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東方連小話  作者: 北見哲平
レティ・ホワイトロック 〜 季節の檻
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レティ - その4

 チルノ達と出逢う前の話だ。


 私は妖精なんて、頭が悪くて脆弱で、下等でちっぽけな存在だと思っていた。そしてそれを差し引いたとしても妖精のことが嫌いで嫌いでならなかった。

 尤もらしい理由はない。ただ私が思うに、その感情は嫉妬心から来ているものだったのだろう。

 1年中元気に飛び回れる妖精達が羨ましくて仕方がなかった。


 弱いくせに……。

 バカなくせに……。


 どうしてあんなやつらに許されていることが、私に許されないんだ。

 悔しくて悔しくて仕方がなかった。だからせめて、心の中だけでもあんなやつらに負けまいと、優位に立とうとした。バカだと蔑み、力の無さを嘲笑した。

 後々考えると、我ながらなんとも情けない行為だったと思う。


 チルノのことは、出逢う前から知っていた。

 妖精の中では最も力が強い反面、妖精の中でも一際のバカ。ちょっとした有名人だった。

 そんな目立つ奴がいれば、いくら私が世間知らずで無知な妖怪であったとしても、勝手に彼女の情報は入ってくる。

 実際に目撃したことも何度かあった。ただ、チルノが私の存在に気付くことは一度もなかった。それだけ、友達との遊びに夢中になっていたのだろう。

 妖精の友達に、妖怪の友達。いつだって彼女はその中心で笑っていた。まるで悩みや不安と言う、多からず少なからず誰しもが持っているであろう感情とは無縁だと言わんばかりに。そして、そんな彼女の表情を見る度に、拳を強く握りしめ、笑えなくなるくらいぶん殴ってやりたい衝動に駆られた。

 勿論私にそんなことをする度胸はない。これもただの嫉妬だ。今では、この自分の度胸の無さに少しだけ感謝している。……いや、間違ったことをする為の度胸なんて、ある奴の方が珍しいか。


 冷気と寒気。似た温度を操るチルノと私。比べられることもしばしばあった。


 私とあんな奴を一緒にしないでほしい!

 私はあんなバカと違って……。


 必死で見栄を張る私自身、心の中では認めていた。

 バカでも何でもいい。私はチルノに、チルノの生き方に憧れているんだって。永久に解消されることのない悩みに苛まれるくらいなら、私はチルノになりたい。

 そんなことを考えてしまう自分が更に情けなくて、私にこんな思いをさせる彼女達が、もっと嫌いになっていった。



 あれから1週間が経った。

 あっという間に過ぎ去ったと言いたいところだが、実際には非常に長く感じられた。理由は敢えて言わないが、私は理解しているつもりだ。

 チルノと大妖精には、あれ以来会っていない。何となく会いにくかったのもあるが、実際彼女達は神出鬼没だ。よく遊んでいるはずの湖に行ってもなかなか会えない。だから、基本的にいつも向こうから会いに来てくれる。


 体の不安定さは日を追うごとに増し、今までの経験上いつ消えてもおかしくない状態だった。

 このまま春を迎えてしまうのも、それはそれで構わないと思っているんだけど、実際のところ彼女達は必ず会いに来てくれると思っていた。


 落胆しているわけではない。ただ彼女達……特にチルノらしくないと思っただけだ。

 確かに、私はチルノにあんなことを言わせてしまった。しかし、彼女がそれをずっと引きずるはずがない。一時の感情に囚われやすい妖精だが、一時を過ぎればすぐにいつも通りに戻る。

 能天気で、毎日を楽しく過ごすことに関しては誰にも負けない。それが彼女達妖精だったはずだ。


 ……。

「ふっ。これじゃ、私がチルノ達に会いに来て欲しかったみたいじゃないか」


 独り言。……でも、それは恐らく図星。自分で自分の図星をつくなんて、私の脳内は完全に春色に染まっているのだろうか。


 もし彼女達が会いに来ない場合は、後はもう春の訪れを待つことしかできない。そして、次の冬が訪れるまでに一度気持ちをリセットして、また新たな気持ちで彼女達と接することができると思っていた。


 しかし、いざ今になってみるとどうだ?

 モヤモヤした感情が心にへばりついて離れない。どこか大事なところに、大きな穴が開いてしまったかのように時々胸が苦しくなる。初めての感覚だった。

 春の訪れを憂鬱に感じなかったことなんて今まで無かったが、こんなにも大きな心の違和感を孕んだまま冬の終わりを迎えるのは初めてだった。


「こんなことになるなら、私の方から会いに行けばよかった……」

 本当、今更だけど。

 でも、きっと彼女達と会えば、会って話をすれば、この説明し難いモヤモヤは晴れ、心に穴が開いたような苦しさからも解放されるんだろうな。

 確証はないが、なぜかそんな気がした。


「それにしても……うっ!」

 私は空を見上げる。不意に入ってきた日射しに目が眩みそうになったが、すぐさま太陽に向かって左手をかざし回避した。

「自分がまだこうしていられるのが嘘みたいだ」

 春の訪れを予感させる暖かな光は、しっかりと私の左手に遮断されていた。昨日はまるっきり透け透けで頼りなかったというのに……。


 始めにこの症状が現れてから、治ったり再発したりの繰り返しだった。

 しかし、これは例年通りで大体こんなもの。5日前くらいからは飛行することもままならなくなっていた。まあこれも例年通りではあるが。


 しかし、そんな例年通りの中に例外が一つ。

 ……体は何となく春を実感しているのに、私はまだここに居る。明かりのある、広々とした幻想郷に辛うじてではあるが存在している。

 実際、私は春を知らないのだから、実感しているのが本当に春かどうか定かではないのだが、確かにこれは春なんだと思う。

 春になったら消えてしまうのは、もはや私の中では常識だった。その常識を覆すことが私の望みなのだが、変化を起こす努力をしていないのに変わるとは到底思えなかった。だから、どうしてなのかさっぱり分からなかった。


「不思議だ。体はいつ消えてもおかしくないくらい不安定なのに……」

 一人、ぼそっと呟く。

 いつもだったら、もう2日前には消えている。


 大袈裟かもしれないが、小さな奇跡だと思った。

 お前にはまだやり残したことがあるんだろう?

 やりたいことがあるんだろう?

 そんな誰からかも分からない問いに、私自身、無意識に応えようと必死で足掻いているかのようだ。


 ……。

 …………チルノ達に会いに行ってみるか。


 何となく、唐突にそんなことを思った。もしかしたら、私はもう少しだけ自由でいることが許されているのかもしれない。

 それが幻想郷の気紛れか、大人しく冬の妖怪を続けてきたことに対するご褒美なのかは分からない。


 でも、これはチャンスなんだ。


「ぐっ!」

 私は地面に手をついて立ち上がる。

 体は予想以上に重かった。やはり私は太っているのかもしれない。こんなことになるのなら、チルノの言っていたように減量を目標にしておけばよかった。

「ふっ」

 少しだけ自虐的な笑みを浮かべ、足を一歩踏み出す。


 空は飛べそうにない。だが、それは初めから分かっていたことだ。湖までどのくらい掛かるだろうか。

 途中で諦めたくならないだろうか。

 何しろ目標を立てておきながら、何もしないで諦めてしまう私だ。その、諦めの早さは折り紙付きだ。


 ……でも、


「まだ何もせずに、それであきらめちゃうなんて目標じゃない。ただのわがままだよ!」

 チルノが私に言った言葉。


 ……チルノのくせに。

 何でたまにいいこと言ってるんだよ。何で時々正しいこと言ってるんだよ。何で、私の心に痛い言葉を掛けてくれるんだよ。


 ……バカのくせに。


 そんなことを言われたら私は、まだ簡単に目標を捨てられるはずがないじゃないか。

「やっぱり一緒に、花見がしたい!」


 その気持ちは変わらない。


 だから私は彼女達に、チルノのバカに言っておかなければならない。

「見くびんな!私はまだ諦めたわけじゃない」

 今なら自信を持って言えるはず。……言えるはずだ。


 そして、彼女達にはっきりと自分の気持ちを伝えよう。

 そうすれば私は、彼女達と本当の友達になれる。

「……うん。もう意地を張るのは止めよう」


 と、自分なりに決心をしたその時だった。

「お~い!」

 聞き覚えのある声が頭上から聞こえてきた。なんだ……やっぱりこっちから会いに行く必要は無かったみたいだ。

「チルノっ!」

 彼女の名前を叫ぶと、嬉しそうに手を振りながら下りて来た。勿論、隣には大ちゃんも一緒だ。


「レティさん、ここに居たんですね。……よかったです!もう行っちゃったのかと思いました」

「どうしたの大ちゃん。何かあった?」

 大ちゃんは、何やら少し焦っているようだった。いつものんびりとした大ちゃんらしく無かったけど、私に何かを伝えに来たということはすぐに分かった。

「何かあったじゃないよ!ほらレティ、早く行くよ!」

 チルノはそう言うと、私の手を握って引っ張る。

「ちょっ、ちょっとチルノ!一体どこに行くっていうのよ!」

「お花見に決まってるじゃん」


 ……えっ!


「この前一緒に見に行った場所。ようやく今日咲いたんです。行きましょう!」

「レティ。お花見したいんでしょ!行くよ!」


 その時二人が見せてくれた笑顔は、遠くから見ているしかなかったあの頃と同じものだった。そして今は、私だけのものだ。


「そうか、桜咲いたんだ」

「はい。咲きました」

「咲いたよ~」


 私はやっぱり。この子達のことが好きだ!

「うん。早く行こうっ!」



 初めて彼女達と出逢って、初めて彼女達が私に掛けてきた言葉。

「ねぇ、一緒に人間に悪戯して遊ばない?」

「ちょっ、チルノちゃんいきなり失礼だよ。あっ、でも、もしよろしければ一緒にどうですか?」

 冬の始まりの時期だった。大嫌いだった相手の、不意打ちとも呼べる突然の誘い。正直戸惑った。……おかしい。あれだけ嫌いだったはずなのに。

 失せろ!消えろ!邪魔だ!

 即答するはずだったのに。絶対に慣れ合うことなんて無いと思っていたのに……どうしても突き放せなかった。

 突き放すどころか、自分から引き寄せるような言葉を掛けて、何度も何度も一緒に遊んだ。


「見て見て~。あの人間、釣った魚がカチンコチンだったからビックリ!おどろいた顔、おっかし~んだぁ!」

「すごいすご~い!流石チルノちゃんだね!」

「う~ん。でも、冬場に氷とは在り来たりだし、それは前にも見たよ。何か斬新な悪戯を開発してほしいね。例えば、釣った魚がいきなり燃えだして、手元に戻って来る時には焦げ魚になっているとか!それくらいしてくれないと、ギャラリーとしては満足しないね」

「ざっ、ざんしん?ぎゃらりぃ?……って言うか、それは無理ぃー!」

「え~、チルノちゃんは最強なのにそんなことも出来ないの~?」

「むぅ~」

 けなす言葉や突き放す言葉なんて必要ない。ちょっと意地悪な言葉があればいいんだ。


「レティってさ……なんていうか、太ってるよね」

ゴツンッ

「いったーい!大ちゃ~ん、レティがまた殴ったよ~」

「チルノちゃんダメだよ。太ってるって……それは確かに見た目は」

ゴツンッ

「はぅっ!い、痛いです」

 暴力に使うような痛烈な拳なんて必要ない。可愛いたんこぶができるくらいの拳骨があればそれでいい。


 嫉妬心なんて必要ない。

 1年分以上の楽しさを与えてくれる彼女達が居てくれれば、何も言うことはない。


 嫌いの感情なんて必要ない。

 だって私は、口では嫌い嫌いと言うだけの、ただの寂しがり屋だから。


 本当の妹のような存在が、すごく嬉しかった。


 彼女達との出逢いは、私にとっての一番の変化だったんだ。

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