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東方連小話  作者: 北見哲平
ルーミア 〜 笑顔の魔法
34/67

ルーミア - その10

「いたいー、いたいよー、やめてなのか」

 体のあるところには激痛が、あるところには鈍痛が走る。妙な感覚だった。

「この妖怪が!とっととくたばりやがれっ!」

ガシッ・・・ガッ・・・バシィー・・・

 ・・・痛い。痛いよ。

 小さく地面にうずくまる私。それを取り囲むようにして四人の男の人が容赦なく蹴りつけて来る。きっと私が妖怪じゃなかったら、すぐに死んでしまうくらい・・・それくらいの強い衝撃だった。

ドガッ!ドゴッ!

「うぁっ・・・うぅ・・・もう、私、人間を襲ったりしないから・・・だから許して欲しいのか」

ガシッ、グググ・・・

「うあぁっ・・・い、いたい・・・」

 一人の人間が私の髪を雑に握り、思い切り引っ張る。その痛みに耐えかねた私は、引っ張られるがままに体を起こして視線を上げる。視界に入ってきた人間は、優越感に浸っているわけでもなく、暴力を楽しんでいるわけでもなく、ただ怒りと憎しみに満ちた表情で私を睨んでいた。

 力なく、弱々しい私の表情を見ても、全く臆することは無かった。

ガッ!

「あぐぁっ!」

 私の髪を掴んだまま、空いていた拳をお腹にねじ込んでくる。

 痛い・・・でも、それ以上に苦しかった。自分の体が中から壊れていくようなそんな感じ。

「もう人間を襲わないから許してくれだぁ?・・・何都合のいいこと言ってんだよ。この妖怪がっ!」

ドゴッ!ガスッ!

「うぁっ!あぐぅ!・・・い、いだい、よ・・・」

「俺の恋人はな、妖怪に殺されたんだよ・・・。腹を空かせた妖怪がいきなり襲ってきて、結局俺の元には、彼女の骨の欠片すら戻ってこなかった。妖怪ごときに分かるはずがないんだ。この辛さが、この悲しさが!・・・許してくれだと?笑わせるなっ!・・・許せるわけがないだろうがっ!」

ドガッ

「ぐぅぅ」

「はっきりと覚えているぞ。・・・俺の娘は貴様に殺されたんだ。必死で命乞いをする娘を、お前は無慈悲にも殺したんだよ!あの純粋で可愛かった娘を、貴様は!貴様はっ!」

ガッ

 今度は顔を思い切り殴られた。僅かな時間、頬骨が砕け散ったかのような衝撃と痛みが私の頭を支配した。

 私が殺した人間のお父さん・・・心当たりがあり過ぎるはずなのに、いつの出来事だったのか全く思い出せなかった。

「あうぅっ・・・ご、ごめん、なさい」

 今にも泣きそうな声で許しを請う私に対して、容赦なく投げ付けられてくる恨みつらみの言葉と痛烈な拳。そして、際限なく襲ってくる痛み。

 このままじゃ、死んじゃうよ・・・。

ガスッ、ドガッ、ズガッ

「あ・・あぐぁぁ・・・ぐぅぅ・・・ゴホッ、ゲホッ、ゲホッ・・・はぁ、はぁ・・・」

 激しく痛打されどこかを損傷したのか、急に息苦しくなり咳き込む。掴まれていた髪の戒めが解けると、まるで糸が切れた操り人形のようにその場に、力なくうつ伏せに倒れ込んだ。

 乾いた大地が、私を抱きかかえてくれているような感覚だった。

温かかった。優しかった。それは、今の私が一番欲しているものだったのかもしれない。その優しさに甘えてしまえと、私の中に潜んでいる誰かが囁いてきた。このまま瞼を閉じて眠ってしまえば、きっと私はこの優しさに抱かれて楽になることが出来る。

 ・・・でも。

「ご・・・ごめん、なさい・・・私」

 自分で発した声が、自分の耳まで届いてこない。消えかけた声と言うよりは、消えた声と言った方が適当かも知れない。

「畜生がっ!どれだけ殴っても殴り足りねぇ!・・・いや、何百回殺しても殺し足りねぇだろうな」

 当然、そんな声が人間達の耳に届くはずはない。そもそも、例え届いていたとしても、私のごめんなさいなど彼らにとっては全く意味のない言葉。

 自分でも無意味に思う。

 でも、私にはこんなことしか言えないから。

ガシッ

「あぐぅぅ~」

 頭を足で踏みつけられ、土の地面にグリグリとねじ込まれる。

いくら食いしん坊の私でも、土は美味しくなかった。


 何も知らない人が見れば酷い仕打ちかもしれない。

 でも、私は人間に殴られて当然の妖怪。人間に蹴られて当然の妖怪。人間に踏みつけられて当然の妖怪。

 ・・・人間に殺されて当然の存在。

「トドメをさしてやるよ。誰か鍬か何か持って来い!」

 そう、私は人間に殺されて当然の妖怪。

 ・・・でも、私はまだ死にたくなかった。

「うぅぅ~」

 重たい全身に必死で力を込めて体中から妖力を放出した。今にも消えそうなほど弱々しいものだったけど、それでも僅かばかりの闇を作り出すことは出来た。

「おっ、おい!こいつやる気だ!まずいぞさがれっ!」

 それまで一方的に、私に対して怒りをぶつけているだけだった人間達が一瞬ひるんだ。知っている、これが怯えという感情だってことを。以前の私はこの力を振りまいて、人間にそれを与えるだけの存在だったということを・・・。

「くっ!」

 頭を踏み付けていた足がどけられると若干体が軽くなったように感じた。私は渾身の力で自分の体をゆっくり宙へと浮かせた。ふわふわと、よろよろと。力を抜いたらいつでも墜落してしまいそうなほど頼りない飛び方だったけど、お腹が空いて正直もう限界だったけど・・・それでも私は、少しずつ少しずつ高度を上げ人間達から離れて行く。

「おのれ妖怪め!降りてきやがれー!」

「おい止めろって・・・さっき暗闇みたいなのを出していたぜ」

「何がもう人間は襲わないだ!自分の身が危なくなったら力を使うんじゃねえかよ!ふざけやがってよー!」

 下から聞こえてくる怒声。人間達は一体どんな顔をしているのだろう。もう私には、その様子を確認する余裕すら無かった。ふらふらと人間の里の上空を飛び、人間が足を踏み入れることのない森の方へそのまま向かうことで精一杯だった。


 ・・・また、やってしまった。

 私が妖力を放出したのは、人間を傷つける為ではない。当然逃げる為なんだけど、結果的には人間にとって悪い印象が残ってしまった。

 殺されそうになって必死で作った逃げ道がルール違反だと責められてしまう。私には、今普通の人間と対峙する力すら残っていないというのに・・・。

 あまりにも理不尽。

 だったら私はどうすればよかったの?あのまま何もしなければ私はきっと殺されていた。死んじゃったらどうにもならないじゃないか。

 それに、もし仮に何もせずにおとなしく殺されていれば、人間は私のことを許してくれた?認めてくれたのだろうか?

 ・・・ううん、許してくれるはずなんてないんだ。だって、人間にとって妖怪は敵だから。私は敵だから。許す許さないの問題じゃない。妖怪なんていなくなってしまえばいい。きっと、人間はそう思っているんだ。

 だから、どんなことを言われても私には返す言葉が無かった。更に、私が今まで人間にしてきたことを考えると、例え返す言葉があったとしても心の中だけに留めておくしか無かったはずだ。


 辛い、苦しい・・・でも、悔しくは無い・・・憎くも無い。

 元々あまり負の感情を表に出す事のなかった私だけど、やっぱりどうあがいても人間を悪く思うことができそうになかった。

 そもそも、悪いのはきっと私の方なんだ。

 イモリは以前にこんなことを言ってくれていた。

「妖怪が人間を襲うことは悪い事じゃない」って・・・。

 ・・・ううん、それって多分違うんだ。・・・イモリは優しいからそう言ってくれただけなんだよね。

 でも実際は、どれだけたくさんの人間を殺しても全く心が痛まなかった・・・私はとても冷酷な妖怪だよ。


 ふらふらと飛び続けながらなんとか人間の里から外に出ることができた。今私の眼下には一面緑が広がっている。それは私のよく知っている森。

 徐々に高度を下げて行き・・・いや、正確にはもう力を使い果たした感があって、自然に高度が下がっているのだと思う。見覚えのある小屋が目の前に入って来たので、そのまま屋根に不時着した。最近はこの繰り返し。お昼過ぎにこの場所から人間の里に飛び立って、夕方頃にボロボロになって帰ってくる。

 見覚えがあるも何も、ここは以前毎日ご飯を食べに・・・いや、イモリに会うために通っていたあの場所だった。


「・・・イモリ」


 私がもう人間を襲わないと約束した日。それから少しするとイモリは故郷の里に帰って行った。お母さんが突然倒れたという連絡が入ったからだった。イモリとの別れは寂しかったけど、私にはイモリを引き止める権利なんてなかった。もしあったとしても、きっと止めはしなかっただろう。


 一緒に来るか?

 そう誘われた時「私をお嫁さんにしてくれるなら一緒に行ってもいいのか~」なんて、そんなイモリと付き合いだしてから覚えた冗談を言ってやんわりと断ろうとした。イモリに素敵な奥さんがいることは、話の中に何度も出てきたから。

 でもイモリは、

「なんてっこたぁー!俺、妻子持ちだぁー!チクショー、俺は何で独身じゃねぇんだぁー!」

 とかなんとか、突然頭を抱えて叫び出した。私にとってのイモリは、結局最後まで変わった人間。・・・そして、何だかよく分らない優しさを持った人間だった。

「またまた冗談言っちゃって。・・・知ってるよ。イモリが家族をとても大事にする人間だって。奥さんのこと、一人娘のこと、そしてお母さんのことが大好きなんだって。だから、家族の為にこんな危険な森の中まで来て木こりの仕事をしてるんだって。・・・うん、早く帰ってあげるべきだと思うよ。大好きだったら一緒に居なくちゃダメだよ。きっと家族のみんなも、いつもイモリと一緒に居たいって思ってるはずだよ。それなのに、私なんかと一緒に帰って来たら、奥さんに「あんたそんな大きな隠し子、一体どこでつくってきたのよ!ムキー」とか言ってボロボロにされちゃうよ」

 私は、冗談を混ぜて出来る限り明るい表情で笑って見せた。やっぱり寂しい。胸のどこかでその想いは常にくすぶって、イモリに「笑顔の魔法」だと言ってもらった笑顔とは程遠いものだったかもしれないけど、それでも笑おうと思った。

 今ここで私が誘いを受けたら、私はイモリという存在に守られながら、あるいは人間の中に溶け込んで、みんなに可愛がってもらえたかもしれない。

 でも、私はイモリにそこまで甘えたくはなかった。別に意地を張っているわけではなく、無理をしているわけでもなく・・・それなりの自信があった。イモリが一緒に居なくても、イモリ以外の人間でもきっと笑顔にしてあげることが出来るって信じていた。

 私の笑顔を今幻想郷中で落ち込んでいる人全員に見せてあげたい。私の笑顔は、みんなを笑顔にすることができる「笑顔の魔法」・・・以前、イモリが私に言ってくれたこの言葉が、今の私を支えている。


「ルーミアは俺のこと、よく知っているな」

「全部イモリが話してくれたことだよ」

「そうだっけか。・・・そういやあ、嫁さんや娘にもしたことのないような話も結構あったな・・・内緒だぜ」

「う~ん。正直その辺の切り分けは出来てないのか~。でも、私ってバカだからもう既に色々忘れちゃってるかも」

「それも少し寂しいな。・・・おいおい、もしかして俺のことまで忘れちまうんじゃねぇだろうな?」

 私はきっぱりはっきりと答えた。

「それは絶対に無いよ。私みたいな妖怪には、家族って当たり前のように居ないけど・・・でも、イモリと一緒に居た時間は、そんな当たり前が当り前じゃないように感じられたよ。一緒にご飯を食べたし、一緒にお昼寝もしたし、一緒にお風呂とかも入った。私にもしお父さんが居たら・・・きっとこんな感じなんだろうなって思ったよ」

「普通の娘だったら、ルーミアくらいの大きさになると親父と一緒に風呂入るのは嫌がるものなんだけどな・・・うちの娘もそうだった。お父さんは最後に一人でお風呂入ってよねって、俺はバイ菌かよ!見た感じは同じくらいの歳なのに、素直で可愛いルーミアとは大違いだよ。・・・あっ、後一緒に風呂に入ったってことは嫁さんには内緒な。こんなことが知られたら、湖に住んでいる魚の餌にされちまう」

 イモリは苦笑しながら言った。

「う~ん、どうして一緒にお風呂を嫌がるのか、私にはちょっと理解できないけど・・・でも、そんな奥さんだけど大好きなんでしょ。そんな娘だけど可愛くて可愛くて仕方がないんでしょ・・・そして、今だって本当は倒れたお母さんのことが心配で心配で仕方がないんでしょ?」

 私がそう言うと、イモリはばつが悪そうに頭を二度三度掻き、軽く溜息を吐いた。

「はぁ~。ルーミアは本当に俺のことよく知っているな。・・・むしろ、もう「俺博士」って感じかもしれないな。・・・そうだな、ルーミアの言う通りだよ。今は一刻も早くお袋の所に帰ってやりたいって思ってる。早くに親父が亡くなって、それでも涙一つ見せずに、女手一つで俺を育ててくれたんだからな。心配しないわけにはいかないだろう」

「うん。イモリはそういう人間だと思う」

 そういう人間ってどういう人間?・・・一瞬そう思ったけど、やっぱりイモリはそういう人間なんだと思った。

「俺ってさ・・・とことん寂しがり屋なわけよ。だから、本当は家族と離れた場所で仕事するのも嫌だった。でも、俺の故郷の周辺には良質な木が育たなくてな。必死で切り倒しては、割に合わないってくらいのはした金で取引されて行った。嫁さんや、もう六十になろうかっていうお袋にまで内職させて・・・それでも、其の日暮らしがやっとだった。一家の主として、情けない限りだよ」

 イモリはスッと私から視線を逸らした。自分の力の無さを嘆いているようなそんな表情。それは、イモリが私に見せた初めての表情だった。・・・似合わないよ。

「その話は初めて聞いた・・・それで、イモリはこんなところまで来てお仕事をしてたのか」

「まあな。こんな情けない話、こういうことでもないとなかなかできないからな。男とは、時として何となく意地を張りたくなる時があるんだよ。聞いた話によると俺がここに来た後、他の木こり仲間も皆、危険を承知で妖怪の住まう森に仕事場を移していったそうだ」

 こういうことって言うのは、多分別れ際って意味なんだろうな。それに危険を承知でってことは、やっぱり私達妖怪は人間にとって・・・まあ分かっていたことだけどね。

「イモリは怖くなかったのか?」

「多少はな・・・でも、俺の中ではもう選択肢は一つしか無かったから覚悟は決めていた。それに、普段から体は鍛えていたからね。人間の中ではそれなりに強い方だと思うけど」

「えへへへ~。私とか、普通に負けそうだもんね。・・・でも、森で倒れている妖怪を助けてあげたのに、突然大口を開けて飛び掛かってくるなんて正直思わなかったんじゃない」

 森で倒れていて、大口を開けてイモリに飛び掛かった妖怪・・・それは言うまでも無く私自身だったりする。そんなに古い話じゃないのに、何か懐かしいな~。

「まあそれなりに予測はしていたけどね。だってルーミアってば寝ている時に、お腹グーグー言わせながら何かを食べる夢を見ていたみたいだし」

 そうだった。何だかすごく懐かしく感じて、つい笑みがこぼれた。

「厄介な奴を助けちゃったな~、とか思った?」

「まさか。期待通りの行動に出てくれて、何て可愛らしいんだろうって思ったよ。・・・それに、俺はルーミアに合えて本当に幸運だったと思うよ」

「・・・幸運?」

 私は首を傾げる。

「言っただろう。俺はすごく寂しがり屋なんだって。正直、道の真ん中で倒れているルーミアを見かけた時、最初は何も見なかったことにしてとりあえずこのまま放っておこうと思った。・・・でも、この森で仕事を始めて、人間はおろか妖怪とも全く出会う事のなかった俺は、拍子抜けを通り越して寂しくて仕方無かったわけだ。幸い、ルーミアって俺の娘と同年代くらいに見えたし、これなら話しやすいんじゃないかな~って思ってよ。まあ、俺の娘とルーミアが同い年のわけはないけどな」

 この話も初めて聞いた。

「それって話相手が欲しかったってことなのか?」

「平たく言えばそういうことになるな。・・・でも、ルーミアは思った以上に素直で、思った以上に可愛くて、思った以上に俺のことを慕ってくれた。俺も、そんなルーミアのことが、いつの間にか本当の娘の様に思えてきた」

「私って、イモリの娘に似ていたのか?」

 私がそう聞くと、イモリは大きく口を開けて答えた。

「全然似てないな。髪の色も違うし、目の色も違う。声だって違うし、食欲に至ってはもう次元が違う。成長するにつれて生意気になってくる娘と違ってルーミアはずっと素直だったし。たまには一緒に寝るかなんて言った日には股間にアッパーだぜ・・・全く容赦無しだ。ここだけは鍛えてもどうにもならねぇからな」

 う~ん、それに関してはよく分らないけど。

「でも、似ているところが一つも無いのに私のこと娘みたいに思うって変なのか~」

「いや、一つも無いってわけじゃないぞ。・・・一つだけ、娘とルーミアがそっくりなところがあった。似ているところなんてこの一つあれば十分だからな」

「えっ!そーなのかー。何なのかー?」

「・・・それはだな」

「うんうん」

「実はだな」

「うんうん」

 ・・・。

 ・・・・・・。

「・・・秘密だ」

 え~!

「ここまで焦らして言わないなんてずるいのか~」

「少しは自分で考えてみなよ」

 気になる。すごく気になるよ~。

「ブ~ブ~ブ~」

「ブーイングが心地いいぜ~」

「うぅ~」

 私は、頬っぺたをぷっくりと膨らませてむくれて見せる。きっと私のこういう行動を見て、イモリは素直で可愛いと言ってくれているのだと思う。

「まあ、どうしても分からないって言うのなら、いつか俺の里に遊びに来な。その時に娘を紹介してやるから自分の目で確認するといい。・・・尤も、いつまでルーミアと似てくれているかは分らないけどな」

 イモリが何気なく言ってくれたその言葉がすごく嬉しかった。これって、また近いうちに会おうって意味にとらえてもいいんだよね。

 また会えるなんて、多分根拠も確証も何も無い。でも、そんな一見意味のなさそうなことでも私の心は、気持ちは大きく変化する。沈んでいた気持ちは、もう既に先に向かっているような気がした。別れを悲しむのではなく、次に会う日のことを楽しみにしよう。・・・その時は、今よりもずっと成長した自分を見てもらおう。褒めてもらおう。・・・きっとそんな気持ち。

「うんっ。絶対に行くよ」

 根拠も確証も無い絶対だったけど、でも私はいつも通りに笑えていたんだと思う。イモリが返してくれた表情を見てそれを確信した。私ってば、素直と言うよりは単純だね。


「ったく、やっぱりそっくりなんだよな・・・」

 ・・・ん?

「イモリ?」

「・・・何でもねぇよ。気にするな」

 ・・・?

「明日の朝一で俺はここを出る。・・・だから、今日は一緒に寝るか?」

「うん」

 私が大きな声で返事をすると。イモリは子犬を愛でる様に私の頭を撫でてくれた。すごく心地良かった。

「そう言えばルーミアのこのリボン・・・お札だったっけか?・・・これって結局何だったんだ?髪を洗っている時もそのままだったし、お札のくせに完全防水加工。確か、俺の前では一度も解いたことが無かったよな」

 あうっ。

 やっぱり不自然だったのかな。今までこのことに関してはあまり深く突っ込んでこなかったので、それほど気にしていないと思っていたんだけど・・・やっぱり気にはなるんだね。

「このリボンに関しては、私にもよく分らないのか。気付いた時にはもう既に結ばれてたんだ~。なぜか私自身で触ることができないし、勿論外す事も出来ない。でも、変に髪に馴染んでるんだよね。もう体の一部みたいなものなのか~」

 それは全部本当のこと。ここでイモリに嘘をつく理由は何も無かった。

「そうか、そいつは不思議なリボンだな・・・何かすごい力でも封印されてたりしてな」

「ないないなのか~」

 私はただの食いしん坊妖怪。そんな大げさな話は、全く縁もゆかりもない。そもそも、私は力なんていらない。これからは、もうそんなもの必要なくなるんだから・・・。

「まあ、何にせよ似合っているからいいんだけどな」

 イモリはそう言うと私の頭をぐしゃぐしゃと雑に撫でまわした。今度はあまり心地良くなかったけど、そんなに悪いものでもなかった。

「わぁっ!髪がわしゃわしゃになっちゃうのか~!やめてなのか~!」

 すると、イモリは手をピタッと止める。イモリにしてはやけに素直で引き際がいい。もっと、たくさんぐしゃぐしゃされるのかと思っていたんだけど。

「・・・イモリ?」

 私の頭に手を当てたまま止まったイモリの表情は、どことなく寂しさを含んだものだった。

「何だか切ねぇな~。出て行くのは俺の方なのに、まるで一人立ちする娘を見送る親父の気持ちになったみたいだな」

 イモリはさりげなく言った。

「イモリの、本当の娘がお嫁さんに行く時のいい予行演習になったんじゃないかな」

「言うね。・・・でも、それは少し違うぞ。さっきも言ったように俺はルーミアのことを本当の娘の様に思っていたからな。だから、予行演習にはならない。・・・お前を心配してるんだよ」

 私のことを心配してくれている。

「・・・ありがとう」

 本当に嬉しかった。その言葉からは、イモリが私のことを大切に想ってくれている気持ちがすごく伝わってきて、胸が熱くなった。

 ・・・でも、

「私は大丈夫だから。確かに、人間と妖怪の関係は今でも険悪なものだと思うし、私だってそれくらい理解してる。でも、イモリは人間、私は妖怪・・・それでもとても仲良しじゃない。それに私、自信があるんだ。だって、私なんかの笑顔でイモリは笑ってくれたもん。笑顔の魔法・・・忘れないよ」

「笑顔の魔法・・・そのネーミング恥ずかしくないか?」

「何言ってるのか。これはイモリが教えてくれたんだよ・・・それに、笑顔の魔法っていかにも私らしくていいと思うよ。わは~」

「ははは・・・。確かにルーミアにはピッタリハマっているかもな。でも、俺が言い出したとかは絶対に言い触らさないでくれよな。こんなことが俺の家族に知られたら、何かあるごとにネタにされて地獄を見ることになるからな」

「うん。約束するのか~!」

 私は約束を破らない。約束自体を忘れない限り・・・多分。

「あんまり深く気にしないでくれよな。親父だったら誰だって、娘のことを心配するものなんだよ。娘の幸せを願っているものなんだよ」

「幸せ・・・あまり考えたこと無いけど、イモリと一緒に居た時間はとても楽しかったよ」

 幸せというのがどんなものか、私にとってはまだ漠然としてて、はっきりこれが幸せなんだと言うことが出来なかった。でもきっと、楽しいという感情が、嬉しいという感情が、笑顔という表情が、それに一番近い位置に存在するんじゃないかと、私は勝手にそう思った。


 多分、そんなに間違って無いよね。


「これからは、もっと幸せってやつを意識しながら生きていけ。・・・そして、絶対幸せになれ」

「うん。・・・頑張るよお父さん」

 イモリのことをお父さんって呼んでみた。


 ・・・ちょっと恥ずかしかった。

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