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東方連小話  作者: 北見哲平
レティ・ホワイトロック 〜 季節の檻
48/67

レティ - その7

 これは、一種の罰ゲームか何かだろうか?

 まあ、当の私がさほど嫌とは思っていないので、例えそうであっても無くても、どちらでも構わないことではある。


「すぅすぅ……」

 チルノは私の胸ぐらにもたれ掛かって、大妖精は膝を枕代わりにして、それぞれ小さな寝息をたてている。

 本当に寝ているかどうかは分からない。目を閉じて、穏やかな表情で寝息らしきものをたてられたら、寝ているかもしれないと言うしかない。それに、例え寝たふりだったとしても、うっかり本当に寝てしまうことだって考えられる。特に、この二人なら十分に。


 まあさっきも言ったように、二人に甘えられているような感じも嫌じゃない。ちょっとしたお姉さん気分ってところだろうか。


 ただ、問題もたった二つだけどある。それが、あるいは罰ゲームかもしれないと思ってしまった所以だ。


 まず一つ目の問題だけど、こんな状態なので身動きが取れなくなってしまったことである。別に動いちゃいけないわけではないんだろうけど……何となくこのままでもいいかなと思う私が居た。だから、これはどっちかと言うと些細な問題で、こんな風に思ってしまう自分が少し照れくさくなってしまっただけ。同じ体勢を保ち続けるのも案外苦手じゃないようだ。


 むしろ、問題として大きいのは二つ目である。

「すぅすぅ……」

「スースー……」

「にゅ~、みゅ~……ちるのひゃんかあいいよ〜むにゃむにゃ……」


 なぜ寝息が三つ(正確には二つプラス寝言一つ)も聞こえてくるんだよ!なあ穣子さん!


 見ているだけで我慢ができなくなった穣子は、チルノに抱きついたまま寝てしまった。本人曰く、添い寝らしい。チルノの表情が、時折若干苦しそうに見えるのも恐らくそのせいだろう。でも不覚なことに、そんな彼女が妹煩悩の過ぎた、チルノの本当の姉に見えてしまった。自称のくせに、なかなかどうして侮れない。

 それにしても幸せそうな顔。きっと夢の中でチルノとあんなことやこんなことを……べ、別に羨ましくないしっ!


「ふぅ」

 それにしても、五月蝿かったメンバーも一人、また一人とリタイアして随分静かになった。まあ、それでも当然人間の里としての花見は続いているわけなので周りは騒がしいけど……。


 取り敢えず、ここで一度現状を整理しておこう。


 まずは私……動けず。動かず。動こうとせず。

 チルノと大妖精……昼寝もどき。起きているかどうかは今のところ不明。

 穣子……チルノと添い寝。はっきり言って邪魔。

 静葉……昇天中。犯人は慧音。

 阿求……昇天中。犯人は私。

 三月精……慧音セレクションの酒を飲んでリタイア。


 ……これは何かの生き残りゲームですか?最後まで残った方には豪華プレゼントを進呈とか?

 私も一人やっちゃったから何とも言えないんだけど、おおよそ楽しい花見からかけ離れた状況だと言うのは間違いないだろう。

 でもまあ、そんな雰囲気を楽しんでいる私がいるのは事実なんだけど。


 で、残りの慧音とリグルとミスティアはというと……うっ!


「はいは〜い!盛り上がってきたところでちゅうも〜く!森の歌姫、ミスティア・ローレライが皆様に素敵な歌と想い出をお贈りします〜」

「なにぃー!」

 ……最悪。この子本当に歌うつもりだったんだ。

「よっ!待ってました〜!」

パチパチ……


 マイクのつもりだろうか。ミスティアは空になった一生瓶を手に持って振り回す。どこにいるかも知れないファンに向かってウィンクや投げキッスまで……アイドルにでもなったつもりだろうか。

 そして、そんなミスティアの側で寂しくも虚しい拍手を贈っているのはリグルである。表情もテンションも少しおかしいところをみると、二人ともそれなりに酔っているようだ。

 酒が入ると歌が劇的に上手くなるとかそういうのも無いと思う。それどころか、いつも以上に激的な歌になる可能性の方がはるかに高い。


「くっ!」

 じっとりとした、嫌な汗が背筋を流れる。

 ミスティアの歌は、以前に幾度となく経験済みだ。……その時、特に初めて聞いた時、私は心と体に大きな傷を負った。それはもう重症だった。瀕死だった。危篤だった。医者には「生きているのが不思議なくらいだ」と言われた。(一部嘘)

 全く、自称歌姫ってやつほど信用ならないものは無い。歌だけで、別の意味で世界が取れるぞ。


 まあそれはともかくとして、今問題なのは、あの歌声に人間が耐えられるのかということだ。妖怪の私でさえ生きているのがやっとだったというのに。

 歌い終わったときには周り一帯屍の山。そんな展開誰も期待していない。


 ……止めるべきだろうか。

 いや、止めなければいけないんだろけど、動けないから無理だった。……こんな無力な私を許してほしい。


「それじゃあまずは私のデビュー曲!」

「みっすち~ラ~ブッ!」(リグル)

 デビューしていたのか!

 まさか、プロデュースしたのは幻想郷の支配を企む謎の秘密結社!つまり黒幕っ!


「だめぇー!みすちーらぶはダメです!歌っちゃダメ~!それに、リグルきゅんも煽っちゃだめぇ〜!」

「だ、大ちゃん!」

 それまで私の膝を枕代わりにして、やはり寝たふりをしていた大妖精が、突如起き上がって必死の形相でダメを連呼する。

「大ちゃん、そんなこと言ったら寝たふりしてたのがバレちゃうよ」

 と、すかさずチルノ。そう言うことで寝たふりをしていたことがより確実な事実となることに、彼女は気付いていない。

「えっ!あっ……あぅぅ~、これはねごとだかりゃ、きにしにゃいでくらはい~……すぅすぅ」


 ……もうここまで来ると、やっぱり逆に愛おしいね。


 多分これで彼女達はバレなかったかなとヒヤヒヤしているんだろうけど……ってかバレるわっ!

 でもさっきといい今といい、やっぱり大妖精はミスティアの歌を恐怖しているらしい。まあ、誰にとっても恐怖なのは間違いないが、それにしたって、少し異常で過剰な気がする。


 ……さて。

 私はここで考える。これから二つしかない貴重な手を使って、自分の耳を塞ぐべきか。それとも自己犠牲を払い大妖精達の耳をそっと塞いであげるべきか。


「う〜ん、難しいところだ」


「う、うぅ〜」

 小さく呻き声を上げている大妖精。表情も先程までの穏やかなものとは一転。生きるか死ぬか、二つに一つ「でも、私は絶対生き残ってやるんだから!」と、そんな決意と覚悟が見て取れた。

 全く、ミスティアの歌はどれだけ力を持ってるんだよ!


 仕方ないか……。


「ミスティア。歌うのは構わないがその前にのど飴でも舐めておかないか?」

「ん、のど飴?おお〜、気が利くじゃない慧音さん」

 静葉を昇天させてからは静かなものだった慧音が、突然ミスティアにのど飴を勧める。取り敢えず凶行を先伸ばしにはできたが、一体何を考えているんだろう。私は彼女に期待しても構わないのだろうか?

 頼む慧音。ミスティアを止められるのはもう君しかいない。


「歌手にとって喉は命だろ。大切にしないとな。それに、ミスティアには最高のコンディションで歌ってもらいたいんだ!」

「慧音さん!心の友よ〜!」

「さあ、好きなだけ舐めるんだ!因みに、たくさん舐めるほど美声になるぞ」

 そう言うと、慧音は飴のぎっしり詰まった缶ケースを差し出す。


「私、幻想郷平和のために歌うねっ!」

 訳の分からないことを言いながらそれを受け取ったミスティアは、そのまま缶を引っくり返して、雪崩のように落ちてくる飴を口で受け止めた。ルーミアとかが得意そうな、実に雑な食い方だ。

 舐めずに噛まずに飲み込んでも、多分のど飴の意味はないんじゃないかな。まあ、どうでもいいことだけどね。


「ぷふぅ〜。これで私の歌声は、より美しくよりミステリアスになったわ!……っとその前に、リグルきゅんの為に一粒残しておいたから、これ食べてよ」

「み、みすちー……」

「私に黄色い声援を贈り過ぎて、喉を壊しちゃったら大変だもの。ファンは大切にしないとね!」

ニッコリ!

「うっ、うぉー!最高だぜみすちー!イカすぜ!惚れてるぜ!愛してるぜ!くぅ〜、たまんねぇ!……うめぇ、うめぇよこれ!みすちーの愛情が凝縮された至高のアメだぜ!」


 ……。

 私がするのも納得いかないが、一応弁解しておく。

 普段の彼女達は、もう少しだけ普通である。普通の基準が定かではないので、それが本当に普通なのかどうかは不明だが、あくまでこのイラッとくるテンションは、多からず少なからず酒の影響があるのだと理解してほしい。彼女達の友人として言えることはそれだけだ。

 ……あぁ、本当にめんどくさい!


「それじゃ、そろそろ歌わせてもらいますか。ミュージックスタート!あっ、これは雰囲気だけね」

 くっ、くるぞ!

 大妖精とチルノの無防備になった片方の耳を、それぞれそっと覆うように塞いであげる。そして私は頭を下げ、目を閉じて腹にグッと力をいれる。殺傷能力が高い歌を耐えるときには、この体勢が一番いいんだと誰かに聞いたような記憶が無きにしもあらず。正直分からん。つまり雰囲気だ!


 ……。

 …………。


「……んっ?」

 いつまで経っても歌(敢えて歌と言わせてもらおう)が聞こえてこない。

 これはどういうことかと不思議に思った私は、目を開けてミスティアを確認すると……。


「えっ?……寝てる。ついでにリグルも」

 ……まさか、さっきの飴に何かっ!


「香霖堂で買った、この飴玉睡眠薬効きすぎだな!」

 地面に落ちていた飴の缶を拾った慧音は、実に満足そうな表情で言った。


 やっ、やってくれた!

 慧音がやってくれたぞー!


「慧音さんナイスです」

 私の膝の上で、大妖精がボソッと呟く。ってか、丸聞こえだからね大ちゃん。

 でもその気持ちも分かるよ。うんうん……。



「レティ殿。少し話をしないか?」

「お!」

 いつの間にか私の側まで寄ってきた慧音。間近で見る彼女は、思っていた以上に柔和で優しい面立ちをしていた。静葉を昇天させて、ミスティアに睡眠薬を盛った極悪人(ある意味英雄)とは思えない。

 そして、慧音と言う名前も思い出した。チルノ達と話している時にも何度か聞いたことがある。確か、人間の里を守り続けてきた半獣人。

「レティ殿だなんてこそばゆい。レティでいいよ。その代わり私も慧音って呼ばせてもらうから」

 私がそう言うと、慧音は口を閉じたまま「フッ」と微笑した。

 本来なら、私は彼女に対して礼節を尽くす必要があるのかもしれない。彼女の歩んできた人生は、きっと私なんかでは想像もつかないくらい複雑で、私の薄っぺらな生き方が恥ずかしく感じるほど立派なものに違いない。

「かたじけない」

 でも、慧音はそんな私に対してお礼?を言ってから隣に腰を下ろした。



「始めて見る桜の花どうだ?」

 どんな話をしてくるのだろうと思っていたけど、まずは想定内と言ったところだろうか。私は桜の木を見上げる。

「……きれいだと思うよ。想像していた以上に」

 そう答えると、慧音は若干得意そうに言った。

「そうだろう。ここは人間の里で一番の名所だからな」

 好きなものを褒められると、誰だって嬉しいものだ。慧音が人間の里を愛しているのがよく分かった。

「……それに、皆の楽しそうな雰囲気が、面白くて私までつられて楽しい気分になった」

「面白い?……まあ初めはそうかもしれないが、慣れてくるとただ疲れるだけなのだがな。レティも絡まれていただろう。何が泣き上戸のあっきゅんだよ……秋姉妹と知り合うまでは彼女もまともだったのだが」

 苦笑する慧音。

 以前の阿求を私は知らない。もしかしたらそれは、今日初めて彼女を見た時の第一印象そのままなのかもしれない。

 ……でも、

「でも私は、阿求は今の自分が嫌いじゃないんだと、何となくだけどそう感じたよ。そしてそんな出逢いに恵まれた彼女は、とても幸運だったんだと思う」

「時には悪い方に変わってしまうのも、出逢いというものだがな。……私もこれまでに様々な出逢いを経験した。良い出逢いや悪い出逢い。そしてその度に、生き方や考え方に影響を受けてきた。自分がこれまでやってきたことはどうだったのかとか、これからはこうあるべきなのかもしれないとか。数千年生きてきても、変わる余地が無い自分なんて有り得ないと思う。……ついこの間も、ルーミアにそれを思い知らされた」

 えっ?

「る、ルーミアって!……あのルーミアに?」

「多分幻想郷中を探しても、ルーミアはあのルーミアしかいないだろうな」

 少し意地悪な笑みを浮かべる慧音。どうやらルーミアとは、やはりあのルーミアで間違いないようだ。

 私は彼女のことを知っている。勿論隅から隅まで知っているわけではないけど、彼女はチルノ達の友達だから。会って、話をして、遊んだことぐらいなら何度もある。

 ただ、その時の印象では、誰かの生き方を変えるような、ましてや人間の里を守り続けてきた慧音の人生に影響を与えることなど、まるで縁の無いことのように思える。

 慧音は多くの人間から信頼され、その生き方は多くの者から尊敬されている。

 それに比べルーミアは……陽気で、暢気で、何を考えているかも、何か目的意識があるのかも分からなくて。バカで……そりゃ元気さは、チルノにも負けてないけど……そもそもルーミアとチルノってよく考えるまでもなく子供で、でも私はチルノと出逢って少しは……、


「ふふふ……。レティの言いたいことは何となく分かるぞ。……確かにルーミアもチルノも、勿論大ちゃんだってまだまだ子供だ。容姿や仕草、考え方だって全て子供染みていて幼い。しかし、幼い考えは必ずしも浅はかなものではない。私達大人が、子供の持つ素直さや愚直さから学ぶことだってあってよいではないか」

 そう言って微笑んだ慧音は、自分をまるで偽ることの無い、私にとってはチルノや大妖精とあまり変わらないように見えた。

 視線を落とすと、私の胸に顔を埋めるチルノと、膝枕で横になる大妖精。二人とも、相変わらず上手に寝息を立てている。きっと、今ここで話すことは全部、この子達に聞かれてしまうんだろうな。

「……うん。慧音の言う通りかもね。尤も、私が大人かと聞かれると、まだまだ子供だと否定するけどね!」

 だとすれば、こんなにも純粋さの欠片の無い子供はいない。

「レティには、そんな出逢いは無かったのか?」

「……いいや、私にだって誰かに自慢できるくらいの出逢いがあった……私は、チルノと大ちゃんに出逢った。出逢いなんて必要ないと思っていた。出逢いなんて……冬しか存在できない私には意味の無いものだと思っていた。……でも、この二人はそれが間違いなんだって教えてくれた。私は、二人と出逢えて本当に幸運だった」

「チルノと大ちゃんは、バカでお転婆なのがたまに傷だが、友達の為に一生懸命になれるとても優しい子達だと思うぞ」

「……うん」

 全くもってその通りだと思った。誰の前でだって、チルノはチルノ。大妖精は大妖精ってことなんだろうな。


「今回のことだってそうだ。二人とも、どうにかしてレティに花見をさせてあげたいって、それはもう一生懸命だったからな。よく頑張ったと思うぞ。もっと褒めてやるべきだな」


 ……ん?

 ……えっ!

「ちょ、ちょっと今なんて?」

 そう言えば、大事なことを忘れていた。

 えっ!と言うことはなんだ。私がまだここに居られてるのって……つまり、


「なんだ、聞いていなかったのか。レティの為に一生懸命頑張る二人は可愛かったぞ!……まあ、私も相談に乗ってやったのだがな」


 私が呆気にとられているのを見て、慧音は再び、実に満足そうに微笑むのだった。

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