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東方連小話  作者: 北見哲平
ルーミア 〜 笑顔の魔法
40/67

ルーミア - EXTRA

まさかEXTRAの更新に1ヶ月近く掛かってしまうとは……自分のヘタレっぷりを再実感させられ軽くブルーになりそうです。


さて、今回のEXTRAは慧音の話です。前回あれだけ書いてまだ慧音で書くかって感じですけど。すみません、はい……。

慧音とルーミアの初めて出会った時の話。時間は若干戻って、本編のルーミア回想の中盤ぐらいになります。

それにしても草薙の剣/天叢雲剣(他にも呼び方あるけど)ってカッコいいですね。皆さんはどちらで呼ぶ派ですか?

考えたことが無い?……そりゃそうだ。

因みに自分は気分で変えますね。どうでもいいですけど。

「慧音さーん。また妖怪が現れました!」

 満月の日から一夜明け、寺子屋が休みなのをいいことに昼夜逆転生活を満喫していた私だったが、突然激しく呼ぶ声に目を覚まされた。

 時間は……午後3時。夜が明けてからだとそれなりに眠ったことになる。しかし、まだ少し眠い。先週は仕事が特に急がしかった上に、週末は歴史書の編纂作業。……正直なところ今日はゆっくりと休ませてほしいところだが、里に妖怪が出現したのなら行かないわけにはいくまい。

ガラガラガラ……

 女の子は準備に時間が掛かるんだ!とか、乙女チックな理由で時間をもらいたいところだが、そこまでゆっくりできる状況ではないようだ。私は寝起き一番、自分の姿を鏡で見ることすらせずに玄関に向かった。

 ここで笑った者は失礼だぞ。私はれっきとした女の子だ!むしろ少女だ!身だしなみは当然気にしている。

 ……いやすまん。千年単位で生きていて「少女」は言い過ぎかもしれない。自分で言ってて悲しくなってきた。乙女で許してくれ。

ガチャ、キィィ〜

「あっ、慧音さん。遅いですよ……って!えっ?パジャマ!?」

 私を呼びに来たのは、里で一番の酒豪との呼び声が高い男だった。

「遅いとはあんまりだな六介。これでも、起きてすぐここまで来たつもりなんだが」

 確かに、今は昼過ぎなので少し遅くは感じたかもしれないが、寝起きなら間違いなく早い方だったはずだ。

 でも、確かにパジャマは少し……いやかなり恥ずかしい。寝癖も気になるし。

 ああ、これで早速だが、また私の印象が「乙女」という二文字から遠ざかっていく。

 ……何!キモいだと?……頭突くぞお前!

「昨晩はお仕事でしたか。それは申し訳ありませんでした。で、何をボソボソ喋っているんですか?」

 おっ!うわっ、いつの間に。

「あっ!いや何でもないぞ。それより、早く妖怪が現れた場所に案内してくれ」

「りょっ……了解しました」

 私のことをやや気遣った表情を見せた六介だったが、里に妖怪が現れたとなるとこの際仕方ない。


 パジャマ上等!

 寝癖上等!

 脱乙女上等!


 うぅっ……。

 地味に涙が出てきそうだった。



「で、六介。里に現れたのはどんな妖怪だ」

 妖怪が現れた場所へ走りながら、六介に問う。

 私は、恐らくこの里の住人の中では、戦闘において最も力を持っている。例え満月の力を借りなくてもそれは変わらない。

 まあそういうこともあってか、妖怪が出現したときにはよく、現状のように皆に頼ってこられる。

 私も人間に害をなす妖怪を放ってはおけないので、快く引き受けることにしているのだ。

 そう、例えパジャマ姿だったとしても……あ〜、スースーして違和感だっ!


「最近毎日のように現れているガキの妖怪ですよ」

 餓鬼だと?

「餓鬼っ?最近そんなやつがよく現れているのか?知らんぞ」

 私がそう言うと、六介は「えっ」と驚いた後に少し顔をしかめる。

 ……そして、しばらくして何かに気づいたようにハッとする。

「慧音さん餓鬼じゃなくてガキです。子供って意味ですよ」

「ん、ああ。そう言うことか」

 ……子供の妖怪。それなら話は聞いている。確か、人肉以外は口にしないかなり危険な妖怪。最近は何度も里に現れているが、皆で撃退していると。

「これがしつこいガキでして、危なくなるとすぐに逃げるんです。だから今日こそは慧音さんの力で仕留めていただきたいんですよ」

「あ、ああ……そうだな」

 里の住人に撃退されるということは、私にとっては雑魚。退治するのは容易いはずだ。

 私は、人間の里を護る者。だから、人間に牙を向く妖怪は子供だろうが何だろうが容赦なく排除してきた。今回だってそれは同じ。

 心は痛まない……と言ったら嘘になってしまうかもしれないが、そんなことで私は務まらない。

 妖怪に大切な者を奪われた人間達の哀しみに比べたら、私の心の痛みなどあってないようなもの。そして何より、その哀しみに少しでも応える為には、いくら子供とはいえ凶悪な妖怪を生かしておくわけにはいかないのだ。


 ……パジャマ姿ではいまいち様にならないな。胸のところには大きく「妹紅ラブ」とか書いてるし。色もフェニックスカラーで派手過ぎるし……私のイメージが台無しだ。

 これじゃある意味羞恥プレイだ!……くそっ、私にこんな思いをさせやがって。妖怪許すまじ!


「慧音さん着きました。あいつです!」

「おっ?……ああ。六介ご苦労」

 と、まあ私が一人で勝手に意気込んでいるうちに現場へ到着した、のだが。そこにあったのは、私が全く予期せぬ光景だった。

「なっ!これはどういうことだ」

 里に現れた妖怪は、確かに幼い少女の姿をした人食いだった。稗田家の幻想郷縁起で見たことがある。あれは宵闇妖怪のルーミアに間違いない。幼い外見に騙されてはいけないのも知っている。これまでに何度か被害報告も出ているし、力はそこまで強くないといっても、里に現れれば危険な存在だというのは疑いようのない事実。

 ……しかし、

「六介、これは一体どういう状況だ?」

 私はここに、妖怪を退治するために来たのだ。ルーミアから里の住人を守りに来たのだ。

 しかし、来てみればどうだろう?

 私が倒すべき存在のルーミアは、弱々しい表情で地面に膝をついて、私たちに向かって何かを必死で訴えようとしている。

(ゆ・る・し・て・ほ・し・い・の・か……)

 読唇術でルーミアの訴えを読み取った。長年生きていると様々な能力が身に付くもので、使おうと思えば結構使えるものだ。

 それにしても、許してほしいとは一体何のことだ?


(ご・め・ん・な・さ・い……)

「六介っ!ルーミアはどうして謝っているのだ?……そして」

 そして、どうしてあんなにも傷ついているのだ?昨日の雨のせいもあってか身体は泥まみれで、髪の毛も泥色に染まっている。そして何より、心まで弱っているように見えた。表情もさることながら、瞳に光が感じられなかった。

 私はルーミアのことをあまりよくは知らないが、これが彼女本来の姿だとはどうしても思えなかった。そして、人間の前で頭を下げて必死で許しを請う姿は、もはや私の知っている妖怪の姿とは掛け離れていた。

 里の男達に蹴られ続けても、ひたすら懇願するだけ。こんなにもか弱い妖怪を、私は初めて見た。

「あれ?慧音さん知らなかったんですか。これがあいつのやり方なんですよ。もう人間を襲わないとか、仲良くしてほしいとか適当なことを言って、油断したところを襲う。へっ!いくら弱いからって、本当に姑息なやつですよ」

 ……違う。

 遠目でも分かる。身体を痛めつけられたルーミアに、妖力はほとんど残っていない。反撃は不可能だ。

 それに、いくら彼女が弱かろうが、一般の人間に遅れをとるとはまず考えにくい。


 ……もう人間を襲わない。

 ……人間と仲良くしたい。


 だとしたら、これはルーミアの本心だというのか?


 分からない……。彼女は妖怪であり、これまでに多くの人間を殺してきた。それは、恐らく彼女にとっては当たり前のことで、私達はそんな彼女を人間の敵だと認識してきた。

 ……敵?

 これが……私の視界の中で泣きそうな表情をして地面を舐めている少女は、それでも人間の敵だというのか?

 情けや同情を掛ける必要は無いと思う。彼女は妖怪だ。人間の里でも甚大な被害が出ており、彼女の手によって多くの者が命を落としている。

 更に、私は人間の味方だ。誰よりも長く人間と付き合ってきて、誰よりも人間というものを理解している。彼らが今どんな想いでルーミアのことを蹴り付けているのか、殴り付けているのかが痛いほど分かる。

 小さな少女を大の大人が取り囲んで痛め付ける。

 ……醜い光景だった。でも、これは嫌になるくらい仕方がないことだった。私には彼らを止めることは出来ない。ルーミアに救いの手を差し伸べることは、人間に対しての酷い裏切り行為になってしまうのだ。

「六介……私はどうしてここに呼ばれたのだったか?」

「えっ?」

 一部の例外はあるにせよ、人間は圧倒的な弱者であり、妖怪は強者だと思ってきた。……そして私は、そんな人間を守り続けてきた。

 それが、私の信念であり正義だったからだ。


 しかし……、


ギュッ

 気が付けば、私は剣を手にしていた。

 内に潜むハクタクの妖力を凝縮し具現化させた一本の剣。私はこう呼んでいる。

雨叢雲剣あめのむらくものつるぎ

 外の世界の神話に登場する三種の神器の一つ。それを私のイメージで再現させたもの……スペルカード「三種の神器」とは全く別の性質を持つもう一本の剣。

 私の信念の結晶であり、これまでに多くの妖怪を切り裂いてきた刃。

「私は、この剣でルーミアを葬らねばならないのか」

 必死で許しを請うルーミア。彼女は気付いていないのだろうか。あるいは、気付いてもなお止めることを、諦めることを知らないのだろうか。

 ……こんなことは無意味だ。

 半分妖怪である私がこんなことをいうのもなんだが、人間は恨みの深い生き物だ。身近な命を奪った敵に対して……慈悲も情けも無い。

 だから、ルーミアがずっとこんなことを続けるのであれば……人間は間違いなく、いつか彼女を殺す。危なくなったら逃げていくと言っても、いつまでもつのか分からない。現に今回は私が呼ばれ、右手に剣を握りしめている。

 その気になれば、私はいつだって彼女にトドメをさせるのだ。


ギュッ

 私はもう一度、剣を強く握りしめた。そして一歩、また一歩と前に足を踏み出す。


 だったら……私がルーミアを殺すしかない。

 私は、人間のこんなにも醜い姿をこれ以上みたくない。いくら相手が妖怪だからといっても、許されることだといっても……これではどちらが本当に正しいのか見失ってしまう。

 ルーミアが妖怪だという事実がなければ、これはただの虐待なのだ。

 そして何より、人間達の手が彼女の血で染まってしまうのが怖かった。あるいは、今はそれでもいいのかもしれない。しかし、その血を洗い流したくなる時がいつかきっと来る。

 無抵抗な妖怪の少女を無慈悲に殺したということに、罪の意識が芽生える時がいつかきっと来るはずなのだ。

 私は人間達にそんな思いをさせたくない!

 ……だから、


ザッザッザッ……

 決心した私は、ルーミアの元まで歩み寄り、地面に膝をつき俯いている彼女を見下ろした。

「け……慧音さん!どうしたんですかその格好!」

 私が来たことに気付いた男衆は、一旦ルーミアを痛め付けることを止め、私の姿に注目した。

 ……ったく。よりによって妹紅ラブパジャマ姿でここまで来てしまうとは、最悪だ。これではどんなに冷静に振る舞っても全く決まらない。むしろ、自分が今冷静かどうかなんて判断は不可能だった。

「どうもこうも無い。見て分かるだろう、私は完全に寝起きだ。とにかく……早く終わらせたい。だからお前達は下がっていろ」


 私がそう言うと男達は大人しくルーミアから距離をとった。

 恐らく、出来るなら自分の手で、と思っていた者もいるだろう。

 だが、ここは私がやるべきなのだ。……理解してほしい。


 ルーミアはずっと地面に向かって、時折嗚咽のようなものを漏らしている。

「あぐっ」

 剣先で彼女の顎を持ち上げて、視線を無理矢理上げさせる。

 私は、この時初めて、人間を殺めてきた妖怪の涙を知った。すがるように、弱々しく私を見つめるルーミア。妖怪がこんなにも儚く、愛おしく感じたことは無かった。

 剣を持つ手が震え……いや、全身が震えているのが分かった。

 私が守り続けてきたのは人間だったはずだ。私にとって人間こそが、本当に愛おしく想うべき存在だったはずなのだ。

 そのはずなのに……どうしてルーミアを見て私は震えているのだろう?

 本来なら普通の人間を凌駕する程度の力を持っている彼女が、なぜ私が守るべき存在に思えてくるのだろうか?

 あるいは、私の中に流れる妖怪の血が、ハクタクの本能が、このような気持ちにさせているのだろうか?

 彼女を殺してはならない。同情でも何でもいい、手を差し伸べてあげるべきだと、そう言っているのだろうか?

 この説明し難い体の震えは、そう言うことではなかろうか?


「くっ」

 ……しかし、それは無理な相談だ。

 私は人間を裏切ることはできない。

 ここでルーミアを助けてしまうとどうなる。これだけの人間が見ているのだ、話しはすぐに里中に広がるだろう。

 私が、多くの人間を殺めた妖怪を助けたと……。

 今まで築き上げてきた信頼が崩れてしまうかもしれない。里を追い出されることは考えづらいが、何らかの代償を支払わなければならなくなるかもしれない。

 それらしい理由を考えれば、皆納得してくれるかもしれない。しかし、今の私にはその理由すら想像がつかなかった。


 私が、生きていく中で一つだけ耐えられないことを挙げるとすれば、それは人間に拒絶されること。

 人間の世界で居場所を失ってしまうと、私はもう生きていけなくなる。それでもまだ、生き物として存在するのであれば、それはもう私では無いのかもしれない。


 ……ルーミア、許してくれ。

 体の震えは止まらない。しかし、体が震えていても剣を振り上げ、降り下ろすことはできる。

 今はそれで十分だ。

「くうっ」

 ルーミアが突然顔を歪める。私の震えが伝わった剣先が、彼女の首を傷付けていた。

「あっ!すまないっ、うっ……な、何でもない。気にするな」

 私は何をやっているのだろう。これから殺そうとしている相手を気遣うなんて。

 体の震えは、徐々に激しさを増していく。止めようと思っても、一向に止まらない。

 どうして私はここに来てしまったんだ。

 こんなことなら……こんなことになるなら、六介が呼びにきたとき居留守でも使うべきだった。

 無理をして急いで出てきたというのに、皆に妹紅ラブパジャマ姿を見られてしまい、更にこんな思いをすることになるとは。何とも歯痒い話だ。

 くそっ!


 私は剣を頭より高い位置に振り上げた。

「ルーミア……許せ」

 先程傷付けてしまった彼女の喉元からは、少量ではあるが流血が見られ、首を伝って細い糸を引いていた。

 赤い血。人間と、私みたいな半獣人とも何も変わらないほどそれは赤く、生き物にとって、どこか特別な意味が秘められているような、かけがえの無い赤に見えた。

 体の震えが更に激しくなっていく。私は堪らず瞳を閉じた。

 彼女の、何かにすがるような表情も、赤い血も、もう見たくなかった。少しでも、この体の震えが収まるように、淡い期待を込めて。


 この剣を降り下ろせば、彼女はもっと辛そうな表情で固まるだろう。辺り一面が赤色で満たされてしまうだろう。


 ……そんなことは分かっている。


 しかし私は、その為にここに来たのだ。それが人間の為になるのであれば、彼女の体をズタズタに切り裂いて、原形がもはや特定不可能なほど完膚なきまで粉微塵にすることすらいとわない。

 それで人間が喜んでくれるなら、人間の恨みや憎しみが少しでも解消されるのであれば、躊躇ったりはしない。


 それが私だったはずだ。

 それが私の信念だったはずではないか……。


 しかし……


「ごめん……なさい」


ズサッ

 ……どうしてだ?


 聞き取ることが精一杯なくらいの、小さくて弱々しい声。しかし、決して聞き逃すことができないような……耳を伝って、心に響いた。

 震えは止まった……しかし、その代わりに体中からフッと力が抜けた。

 剣は私の手から滑るようにずり落ち、地面に接触する音を残し霧消した。


「早く逃げろ」

 私はルーミアにしか聞こえない、あるいはルーミアにすら聞こえているか分からないような小声で言った。

 私には彼女を殺すことはできない。

 ……違う。

 彼女に生きてほしいと、幸福になってほしいと感じたからだ。妖怪に対してそんな気持ちを抱いたことが自分自身でも信じられなかったが、それは否定のしようがない事実だった。

「ありがと、なのか……」

 彼女は、こんな中途半端な私に向かって礼を言った。妖怪にありがとうと言われるのは、何十年ぶりだろうか。

 私は、感謝されるべきことは何もしていないというのに。


 ルーミアの弱々しい妖力が次第に遠ざかって行くのが分かった。

 ゆっくりと目を開ける。

 彼女の姿はもうそこにはなく、一番に目に入ってきたのは、心配そうに駆け寄ってくる里の男衆だった。

「どうしたんですか慧音さん?もしかしてあの妖怪に何かされたんですか?」

「ん……あ、いやそう言うわけではない。……実は見ての通りの状態でな。まだ体が半分眠っていたようで上手く剣を扱えなかった。あれは私の妖力の結晶だから、維持するだけでもかなりの集中力を要するのだ。……申し訳ない」

 ……本当のことは言えなかった。言えるはずがなかった。

 しかし、それにしてもなんて嘘だよ。ここまで来るのにあれだけ走ってきたのに、体が半分眠っていることがあるか。……結果的にはこの妹紅ラブパジャマに助けられたわけか。情けない限りだ。

 そして何より、人間に嘘をつくことに、大きな後ろめたさを感じているのだった。

 ……皆、本当にすまない。

「いえいえ。慧音さんに何もなくてよかったです。……それにしても六介!お前も少しは気を使え!ったく、お前は1週間酒禁止だ」

「そ、そんな馬鹿な……1週間も酒を抜いたら廃人になってしまう〜」

「す、すまない六介」

「あ、そんな。悪いのは俺ですから……無理をさせてしまって申し訳ありませんでした。駄目ですね、慧音さんに頼りっぱなしでは……」

 頼りにしているというのは信頼してくれているということ。

 嬉しかった。そして、嘘をついてすまない。

 しかし、私にはできなかったのだ。不思議と後悔もしていない。自分の責務を全うすることよりも、彼女を生かすことを選んだ。

 これが、後にどういう結果をもたらすかは分からない。

 ルーミアにとっては、またつらい思いをするだけかもしれない。あるいは、彼女がまた以前のように人間を襲うようになるかもしれない。そして最終的には、私の手で彼女を殺すことになるかもしれない。

 でも、私は信じたい。直感に従ったことが、これからの未来、人間にとって、ルーミアにとっても明るく幸あるものになることを。


 私は……後悔だけはしたくなかったのだ。



「慧音先生。テストの回収終わりました」

「……ん」

 少女の声で次第に意識が覚醒していくのが分かる。

 てすとのかいしゅう……てすとの、んっ?……テストの回収っ!

「おうっ!」

 ハッとする私。いかんいかん、どうやらテストの最中に眠ってしまっていたようだ。

「起こしちゃったみたいでごめんなさい。最近お仕事忙しいんですか?」

 テストの答案を抱えながら心配してくれたのは、私が担任しているクラスの日隈千穂だった。

「いや、千穂は悪くないぞ。どんなことがあろうと、例えテスト中だろうと眠ってしまうのはよくないからな。申し訳ない」

 軽く頭を下げながら答案を受け取る。

 ふぅ~、今日は帰ってから採点だな。これも仕事だから頑張らなければ。

「慧音先生、無理だけはしないでほしいです。疲れているのなら、せめて私達がテスト中の時くらい寝ててもいいと思います……それに」

 それに?

 千穂が視線を移したその先には……、

「う~ん、お腹一杯で幸せなのか~。むにゃむにゃわは~」

 それに、テスト中であろうがなかろうがいつも寝ている奴もいたか……成程な。

「またルーミア……ったく、どうしてルーミアは私の授業になると楽しそうに眠り出すのだ?何か恨みでもあるのか?」

 ルーミアの答案を確認すると……名前しか書いておらず、後は見事なまでに白紙だった。


 いつの間にか、何の前触れも無く寺子屋に通うようになったルーミア。誰に許可をもらったのか、勝手に私のクラスに入ってきて、今はクラスの人気者でありマスコット的存在でもある。休み時間になると子供らしく積極的に体を動かすし、とにかくバカみたいに明るいので、クラスに一瞬で馴染めたのも頷ける。

 でもこうなった以上、ルーミアも私にとって可愛い教え子の一人だ。彼女にも、他の教え子に負けずとも劣らない愛情を注いでいくつもりだ。

 と、まあそれは別に構わないのだが。


コツコツッ

「夢の中で何を食っているか知らんが、まだ昼食には早いぞ!」

 コツコツとルーミアの頭をコツく。

「う、う~ん……おひるごはん、なのか~?」

 目をゴシゴシこすりながら起きたルーミア。夢の中でさんざん食っているはずなのにまだ食うか。まあ、実際に夢じゃお腹は膨れないって言うから当然か……少し違うか。

「ったく、せめてテストの時くらいは回答が終わってから寝てくれないか。採点が楽で助かるが、とりあえず白紙で提出するのはやめてくれ」

「でも、今回は名前まで書いたのか~。名前を書いていれば0点じゃないんだよね」

「名前だけ書いても0点だ!」

「そーなのかー」

 私のテストは名前に配点するほど甘くないぞ。選択問題もたった五問だけだ!

「それにしても、今日の慧音は優しいのか~。いつもだったら、私が寝てたら頭突きで怒られてるのに~」

 ん、そうだったか。

「いや、まあ。私もつい寝てしまっていたからな。ここでルーミアを強く叱って、男子達に「慧音先生も寝てたじゃーん」とか言われるのが嫌なだけだ」

 自分を棚に上げていると、子供は容赦なく突っ込んでくるからな……ここは少し慎重になるべきだ。

「楽しい夢見られたのか~?」

「ん、私か?……う~ん、楽しいというか……う~ん、夢は……見てないな」

 実は、確かに夢は見ていたような気がする。

 でも、どんな夢だったか?よく思い出せない……まあ、夢なんて大体そんなものだろう。

「私は見たよ夢っ!お腹いっぱい美味しいケーキを食べる夢!美味しかったのか~」

 むしろ、夢の内容をそこまで鮮明に覚えているルーミアの方が少しおかしいだけの様な気がする。味とかも感じるみたいだし……。

「ケーキって……皆が必死でテストを受けている時にパーティーでも楽しんでいたのか?」

「うんっ!私のお誕生日会だって!慧音が超特大のケーキを買ってきてくれたんだよ。わは~」

 ルーミアは大きく口を開けて、これ以上考えられないくらいの明るい笑顔を見せる。

 確か「笑顔の魔法」とか言っていたか。確かに、周りの皆まで巻き込んでしまうような、非の打ちどころがない程の笑顔だ。見ているだけで自然に顔が綻んで、もやもやした負の感情がどこかに吹き飛んでしまう。

「そう言えばルーミアの誕生日っていつだったか?」

「う~ん、分かんない。あんまり気にしたことなかったのか~」

 しかし何だろう?それとは違う、全く違う嬉しさが心の奥底から込み上げてくる。そして、それは私の心をあっと言う間に満たし、心を穏やかにしてくれる。ルーミアの幸せそうな表情を見ているといつも私は二重の喜びで胸がいっぱいになる。

 理由は分からない。しかし、私はその理由をついさっき思い出していたような気がする。

 気がする?……非常に曖昧だ。この曖昧さは、どこか夢の曖昧さに似ているような気がした。

 夢……か。

「それなら明日、ルーミアの誕生日会を行ってみるか」

「ほえっ?慧音~、明日が私の誕生日かは分からないのか~」

「気にするな。私も忘れたので勝手に自分で決めた。大体、自分の誕生日が分かる妖怪の方が珍しいぞ。だから、そう言う時は自分で好きな日を決めるといい。明日が嫌なら明後日でも構わない。来月でも再来月でもいいぞ」

 我ながら、結構いい加減なことを言ったなと思う。でも、いい加減でも別に構わないだろう。

 誕生日を決めてよかったことが、私にはたくさんあったからな。

「お誕生日のケーキ……ある?」

「勿論だ!特大のケーキを特注で用意してやる!」

「それじゃあ明日と明後日とその次の日……毎日誕生日がいいのかー!」

ゴツン!

 今度は少しだけ本気で頭に拳骨を落とした。

「いっ、痛いのか~」

「お前は私を破産させる気か!誕生日は年に一回だけにしろ!」

「あぅ~、だったら明日にするのか~」

 まあそう来ると思ったけどな。

「よしっ、決まりだっ!皆聞こえたか。そう言うわけだから明日までにルーミアへのプレゼントを用意しておくこと。いいな!」

「おーーー!」

 ああ、このクラス全体が一丸となった感じ……素晴らしい。

「因みにルーミア。私からのプレゼントは特注バースディケーキだ。皆からは何が欲しい?」

「え~っとね!」

 まあルーミアだからな、聞くまでも無くそれは……。




 少し前、ルーミアと二人きりの時に私はこんな話を切り出した。

「ルーミア。私と初めて会った時のこと覚えているか?」

「慧音と初めて……と言えば、あの可愛いパジャマを着てた時だよね」

 うぐっ!しっかり覚えているものだ。

「そ、そうだ。その時だが……」

「あの時は私のことを見逃してくれてありがとう。いや~、慧音が本気になったら私どうしようもなかったのか~。えへへ~」

 ルーミアはえへへ~と笑う。あれはルーミアにとってつらい想い出であることには間違いないのに、それを全く感じさせないほど明るい口調で話した。そして笑顔は、彼女の持ち味であるいつものそれだった。

「ふぅ~。ルーミアにそんな顔をされると、私の言いたかったことが言えなくなってしまうな」

「はにゃ?慧音は何を言いたかったの?」

「……いや、とりあえず忘れてくれ」

「変なの~」

 ルーミアは可愛く首を傾げてニコッと笑う。

 本当に、彼女はいつでもどこでも感心するほど笑顔を絶やさない。そして今となっては、その笑顔が「いかにもルーミアらしい」「それでこそルーミア」と思えるほど私に、そして里の皆に定着している。

 彼女は笑顔の天才だ。

 笑顔の天才だと……少し恥ずかしいな。私の心の中だけに留めておこう。


 だが、よくよく考えてみれば、今のルーミアにとって私が言いたかった言葉など、あまり意味の無いものなのかもしれない。彼女にとっては嬉しい言葉でも何でもなく、逆に気を使わせてしまうかもしれない。ルーミアが誰かに気を使うところなど、私は別に見たくはない。

 それならば別に、わざわざそれを伝える必要はなかろう。



「私は、これからも大切なものを守り続けて行くだけだ」

 そう。それが私の信念だ。

「ごめんね慧音。お仕事増やしちゃって」

「んっ?何のことだ?」

 ルーミアは若干恥ずかしそうに、上目づかいで私の表情をうかがいながら言った。

「だって、慧音は私のことも守ってくれるでしょ。私妖怪だし……なんか守らなきゃいけない存在増やしちゃって悪いな……とか、そんなこと思っちゃったりして」


 成程……やはり気を遣わせるのは悪いな。


「守るべきものが多いのは、それだけで幸せなことだ。人間でも妖怪でも、妖精でも神様であっても……守るべき存在が増えることは、私にとっては生き甲斐が増えることだ。だからルーミアには感謝している」

「前向きだね!」

 私は二カッと笑って見せる。

「私も、少しはルーミアを見習わなければと思ってな!」


 そう、守るべきものが多いことは良いことなのだ。

「じゃあ私は、慧音がもっともっと幸せになれるように頑張るのか~。応援してねっ!わは~」


 無邪気な表情で笑うルーミア。


 初めて出会った時、私の前で力なく苦しそうに嗚咽を漏らしていた彼女の姿を思い出す。弱々しく、救いを求めるような瞳で私を見つめて来た。

 もし彼女がこんなにも可愛く笑えることを知っていたら……これが本来の姿だと気付いていたら、私にも彼女を救うことができたのだろうか?

 人間に嫌われることを恐れて、無難な選択肢を選んでそれで満足してしまう。私は、これまでずっとそうやって生きて来たのかもしれない。正直、誰かに自慢できるような生き方ではないと思っている。

 しかし皆は、私を称賛し頼ってくれる。そして、それに対してどこか悦に浸っている自分がいる。

 実のところ、そんな自分が割と嫌いじゃ無かったりする。

 私はよく頑張っている。

 ……だが、教師である私が、自分自身の生き方に百点満点を与えたいと思ったことは一度も無かった。七十点、八十点、九十点……私は中途半端な優等生だ。


「応援するぞ。力にもなる、そして守ってやる……これまで何もしてやれなかった分、私にできることは何でもしてやる」

 ルーミアが一番つらい時に何もしてやれなかったことに対しての罪滅ぼしってわけではないし、それが罪だったとも言いきれないが……もう彼女が笑顔を失うことがあってはならない。

 ……いや、むしろ彼女にはずっと今のまま笑っていて欲しいと……強くそう願う。


「えへへ~。それじゃ、何か一度捨てた娘を迎えに来たお父さんみたいだよ!……まあ、私は捨てられたわけじゃないけどね~」

「はぁ?」

 何のことか分からずに口をあんぐり開ける私に向かってルーミアは言った。

「気にしないで。私は慧音のこと大好きだよ」


 ……。

 …………悔しいな。


 優等生と劣等生は紙一重。もしこのルーミアの笑顔を引き出したのが自分であったら、私は初めて自信を持って優等生を名乗れたかもしれないのに。……尤も、ただ満点を取るだけが優等生とも限らないのだがな。


「でも折角だから、慧音にいっぱい甘えちゃおうかな~。えへへ~、実は一度行ってみたいお食事屋さんがあったんだぁ~。はにわ亭なのか~」

 うぐっ!はにわ亭と言ったら、里でも三本の指に入る高級料亭ではないか。

「ルーミアは質より量だと思っていたのだが。……牛丼ではダメか?」

 私がそう言うと、ルーミアは頬をぷっくりと膨らませて「む~」と小さく唸る。

「慧音は失礼なのか~。私は食べられたら何でもいいってわけじゃないよ。以前食べてた葉っぱとか雑草は美味しくなかったし……美味しいものをお腹いっぱい食べられたら一番幸せなのか~」

 つまり、質も量も両方求めているってことか。牛丼も美味い美味いと言いながら食ってたくせに。

「はぁ~、口は災いのもとってことか。……分かったよ。長く生きているんだから、一度は行ってみたいと私も思っていたんだ。今晩にでも食べに行くか」

「やったね!わは~」

「だが、一応言っておくが高級料理と牛丼は食べ物だ!葉っぱや雑草と比べるのは多分何か間違っているぞ!」

 ルーミアはいつもの笑顔で答えた。

「お腹の中に入っちゃえば、結局おんなじなんだよね~」


 全く、本当に呆れたやつだな。

 ……だが、


「ルーミア」

「うん?」

「どうやら私は、笑顔のルーミアが好きみたいだ」


 少し恥ずかしかった。

 いつだってそうだ。自分の気持ちを真っ直ぐ相手に伝えるのは、照れ臭いものなのだ。

 だからこれは、私をそんな気持ちにさせてくれたルーミアに対しての感謝の言葉。

「わはー。嬉しいな〜!私、そんなこと言われたの初めてかも」

「それは嘘だろ」

 私がすかさずそう突っ込むと、ルーミアは首を二度三度横に振って答えた。

「嘘なんかじゃないよ。私の笑顔が好きっていうのはよく言ってくれるけど、笑顔の私が好きって言ってくれたのは慧音が初めてだよ。すごく嬉しいっ!」


 成程……確かにそれだと意味が大きく違ってくるな。

 好きの対象が笑顔になるのか、それともルーミアになるのか。


 笑顔のルーミアが好きか……だがそれなら、


「口に出して言わないだけで、皆笑顔のルーミアのことが好きに決まっているだろう」

「そうかなぁ?……そうだといいな〜」

「ったく、私にここまで言わせたのだからな。心配するようなことか?」

「だって私、バカだからさ。ちゃんと言ってくれないと分からないよ」

 ルーミアは口を尖らせる。

「そうだな。しかし、言う必要が無い程当たり前のことだって、世の中にあるのだと思うよ」

「ほえっ?それってどう言う意味なのか?」

 私は少し照れ隠しのように苦笑して言った。


「人気者が羨ましいってことだ!」

「ほえっ?」

 ルーミアはより一層深く首を傾げた。


「もっと自覚しなよ!バカ可愛い笑顔のルーミア!」


 心配しなくてもきっと大丈夫。私が誰も守る必要が無いほど、皆が例外無く笑い合える幻想郷がきっと来る。

 ……寂しいかって?


 まさか。

 守るべきものが多いのは幸せなことだと言ったが、守る必要が無いほど幸せなことがあるか!


「ほぇぇ~。それにしてもお腹空いたよ~。夜まで待てないから今すぐに食べに行こうなのか~」

 両手でお腹を押さえながら空腹感をアピールしてくるルーミア。

「クスッ、ふふふ……」

 むしろ、心配なのは私の財布の中身か……。

 これから質素倹約の生活が続くのかもしれないというのに、なぜか可笑しくて仕方が無かった。


「じぃ~、なのか~」

「ど、どうしたルーミア?」

 じぃ~などと口にしながら、文字通りじぃ~っと私を見つめて来る。


「慧音だって笑うととても可愛いよ。もっと、私みたいにいつも笑っていたらいいと思うんだけどな~」

 そう言って、ぱぁ~っと明るい表情で笑うルーミア。


「ありがとう」

 そんな彼女に対抗するように、今できる最高の笑顔を返した。


 成程、それは名案だ。イメチェンでもしてみるか!

 笑顔が可愛い、子供達に人気の美人女教師。やっぱり憧れるだろう?

 今の私なら、幻想郷で二番目の「笑顔の魔法」の使い手になれるような気がするからな。

 根拠は無いが、無駄に自信だけが湧いてきた。


 どうせなら一番を目指せって?

 無茶を言うな。それは無理だろう!

 なぜなら……。


「これからも、ずっとず~っと末長くよろしくなのか~。わはー」


 ……。

 …………やっぱりルーミアには、とても敵わないな。

 だから二番目で十分。


「これからもよろしく頼むよ!わはー!……な、なんてな」

 おっ、案外いけるじゃないか私。


「わはー」

 と、ルーミア。

「わはー」

 と、私。

「わはー」

「わはー」

「わはー」

「わはー」


 ……永遠にやってろ!


 でも、案外楽しかったりして。

 今度子供達の前でもやってみようかな!

まず初めに、読んで頂いてありがとうございます。

そして、あまり深く突っ込まないでくれると助かります。


それにしても、例の通りまたルーミアが酷い目に……すみません。本当にすみません。

そしてルーミア編の後半から続いている、この1話が異常に長くなってしまう傾向。本当にすみません。なるべく抑えようとしているのですが、最近ダラダラと長く書くのが好きになってしまったようで。


次回、ルーミア編ファンタに突入です。もう書けているので今度こそ早いうちに更新するでしょう!

もっと気楽な話を書きたいと思う今日この頃。

これからもよろしくお願いします。

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