてもらったように感じたので、取り敢えず礼を言った。


「で、それを聞いたチルノはどうしたの?」

「1分1秒が勿体ないと言わんばかりに、速攻で飛んで行ったよ。私の言葉も聞かずに、大ちゃんによろしくとだけ残してね」

 やっぱり。

「チルノらしいね!」

「……全くだ。先生の話はもっとよく聞くものだ。まあ、あまり前向きで耳寄りな情報は無かったのだがな。……リリーを探すのは大変だと、そう伝えたかったのだ。何しろ、春以外の季節はどこで何をしているのか全く分からなかったのだからな」

「冬以外の私みたいな奴だね」

 尤も、私の場合は自分自身でさえどこで何をしているのか分からない始末だけど。

「幻想郷のどこを探せばいいのか、手掛かり一つない状態で彼女を探し出すのは、この人間の里で印を付けた一匹の蟻を見つけるのよりも更に難しい。彼女の行方に詳しい者の話も聞いたことがない。幻想郷の歴史に精通している私や、阿求様でさえリリーのことについては、まだまだ未知の領域だったのだ。……だから、結局のところ私からチルノに教えてやれることはそれ以上無かったし、常識的に考えれば、短期間で彼女を探し出すことなど不可能だった。しかし、よくよく考えてみると……」

「最強のチルノには「不可能」の二文字は無いっ!差し詰めそんなところかな!」

 話を振られているように感じたので、私は有りのままの事実を口にした。

「ふっ、流石によく分かっているようだな。だから、私も無理に追い掛けることはしなかった。レティと同じで、チルノなら本当に何とかしそうな、そんな根拠のない確信があったからな。大ちゃんに聞いても「きっとチルノちゃんなら何とかしてくれる」って信じて疑わなかった」


 強い絆。

 強い相互作用。


 チルノが頑張っているんだから、大妖精も今よりもっと頑張ろうと、頑張れると奮起する。

 大妖精が頑張っているんだから、チルノも頑張りたいと、大妖精の頑張りに負けたくないと、大妖精の頑張りを無駄にしたくないと奮闘する。


 自分の気持ちすら伝えられていない私からすれば、そんな彼女達の関係が羨ましくて仕方がなかった。


「私も仕事の合間を縫って、自分なりにリリーについて調査をしてみたのだが、結局有用な情報は何も得られなかった。乗り掛かった船だったので何か力になってやりたかったのだが、情けない話だ。子供たちが頑張っているのに、大人が何もできないなんて」

「……」

 本当に何も出来なかったのは私。そう喉の奥まで出掛かったが、ここではそれを敢えて飲み込んだ。

「結局私がしてやれたのは、ささやかな助言だけだったのだからな。……まあそんなことをしているうちに、あっという間に4日が過ぎた。相変わらずこの場所は妖精達で賑わっていた。毎日2交代で一日中温めていた桜は、その甲斐もあって蕾も膨らみ、開花まで後少しのところまできていた。そして、その時だったかな。フラフラと、頼りない飛行軌道を辿りながらチルノが帰ってきた」

 あれから4日ってことは、もう自分がいつ消えてもおかしくないと思いだした時期か。

「私は寺子屋で授業中だったのだが、子供がチルノの姿を見つけてな。……一体どこを探してきたのか、髪も乱れていたし服もボロボロだった。いつもの、自信に満ち溢れた小生意気な表情も鳴りを潜め、顔色も優れず疲れ切っている様子だった。チルノは四六時中元気なものだと思っていたので、正直驚いたよ。……私は、そんな異常とも言える彼女を見て一抹の不安を覚えた。いくら最強のチルノとは言え、万が一ってことも考えられたからな。でも、まあ所詮は万に一つしか起こらない出来事だ。側に寄るとそれはすぐに解消された。チルノは私を確認すると、気力を振り絞るように「リリーに、後3日だけ待ってもらえるように頼んできたよ」と、いつもの笑顔で言った。いや、いつもよりも最強の笑顔だったな。……正直、出来過ぎな感が無かったわけではないし、どうやってリリーを説得したのかも分からなかった。しかし、間違いなく後3日は冬が終わらないと信じることができた。……チルノは、あんな笑顔で嘘をつけるほど器用ではないからな」

「多分それは、私も見たことがないくらい最強の笑顔だったんだろうね」

 大妖精なら、恐らくそんなチルノもよく知っていたんだろうな。

 何となくだけど、そんな風に思った。

「穣子辺りだと発狂しそうだな。尤も、チルノはそれを伝えるや否や、私に倒れ込んでしまったがな。4日間一睡もせずにリリーを探していたのだろう。それから彼女は、私の家で丸々2日眠り続けたよ。流石によく眠れるもんだと思ったが、大ちゃんもチルノには休んでいてほしいって言ってたからな。それに、内容は想像にお任せするがいい夢を見ていたようだ。となれば、起こすのはかわいそうだろ?……仕方無く、私は椅子に座って寝たよ」


 私の為に、そこまで無理をして……バカ。体壊したら元も子も無いって言うのに。

 チルノが一緒じゃない花見なんて、意味がないじゃないか。

 悟れよバカ。……まあ、それを言ってない私の方が圧倒的に悪いんだけど。


 何も出来なかった私が言うのは……それはとても図々しくて都合のいいことかもしれない。

 ……でも、

「チルノが無事でよかった」

 自分でも驚くくらいあっさりと、無意識の内に口から出た言葉。いつもの私だったら躊躇ってしまうような、どうにもらしくない台詞。でも、それが私の素直な気持ちだった。


 素直……うん。私は冬が終わる前に、彼女達に伝えておきたい言葉があったんだ。伝えておかなければならない言葉があったんだ。あれから4日後の3日後と言えば、それは今日。……つまりもうすぐ、リリーは冬の終わりを告げに来る。新しい季節を届けに来る。

 もう時間が無い。でも、私は少しも焦っていなかった。

 なぜなら、今すぐにでも伝えられそうだったから。


 彼女達のことが、いつもよりも更に愛おしく感じてしまう今なら……それに、面と向かって言うのは照れくさいけど、幸いなことに二人とも寝たふりをしている。

 確かに、言葉と表情の両方が無ければ伝わらないこともあるかもしれない。でも、私が伝えたかったことなんてとても単純明快で、他に特別な意味など持たない、たった一つの言葉だから。流石の私でも、ちゃんと言葉にさえ出来ればそれくらい伝える自信はあるから。だから、こんな打って付けの状況は無い。

 他に誰が見ているわけでもない……まあ慧音は見ているかもしれないけど、彼女はきっと私の気持ちなど知っているはずなので躊躇う必要なんてない。それに、多分今の状況を考えたのは彼女のはずだから。


 おかしいと思ったんだ。

 妖精達が飲んだお酒は慧音が持ってきたお酒だったみたいだし、それに静葉、ミスティア、リグルと、メンバーをリタイアさせるのにはかなり協力的だった。尤も、これは地の慧音である可能性が高いのだけれど。

 チルノ達に、どういう経緯で入れ知恵をしたのかは知らないし、未だにはっきりとした目的は見えてこない。でも、結果的には私にとってこれ以上無い展開になった。私の為だけに下手な芝居を演じてくれたのかと、そんな錯覚すら覚えてしまうほどだった。


「あっ、因みに、ボロボロになっていたチルノの服は私が繕ったのだぞ!こう見えても裁縫は苦手じゃない!」

 慧音は得意げな表情で胸を張った。

「ありがとう慧音」

「おおっ!こんなこと、十人に言ったら十人に笑われると思っていたのだが……。それに礼を言われるようなことではない」

 慧音は本気で驚いたようだ。

 ふ~ん。慧音ってそういうキャラだったのか。今後はご期待に添えられるように努力します。


 でもあれっ?

 裁縫って針使うよね……あ、そう言うこと。


「くすっ」

 ついつい笑いがこぼれてしまった。

「おいおい、今更笑うのは反則だろ~」

「ごめんごめん。……くすっ」


 慧音のことをまだ何も知らない私の前で、少しだけ意地を張ってみせた彼女が、私は初めて可愛いと思った。


「お礼を言わなければいけないことはいくらでもあるよ。だって、慧音が二人の力になってくれなかったら、私はもうここに居ないのだから。この子達が私の為に頑張ってくれたことを知ることさえ無かったって考えると、とても寂しいよ。それに……」

 ……それに、

「恥ずかしがりで、照れ屋で、少し意地っ張りな私でも……この子達に、ちゃんと自分の気持ちを伝えられそうだから。慧音が今の状況を作ってくれたおかげだよ」

「ん、今の状況?私には何の事だか~」

 すっ呆ける慧音。

 私がちゃんと気持ちを伝えるまではそれで構わない。流石によく分かってらっしゃる。

スッ

 左腕でチルノをそっと抱きしめ、右手で大妖精の頭を撫でる。

 すると、二人とも若干ではあるが顔を赤らめた。うん、とても可愛い反応だ。


「少し不思議な気持ちかな。……この子達と出逢う前の私は自分のこんな姿、想像すらしていなかった」

 それもそのはず。今私はあんなにも毛嫌いしていた妖精達と一緒に、一生縁の無いだろうと思っていた満開の桜木の下に居るのだから。

 でも、敢えて以前の自分は口にしない。だって、例え今は違っていたとしても、チルノ達のことが嫌いだったなんて、そんなことを口にして彼女達に不安を与えたくないから。

 私が今伝えたいのは、それとは全く逆の言葉だから。


「でもね。今の私の心は、自分でもビックリするくらい満たされて、とても幸せで、この子達と一緒に花見ができたことが最高に嬉しくて堪らないんだ。……私の目標であり、私の我が儘。冬の妖怪が花見をしたいだなんてとても馬鹿げていて、普通なら誰も相手にしてくれないようなことだったけど、二人はそんな私の我が儘を叶えてくれた。……でも、実はもっと大きな我が儘があるんだ。少し、調子に乗ってもいいかな?」

「構わないぞ。私がしっかりと聞きとめておくからな」

「……ありがとう」

 ついでに、チルノと大妖精も。

 本当に寝たりしたら、絶対にダメだから。

「私の本当の目標は、春夏秋冬全ての季節。幻想郷の1年……大好きなこの子達と一緒に旬の楽しみを満喫することだよ。花見はその第一歩。……夏は一緒に水浴びをするのが楽しいんでしょ。嫌になるほど浴びせてやるから。……秋は食べ物がとても美味しいんでしょ。やだなぁ、また太っちゃうかも。……冬は今まで通り雪合戦でもして遊ぼうか。手加減を期待しないでね。……あと、これだけは知っててほしいんだけど、二人が一緒じゃなきゃ意味が無いんだよ。だから今回みたいに、私に内緒で無理をするの絶対に無し。今度は私も一緒に頑張るから。私も、もう少し無理をしてみるから。もう、簡単に諦めの言葉を口にしないから。大好きなあんた達と一緒なら、今度こそ何とかなりそうな気がするの。だから、こんな私を信じてほしい。……私も、どんな時だって絶対に裏切らないあんた達の友情を……信じ続けるから」


 何で、珍しく前向きな言葉を口にする時に限って私は、こんなにも泣きそうになっているんだろう。

 不満?……いいや、満足しているよ。


「私はチルノと大ちゃんが、ずっとずっと大好きだったんだよ」

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