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東方連小話  作者: 北見哲平
レティ・ホワイトロック 〜 季節の檻
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レティ - その2

「ねぇレティ……レティは冬が終わったらどこに行っちゃうの?」

 チルノは尋ねてくる。同じような質問をされた時、私は決まって口をつぐんできた。それは、誰かに話すようなことではないと思っていたし、話したところでどうにかなるような問題でもないと思っていたからである。


 そう、私は面倒なことが嫌いなんだ。


 しかし彼女の前、彼女達の前では面倒は別の感情に変化していた。

 聞いてほしかった。知ってもらいたかった。彼女達妖精には理解しがたいことかもしれない。でも、話しておきたかった。


 すると大妖精は寂しそうな表情で言う。

「よく、分からないです。でも、レティさんがレティさんでいられるのなら、私何でもします。私にできることって、何か無いのでしょうか?」

 よく分からないと言った大妖精だったが、実際にはそれを彼女なりに考えて、彼女なりに理解したんだと思う。チルノも然り。

 そして、私の力になりたい。何か力になれることはないか?そう言ってくれた。


 私がその答えを返すとすれば……それは「無い」だったと思う。春が毎年訪れることも、私が冬の妖怪だということも、全ては幻想郷が決めたことだ。つまりルールみたいなもの。

 いつだっただろうか。以前に一度だけなかなか春が来なかった年があったが、それは例外だ。妖精に、そこまで大きな異変を起こすだけの力はない。

 自然現象その物だといっても、自然をコントロールすることなどできるはずがないんだ。


 ……だから、私がそのルールに逆らう為にできることは、彼女達には「無い」。


 しかし私は、彼女達の好意をそんな言葉で突き返したくはなかった。

 傷付けたくなかった。

 大切にしたかった。

 こんな気持ちになったのは初めてだった。


 この頃だっただろうか?そんな幻想郷のルールが崩れてくれることを心から願うようになったのは。妖精達にも、私自身にだって何もできることはなかったけど……冬の間しか生きている実感が持てないのは、なんて勿体の無いことだろう。そんな風に思うようになっていた。


 私は冬の妖怪だから……。


 そう自分に言い聞かせて、ずっとこれは仕方の無いことなんだって諦めていた。聞き分けがよくて、往生際のよい冬の妖怪で有り続けてきた。

 ずっといい子にしてきたんだ。幻想郷からのご褒美があってもいいではないか。

 一度だけでも構わないんだ……。



「レティさん。桜の木を見に行きませんか?」

 大妖精が唐突に提案してくる。

「ん、しかしまだ花は開いてないと思うけど」

 実際そうだった。私も気にして、いくつか桜の木を見て回ったんだが、どれも花見を行えるようなレベルではなかった。花見と言うよりも「つぼ見」という感じだ。

 今年の冬は例年より暖かかったのでもしやと期待していたのだが、どうやら甘かったようだ。


 そもそも、季節が春になる定義とは何だろう?


 日付だろうか?

 気温だろうか?

 妖精が春を告げに来ることだろうか?

 それとも、桜が開花することだろうか?


 私は、何となくだが桜が開花することが春の訪れだと感じている。

 多分間違った認識だろう。しかし、私は間違っていても構わないと思っている。

 実際に、私は満開に花開いた桜を見たことがないのだから。だから、例え私の認識が間違っていようと、皆で花見をすることができれば、私は体一杯に春を感じることができるんだ。

 その為に立てた目標だった。


 ……しかし、今年もその目標は達成できずに終わりそうだ。

 もうすぐ冬が終わる。これは体で感じることだ。冬の終わりの感覚が、既に体に染みついている。


 ……私はまた、あの何もない世界で次の冬を待つことになるのか。


 憂鬱だ。



「で、その桜の木はどこにあるの?」

 結局私は、大妖精とチルノに桜の木が植わっている場所に案内してもらうことにした。口振りから想像するに、結構ご自慢の場所みたいだ。きっと私が知らない場所なんだろうな。

「人間さんの里にあるんですけど、すごいですよ。もう一面桜って感じです!」

 おっ!

「人間の里に向かうの?……それは、私が一緒にいて大丈夫だろうか」

 桜の名所が人間の里だとは驚いた。しかし、妖精である彼女達ならまだしも、私となると……。

「それは大丈夫だと思いますよ。知りませんでしたか?人間の里って言えば、今妖怪さん達にとってちょっとした観光スポットですよ。去年の花見にだって来てましたし」

「ほ〜う。それは全く知らなかった……変われば変わるものだね」

「去年はとても楽しかったです。ねっ、チルノちゃん」

「えっ!あたい〜?あたいでてた?……全然覚えてないんだけど」

「え〜。チルノちゃん私と一緒に行ったんだから絶対いたよ」

「まあ、チルノの物覚えが悪いのはいつものことなんじゃない」

「あたいはバカじゃないもん」

「いや、バカとまでは言ってないんだけど……」

 まあ、その通りなんだけど。


 しかし、これは正直驚いたな。人間と妖怪が一緒に花見とは……。

 元々人間に興味が無く、チルノ達の悪戯相手くらいにしか思っていなかったからなのだろうか、私はその辺の事情にとことん疎いようだ。と言うより、私は幻想郷のことについて何一つ詳しくないな。

 まあ、仕方がないことではあるが……。

「レティさん、どうしたんですか?」

「んっ、ああ、何でもないよ」

 恐らく私は、また浮かない顔をしていたんだろう。大妖精が心配そうな表情で聞いてくる。


 ダメだ、ダメだな……彼女達の前でくらい鬱なことを考えないようにしないと。心配させてしまうのも悪いからな。

「よしっ、じゃあその辺り一面桜の木ってやつを見に行こうか。それだけたくさんあるのなら、一つくらい咲いてるかもしれないからね」

「よ〜っし決まり〜。それじゃあたいについてこ〜い」

 お〜……って、あら?

「ち、チルノちゃん方向逆……人間さんの里はあっち」

「えっ、そうだっけ?」

 まったく、何て言うか本当に、

「チルノはバカだなぁ」

「あー!今度ははっきりバカって言った!あたいはバカじゃないもん!」

「自分がバカって気付いて無いの?それはバカだなぁ〜」

「バカって言うなぁ〜」


 来るかっ!


「うあぁぁ〜」

 チルノは腕をグルグル回しながら私に向かって突進してきた。駄々っ子とかがよく使いそうな例の必殺技だ。

 右腕と左腕の回転を180度ずらすことにより攻撃の隙を無くす。右を避ければ左が来る。左を避ければ右が来る。防御しようものなら一瞬にしてボコボコにされてしまう。恐ろしい技だ。


 しかしながら、弱点はある。チルノみたいにリーチが短い相手だと、

「あっ、あれぇ?何で進まないの〜」

 頭を押さえるだけで無力化できる。そこは慣れたもの。この、腕一本で相手を制圧する感じが堪らない。

「や、やるなレティ〜。こうなったら奥から手を出すぞ〜」

 奥から手?……ああ奥の手か。

「あたいったら!最強ねー」


 こ、これはっ!


 チルノは頭が押さえられた状態のまま足を前に出してきた。

 成程、上を押さえられたら下から攻めろというわけか。

「ふっふっふっ〜……ってあれれっ!」

 しかしまあ、やるなと思ったのはそこまでだった。

 頭の位置をそのままで、足だけひたすら前に出したものだから、当然のごとく体のバランスは悪くなり、チルノの体はバナナの皮で派手に滑ったかのように後ろに倒れそうになっていた。


「ちっ、チルノちゃん」


 叫ぶ大妖精。ったく、仕方がないな。地面は土だから大して痛くはないだろうけど、たまたま石とかが出っ張っていたら大事だからね。流血事が起こるのだけは勘弁していただきたい。

 私はすかさず空いていた左腕を伸ばしてチルノを支えようとした。


 しかし……


スルッ

「ありゃ」

 確かに届いていた私の左手がチルノの体を透過した。その瞬間、まるで左手だけが空気になったように感覚を失った。


 ああ……もう来てしまったんだ。


ゴツンッ

 ……ごつん?


「いったぁーー!」

 まさかの後頭部と石との衝突に、チルノは地面を転げ回りながら叫ぶ。

 それにしても、本当にチルノは期待を裏切らないな〜。

「ち、チルノちゃん大丈夫?」

 大妖精が心配そうに聞くと。チルノは急にスッと立ち上がる。

「いったぁーーくないって言おうとしてたの!だから全然平気!あたいったら最強ね」

 いやいや涙目で言われても……。

 まあ、ガッツだけは認めるけどね。やっぱりチルノは半端じゃないぜ。

「ふ〜、よかった」

 大妖精は安堵の表情で胸を撫で下ろした。そして一転、私の方を真剣な表情で見つめてきた。

「レティさん、今のってやっぱり……」

 うっ、しっかり見られていたか。

 左手の感覚はいつの間にか戻っていた。


「仕方の無いことだ。私は春には受け入れられない。冬の妖怪だからね」

「そんな……」

 春が近付くと、私は限り無く不安定になる。先程のように、突然体の一部が幽体みたいに透過性を持ったり、空が飛べなくなったり。

 恐らく、春へと変化する幻想郷に私がついていけてないんだと思う。


 ……そして、完全なる春の訪れと共に、私の体は気体の様に空気に溶けていく。


 しかし、勘違いしないでほしい。

 私は死んでしまうわけでは無い。

 空気と一緒に混じってしまうわけでもない。


 真っ暗で何も見えない。何の音も聞こえない。何の匂いもしない。

 ただ、何も感じないわけではない。


 何となくだけど、私は確かにここに居ることを感じるんだ。


 間違いない。これは不純物0パーセントの私だ。空気みたいだけど、空気なんて言わせない。

 ……そして、そんな私が教えてくれる。

 牢獄のような閉塞感や息苦しさは一切無く、慣れ親しんだ柔らかな空気と、広々とした雄大な空間。

 幻想郷は私を完全に拒絶しきっているわけではない。どこに居るのか、どこに浮かんでいるのかも分からないけど、私はずっと幻想郷の住人なんだと……そう感じとることができる。


 それが私にとっての、唯一の救いだった。


 春の訪れと共に姿は消えて無くなってしまうけど、幻想郷には居続けることができるんだ。この子達が……チルノと大妖精がそれを望む限り、冬の再会を約束してくれているんだ。


「後どのくらい、一緒に居られるんですか?」

 大妖精が、恐る恐るといった口調で聞いてくる。この時期になると大妖精は決まって同じことを聞いてくる。

 どのくらい……彼女はチルノ程バカではない。恐らくその答えを覚えている。私は年によって答えを変えたつもりはない。


 それでも毎年同じことを聞いてくる彼女の気持ちを私は悟って、嘘の一つでも付くべきなのかも知れない。


 ……いや、1週間でバレるような嘘なら、やはり付くべきではないか。


「例年通りだ。後1週間もたないくらいかな」

 そう言うと、大妖精は小さな声で「そうですか」と呟き、泣きそうな表情で下を向く。

 私は、大妖精の期待を、弱くて脆く、とても儚い期待をまた裏切ってしまった。

 彼女の気持ちに応えてあげることも、嘘を付いてあげることすらできない自分が情けない。


 自分を情けなく思うことなど、彼女達と出会うまでは一度も無かったというのに。


「大ちゃんもレティも、そんなこと考えても仕方がないよ!とにかく桜の木を見に行こうよ」

 落ち込んだ空気を振り払うかのようにチルノが口を開いた。石で打ったところがまだ痛いのか、手で頭をゴシゴシと擦っている。

 無理して慣れない作り笑いをしているチルノを見ると、彼女は暗い雰囲気とか、寂しい空気が嫌いなんだなと気付く。

 確かにバカに服を着せて羽を生やしたようなチルノには、そんなものは似合わない。

「そうだね。取り敢えず行ってみよう」

「……そうですね」

 大妖精が小さく頷いた頃には、既にチルノは歩き出していた。


 ……。

 …………。


「な、何であたいについてこないのよ〜。あたいに何かうらみでもあるわけ〜」


 恨みっていうか。……いや、だっとほら。

 大妖精と顔を見合わせて微笑を交わす。


「チルノちゃん。そっち違うよ。人間さんの里はこっち」

 大妖精が指差した方向は、チルノが向かった方向と全く正反対だった。

「あれっ、いつの間に!……罠かっ!……って、ちょっと!」

 大妖精の手を引いて、チルノとは逆方向に歩きだす。

「ほらチルノ、おいて行くよ」

「うわっ!ま、待ってよ~」


 体が少し重たかったけど、まだ空は飛べそうだった。でも、敢えて私は歩いて行こうと言った。

 別に、少しでも時間を稼げば、そのうちに桜の花が咲くだなんて思っていない。


 ただ単に、彼女達と話がしたかっただけ。


 春夏秋……彼女達と一緒に居られない季節の分も話をしておきたかった。

 ただ、それだけだ。

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