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東方連小話  作者: 北見哲平
ルーミア 〜 笑顔の魔法
31/67

ルーミア - その7

「あれはすごく美味しかったのか〜」

「へえ〜、そうなんだ。私も食べてみたいな〜」

 みことのおじいちゃんを探すと言ったものの、思いの外捜索は難航して、今はこうやって話をしながら歩き回っている。

「でも、おねえちゃんの話って食べ物の話ばかりだね」

 ・・・。

 とまあ、こんなダメ出しまで言ってもらえるほどだ。

 でも、こんな私の話でも、みことの寂しさや不安が少しは和らいでいることを実感できると、それだけで十分意味のあることだと思う。

 うーん。それにしても、つくづく考えが甘かったかも私。空から捜索すればおじいちゃんもすぐに見つかるかと思っていたけど・・・ダメだった、私おじいちゃんの顔を知らなかった。千穂は知っているみたいだけど、飛べないので意味はなかった。

 私がバカでした。仕舞いには、チルノにまで「ルーミアってば本当にバカね」と言われる始末。

 なぜだろう?バカから言われるバカは、意外と心に響く。

 みことの話によれば、おじいちゃんは耳が遠いらしいので、大声で叫んでもあまり意味はないだろう。

 おじいちゃんもみことのことを探しているだろうから、こちらも地道に探していればその内再会できるだろうという・・・何とも安直な考え。

 千人寄ればなんとやらって聞いたことがあるけど、私やチルノレベルの頭脳では、いくつ集まってもあまり変わらないだろう。

 まあ、話をするのは嫌いじゃないからいいんだけど、おじいちゃんの為にも、早く再会させてあげなくちゃね。

「えへへ・・・私ってば食いしん坊だから、常に食べ物のことを考えているのか〜・・・ちょっと話題を変えてみるのか」

 昨日の夕食、好きなおにぎりの具、屋台、穣子っ!・・・ダメだぁ〜、食べ物のことしか思い浮かばない。あっ!そうだっ!

「ねぇねぇ、みことのおじいちゃんってどんな人なのか?・・・優しい?」

「うんっ!とっても優しいよっ!」

 みことはパァッと弾けるような明るい笑顔で答えてくれた。この表情を見ただけでも、みことがおじいちゃんのことが大好きだというのは容易に想像できる。

 なるほど。どうりではぐれた時に大泣きしていたわけだ。

「それでね、優しいだけじゃないんだよ。とっても暖かくてね、私が頑張ったときとかは、こうやって頭を撫でながら褒めてくれるんだよ。おじいちゃんのことが大好きっ!」

 私、今みことの笑顔を見てすごく心が温かくて、幸せを感じている。どんなに辛いことを考えている時でも、悩んでいるときでも、笑顔で返してあげたくなるような・・・そんな感じ。

「ふーん。優しいと言えば千穂のおばあちゃんもとても優しいのか〜。ねっ、千穂」

「えっ、あ・・・うん。おばあちゃんとても優しいよ」

 私が千穂のおばあちゃんと知り合ったのは、1年以上前、千穂と知り合ったのと同時期になる。こんな私のことを本当の孫娘のように可愛がってくれて、おにぎりをたくさん作ってくれた。これがとても美味しくて・・・本当に美味しい。おばあちゃんが寝たきりになったここ半年はもう食べてないけど、でも絶対に忘れられない味。

 私がこの人間の里で初めて食べたのが、このおにぎり。

 なかなか人間に受け入れてもらえなかったあの頃、心も体もボロボロだった私を救ってくれたのは他でもない、おばあちゃんと千穂だった。

 二人には感謝してる。どれだけありがとうの言葉を連ねても足りないくらい。

 今私がここにいられるのも二人の優しさがあったからなんだ。

 千穂が小さい頃に死んじゃった両親も、きっと優しくて温かい人だったんだろうな。

 ん、両親?

「そう言えばみことちゃんのおとうさんとおかあさんは一緒に来てないの?」

「ちょっ、る、ルーミアっ!」

 えっ!

 私が質問をすると、みことの顔からは笑顔が消え、寂しそうな顔をして頭を下げてしまった。

 な、何かいけないこと言っちゃったのかな。

「・・・私のおとうさんとおかあさん・・・小さい時に死んじゃったんだ」

 あ・・・。

「ごめんなさい」

 そっか、私やっぱりバカだ。もっと色々考えて話さないといけないな・・・。

 人間の家庭には、家庭ごとの事情があるって。その中には、みことのような幼くして両親を亡くした子供もいるんだって・・・私は千穂と付き合うようになって、どんな妖怪よりもそれを知っていたはずなのに。

「みことちゃん。本当にごめんなさい・・・私がバカでした。こんなバカなおねえちゃんは・・・いやだよね」

 私がそう言うと、みことは首を小さく速く振ってすぐにそれを否定してくれる。

「そんなことないよ。おえねえちゃんは何も悪くないよ。だって、私とおねえちゃんは、今日初めて会ったんだし・・・それに、確かに私にはおとうさんもおかあさんもいないけど、おじいちゃんがいるもんっ。だから、寂しくなんかないよ!」

 みことの顔に再び明るい笑顔が戻る。

 ・・・よかった。少し安心した私は千穂の方に目を向けてみる・・・が、何だか今度は千穂の様子がおかしかった。

 ずっと俯いて、じーっと何かを考えてるみたい。

「千穂、どうしたの?」

 私に声を掛けられた千穂は、あわてて頭をあげる。

「えっ!あ、うん。何でもないよ・・・えっと、みことちゃん可愛いな〜って。えへへ・・・」

「そうなのか。・・・ならいいんだけど」

 えへへと笑う千穂。

 私の気のせいかな。どうしてだろう、俯いた千穂の表情がとても悲しそうに見えた。

「う、う〜ん、うぅ〜」

 ん?

 今度は、千穂と反対方向に目を向けてみる。そこではチルノが「う〜」と頻りにうめきながら、何か苦しそうにお腹を押さえていた。

「チルノはどうしたの?」

「お腹が・・・痛い。あたい悪い病気かも」

 お前は氷の食べ過ぎだっ!っていうか、氷の妖精が冷たい物でお腹を壊すって、少し問題なんじゃ・・・。

 何にせよ・・・バカだ。

「あははは・・・。チルノおねえちゃん氷ばっかり食べてたからお腹壊したんだよ・・・バカだな〜」

 言った!

「あ、あたいのことうっ・・・バカって、い、いうっ・・・な!」

「えっ?チルノおねえちゃん何て?」

 私はみことの背中をポンポンと叩く。

「みことちゃん。あんないかにもバカっぽいやつのことバカって言っちゃいけないんだよ・・・自分のことがバカだと自覚できないくらいバカなんだから」

「こらー!うぅ〜、だから、あたいのこと・・・バカって・・・い、いうなぁ」

 人はそれを救いようの無いバカと云う。だから、誰かチルノを救ってあげてください・・・今はとりあえず腹痛から。


 とまあ、そんなチルノはあまり気にせず、みことのおじいちゃん探しは続くのでした・・・。



 それから探すこと数十分。突然千穂が人ごみを指差して言った。

「あっ!ルーミア!あそこでキョロキョロしているの。みことちゃんのおじいちゃんだよ」

「えっ、そーなの」

「おじいちゃーん!」

 私がお馴染みのセリフを全て言い終える前にみことは走り出していた。そんなみことに、おじいちゃんの方もすぐに気が付いた。

「おおみことぉ〜。探したぞ〜」

「おじいちゃーん」

バサッ

 みことはおじいちゃん目掛けて飛び付いた。おじいちゃんはよろけることもなく、みことを胸でしっかりと受け止め、両腕で優しく抱きしめていた。

「おじいちゃん、おじいちゃん・・・」

 みことはまた泣いているみたいだった。でも、人間は悲しい時や苦しい時以外にも涙を流すことを私は知っている。

 だから安心した。

 だって、おじいちゃんに抱かれたみことは、とても幸せそうな表情をしていたから。

 そして、みことをそんな風にさせてしまうおじいちゃんが、少しだけ羨ましかった。


「よかったね、みことちゃん」

「あっ、おねえちゃん。うんっ、ありがとう」

「おお、お前さんはたしか「そーなのかー」で有名なルーミアちゃん」

 少し変な覚えられ方をしてるみたいだけど、まあ間違ってはいない。私はおじいちゃんのことを知らないのに、私のことは知ってくれていた。それは、素直に嬉しかった。

「そーなのだー」

 そんなおじいちゃんに、サービスと言わんばかりに例のポーズで私の十八番をみてもらう。

 因みに、どちらかというと相手に聞き返す感じの「そーなのかー」と、逆に相手を認める感じの「そーなのだー」を使い分けるようになったのはつい最近だったりする。

 一部の人間からは「進化する宵闇妖怪」何て言われているらしい。

 もともとギャグとかそういうのにする気はなかったんだけど・・・。何でこんなに流行っちゃったんだろう?

「おお、それに米さんとこの孫娘の千穂ちゃん」

「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

 千穂とおじいちゃんは軽くあいさつを交わした。

「もう一人のお嬢ちゃんは確か・・・」

「あたいチルノ!」

「おお、そうだったそうだった」

「おねえちゃん達が一緒だったから私、寂しくなかったんだよ」

 みことは、おじいちゃんに嬉しそうに話す。

 はい、今回みことのおねえちゃんを務めさせていただきましたルーミアです。

「みことは寂しがり屋だからの〜。一人でずっと泣いてないか心配してたのだか・・・お嬢ちゃん達、本当にありがとう」

「ううん。私もみことといっぱいお話ができて楽しかったのか」

「フッフッフッ・・・あたいに感謝しなさいよ!」

 って、こらこら。

「チルノ、お腹痛いの治ったの?」

「当然っ!あたいったら最強ね」

 あっ、そう。

「も〜う、おじいちゃんってば、私が泣き虫みたいな言い方しないでよ」

「だって、みことは泣き虫だろう。ほらっ、涙の跡がついておるぞ」

「うぅ〜。おじいちゃんの意地悪〜」

 みことはほっぺたをぷっくりとふくらませる。その仕草はとても可愛らしかった。



「おねえちゃん。今日は本当にありがとう。今度遊びに来てね」

「うん。行く行く〜。あっ、でも私みことちゃんの家知らなかったっけ・・・。千穂と一緒に行くよ・・・ついでにチルノも」

 約束通りおじいちゃんを見付け出したことだし、みこととも仲良くなれたし・・・穣子達も待ってるかもしれない。

 本当は、もう少し一緒に遊びたいところだけど、取りあえず次回の約束を交わして早々に別れることとなった。

「うんっ!千穂おねえちゃんとチルノおねえちゃんもありがとう」

 みことは明るい笑顔で微笑んだ。この笑顔を見ただけでも、少しの間私達はおじいちゃんの代わりになれたんだと自信が持てた。そしてまた、嬉しさと幸せの感情で、胸がいっぱいに満たされていくのが分かった。

「それじゃおじいちゃん、行こっ!」

 みことに手を引っ張られながら私達に一礼して、おじいちゃんは体の向きを変えた。

「おじいちゃん。あっちに金魚すくいの屋台があったんだよ」

「ほぅ、冬場に金魚すくいとは・・・久しぶりにおじいちゃんのポイさばきを見せてやろうかな」

「見たい見たい。あっ、でも私だっておじいちゃんに負けないように頑張らないと」

「なぁに心配はいらないぞ。みことには、かつて金魚ハンター石丸と呼ばれていたおじいちゃんの血が流れておるからな」

「わーい。おじいちゃんとおんなじだぁ〜。ねぇおじいちゃん・・・」

 楽しそうな会話が聞こえなくなるまで、私達は二人の後ろ姿を見送っていた。


「うーん・・・あたいには家族っていないからよく分からないけど・・・何だかああいうのって、ちょっといいかもしれない」

 ほぇ?

「チルノが珍しくまともなこと言ってるのか〜。これは雪が降るかもしれないのか〜」

 ・・・でも、1月に雪が降るって、わりと普通か。

「どういう意味よっ!って言うか、あたいがまともなこと言っちゃ悪いかー」

「別に、悪くないよ。チルノが素直にそう感じたんだったらそれでいいし・・・私もチルノとおんなじ気持ちだよ」

「そう。なら別にいいんだけど」

「羨ましくなるくらい仲良しだと思うのか~。・・・でも何か、千穂とおばあちゃんもあんな感じだったかな・・・ねっ、千穂」

「・・・」

 ・・・。

「・・・千穂?」

 話を千穂に振ってみたものの、しばらく待っても返事は返ってこなかった。

 私よりも少し離れた位置に立ち止まって、じっと俯いていた。空いた距離の間をたくさんの人の流れが通り過ぎていく。

 私は心配になってすぐに千穂の元に駆け寄った。

「千穂・・・チルノみたいにお腹が痛いのか?」

 千穂は俯いたまま首を横に振った。その反動で、一粒の小さな滴が飛んだ。私にははっきりと見えた。

「千穂・・・泣いてるのか?」

 ・・・。

 千穂は俯いたまま、首を横には振らなかった。でも、決して縦にも振らなかった。それは、きっと泣いているからだということが私にもすぐに分かった。


 でも、どうして千穂は泣いているの?

 こんなにも楽しそうで幸せそうな場面に遭遇して、私はとても嬉しい気持ちで満たされたというのに・・・。


 どうして?・・・どうしてかな?


 きっと、以前の私だったらどれだけ考えても分からなかったと思う。

 でも、今の私になら何となくだけど分かった。


 ・・・きっと、千穂は今おばあちゃんのことを思い出して泣いているんだ。


「ち、千穂・・・おばあちゃんは、また絶対元気になるよ・・・だって私約束してるんだよ。元気になって、また美味しいおにぎりをいっぱい食べさせてくれるって。・・・だから」

 私からの言葉なんて、多分気休めにしかならないと思う。

 なぜなら、私は千穂がどれだけ悲しくて、どれだけ辛くて泣いているか、本当のところ分かっていない。

 分かるはずがない・・・だって、私は千穂のような境遇に立ったことは無いんだし、千穂の心は千穂だけのもの。

 今私は、千穂の友達として一番恥ずかしくない言葉を選ぶことが出来たのかな・・・。

「ありがとう、ルーミア。ご、ごめんね。こんな時に泣いちゃって・・・チルノちゃんもごめんね。ずっと、ずっと我慢してたのに・・・な、何でかな?みことちゃんとおじいちゃんを見てたら急に・・・。ごめんね」

 何度もごめんと繰り返す千穂。

「こら〜。謝るくらいならはじめから」

ゴツンッ

「あうっ」

 とりあえずチルノを黙らせてみた。後で仕返しが怖い。

「謝るのは私の方だよ。こんな私なのに・・・千穂に悲しい思いをさせちゃった」

 ・・・こんな私って、いったいどんな私だろう?・・・いや、あ、うん。こんな私か・・・。

 多分私が悪いって訳ではない。きっと、誰が悪いわけでもないんだと思う。

 でもいつからか、誰かが悲しそうな顔をする度に、誰かが辛そうな顔をする度に、それは自分が悪いんじゃないかと勝手に思い込んでしまう。

 そこに居るだけで、周りを明るく元気に、笑顔にできる存在。私が理想としているのはきっとそんな自分。

 こんな、いかにも子供っぽい理想を掲げている私は、やっぱり子供なんだと思う。

 でも、子供っぽくたって何でもいい。

 私が人間達にしてあげられる施しなんて、それくらいしかないから。これまで私が奪ってきた、たくさんの命の償いは、こんな方法でしかできそうにないから。

ぎゅむっ

 こんな私だけど、とても笑顔を作れそうになかった。・・・いや、作れるはずがなかった。

 だから、私は小さく千穂の名前を呼びながらゆっくりと抱きしめてあげた。

「ルーミアちゃん。わたし、わたし・・・う、うわああああぁーん」

 千穂は私の小さな体に抱かれて泣きじゃくる。出会った頃はおんなじくらいだと思ったんだけどな。・・・千穂は大きくなったね。

 これは何事かと立ち止まる人達。みんな心配そうな表情で私たちの方を見ていた。

「おばあちゃん、おばあちゃんがね・・・わたし、おばあちゃんが大好きなのに・・・。でも・・・でも、でもね・・・うわあああぁーん」

 千穂は泣きながら私に何かを訴えようとしている。でも、うまく伝えることが出来ない・・・。ううん、千穂自身どう言えばいいか分からないんだ。きっと、悲しい想いが胸の中にいっぱいで、泣きたい想いがとても強くてどうしようもないんだ。

 そんな千穂を見て、私の体は小刻みに震えているのが分かった。


 おばあちゃんが寝たきりになってからと言うもの、千穂と一緒に遊べる機会がほとんど無くなった。でもその間、二人に全く会っていなかったわけではない。たとえ外で遊べなくてもお話くらい出来るし、それだけでも十分楽しかった。千穂とは色々話が合ったし、おばあちゃんは私の知らないたくさんのことを教えてくれた。

 私と二人との関わりはかなり深いものだと思っている。

 だから私だって知っている。・・・日に日に弱っていくおばあちゃんに気付いていた。

 こんなバカな私でも気付いたことに、千穂が気付かないはずがない。

 私よりもずっと長い時間、ずっと深くおばあちゃんと関わってきたんだ。

 今この世界で、誰よりもおばあちゃんのことが大好きなのは絶対に千穂以外有り得ないんだ。

 大好きな人が日に日に弱っていく。いくら毎日お世話をしても、その先に待っているのは大切な人との別れ。


 千穂は一体どんな気持ちで毎日を過ごしているのだろうか?


 私の小さな腕に抱かれて、千穂はまだ泣き止む気配はない。私には、千穂に対してどうしてあげることが一番いいのかなんて全然分からなかった。でも、ここで私が笑顔の魔法を使うのは多分間違いなのだろうと、なぜかそんな確信があった。


「うぅ・・・えぐっ」

 号泣する千穂の声に混じって、すぐ近くから小さくすすり泣くような声が聞こえてきた。千穂を抱きしめながらそちらに視線を移した私は、その意外な状況に「えっ」と小さく声を漏らした。


「チルノ・・・泣いてるのか?」

「ちょっ!ばかっ、あたいが泣くわけないでしょ。あ、あたいは最強なんだから・・・グズッ」

 泣いていることを否定したチルノだったけど、誰の目から見ても泣いているのは明らかだった。人間と同じように、妖怪と同じように、チルノの瞳には涙が輝いていた。

 私が忘れているだけかな?

 チルノが泣いているのを見たのはこれが初めてだったのかもしれない。

「チルノ・・・最強な女の子だって別に泣いたっていいと思うよ」

 私がそう言うと、チルノはぶわっと瞳に溜めていた涙を放出した。

「だ、だから言ってるでしょ。あたいは泣いてなんかいないって・・・どうしてこんな、いきなり目から水が出てくるのか、何だかよく分からない気持ちになるのか・・・あたいには全然分からないよ」

 恐らくチルノは、本当にどうして自分が泣いてしまったのか分かっていない。当然どうして千穂が泣いているのかも知らないはずだ。本能に忠実で、感情に素直で、常に真っ直ぐに生きていくことができる。妖精の中では異能扱いされるチルノも、やっぱり妖精だったんだなと思った。

 チルノが流した涙は、うらやましくなるくらい純粋で綺麗だった。そんなチルノに対して千穂は、泣きながら叫びのような声をあげた。もう濁音ばかりではっきりとは聞き取れなかったけど、でも、千穂はこう言ったんだと思う。

 ・・・チルノちゃんありがとうって。


 ダメだ・・・私も泣いちゃいそうだよ。

 泣き出しそうな自分をグッとおさえて、涙が出るのを必死で我慢する。

 こんな時に泣かないなんて。私は、チルノよりもずっと不正直なんだなと・・・でも、私は泣けなかった。

 違う、私は泣いちゃいけないんだ。別に笑顔が信条だからだというわけではない。私には今ここで泣く資格はない。そう思う。

 嬉しすぎて泣いたことはある。辛くて泣いたこともある。

 でも、今千穂が悲しんでいることに対して私が泣くことなんて許されないんだ。たくさんの人間を殺してきた私の、矛盾だらけの涙はきっと灰色に濁っていて、それはもう醜くて汚らわしいものなんだと思う。

 チルノは相変わらずポロポロ涙を流している。口をキュッと結んで泣くまいと努力しながらも、正直な感情に逆らえないでいる。

 過去の自分を悔いているわけでなければ、責めているわけでもない。でも、そんなチルノをうらやましく感じているのに気付くと、改めて自分が今この場所に、当たり前のように居られることが奇跡に思えてくる。

 千穂の体を一層強く抱き締める。


 今の私には、それに報いる何かをしてあげることが・・・考えることすら出来そうにない。


 唇を噛みしめる。

 千穂の苦しさや悲しさ、今流した涙を全部・・・私が半分こにしてあげたいよ。


 悔しいわけじゃない・・・ただ、自分に少し腹が立った。

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