レティ - その1
冬の忘れ物 - レティ・ホワイトロックの話です。
幻想郷は春の終わり頃……ここに来て実際の季節と全く合わなくなって来ました。
もう気にしません。そのうちまた、周回遅れで合うでしょう。……いや、すみません。
季節限定キャラシリーズとして、レティは書いておきたかったのです。
今回は、あまり大きな問題を出さずに気軽に書ければと思っています。そして、ボリュームもそれなりで。
レティと大チルの絡みはやっぱりいいですね!
でも、どうして冬はレティを忘れて行ったんだろうな~。
いや、今回の話とは全く関係無いんですけどね。
それでは、黒幕色が微妙なレティをお楽しみください。
「今年こそ、やってみたいな」
「ダイエット!」
ゴツンッ!
「ふぎゃっ」
ったく、何て失礼なことを言うのかねこの子は。
「あいててて……何も殴ることはないじゃんか。ちょっとした冗談だよ」
「あんたにそんなこと言えるオツムは無い!」
私がそう言うと目の前の少女、氷の妖精チルノは、頬をぷっくりと膨らませながら殴られた頭を撫でる。
「だ、ダメだよチルノちゃん。レティさんが気にしてることをズバリ言っちゃ」
……くっ!
これだから妖精ってやつは。
もう一人の少女はチルノの友達で大妖精、通称大ちゃん。
チルノと違って打たれ弱いので、ここは我慢して殴らないでおこう。
……私は大人だ。そして黒幕だ!
因みに、どうでもいいことなのだが自己紹介をしておこう。
……自分のことでどうでもいいだなんて、少し自虐的だろうか?あまり気にしないでほしい、春が近付いて少し憂鬱になっているだけだ。
私はレティ・ホワイトロック。予め言っておくが太ってなんていない。標準だっ!
……。
…………。
まあ、その……とりあえず続けよう。
妖怪……冬の妖怪。冬になればどこからとも無く現れて、春になれば誰に何を伝えるでもなく消えていく。毎年同じことの繰り返し。他の妖怪から見れば、私は不可解な妖怪らしい。
冬以外はどこでどうなっているのか。何をしているのか。
……そんなことはどうでもいいこと。語りたくない。
そう言うと、もう誰も私に関心など示さなくなる。元々、そこまで関心を持たれているとは思っていないけど、そのせいで私との別れを悲しむ者も、再会を待ち望む者も、誰一人としていなかった。
この、バカな妖精達と出会うまでは……。
「どうしたのレティ?」
私が浮かばない顔をしていたのか、チルノが若干心配そうな顔で見上げてきた。
もう復活したのか。流石に打たれ強いな。
「特に何もない。チルノが気にするようなことは一つもないよ」
「ふ〜ん。あたいはてっきり、太ってること言われて怒ったのかと」
「だから、太ってないっての!」
ガゴンッ!
「あぐっ!……だ、だから冗談なんだってば、レ、ティ……がくっ」
がくっ、とか口に出しながら昇天したチルノ。
ハッハッハッ……。ついにやっちまった!私がこの手でチルノを!
クックックッ……。手の震えが止まらねえ!
「あー!ち、チルノちゃんが、レティさんのメガトンパンチで、めが……メガトンパンチで〜」
メガ……トンだと。
「言ってくれちゃうね大ちゃ〜ん。口は災いのもと〜、今度は容赦しねぇよ!」
「うわ〜ん。すごく怖いよ〜。何だか分からないけどごめんなさーい!」
大妖精は、それはもう高くて可愛らしい声を上げながら一目散に逃げていく。
足で勝負すれば追い付いて来れないと思ってやがる。許せんっ!
恐るべきスピードと持久力を兼ね備えた、この私のハンティングぶりを思い知らせてやる!
「う〜ん。あたい……最強ね」
「おっ」
っと、意気込んでいたところでチルノが再び復活した。本当に復活が早い。
「おはようチルノ。目覚めは快適かな?」
私がさわやかに言うと、チルノは「む~」と唸り声を上げた。
「そんなわけ無いじゃん!もう〜、そんなにボコスカ頭を殴って、あたいバカになっちゃったらどうすんのさ!」
ご心配なく。それならもう手遅れです。
……ったく、これだから妖精ってやつは。
でも、彼女達のことは嫌いじゃない。私は、冬以外どこで何をしているのか……誰も、自分自身ですら知らない妖怪。故に、知り合いがほとんどいない。冬は妖怪にとってもあまり活発に行動する時期では無いし、例え知り合ったとしても、その関係は春の訪れと共に終わってしまう。長い年月を生きる妖怪にとっても、そういう意味では1年の4分の3は長い時間なのだと実感してしまう。
……まあ、妖怪なんて大体そんなものだ。
「あたいったら最強で天才ね」
……。
そう言えば、私がチルノと、大妖精と知り合ったのはいつだっただろうか。正確な年数は覚えていないが、もうしばらくになるような気がする。確か、当初から二人は仲が良く、私と初めて出会ったときも一緒だった。
一緒に悪戯して遊ばない?
そんな誘いだった記憶がある。悪戯というのがいかにもバカっぽくて、妖精の知能レベルを一瞬鼻で笑った。でも、自分でもバカだとは思ったけど、別について行くだけならいいけどって言ったら、二人はすごく喜んで自己紹介を始めた。
……よろしく!
チルノの手を握ると、私よりもずっと冷たかった。正直、私よりも冷たいのには驚いたけど、すぐに氷の妖精だと分かった。付き合い出すと、チルノ自身も相当寒い奴だってことも知った。成程、体温でチルノの下をいこうなんて、いくら私でも無理な話だったようだ。
大妖精の手は暖かかった。チルノのせいで冷えてしまった手を暖めるため、ずっと握っておきたいと思ったほどだ。でも、結局大妖精が何の妖精なのかは分からずじまいだった。今も分からない。本人が分かっているかどうかも、謎だ。
悪戯の内容だって余りにも幼稚で、見ているだけで恥ずかしくなるようなことばかりだった。
バカで、遠慮がなくて、どうでもいいことに精一杯になる。
本当に妖精ってやつは疲れる。どうして今もこうして一緒に居るのか不思議になるくらい。
私は面倒なことは嫌いだ。
ただ、春の訪れを……私と別れるのを本気で悲しんでくれたのは彼女達だけだった。冬の訪れを待ってくれていたのも……。
つまらないことやどうでもいいことは意外と覚えているくせに、私の名前を覚えてもらうのにかなり苦労した……そんなバカな妖精達が、長いと思われた1年の4分の3という時間が経っても、私のことを覚えてくれていたのだ。
また来年も一緒に遊んでくれる?
寂しそうな表情で聞いてくる彼女達の問いに、私はあまり期待せずに、適当に頷いて答えた。
ただ、初めて自分が期待していたことに気付いたのは、彼女達がこんな投げやりだった私に対して、満点の回答を返してくれた時だった。
正直嬉しかった。妖精達にこんな気持ちにさせられるなんて、少々不覚に感じたりもしたが、それ以上に、彼女達が私と一緒に居ることを望むのなら、それを叶えてあげたいと思った。
口では疲れるとか、全く妖精ってやつは等とぬかしている私だが、誰よりもそれを望んでいたのは他でもない私自身なのかもしれない。
そして恐らく、私が春の訪れを憂鬱に感じるようになったのはその頃からだった。
大妖精は言う。春はとてもポカポカして、沢山の花が開いた木の下で居眠りしたくなるほど気持ちいい季節だと。
チルノは言う。夏は暑くて大嫌いな季節。でも、湖で行う水浴びが一番楽しい季節だと。
二人は言う。秋は森に様々な食べ物が実る季節だと。手当たり次第木の実を食べていて、二人仲良くお腹を壊したとも言っていた。
そんな話を、まるで子供のような純粋な気持ちで聞いた。
私は四季を知っている……ただ、彼女達の様にそれを楽しむ術を持っていない。
……だから、
そうだ、私はこの子達と一緒に、幻想郷の季節を巡りたかったのだ。
毎年冬が訪れるとそんな目標を立ててみる。彼女達と出会うまではそんなこと、ただの一度だって考えたことはなかった。
でも、それがどれだけ不可能なことか、私自身が一番よく知っている。体に染みついた感覚。自分ではどうすることもできないほど歯痒くて、恐ろしくて……春が怖かった。
これは目標などではなく、ただの夢なのかもしれない。
……夢?
あれっ?夢と目標って何が違うんだっけ?
目標は手を伸ばせば、背伸びをすれば、努力をすれば達成できそうな事?
夢は頭の中で想像して、思い描いて、9割の願望と1割の目標を含んだ漠然とした未来の像?
だとすると、夢の1割は目標から成り立っているのだろうか?……正直よく分からない。
でも、もしそうだとすると、なかなか諦められないところを見る限り、これはまだ目標だと見栄を張ってもいいのだろうか?
何とも情けない見栄ではあるが……。
「あっ、チルノちゃん起きたんだ〜。よかったぁ」
周囲をぐるりと一周してきた大妖精が元の場所に戻ってきた。意図的にか無意識かは分からないが、これなら特に追い掛ける必要もなかったようだ。
妖精の特性?
見くびってはいけない。なんと言ってもあの妖精だ。
「お帰りなさい」
「はうぅ〜、れ、れてぃさん……やっぱりまだ怒ってますか?」
大妖精は私の顔を見るや否やおどおどし始めた。失礼な、私は鬼でも悪魔でもない。
「私は初めから怒ってなんてないけど……ただ、メガトンはやめほしい。どこでそんな言葉を覚えてきたかは知らないけど、私のように華奢でか弱い妖怪に、そんな殺人的技を繰り出すのは無理だ!」
華奢でか弱い!まさに私にぴったりの言葉だ。
……何か文句ある?
「ほぇ……?」
大妖精は首を傾げる。今の言葉のどこに引っ掛かっているかは謎だが、あまり嫌味ったらしい顔をするものなら今度こそ殴ってやろうと思っていた。
取り敢えずはセーフといったところだろうか。
「でも怒ってなくてよかったぁ〜。……あっ、それにしても結局レティさんが今年やりたいことって何だったんですか?」
「ん、気になる?」
「はいとても」
大妖精は興味津々で食いついてくる。
「あたいは知ってるもんね〜。それはズバリッ!ダイエっ」
「殴るよ」
「……ごめん」
この際正直に言おう!確かに体重に関しては若干ではあるが気になっている。しかし、それはあくまで女の子として自分の体重を気にするレベルだ!
よって、私は太ってはいない!
そして、決して痩せてもいない!
だから、もっとスリムボディを手に入れたい私とすれば、痩せるのを目標にするのも悪くはないかもしれない。
「じゃあ結局何なのさ?レティのやりたいことなら、あたいも知っておきたいよ。何か力になれるかもしれないし……」
チルノは特に何も考えずに言っているのだと思うけど、少し嬉しかった。悔しいから礼は言わないが……。
まあ少し恥ずかしいが、この二人にならいいだろう。最悪、すぐに忘れてくれそうだし。
「笑うんじゃないぞ」
「わっ、笑ったりしません!」
大妖精は両手をグッと握り締めて、顔を引き締める。
いや、そこまで面白話じゃないかもしれないぞ。
「その……まあ、お花見をすることだよ」
「お、お花見……」
ポカンとする大妖精と、首を傾げるチルノ。9割方、予想通りの反応だった。
なんてことはない。そう思うかもしれない。
しかし、桜は春に花開くものだ。それがどういうことか私にも分かっている。
……私は桜の蕾しか見たことがないのだから。