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東方連小話  作者: 北見哲平
ルーミア 〜 笑顔の魔法
37/67

ルーミア - その13

「ルーミアちゃん、あれが私のお家だよ」

 千穂が指差した先には一軒の家が建っていた。嵐が来たら今にも吹き飛んでしまいそうなほど頼りなくて、遠目でも分かるくらいに痛み切っている家。広さ的には、私がイモリと暮らしていた小屋よりも一回り程大きいけど、見た目は酷いものだった。まあ、あれはイモリが自分で建てた小屋だって言ってたから新しいのは当たり前なんだけど・・・そう言えば、なんでイモリは大工さんにならなかったんだろう?小屋が建てれるって結構すごいことだよね。

 今更だけどそんなことを考えたりしてみた。・・・本当に今更だけど。

「えへへ~。見ての通りのボロ家なんで驚いちゃったでしょ~。築何十年になるのかな?私のおじいちゃんのおじいちゃんのおじいちゃんがおじいちゃんの時から建ってた家なんだよ。まっ、ボロボロなのは何の自慢にもならないんだけどね」

「ほえっ?おじいちゃんがたくさん出てきてどれくらい古いのか全然分からなかったのか~」

「私も、ちょっとよく分らないようになっちゃったかも。あっ、でも今はおばあちゃんと二人暮らしなんだ~」

 千穂は嬉しそうにそう言った。これだけでも、何となくだけど千穂がおばあちゃんのことが大好きなんだって想像することができた。おばあちゃんと二人暮らしってことは、お父さんとお母さんは別の場所で暮らしていたりするのかな。イモリみたいに、離れた場所で働いているとか?


「ねぇ、それよりルーミアちゃん。怪我の方、本当に大丈夫。手当てしてもらったって言っても、応急処置だよ」

ズキッ

 うっ!

「こ、これくらい大丈夫なのか~。私って、こう見えても滅法打たれ強い方だから。それに、こんな怪我ほっとけばすぐに治るよ。だから心配いらないのか~」

 さっきまで泣きそうな顔で「痛い~」とか喚いていたやつの台詞とは思えない。っていうか本当は痛かった。矢が刺さって、高所落下して、傷口ぐりぐりされたらそう簡単に痛みが消えるはずがない。

 でも、ミスティアが来てくれて、仲直りもできた。

 千穂が来てくれて、お友達になってくれた。私にとって、初めて人間の友達ができた。イモリはどっちかって言うと友達っぽいお父さんだから。

 こんな痛さどうってことない。我慢できるし、それよりもずっと痛かった別の痛みが、徐々に引いて行くのを強く感じて、それが嬉しいのかと聞かれれば当然嬉しくて・・・やっぱり嬉しくて仕方がなかった。だから私は平気だった。

 傷の手当てをしてくれたのは、あのおじいさんだった。何度も何度もすまないって繰り返しながら。元々は私が悪いんだからこれくらい全然仕方ないことだって言おうとしたんだけど、それすら許してくれないくらい自分の非をただひたすら認め続けて、謝り続けた。

 おじいさんはこんな風に言ってた。

 自分は、弱き者を守る為に強くなってきたと。そして、確かに人間は力の弱い生き物。しかし、それ以上に弱かったのは私だった。人間を傷付けることを止めて、人間の中で生きようと必死になっている妖怪は、自分が守り続けてきた人間よりも、更に守るべき存在だったのだと。力が弱いだけが「弱い」じゃない。立場が弱くて、ただひたすらその弱さを貫き通そうと一途になっている存在。その一途な気持ちに邪さが欠片も感じられないのであれば、それは強い者が守ってあげなくてはいけないのだって。


「千穂。私、とても弱くて、ちっぽけな妖怪だった。だから、側に守ってくれる存在が欲しかった」

 それがイモリだったり、ミスティアだったり・・・これからの千穂になるんだと思う。自分から守って欲しいなんて、少し図々しくて調子がよかったりするかな。でも、今の私には確実に千穂が必要だった。

「ルーミアちゃんは弱くなんかないよ。・・・だって、ルーミアちゃんは里の皆にどんな酷い仕打ちを受けてもずっと頑張り続けてきたんだもん。弱くなんかない。とっても強くて、とっても逞しくて、とっても勇気がある女の子だよ・・・もう、私の51倍は強いよ」

 千穂はこんな私を称賛してくれる。自業自得なんだから、やっぱり褒められたものではないけど。

「私に勇気なんて無いよ。こんなのただバカなだけ。バカの場合は勇気って言うより無謀って感じだから。それに、みすちぃがいなかったら私はもう諦めてたかもしれない。きっと今頃、お腹空かせてどこかで飢え死にしちゃってるよ~」

 そう。ミスティアが私の友達でいてくれなければ、千穂と出会うことも無かった。

「ミスティアさん。とっても素敵なお友達だね。歌も上手だしっ!」

「うんっ・・・って、えっ?・・・えーっと、自慢の友達なの、か」

 千穂って、ちょっと・・・いや、かなり変わった感覚を持ってるのかもしれない。まあ実際に、今日の歌声は聞いていないので何とも言えないんだけど、いつもの感じだったらやっぱりあれでしょ。それに、周りに居た人はみんな耳押さえてたし・・・。

 もしかしたら、距離を離して聴くと変わるのかもしれない・・・ってそんなわけないか。


ギィィーー

「おばあちゃんただいまー、帰ったよ~」

 開けると嫌でも音が出てしまう扉を慣れた手付きで開けた千穂は「ただいま」を元気な声で言った。イモリと一緒に居ることが日常だったあの頃を少しだけ思い出してしまった。確か、自分の家でもないのに毎日「ただいまなのか~」とか言いながらあの小屋を訪れたんだっけ。

 えへへ。何かちょっと照れるな~。


「ルーミアちゃん。狭くてあんまり綺麗なところじゃないけど入って入って」

 千穂が中から手招きする。中は明かりが付いていないのもあってか若干薄暗かった。

「おじゃましますなのかー」

 割と緊張した。よくよく考えると、人間の匂いがたっぷりと染み付いた家に入るのってこれが初めてだった。イモリと暮らしていた小屋は建ったばかりの小屋だったので、食欲をそそる木のいい匂いがした。

 千穂の家は・・・何とも言い難いけど、でもとても落ち着いて、安心することができる匂いがした。

 部屋の中を一望すると、やっぱり私の住み家である小屋よりは一回り大きいのは間違いないようで壁際には所々に小物が置かれている。奥にもう一つ部屋があるみたいだけど多分狭いので、寝る時とかはこっちに布団を敷いているんだと思う。そして、大きな方の部屋の真ん中には用途不明の落とし穴?・・・こんな穴、あの小屋にはなかった。しかも、穴の中には灰の様な細かい粉がたくさん詰まっているみたい。

 こんな罠?に引っ掛かるのなんて、精々私の友達の中でも、例の妖精っ子くらいなものだぞ。何だか、この穴に落っこちて、灰だらけになる姿まで想像出来ちゃうのがあの子のすごいところなんだよね。


「お帰り千穂。それにしても寺子屋はどうしたのですか?」

 寺子屋?

 その、用途不明の落とし穴を挟んで、向こう側にゆったりと座っているのが、恐らく千穂のおばあちゃん。とても優しい口調だというのが第一印象だった。

「あっ!・・・えへへ~、ちょっと訳あって抜けてきちゃった」

 寺子屋って何だろう?

「それよりもおばあちゃん。紹介するよ、私の新しい友達のルーミアちゃんだよ」

「あいっ!・・・あい?・・・あっ、えーっと、ルーミアなのかーよろしくなのかー」

 誰かに自分を紹介してもらうというのは、思っていた以上に照れくさいものだった。そして、こんなにも緊張したのは多分初めてだと思う。

「おやおや、随分可愛らしいお嬢さんだこと。これから千穂のことよろしくお願いしますね」

「こっ、こちらこそよろしくなのかー!」

 よっ、よろしくったって、これからよろしくお世話してもらうのは多分私の方ばかりになると思うし。私が千穂に何をしてあげられるかなんてまだ全然分からないし。

 まだ?・・・うん。だからいずれきっと、私が千穂にしてあげられる何かを見つけてみせるから。


「あっ、あれっ?」

ドスンッ

 突然目の前がぐらついて、足元がぐらついてその場にへたり込んだ。ちょっと、色んなことがありすぎて疲れちゃったのかな、それともたくさん血を流しすぎちゃったからかな?

 あるいは、お腹が空いちゃったせいかな~。

ぐぅ~

 ・・・多分それだっ!

「る、ルーミアちゃん!やっ、やっぱりお医者さんに診てもらわないとダメだよ。私、すぐに呼んでくるからっ!だからそれまで待っててね」

「あっ、ちょっ・・・」

ギィィーー、バタンッ

「あうっ」

 大丈夫だって伝えようとしたんだけど、なぜか喉の奥からなかなか言葉が出てこなかった。そんな私がもたもたしている間に、千穂はお医者さんを呼びに行ってしまった。

 お医者さんという人は知っている。確か、怪我や病気を治してくれる人だ。人間のお医者さんに、妖怪である私の怪我を診られるかどうかは正直全然想像もつかないし、診てくれるとも思ってないけど、でもこれくらいの怪我だったらほっといても治るのは間違いなかった。

 ただ、千穂があまりにも心配そうな顔をして出て行くものだから、ちゃんと大丈夫だよってもう一度伝えて、安心させてあげられなかったことを少し後悔した。

 千穂って心配性なのかな?


 ・・・でも、その心配してくれるという行為が、気持ちがとても嬉しかった。


 千穂が出て行った今、この家には私と千穂のおばあちゃんの二人きり。かなり緊張した。

 おばあちゃんは私のことをどう思っているのだろう?妖怪と二人きりだなんて怖くないのだろうか?

 ・・・あっ!

 よくよく考えてみればこの状況は、孫が突然妖怪を家に連れて来たという、普通なら絶対にあり得ない状況。千穂の手前、あまりきついことは言えなかったのだとすると、このままここに居ていいのかどうかも怪しい。早速、千穂と縁を切ってくれってお願いされるかもしれない。

 だって、普通に考えたらそうだ。自分の家族が妖怪と友達になるなんて、何か悪いことに巻き込まれるのではないかと心配するのは家族として当然だ。千穂の気持ちがどうであれ、私が妖怪だという事実は決して歪めることができない。

 お父さんやお母さんだって絶対に心配するよ。

 ど、どうしよう・・・。私、そこまで深く考えて無かったよ。そんなこと言われちゃうと、私はもう千穂と一緒にいられなくなっちゃうよ。折角お友達になれたのに、そんなの嫌だよ。


「・・・」

 怖い・・・怖かった。おばあちゃんがどんな言葉を掛けてくるのか、それが怖くて仕方無かった。おばあちゃんの顔をまともに見ることが出来ずに、俯き加減になってじっと待った。


「ルーミアちゃん。どうですか?千穂は本当に真っ直ぐでいい子でしょう?」

「えっ・・・あ、うん」

 おばあちゃんの口調は驚くほど穏やかで優しいものだった。厳しい言葉を覚悟していた私は若干戸惑ってしまう。もしかして、私のことを人間と思っているのかもしれない。実際黙っていれば、私はどこからどう見ても人間の女の子。

 たぶんきっとそうなんだ。そうでなければ、私を前にしてこんなにも落ち着いていられるはずがない。以前の私だったら、お腹が空いている今なら確実におばあちゃんを襲っているはずだ。普通の妖怪ならそれが当たり前だと思う。


「・・・」

 でも、例え今は知らなくても、私が妖怪だということなんてすぐに分かってしまうこと。千穂の家族に隠し通せるものではないし、多分里の人間ならほとんどが既に知っている。


「おばあちゃん・・・私、妖怪だよ」


 正直に話した。別に私が嘘をついたわけではないんだけど、このままの状態でおばあちゃんと話をすることなんて絶対に不可能だと思ったからだ。自分が妖怪であるということが、こんなにも後ろめたく感じたのは初めてだった。

 私は生まれた時から宵闇の妖怪。そう胸を張って堂々と言えるようになる日が、いつか来るのかな。

 ただ・・・言った瞬間に多少後悔があったということも多分事実。

 後悔って、結局後からしても遅いんだよね。だからもう手遅れ。後はもう、おばあちゃんの答えをじっと待っていることしかできない。

 自然と体が強張り、口をきゅっと引き締める。さっきあれほど泣いたにも関わらず、気を抜くとまた涙が出てしまいそうだった。

 ・・・きっと、この時私は不安で不安で仕方がなかったんだと思う。


「・・・知ってますよ。ルーミアちゃんが妖怪だってことも、妖怪が人間にとってどのような存在かということも」

「えっ」

 意外な返答が返ってきた。穏やかで優しい口調は変わらず、そんなこと当り前じゃないかと言わんばかりに、当然のように答えてくれた。

「だって、わ、私。今までにたくさんの人間を襲って・・・食べたりもした凶悪で、最低で、本来なら千穂の友達になる資格すらない妖怪。・・・バカで、愚かしくて、情けないくらい何も無いちっぽけな妖怪だよ」

 自分で自分のことを酷評するなんて、何がしたいんだろう。私は、これからずっと千穂とお友達でいたいんじゃなかったの?

 もう、自分でもよく分らなかった。ただ不安とかそういった感情はどこかに行ってしまったような、半ば安心しきったような・・・不思議な気持ちだった。

「本当にルーミアちゃんが千穂の命を狙うような妖怪なら、今すぐにでもここから出て行ってもらうつもりですよ。自分のことを悪く言うのも、自分が過去に行った行為を正直に曝すのも、ルーミアちゃんがもう人間を襲ったりしないという確かな証拠。今は、ルーミアちゃんが千穂の友達になってくれた、それだけで十分です。私は、千穂の大切な友達を責めることはしません。もし、ルーミアちゃんがそれを責められるべきことだと考えるのなら・・・あなたはとても心の優しくて純粋な気持ちを持った子です。とっても素敵な女の子ですよ」

 不安は完全に消えた、悲しくもない、嬉しいとも少し違う・・・でも、何故か涙が溢れて来た。

 何これ?・・・とても変な感じだよ。

 顔をくっと上げると、初めておばあちゃんの顔を確認することができた。辺りは若干暗かったけど、宵闇の妖怪である私にははっきりと確認できた。おばあちゃんは、心からそのまま包み込んでしまいそうなほど優しくて、大らかな表情をしていた。顔中しわだらけだったけど、そのしわの一つ一つまでもが、私を温かく受け入れてくれているような、そんな感じだった。

 その表情を見ると、涙がもっともっと溢れて来た。

「自分の家だと思って、毎日でも遊びに来てくれていいんですよ」


 イモリに会うのが楽しみで、ほかほかのご飯を期待した。毎日のように同じ時間を繰り返して、同じ行動を繰り返したあの頃をまた思い出した。

 いいの?・・・そんなこと言うと私は調子に乗っちゃうよ。

 遠慮が無くて、図々しくて、人の何倍も飯を食う。

 ・・・後悔しても知らないからね。

「う、うん~・・・グズッ、いぐぅ~。まいにじだって、あそびにくるよ~・・・えぐっ」

 涙を両手で拭いながら、辛うじてそれに答えることができた。


 ・・・毎日だって遊びに来るよ。


ぐぅ~、ぐるるるきゅ~

「あうっ!」

 こんな時にお腹の虫が・・・しかも、これは一番お腹が空いている時の、正に空腹状態の音だった。

 あまりにも空気を読まないお腹の虫のせいで涙も一瞬で止まった。

 あうっ。この恥ずかしさは何?

「ふふふ・・・。お腹が空いているんですね。・・・そうですね、おにぎりを作ってあげますから少し待っててくださいねぇ」

「おっ、おにぎりって・・・何なのか?」

 って、やっぱりそこが気になるのか私。とことん食べ物に弱いのは、多分一生変わることは無いんだろうな。因みにおにぎりって、間違いなく食べ物だよね。

「おにぎりと言うのはですね、簡単に言うと・・・かくれんぼご飯でしょうかねぇ」

 かくれんぼご飯~?

「つまりお米かー!」

 急にテンションが上がる。最近はすっかり菜食主義・・・というか木の葉っぱとか雑草ばかりしか食べてなかった私にとって、久しぶりのお米。

 そりゃ、おのずとテンションも上がるっていうか・・・やっぱり私って単純だな~。

「すぐに作りますから待っててくださいねぇ~」

「は~い!」

 ゆっくりと立ち上がったおばあちゃんは、かくれんぼご飯こと、おにぎりを作る為に奥の部屋に消えて行った。とは言っても、薄い木の壁を一枚隔てたすぐそこだと思うけど。向こうはどうなってるんだろう?

 まさかっ!かくれんぼご飯の「かくれんぼ」って、かくれんぼをしながら作るご飯って意味なのかー。

 って、そんなわけないかー!


「おにっ、ぎり、おにぎり・・・お~にぎりっ」(リズミカルに)

 さっきまで泣いていたくせに、御飯を食べさせてもらえるとなるとすぐにこれだ。

 自然と顔が綻んだ。自分でもよく分らないうちに、おにぎりが食べたい気持ちを表した歌?の様なものまで口ずさんでいた。

 おにっ、ぎり、おにぎり・・・お~にぎりっ・・・って、何だろうこれ。可愛さアピール狙ってる?


 何だか懐かしいなこういうの。誰かがご飯作ってくれているのを楽しみに待つ私。自分で作れよって感じだけど・・・でも、この待っている時間が私は大好きだった。これなら1時間でも2時間でも待てるんじゃないかと言いたいところだけど、空腹は待ってくれないので、できれば10分以内にお願いしたいところだった。


 そんな私の願いが聞き届けられたのか、おばあちゃんが戻ってきたのは意外と早く、おにぎりを作り始めて5分くらい経った後だった。ふ~ん、おにぎりって案外お手軽な料理なんだ~。


「ルーミアちゃん待たせちゃってごめんねぇ。おばあちゃん特製、かくれんぼおにぎりですよ」

「わ~い。あっ!これがおにぎりなのか~」

 勿論おにぎりを見るのは初めてだった。第一印象は・・・お米のかたまり。間違って無いよね?

 お米を三角に固めたものが小さなお皿の上に、所狭しと5個程敷き詰められている。

「何か変わった形してる。・・・ねぇおばあちゃん。これ全部私が食べていいのか?」

「ルーミアちゃんに食べてもらうために作ったんですよ」

 おばあちゃんは優しく微笑んだ。

 私の為、私の為・・・素直に嬉しかった。

「ありがとう。いただきま~っす!」

 いただきますを元気よく言った私は、5個の内の一つをヒョイと掴み上げて口に運ぶ。いつもだったら大口を開けて一口でいくところだけど、おばあちゃんが初めて私に作ってくれたおにぎりなんだからそう言うわけにもいかない。私にしては驚くくらい口を小さく開けて、三角の3つある角の内の一つを少しだけかじってみた。そして、暫くの間口に含んだお米の味を噛みしめる。

モグモグモグ・・・


 あっ・・・、


「・・・なんで、なのかな?」

 初めておにぎりの味を知った私が何も考えることなく、つい口から出てしまった言葉。本当にどうしてか分からなかった。

「もしかしてお口に合いませんでしたか」

「・・・違うよ」

 私は、首を横に振る。

「・・・美味しい。すごく美味しいよ」

 本当だった。本当に美味しかった。

 今まで食べてきたどんな食べ物よりも・・・多分。

 でも、このおにぎりはどうしてこんなにも美味しいの?


 最近粗末なものばかり食べていたから?

 美味しいお米を使っているから?

 おにぎりが美味しい料理だから?

 おばあちゃんがおにぎり作りの名人だから?


 ううん、きっとそういうのじゃない。この美味しさは、きっと別の何かなんだ。

「美味しい。美味しいよおばあちゃん」

 どこがどんな風になぜ美味しいのか全く分からなかったから、私にはただ美味しいよと、そう繰り返し伝えることしかできなかった。だからせめて何度も何度もと・・・。

 おばあちゃんはそんな私を見て少しほっとしたような顔をした後に、小さく「よかった」と言って笑顔を投げかけてくれた。

「あっ」

 おにぎりを少しずつ食べていくと、中にはお米以外のものが入っていた。このすっぱい感じはよく知っている。

「梅干し、なのか」

 梅干しは、イモリと一緒の食卓には毎日並んでいた。どうやらイモリの大好物だったらしい。よく「梅干しは幻想郷一のご飯の友だ!梅干しに出会えたことが、ご飯にとって一番の奇跡なのかもしれない」とか、何かよく分らないことを熱く語っていたっけ。

 私は白ご飯だけでいくらでもいけたから、梅干しは食事の最後に口に放り込んでいたけど、やっぱりちょっとすっぱかった。・・・嫌いじゃなかったけどね。

 ご飯はそのままでも美味しかったから、多分ご飯の友という概念が始めからなかったんだろうな。


 美味しい。

「私、ご飯と梅干しがこんなにも相性バッチリだなんて知らなかった」

 ご飯の友・・・相性抜群の友達。

 私と千穂も、このご飯と梅干しの様に仲良くなれるかな。・・・なれるといいな。

 でも、そうなると私がご飯で、千穂が梅干し。何かちょっと変かな?

「おにぎりの中にはねぇ、好きな具を入れるものです。ルーミアちゃんに喜んでもらえるように五つの具を考えてみたんですよ。ルーミアちゃんに美味しいって言ってもらえるように・・・それに、ルーミアちゃんの一番好きな具が分かれば、これからはそれをたくさん作ってあげられますからねぇ」

 ・・・かくれんぼ。そうか、そうだったんだね。

「おばあちゃん私、おにぎりの中に隠れていたモノたくさん見つけた」

 お皿の上に乗ったおにぎりには、それぞれ別の具が入っている。かくれんぼ・・・多分それは、食べるまで何が入っているか分からないっていう意味だと思う。

 だからかくれんぼご飯。

 でも私、それ以外にも隠れていたモノ見つけたよ。


 そしてそれを見つけた瞬間。私はまた泣きそうになってしまった。今日の私は自分でも驚くくらいに涙もろくなっているみたい。


「おばあちゃんの、おばあちゃんの優しさをいっぱい見つけた」

 涙がぽろぽろと目から零れた。どうしてこんなにもこのおにぎりが美味しいのか?・・・それは、このおにぎりにはおばあちゃんの優しさがたくさん詰まっているから。想いがたくさん詰まっているから。

 きっと、イモリが作ってくれた料理もおんなじくらい美味しかったんだと思う。でも、あの頃の私は満たされていた。笑顔の魔法だってバッチリ決まっていた。この美味しさが、多分当たり前になってしまっていたんだ。


 それに比べて今の自分は、気付かないうちにこの味にどこまでも飢えていた。求めていた。

 思うだけなら、口だけなら何とでも言える。私はこれまでにたくさんの人間を殺してきた。だから人間から虐げられて当然の存在。酷い仕打ちを受けて当然の存在。人間と妖怪はずっといがみ合ってきた関係なんだから、そんなに何もかもがうまくいくわけがない。私が人間達に受け入れられないのは仕方のないことなんだ。それを、そんな考えを信じて疑わなかった。

 そしてそんな自分を鼓舞する為に、私は簡単に許されてはならない。どんなに殴られようと、蹴られようと。だって私はもっと酷いことを散々人間達にしてきたじゃないか。だから、この程度のことで許されると思ってはいない。・・・それに、私が許される時は永久に来ないんだ。来るはずがない。そんな、自分が許されるかもしれないなんて甘い考えを持つんじゃない。そんな風に考えていた。


 そして、それは多分間違った考えなんかじゃなくて・・・すごく当たり前のことで、正しい考え。涼しい顔で言われても何も言い返せず、冷めた表情で言い返されると反論の余地も無い。それくらい完膚なきまで正しい考え。


 それは分かっているんだ。

 でも本当は、心の中でずっと叫んでいたのかもしれない。


 優しくしてほしい。

 どうして仲良くしてくれないの?

 私はこんなにも人間に謝っているのに・・・。

 私はこんなにも人間に受け入れられようと頑張っているのに。


 歯痒く感じていたのかもしれない。


 分からず屋。どうして分かってくれないの?

 反省した。後悔もした。涙も流した。

 私は、ただ人間と仲良くしたいだけなのに・・・人間の笑顔が見たいだけなのに。

 そんなの些細な事じゃないの?

 どうしてそれだけのことをする為に、こんなに心も体もボロボロにならなくちゃいけないの?


 人間と妖怪って・・・種族ってそんなに意味があるものなの?

 みんながおんなじだって考えれば、そんなもの全く意味が無くなっちゃうんじゃないかな。


 自分のことを棚に上げた、我がままで身勝手な子供の屁理屈。そんな屁理屈が通らないのは、きっとどこの世界でもおんなじなんだと思う。だから、これは人間に対する叫びじゃない。

 自分の描いたことがことごとくうまくいかず、それでも何も無かったかのように動いている。色んなものが複雑に絡み合っているくせに、それでも上手にバランスを保っていられる・・・。世の中様に、一言だけでも文句が言いたかった。

 そんな私だったから・・・そんな私だからこそ、二人の言葉はどこまでも心の中を刺激した。


「私はただみんなが仲良く暮らせるようになればいいなって思っているだけ」

 何の抵抗も無くミスティアの前でそう言い切った千穂。私が並べた屁理屈の先に千穂の思い描いた世界があるのだと、私が一人ぼっちじゃないことを気付かせてくれた。そして、こんな私と友達になってくれた。

 言葉では言い表せないくらい嬉しくて、号泣した。

「ルーミアちゃんに美味しいって言ってもらえるように・・・それに、ルーミアちゃんの一番好きな具が分かれば、これからはそれをたくさん作ってあげられますからねぇ」

 おばあちゃんの言葉は、私の中に残っていたいくつもの不安を払拭してくれた。きっとおばあちゃんは、そんな私の気持ちに気付いていたんだと思う。私が今一番嬉しい言葉を選んでくれて、今一番必要としている言葉を掛けてくれる。

 それはもう、きっと「優しい」すらも通り越して、本当の孫を可愛がってくれているみたいな、そんな家族を思いやる気持ちなのかもしれない。

 きっと、イモリと一緒に居た時もこんな感じだったんだと思う。でも、何も知らなかった私は、これがどれだけ尊くて、どれだけ大切で、どれだけ大きいものなのか知らなかった。

 だから今回は格別であり、特別だった。おばあちゃんの気持ちはすごく嬉しくて、そんな気持ちがたくさん詰まったおにぎりは、涙が出るほど美味しかった。


 もう大丈夫。

 怯えながら人間の里に来なくてもいいんだよ。

 あなたの居場所はここにある。

 だから、いつでも遊びに来てもいいんだよ。

 おいしいおにぎり作ってあげるから。


 あなたの笑顔が見たいから。



「・・・おばあちゃんが作ってくれるものなら何だって美味しいよ。美味しくないはずがない。・・・だから私は、本当はもっと笑顔で美味しいよって、こんな幸せな気持ちにさせてくれてありがとうって・・・言わなくちゃいけないのに・・・」

 体の色んな所が熱くなっているのが分かった。その熱さが若干肩の傷口にしみるのを感じ取ると、今自分が生きていることが、とても嬉しくて幸せに思えてくる。


 そうだよ。

 私は幸せなんだよ。


「ご、ごめんなさい。私・・・ダメだよね。・・・おにぎりはこんなにも美味しいのに、泣いちゃうなんて・・・。こんなにも優しくて美味しいのに、笑顔の一つも作れない。こんなにもたくさんの幸せを与えてくれたのに笑えないなんて・・・笑顔しか取り柄がない私の意味がないよ。・・・バカ」

 笑顔しか取り柄が無いだなんて。まるで、笑顔だけは誰にも負けない、誰にも真似できないと言っているみたい。


 でも、自慢でも謙遜でもない。

 ただ、ちゃんと伝えておきたかった。

 私は笑えるんだよ。

 嬉しいと笑うんだよ。楽しいと笑うんだよ。

 ・・・幸せだと、一番いい笑顔で笑えるんだよ。


 だから本当は、泣きたいんじゃなくて笑いたいんだ。


 そんな私を見て、おばあちゃんはゆっくりと隣まで擦り寄って、その温かい手で私の土に汚れた頭を優しく撫でてくれた。大好きな幼子を愛でるって、きっとこんな感じなんだろうなって思った。おばあちゃんの隣は、信じられないくらい心が落ち着いた。

 千穂はおばあちゃんのことが大好きって言ってたけど、それが私にもよく分かったような気がする。

「お、おばあちゃん」

 相変わらず涙を溜めた目で、おばあちゃんを見上げる。お互い膝を付いて座っていても、おばあちゃんの方がずっと目線が高かった。

「ルーミアちゃん。たくさんつらい思いをしてきたのですね」

「・・・ううん、こんなのつらい内に入らない」

 私は首をゆっくりと左右に振った。私を撫でてくれている手と、頭についていた汚れとが擦り合って、ザラザラという音が聞こえた。


「おばあちゃん・・・私のこと、叱ってくれてもいいんだよ」

 自分のことを叱ってくれだなんて。誰かにこんなこと言ったのは間違いなく初めてだった。

「ルーミアちゃんみたいないい子を、どうして叱る必要があるのですか」

「だって私・・・たくさん人間の命を奪った。覚えてないくらい・・・。そんな私が今、おばあちゃんに頭を撫でてもらって、それで幸せとか、温かい気持ちでいっぱいになって、ずっとこのままでもいいかも知れないとか考えている。本当なら、私はおばあちゃんの隣に居ちゃいけない妖怪なのに。私は、もっともっと苦しまなきゃいけないはずなのに。千穂と友達になれて嬉しいとか、よかったとか、これでもしかしたら他の人間達とも仲良くなれるかもしれないとか・・・そんなふざけたこと考えてる。私はもっと苦しんだ方がいい。私はもっと殴られた方がいい。私はもっと傷付くべきなんだ。・・・だって、私に大切な人を奪われたみんなの悲しみは、絶対こんなものじゃないんだ。でも、私は人間と仲良くなりたかった。一緒にご飯を食べたり、一緒にお風呂に入ったり、一緒に寝たり・・・一緒に笑い合ったり。そんな毎日に、人間にとっては当たり前の様な毎日に憧れて、私はその当たり前の中で、みんなを笑顔にさせてあげたいとか、自分が幸せになって、みんなに幸せを分けてあげたいとか・・・そんなバカみたいなことを考えてる。人間達から幸せを奪い続けてきた私が、人間を幸せにしてあげたいだなんて。ほんとに呆れちゃうよ。ほんとに、今更なんだって感じだよ・・・」


 私、今なんて言ったんだろう?

 心の中がグチャグチャで、頭の中がわしゃわしゃで、気持ちがふにゃふにゃしてる。


 私はどうしたかったんだろう?


 千穂に出会う前までは、人間達の理不尽さに、勝手に心の中で叫び散らした。何一つ思い通りにならない世の中にぐちぐちと愚痴をこぼし続けた。そして、人間に受け入れられることを心より望んだ。


 ・・・そのはずなのに、

 今、私は何て言ったんだろう?


 千穂が友達になってくれて、おばあちゃんに優しくしてもらって・・・ようやく私が望んだことへの第一歩が始まったところなのに・・・。それなのに自分はもっと傷付くべきとか、自分に呆れるとか、どうしておばあちゃんに対してこんなことを言っちゃうの?

 今さっきまで、本当に嬉しい気持ちでいっぱいだったのに。どうしてこんなにもふらついた気持ちになってしまうんだろう?

 叱ってもらうことができていれば、少しは自分の中に疼いている感情が解消されるとでも思ったのだろうか。図々しくて厚かましい私のことだ、知らず知らずの内にそんなことを考えていてもおかしくは無い。バカは知らず知らずに気付かない。


「そうですね。確かに人間は大切な人を失った時、深く傷付き悲しみます。私も、数年ほど前に大切な息子と、そのお嫁さんを失いました。おじいさん、つまり夫を亡くしたのは、それよりも随分先になります」

 おばあちゃんの息子ってことは。

 ・・・あ。

 そうか、千穂のお父さんとお母さんはもう・・・。

「どれだけ歳を積み上げても、誰かを失うということには慣れません。恐らく、慣れることなどあってはいけないのだと思います」

 ・・・分かる。多分それが人間だということだから。失うものが多すぎるのも、失った時の悲しみが大き過ぎるのも、そして、それがあまりにも儚すぎるということも・・・それは全て人間だから。

「両親を同時に失った時、千穂はたくさん悲しみました。私もたくさん悲しみました。千穂はまだ6歳という幼さでしたが、人の死を懸命に理解して、大切な人の死を必死で受け入れ、そして泣きました。それはもう号泣と言って差支えが無いくらい泣きました」

 ミスティアに睨まれて、怖れの表情一つ見せなかった千穂が号泣・・・。幼かったとは言え、今の千穂が声を上げて泣く姿なんて、私は想像することが出来なかった。

 でも、そうだよね。悲しい時は、辛い時は誰だって泣くものだよね。

 大切な人に二度と会えなくなってしまうんだ。それが悲しくないはずがない。

 誰だって泣くよ。私だって・・・、

「千穂のお父さんとお母さん、どうして死んじゃったの?」

 おばあちゃんにとっても悲しい出来事を聞くべきかどうか迷った。でも、私はこれから友達として千穂と付き合っていくんだから、知っておく必要があると思った。


 おばあちゃんは、ほとんど迷うことなく、躊躇うことなく答えた。

「・・・二人は、妖怪に襲われて命を落としたんです」

「えっ!?」

 それは、私が最も有るはずが無いと思っていた答えだった。

「千穂を守る為に妖怪と戦って、そして命を落としました。私の息子は、最後の力を振り絞って妖怪を退けたそうです」

 どうして・・・。

 妖怪に肉親を奪われた家族。私は、この数カ月の間に何度も同じ境遇の人間に会ってきた。そしてその人間達は、決まって私に対して強い憎しみの感情を抱いていた。


「お友達になろうよ」

 そう言ってくれた千穂の表情を思い出す。あの笑顔は、紛れも無く本当の笑顔だった。恨みや憎しみの感情が介入する余地なんて無かった。そして何より、友達である千穂のことを疑うようなことはしたくなかった。

 でも・・・、

「千穂は目の前で大切なお父さんとお母さんを殺されたの・・・」

「そうですね。・・・私は自分の息子の死に目にすらあえなかった。・・・でも、千穂を守り抜いたことを褒めてあげました。親不孝な息子でしたが、優しい心を持った強い男でした。私は、今でもあの子を誇りに思っていますよ」

 おばあちゃんは、どことなく遠くを見つめるような目で話した。

「おばあちゃんも、たくさん泣いたの?」

 一呼吸置いて答える。

「確か、泣いたのだと覚えています。あの子は、自分がお腹を痛めて産んだ子なんです。とても悲しくて、もしかしたら千穂よりもたくさん泣いたかもしれません」


「だったらどうしてっ!」


 ・・・あっ、


「・・・ご、ごめんなさい。何でこんな急に怒鳴り声なんて・・・ごめんなさい」

 これじゃ、何だか私がおばあちゃんや千穂を責めているみたい。


 妖怪に大切な人を奪われておきながら、何で私に優しくできるの?

 どうして憎くないの!どうして殺したいと思わないのっ!?


 分からなかった。でも、何となくだけど分かっていた。

 千穂やおばあちゃんはそんなことを思ったりしない。

 だから、勝手にこんなことを考えてしまう自分は最低だと思った。


 ・・・知ってる。もう、いい加減自分の最低っぷりには慣れたから。


「謝ることなんてありませんよ」

 おばあちゃんは、優しくそう囁きながらもう一度私の頭をゆっくりと撫でてくれた。

 やっぱり優しい気持ちに溢れていた。


「・・・どうして千穂やおばあちゃんは私を憎まないの、恨まないの?・・・私、この数カ月の間にたくさんの人間を見てきた。私に肉親を殺されて、私を憎んでいた人間。妖怪に大切な人を奪われて、妖怪を恨み続けていた人間。ずっと続いてきた人間と妖怪の関係のままに、妖怪を疎み毛嫌いする人間。私のことを好きだと言ってくれる人間は誰もいなかった。・・・あっ、正確には一人だけいたんだけど・・・元はと言えばその、イモリっていう・・・えっと、あ~」

 言いたいことはあったけど。イモリの顔が出てきた瞬間、何だかよく分らなくなってきた。

「十人十色ですよ」

「えっ?・・・じゅうにんと、いろ?」

 十人と色?

 なんのことだろう?

「人それぞれ、考え方や感じ方が違うってことですよ。十人居れば十の考えがある。百人寄れば百の考えがある。信じられないかもしれませんが・・・。本当は、皆それぞれ違った考えを持っているはずなのです。・・・しかし、人間は最も一般的だと思われる意見に左右されやすい。自分の考えを持っていながら、それを正しい考えだと思いこんでしまう。そして、それがさも当たり前であるかの様に錯覚してしまう。例え、心の中ではルーミアちゃんと仲良くしたいと思っていても、自分の考えを表に出すことを恐れるあまり塞ぎ込んでしまう。人間はとても弱い生き物なのですよ・・・少し、難しかったですか?」


「・・・ううん、分かる。・・・分かったような気がする」


「妖怪が人間を食べることは、別に悪い事じゃないだろう?・・・だって、妖怪にとってはそれが生きることなんだから。人間が、動物たちを狩って食べるのと何も違わない。でも、俺は自分が食料になるのは嫌だから、どんなことがあってもルーミアには食べられたくはないけどね」

 イモリが言ってくれた言葉。妖怪が人間を襲うのは、あくまでも生きていくため。人間を自然界の一部だと考えると、それは自然の摂理なのだと。逆に妖怪が自然の一部だと聞かれると私は何も答えられなかった。でも、イモリは「人間が自然の一部なら、妖怪だって同じだろう」って、笑いながら私の頭をぐしゃぐしゃに撫でまわしてくれた。

 私の笑顔を「笑顔の魔法」と評し、本当の娘の様に可愛がってくれたイモリ。


「本当にルーミアちゃんが千穂の命を狙うような妖怪なら、今すぐにでもここから出て行ってもらうつもりですよ。でも、自分のことを悪く言うのも、自分が過去に行った行為を正直に曝すのも、ルーミアちゃんがもう人間を襲ったりしないという確かな証拠。今は、そんなルーミアちゃんが千穂の友達になってくれた、それだけで十分です。私は、千穂の大切な友達を責めることはしません。もしルーミアちゃんが、それでも責められるべきことだと考えるのなら・・・あなたはとても心の優しくて純粋な気持ちを持った子です。とっても素敵な女の子ですよ」

 私のことをしっかりと見てくれて、私の言葉をちゃんと聞いてくれて、それで私のことを判断して、認めてくれた。過去に、妖怪によって大切な人を奪われたと言う事実を、常に心の隅に持ち続けながらも、妖怪と言う存在を一纏めにすることなく常に私のことを見てくれる。

 毎日でも遊びに来ていいと言ってくれて、私を喜ばすためにたくさんのおにぎりを作ってくれた。私の心が落ち着かない時、優しく頭を撫でてくれたおばあちゃん。


「私はただみんなが仲良く暮らせるようになればいいなって思っているだけ。人間とか、妖怪とか、妖精とか、お・・・おばけさんとか。そんな種族のしがらみに囚われることなく一緒に遊んだり、考えたり、ごはん食べたり、時にはケンカしたり、仲直りしたり、お風呂入ったり・・・恋愛とかもしてみたり。・・・私が勝手に一人で抱いてる夢なんだけどね。何か恥ずかしいかな?」

 千穂がミスティアに向かって言った言葉。

「千穂にとっては人間とか、妖怪とか、妖精とか・・・種族とか、そう言うのは一切関係ないんだね。誰かと誰かを区切る境界なんて、千穂にとっては煩わしいだけ。種族が違ったって、仲良くできればみんな楽しいに決まってる。千穂の夢は・・・そんな小さな壁を気にしてちゃ絶対に叶わないんだね」

 あれほど高くて頑丈だと思っていた種族の壁を、私は小さな壁と言い切った。でも正直なところ、決して小さな壁とは思っていない。ただ、単なる口から出まかせでもない。

 なんか、今なら何とかなりそうな気がする。

「そして千穂の夢は、ルーミアちゃんの夢でもあるのですね」

「うんっ」

 確かに私は言った。

 一緒にご飯を食べたり、一緒にお風呂に入ったり、一緒に寝たり、一緒に笑い合ったり・・・。そんな毎日に憧れてるって。

 確かに言った。

「それが本当に一番いいことなのかは分らない、それが本当にみんなにとっての幸せなのかも分からない・・・でも、笑顔でいられることは幸せだということだから。千穂の夢は私の幸せだから。・・・私の笑顔はみんなを幸せにするから」

 ・・・だから、

「私がみんなを幸せにする!」

 私は何て壮大なことを言ってしまったのだろうか。みんなどころか、この人間の里の中ですら立場が微妙な私がみんなを幸せにするだなんて。身の程知らずもいいところだ。

 でも、私はイモリと約束してたから。

「私がみんなを笑顔にするよ」

 笑顔にする、それは即ち幸せにすること。


 私はこれから頑張らなくちゃいけない。



「おばあちゃん」

「何ですか、ルーミアちゃん?」

「私、たくさんの人間を殺してきた。・・・たくさんの人間に悲しい思いをさせてきた」

 それは、もうどうしようもなくて、消しようのない事実。言い訳する気は無いし、懺悔をする気などさらさら無い。妖怪にとってそれが当然の行為だとしても、私がたくさんの人間を傷付けてしまったという事実は変わらない。

 人間の間では、誰かを殺すということは大きな罪になるらしい。

 だとしたら、私は大罪人。

 それこそ、十字架に磔られて断罪されるべき存在。尤も、私の罪が一体どれくらいで償えるのかなんて想像することもできないし、ちょっとやそっとのことで許されるなんて、そんな都合のいいことを考えているわけでもない。

 ・・・ただ、

「私はそれを忘れちゃいけない・・・例え、人間みんなが私を受け入れてくれても。みんなが友達になってくれても。みんなが幸せになったとしても・・・私が、どんなに幸せでも」

 私はバカで、物覚えもそんなにいい方じゃない。

 でも、私は人間の中で人間として生きるわけじゃない。人間の中で妖怪として生き、みんなを幸せにしてあげたいんだ。そして勿論、妖怪の中でも妖怪として生きて行くつもり。

 私は宵闇の妖怪・・・ルーミアだから。


「私は、人間と妖怪を隔てる壁が完全に崩れ落ちるその時まで、絶対に自分の罪が償われるなんて思って無いから。それまではずっと、自分みたいな妖怪が人間の中で暮らしている・・・そんな後ろめたい気持ちを持って生きていく・・・私が人喰いの妖怪だったことは、永遠に変わることのない事実だから」

 私が自分自身を、よく頑張ったねって褒めてあげられるようになるには・・・きっとそれを、そんなやましさをはねのけて大きな目標を達成するしか無いんだと思う。

 千穂の夢。私の夢。

 それを叶える為に、私は微力だけど、ちっぽけだけど、弱々しいけど・・・人間を幸せにしてあげられるかもしれない。千穂の力になってあげられるかもしれない。


 ううん。それは私にしかできないから、やるしか無い。


「ルーミアちゃん。頑張ってくださいね。・・・でも、つらくなった時は」

「つらくなった時は、また・・・おばあちゃんのとこで泣いていいかな」

 おばあちゃんの言葉を遮ってまでそう聞く。おばあちゃんは少し驚いたような表情を一瞬見せたけど、すぐにそれまでの穏やかな表情で言ってくれた。

「私なんかでよければ、いつでもおいで」

「うんっ!」

 うんっ!・・・自分でもビックリするくらい元気な声で返事をした私。何だか、久し振りに本当の笑顔で笑えたような気がする。


 簡単な事じゃないことくらい私にだってわかる。

 私自身が幸せになることが絶対条件であるにもかかわらず、私は罪の十字架をずっと背負ったまま生きていかなければならないんだから。そんなの無理。そんなのどう考えたって不幸に決まっている。

 でも、そこは私。幸せに貪欲で、どんなに些細なことでも嬉しさで心が満たされる。そのくせ、不幸には誰よりも鈍感。

 私は、幸せ者なんだ。

 千穂が居て、おばあちゃんが居て・・・ミスティアが居る。

 私ほど幸せな妖怪は、滅多にいないよ。

「わは~」

 両方の腕を左右に広げて手を開く。いつからかは分からないけど、なぜか私はこのポーズがお気に入り。

 聖者は十字架に磔られました、そんな感じ。でも、私は聖者とは全く正反対なくらい悪い妖怪だし、十字架に磔られたりしない。・・・私は十字架を背負って生きて行くんだと思う。

 だからこれは、きっと聖者は磔られましたじゃないんだ。


 みんなで手をつないで大きな輪を作ろう。みんな友達だよっ!わは~って意味なんだ。

 そっちの方がいかにも私って感じで、私は好き。


 おばあちゃんはそんな私を見て、とても幸せそうに微笑んでいた。

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