ルーミア - その11
自信はあった。
イモリがたくさん褒めてくれた、讃えてくれた持ち前の素直さと笑顔があれば人間も優しく接してくれるって、そう思っていた。
・・・でも、実際人間に接してみて、それが自惚れだったと気付いた。私は、大きな思い違いをしていた。イモリの様な人間は特殊。それは、まあそれなりに理解はしていたけど、私は人間のことを何一つ理解していなかった。
・・・私ってバカだな。
私はイモリのことをよく知っている。イモリ自身が私のことを「俺博士」って言うほどよく知っている。
私はイモリの笑顔もよく知っている。私が笑うといつも笑顔を返してくれるから。
でも、私が笑顔にしてあげたかったのは、仲良くなりたかったのはイモリじゃなくて、イモリを含んだ人間みんなだった。
・・・私は、人間のことを何も知らなかった。だから自惚れていた。簡単に人間と仲良くなれるなんて勘違いしていた。
人間と妖怪の間には、私には想像もつかなかったくらい大きな壁があった。それは決して脆くない、とても高くて頑丈で・・・私の心を押しつぶしてしまいそうなほど重たいものだった。
自信が崩壊していく。人間のことを知れば知るほど、殴られれば殴られるほどそれは脆く儚げに、情けない音を私の心に響かせて。例えそれが、僅かばかりの光の塊になったとしても容赦なくねじ伏せてくる。そうだ、私は宵闇の妖怪。元々自信なんて光に満ち溢れた言葉とは相性が悪かったんだ・・・。
・・・自分の愚かさを隠すための、ただの言い訳。
「明」と「暗」なら・・・私は「明」の方が好き。
「光」と「闇」なら・・・私は「光」の方が好き。
「明るい未来と」と「暗い過去」なら・・・私は「明るい未来」の方が好き。
「希望の光」と「絶望の闇」なら・・・私は「希望の光」の方が好き。
「明るい笑顔」と「暗く落ち込んだ表情」なら・・・そんなの、もう答えるまでも無いよ。
・・・だから言い訳。こんなことを考え始めた私の心から、もう既に自信なんてものが感じられるはずはなかった。
今となっては、もう言えることは無い。ただただ自信が無い・・・それだけだった。
「イモリ・・・私、本当にバカだったよ。これじゃ、心配して当然だよね」
森にぽつりと佇む小さな小屋。想い出がたくさん詰まった小さな小屋の屋根にうつ伏せに倒れ込んで思いにふける。
結局今日も、人間は微笑一つ見せてくれなかった。私の記憶に残ったのは、強い怒りと憎しみの表情だけ。
体のあちこちが痛い。村に赴いては、ボコボコに打たれ逃げ帰ってくる毎日。こんなのがもうどれくらい続いただろうか。1ヶ月、2か月・・・そこまで正確に覚えていない。時間なんて、どれだけあっても変わらないような気がした。何度も死にそうになった。何度も殺されそうになった・・・でも、まだ私は生きている。まだ私の首はつながっている。こんな日々が続いて、本当によく生きていられるものだ。少し自分自身に感心する。
でも、明日になったら体の痛みは消える。私だってこれでも妖怪。傷の治りも体力の回復も一般の妖怪並。・・・だから、命を落とすことさえなければ、この程度はどうってこと無い。
・・・でも、
「うぐっ」
心の痛みは消えない。消せない。忘れられない。忘れてはいけない。
人間という存在に対して、あまりにも無知だった。
「ど、どうしてそんなに怒るのか?・・・仲良くしようよ」
どうして人間が私に対してそこまで怒るのか。それが全く理解できなかったのが1か月、2か月・・・もしくはそれよりも以前の私。
・・・本当に理解できなかった。
「うぅ」
涙が出た。イモリと出会うまで、特に目的も持たず毎日をただ何となく生きてきた私にとっては無縁だったはずの涙。膨れ上がった苦しさが、私にそれを教えてくれた。どれだけ強く歯を噛みしめても、どれだけ堅く拳を握りしめても、どれだけうるさく泣き散らしても、決して消えることのない。もういっそのこと、苦しさで胸が膨張して破裂すれば少しは楽になるかもしれない・・・。
「・・・バカ。何でこんな弱気なこと考えてるんだろ」
ぐぅ~
・・・お腹空いたな。まだちょっと体が重たいけど、ごはんにしようかな。・・・うん、そうだ。お腹が空いているから弱気になるんだ。
・・・うん。きっとそうなんだよね。
食料はイモリがたくさん残して行ってくれた。きっと、イモリにはこうなることが分かっていたんだと思う。確か今残っているお米は、故郷に帰ることが決まってからイモリが買ってきてくれたもの。私のことを本当に心から心配してくれている証拠だった。
ご飯の炊き方は教えてもらった。お味噌汁の作り方も教えてもらった。まだイモリみたいに上手には出来ないけど・・・でも、美味しかった。
当然、人間も襲っていない。これはイモリと交わした約束だから絶対に破るわけにはいかない。例えここにある食料が尽きたとしても絶対に私は人間を襲ったりしない。約束はしっかりと守るものだということ以前に、これは私が決めたことだから・・・負けそうな今こそ絶対に見失ってはいけない目標だから。
今にもくじけそうな私を奮い立たせてくれるのは、いつだってイモリと交わした約束だった。
「私がみんなを笑顔にするよ」
うん。だからもう少し頑張ろう。・・・私は、みんなの笑顔が見たいんだよ。
バサッバサッバサッ・・・
ん?
「お~い、ルーミア~」
翼を羽ばたかせながら私の名前を呼ぶ声。これは知っている声だ・・・えーっと誰だったっけ。
・・・。
スタッ
「ルーミア・・・聞こえてないの?それとも、もしかして寝てる?」
翼を持った誰かはやんわりと屋根に着地する。・・・絶対に聞いた事のある声なんだよね。
「・・・やっぱり寝てるみたい。よ~し、こうなったら私が子守唄を歌ってあげる」
うわっ!
ガタンッ
「ミスティアダメなのかー!私はこの通りちゃんと起きているのかー!」
歌というキーワードでハッとした私はすかさず起き上がる。まだ体が完治していなかったので少し痛かったけど、ミスティアの子守唄を聞かされるよりはましだった。それに、寝ている相手に子守唄を歌おうとするとは何事だ。
「なんだ、起きてたんなら早く反応してくれればいいのに・・・はっ!まさか、寝た振りをして私に不意打ちの噛み付きで襲ってくるつもりだったとか」
ミスティアは、恐らくその光景を勝手に想像してか、一歩二歩後ずさる。
「襲ったりしないって・・・最近私の主食はお米なんだから」
ミスティアと出会ったのは今から約5年くらい前だったりする。鳥の妖怪でとても美味しそうなので、半分冗談、半分本気で噛み付くことが以前はよくあった。そのせいもあってか、ちょっと怖がられているみたいだけど、それでもよく一緒に遊んでくれるので友達の中では仲がいい方だと思う。
「ならいいんだけどね。・・・それにしてもルーミア、あんたまた随分ボロボロになってるじゃない。体中土まみれだし、妖力も弱ってたりする?」
「えへへ~、妖力が弱っているのは多分お腹が空いてるからなのか~」
私がそう言うと、ミスティアは「はぁ~」と溜息をつく。
「ルーミア。あんたまた人間と仲良くしようとして散々な目に遭ったんでしょ。全く懲りてないな〜。根性があるのかバカなのか本当に分からないよ」
「えへへ〜。ばれてたのか〜。・・・でも、これくらい全然平気。まだまだ諦めないよ」
ミスティアは、心底私の気持ちが分からないと言わんばかりに首を横に振る。・・・でも、きっとこれは妖怪なら普通、みんなが示す当たり前の仕草。
バカじゃないの?
一体人間のどこがいいの?
そこまで一生懸命に頑張って結局どうしたいわけ?
きっと、聞きたいことはいくらでもある。
・・・私はバカだよ。
・・・私は人間の笑顔が好きなんだ。
・・・私はみんなを笑顔にしたいんだ。
ミスティアはそこまで深く私に聞いて来ない。今私が何を求めて、何に怯えて、何に悩んで、何を考えているのか。誰かに聞いてほしいような、誰にも聞いてほしくないような・・・正直分からない。きっと話しても、誰も理解してくれそうにないし、私自身ちゃんと伝えられるかも分からない。
「でも、まあ私はルーミアのこと応援してるからね」
えっ!
「ほ、本当なのかー」
そんなミスティアから出たのは意外な一言だった。
・・・応援。
友達だと言える妖怪は、私にもそれなりにいた。でも、近頃の私を見てこんなことを言ってくれたのはミスティアが初めてだった。
バカだと罵られたり、止めときなと止められたり、何がしたいのと嘲笑われたりした。そして、人間が嫌いな妖怪は、人間と仲良くしようとする私を嫌悪して近付かなくなった。人間との壁は果てしなく大きいのに、いつの間にか妖怪の間でも少し壁を感じずにはいられない状況になっていた。もしかしたら、そこで感じたものが孤独感とか、寂しさといった感情なのかもしれない。イモリと出会う前、ずっと一人で生きてきた私が初めて抱いた感情。
それは、イモリと一緒に居ることで、私の中に新しく芽生えた感情だった。
「まあ、バカは何を言っても聞かないからね。ただ止めときなって引き止めるだけってのも無粋だしさ。折角だからルーミアと人間に仲良くなってもらって、私も紹介してもらう。そうすれば人間の里で私のリサイタルが開けるしね」
何だかとんでもないことを言い出したミスティア。もし、私が人間に受け入れられたとしても、そんな恐ろしいことを行うと再び逆戻りしてしまう可能性がある。正直、今の話は聞かなかったことにしたいけど、でも少し嬉しかったと言うのも本当。人間の前で歌ってみたいと思うのは、少なからず人間に興味があるということ。
まあ、絶対に歌わせるわけにはいかないけどね。
「うんっ、頑張ってみる。だから応援よろしくなのか~」
ミスティアの存在が嬉しくて急に元気になる私。誰かが後押ししてくれるのってこんなにも違うものなのかな。きっと、明日人間の里に行っても、私は今日と同じようにボコボコにされる。状況は何も変わっていないのに、随分と勇気をもらったような気がする。
「えへへ、でも見ての通りなかなか思った通りにならないのか」
何も誇らしくない今の姿を、私は若干誇らしげに見せてみた。本来ならこんな姿は誰にも見られたくなかった。でも、ミスティアには見てもらいたいと思うほど私の気持ちは前向きになっていた。ミスティアなら、もしかして私の話を聞いてくれるかもしれない。ミスティアなら私の気持ちを分かってくれるかもしれない。そんな風にさえ思っていた。
「まあ、妖怪でも死んじゃったらそこで終わりだからね。もしこのままルーミアが死ぬようなことになっても、応援した私を恨まないでね。結局のところ自業自得なんだから」
「えっ」
・・・だから、そんなことを思っていたからこそ、次にミスティアの口から出た言葉はとても冷たいニュアンスに聞こえてしまった。
「そんな・・・ミスティアを恨んだりしないよ。これは私が好きでやっていることだし」
「ならいいんだけどね」
急にミスティアが素っ気無くなったように感じた。それと同時に、嫌な感情が私の体の中を駆け巡ったような気がした。
・・・何だろうこれ?
「ミスティアと私は・・・友達だよね」
「えっ!何よ突然・・・うん。まあ友達といえば友達ね」
そう。私とミスティアは友達なんだ。ミスティアも認めてくれているじゃないか。友達だから応援してくれるし、友達だから私のことを心配してくれるはずなんだ・・・。
「ミスティアは、もし私が死んじゃったら・・・どう思う?」
何だか聞きたくない・・・でも、聞いてしまった。どうしてこんなことを聞いてしまったのかは自分でも分からない。
違和感。今まで感じた事のない、気持ちの、心の違和感。はっきりとしないけど、これが私にこんなことをさせたのかもしれない。
ミスティアが、私に対して答えを言ってくれる頃にはもうその違和感は消えているものだと、なぜか勝手にそう信じて、なぜか勝手にそう思い込んでいた。
・・・でも、
「死んじゃったら・・・そこで終わりだと思うけど。私がどう思ってもルーミアには全く関係ないんじゃない。だってルーミアは死んじゃったわけだし。ルーミアが居なくても、私は生きていけるからね。・・・何でそんなことを聞くのか分からないけど、ルーミアだって同じでしょ?・・・私が死んで、ルーミアが困ることってある。あっ!もしかして非常食が無くなるとか本当は思っていたりして・・・こわ~」
素っ気なく・・・と言うより呆気なくそう言い切ったミスティア。それがさも当たり前だと言わんばかりに。
そして、きっとそれは私の期待していた答えとは大きく違っていたんだと思う。
・・・だから、私はこの正体の分からない違和感を思い切りぶちまけた。
「だから私達は妖怪なんだよっ!」
「っ!?・・・どうしたのよルーミア?」
私が突然発した言葉に、ミスティアは困惑の表情を見せる。きっと、私はこれから物凄く自分勝手なことを言ってしまう。恐らくそれは、自分が嫌いになってしまうほど理不尽で、自分の愚かさ再び痛感させられてしまうほど自虐的な心の叫び。
正体の分からない違和感?
違うね。
・・・きっとこれが「怒り」の感情なんだ。
あまりにも素気ないミスティアに失望して、その失望感からやってきた怒り?・・・多分そうじゃない、それはあくまできっかけにしか過ぎない。
私は腹が立っていた。苛立っていた。ムシャクシャしていた。
あまりにも無知で、あまりにも滑稽で、あまりにも愚かな自分に。
「だから私達は妖怪なんだっ!自分のことが可愛くて、自分のことしか見えて無くて、自分が楽しければそれでいい。思いやりが無くて、優しさが無くて、他人に対する気遣いも無い。だから、人間とだって仲良くなれない、分りあえない。・・・人間はねっ、友達が死んじゃうとすごく悲しむんだ。家族が死んじゃうとすごく泣くんだよ。それで、大切な人を奪った相手をすごく恨むんだ。殺したい程に憎むんだよ。私が死んじゃって何も感じないミスティアとは大違い。ミスティアが死んでも私が何も感じないなんて勘違い。私は・・・私はミスティアが死んじゃったら悲しいよ。すごく泣くよ。たくさん泣くよ、いっぱい泣くよ。だって、私にとってミスティアは友達だから。そんな人間の気持ちを全く知らずに、人間を食糧としか思っていない私達妖怪は、私は・・・毎日どんなに謝っても・・・いくら殴られても・・・きっと何百回殺されても許されるわけがないんだっ!」
「ちょっ、ルーミア?急にどうしたのよ?」
それは、あきらめにも似た言葉だった。自分自身の口から出た言葉を聞いて、自分自身でそう感じた。私は、ミスティアにすごく酷いことを言っている。何もかもが思い通りにならなかったことを、無理やりミスティアのせいにしている。そして、それを全て理解した上で、まだミスティアのことを友達だとか思っている。
ミスティアは、歌うことが大好きな普通の妖怪にしか過ぎないのに。妖怪として、何も間違ったことは言っていない。最も一般的で、最も正論で、最も妖怪らしい答えを私に返してくれただけなのに。
そしてそれは、イモリと出会う前の私そのものだったというのに。
「どっか行ってよミスティア!・・・もう会いたくない、顔も見たくない」
「ちょっと!」
「早く消えてよっ!それでもう、私のことはほっといて!・・・中途半端な優しさすら持ってないくせに、中途半端に優しくして私を期待させないで」
バゴンッ
・・・うっ、
・・・あ。
熱が冷めた瞬間。私はミスティアに頬を引っ叩かれたことに気付いた。優しく言うと、多分ビンタっていうものだと思うけど、ミスティアのそれは、そんなに優しい威力じゃなかった。首が横に一回転してしまいそうなほど強烈で、私の体は屋根に無条件で叩きつけられていた。今の体勢でもう一発食らえば、私の体は天井を突き破って部屋に侵入を果たすだろう。
これが、並の人間と妖怪との違い。ここ最近、さんざ人間に殴られてきた私だけど、こんな一撃をくらったのは久しぶりだった。
天を仰ぐと、実に不愉快そうなミスティアの表情が視界に入ってくる。そうだよね、怒るよね・・・怒ってるよね。
「何よルーミア!突然よく分らないことを聞いてきたと思ったら、突然怒り出してっ!私が何か悪いこと言った?」
・・・言ってないよ。だから、ミスティアは何も悪くない。
「急に弱気なこと言っちゃって・・・私は、いつもボロボロになりながらもずっと負けずに頑張っているあんただから、だから応援してもいいと思ったのに・・・もう諦めてるんならさっさと止めればいい!中途半端な優しさが嫌なら・・・もう友達だなんて絶対思わない。人間に殺されるなり、飢えてぶっ倒れるなり勝手にすればいいわ!」
バサッバサッバサッ・・・
言いたいことを吐きだしたミスティアは、私には無い鳥っぽい羽をバサバサ羽ばたかせて大空に舞い上がっていった。
残された私は、イモリと過ごした小屋の屋根に大きく大の字になって天を仰ぐ。空は晴れていた。雲一つないくらいに真っ青だった。
ポタッ
雲が一つも無いのに天気雨。こんな不思議な天気もあるんだな。・・・雨はすぐに止んだ。なんだ、私の気のせいか。んっ?でも確かに感じた僅かな重み。違う、気のせいなんかじゃないよ。たった一粒だけだったけど、確かにそれは私の頬を濡らしていた。ちょうどミスティアに、思い切り叩かれたところ。冷たい?温かい?・・・ほとんど感覚が麻痺して分からなかった。指で拭って口に突っ込む・・・唯一つだけ言えることは、とても酸っぱかった。
・・・そんな青空ばかり見ていると、次第に私の心も晴れてきた。さっきまであれほどどうしようもなくイライラしていたのに、さっきまであれほどムシャクシャしていたのに・・・。
ミスティアありがとう。・・・ごめんね。やっぱりミスティアは私の大切な友達だよ。
頬に残る痛み。ジンジンするとか、そんな小さな痛みじゃない。扉の角に足の小指を思い切りぶつけたような痛み。・・・ちょっと違うか。でも、それくらい印象的な痛みが断続的に続いている。しばらく治まりそうにないのは嫌だけど・・・でも、ミスティアがこんなにも全力で私のことを叩いてくれたのは、とても嬉しかった。・・・とてもとても嬉しかった。
ミスティアが、本気の本気で怒ってくれたことが、本当に嬉しかった。・・・本当に本当に嬉しかった。
だってね・・・私のことをどうでもいいと思っていたら、あんなにも怒ってくれるはずがない。あんなにも思い切り叩いてくれるはずがない。
・・・突き放す言葉を吐くだけで、あんなにも泣きそうな表情になってくれるはずが・・・ないよ。
だからきっとそうなんだ。
ミスティアは私が死んじゃったらきっと、悲しんでくれるんだって。
何が何だか分からないうちに口から出てしまった言葉。
「きっと何百回殺されても許されるわけがないんだっ!」
自滅した。きっとこれは自分自身が、心の中でずっと隠し続けてきた本心。その言葉を発したのは他でもない自分自身なのに、その言葉を聞いた瞬間、全身に杭を打たれたかのように・・・それこそ聖者は十字架に磔られましたと言わんばかりに、終わりが見えた。きっと、どんなに頭を下げても、どれだけ殴られても許されることは無い。
だから、私のやっていることは無意味なのかもしれない。
確かに私は、この言葉を突発的に発した時、一度イモリとの約束を諦めたんだと思う。そのことに関しては否定しない、紛れも無い事実だから。
・・・でも、私はもう一度頑張らなければならない。あんなこと言って飛んで行ったミスティアだけど、今でも私のことを応援してくれているはず。私には分かる。思い切り叩いたのも、弱気になって逆ギレした私を励ますためなんだ。ミスティアはそういう優しさを持った友達なんだ。以前の私よりもずっと、人間らしい心を持った妖怪なんだ。中途半端な優しさなんて言ってごめんね。
だから、今私がしていることが無意味のままで終わらせるわけにはいかない。
だって、こんな無意味だと思われることを応援してくれている友達がいるんだ。そして、もしこれが無意味に終わるようなことがあれば、ミスティアが応援してくれたことまで意味のないことになってしまう。
そんなこと、絶対にあってはいけないことだ。そして、イモリとの約束が守れないことも私にとっては耐えがたいこと。色々と気遣ってくれたイモリに合わせる顔が無くなってしまう。
だから、一度でも諦めの様な言葉を口にしてしまったことを、私は本当に後悔した。それがずっと私の中に隠してきた本心だと認めてしまったことを心から悔いている。もう今更撤回は出来ないし、ここでそれを偽ったところで、これから常に私の胸がくすぶられ続けることになるのは目に見えている。そして、そんな影に怯えながら毎日今の日々を続けて行くのはすごく辛いことだと思う。きっと、私の心は今以上にボロボロに傷付いて、もしかしたら壊れてしまうかもしれない。そんな自分、想像するだけでも嫌だった。胸が苦しくなった。
そうだ。
だったら、いっそのこと・・・。
私は、人間に許されることは無い。
これは事実。
人間がどうして私に対して怒りを露にするのか。どうして憎しみをぶつけて来るのか。どうして私が謝っても許してくれないのか。
私は知った・・・。
人間は、本当に仲間を大事にする生き物なんだって。・・・だから、仲間を本当に心から大切に思えるからこそ、私のことを許せないんだって。大切な人の命を奪い続けてきた私達妖怪が憎くて仕方がないんだって。
それは全て、家族に対する愛情や、友達に対する友情、他人に対する人情から来るものだって私は知った。だから、そんな感情豊かな人間だからこそ、誰かが側に居るとあんなにも素敵に笑えるんだ。
そして・・・私はそんな人間の笑顔に惹かれたんだ。
イモリ、ミスティア。私諦めたりしないよ。
私は、絶対に人間に許されることは無いという事実を考えるのをやめる。
認めてしまうと絶望して、否定してしまうとずっと胸を圧迫され続けると言うのなら・・・もう、考えるのをやめてしまおう。ただ我武者羅に人間達にぶつかっていこう。
そういえば、私の友達にすごくバカな妖精の女の子がいるんだ。・・・その子ったら、自分よりも強い大ガマに何度も何度も挑んでは負けて、それでもまだ挑んで負けて。絶対に勝てないような相手にも、めげずに凹まずに諦めずに何度でも立ち向かって。傍から見ればバカだなと思うんだけど、本人にとってはすごく真剣で。そろそろ止めとけばって言っても聞かなくて・・・本当にバカだと思う。
・・・でも、それがバカの強みなんだよね。絶対に勝てないとか、そんな勝算を計算するんじゃなく、とにかく勝ちたいから、やっつけたいから何度でも挑み続ける。ただそれだけのこと。猪突猛進に体当たりして、例え跳ね返されてももう一度ぶつかって。自分がどうして負けたとか、そんなことを反省なんかしない。後退を知らない。停滞も知らない。常に前に進み続ける・・・それがバカ。
・・・私も、以前はそんなバカだったはずなんだ。
そうだ、私はバカなんだ。
だから、もう一度初めの気持ちでぶつかってみよう。自分の非を悔いて恥じるよりも、まず人間に私を伝えていこう。
ただ人間の笑顔が好きで、ただ私の笑顔を見てみんなに笑顔になってほしい。それで私も嬉しい気持ちになれて、とても優しい温かさに満たされる。そんな子供じみた、子供の夢のような想い。笑うなら笑ってもいい。他人から何と言われようが、これが私の幸せなんだ。私が望む人間の姿はそれなんだ。
確かに、それを掴む為にはいくつもの障害あると思う。ここ数カ月で嫌というほど思い知らされてきたことだし、決して無視できることではない。
人間が、私達妖怪に対して抱いている感情もその中の一つ。私の罪悪感も、私の感情が乏しかったことに関しての償いも全部そう。これから切り崩していかなければならないことは山ほどある。きっと、どれだけ斧で砕こうとしても永遠と残っていく壁もある。見えない壁ほど崩す事が困難なのはもう知っている。
それはきっと、私の力なんかじゃどうにもならないほど厚くて大きな壁。考えるだけでも鬱な気持ちになるし、実際にその前に立ってみると胸が苦しくて吐き気がする。
でも、バカにとって壁なんて関係ない。
見えないものには気付かない。見えないから気にしない。そして時には、見えていても気付かない。今だけは、そんな私を許してほしい。今だけは、そんな以前の私でいることを許してほしい。
そうしないと、もう私は前に進めない。踏みだす足が震えて・・・怖くて怖くて後ずさってしまう。
勇気なんていらない、今は無謀さだけあればいい。
「わは~」
大丈夫・・・だって私、まだまだ笑えるんだから。
天に向かって笑ってみた・・・返事は何も返ってこないけど、青い空は何も写してくれないけど、この晴天の空に吸い込まれるように、私の心に掛かっていた靄は透き通って行った。表情を崩すと、ミスティアに叩かれた頬っぺたがまだ痛い。嬉しい痛さだった。これなら1ヶ月くらいこのままでもいいかもしれない。
「あたいったら最強ね。わは~」
これ?
これはさっき言ってたバカな女の子の口癖だよ。ほらっ。いかにもバカっぽいでしょ。
ぐぅ~
・・・。
・・・・・・。
とりあえず、お腹一杯ごはん食べたいな。