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東方連小話  作者: 北見哲平
秋穣子 〜 収穫の季節と豊穣神
3/67

秋穣子 - その3

「到着ー! ジャスト10分位かな」

 地上に降り立った私は、裸足で土の感触を確かめる。

 別に靴を買うお金がないわけじゃない。私は直接伝わってくるこの大地の感触が、温度が好きなのだ。

 小さな人間の里の、私にとっては大きすぎる田畑。収穫を明日に控えた作物達は皆、豊かに稔り、辺り一面にかすかな秋の香りが漂っていた。それが非常に心地よい。

 良かった。ここの様子を見に来るのは約2週間ぶりになる。その間に何か異変が起きてないかどうか心配だったのだ。本当ならもっと頻繁に様子を見に来るべきなのだが、ここ最近の多忙の中ではそう言うわけにもいかなかった。

「でも、本当に良かった」

 私が軽く息をつき安堵していると、ある作物が目に入ってきた。

「あっ」

 それは、稔り豊かな作物に囲まれた中で、今にも枯れてしまいそうなカボチャのツルだった。

 私は、すぐさまそのカボチャの元に駆け寄った。

 周りの作物は、皆立派な実をつけているというのに、どうして?

 ツルも葉も茶色く変色している。花を咲かせ、実をつけるなどとんでもない。このまま放っておくと、枯れるのは時間の問題だった。

 助けて、助けて。悲痛な叫びが聞こえる。

「こんなに苦しい思いをさせてしまってごめんね。……今助けてあげるから」

 私はそう小さく囁いて、萎れて変色した葉を優しく撫でた。「大丈夫、大丈夫だよ」と、心の中で何度も励ましながら。

 すると、カボチャは僅かではあるが白色の光を放ち、今にも枯れそうな茶色は、次第に健康で鮮やかな緑色に変化していった。

 人間からしてみれば不思議で神秘的な現象かもしれないが、私にとってはごく見慣れた光景だった。

 枯れてしまいそうなこの子を豊作へ導いてあげるのは、私に出来るその全てだから。


 すっかり元気を取り戻したカボチャは、私にありがとうとお礼を言った。

 間に合って本当に良かった。……あっ!

 よく見ると、カボチャは小さな実を付けていた。まだ、それが実だと認識するのも困難なくらい小さなものだったけど、確かにそれは可愛いカボチャだった。

「明日の収穫祭には間に合わないけど、いずれは立派なカボチャに成長するよ。頑張って」

 私は、今自分に出来る最高の笑顔で微笑んだ。


 えっ! 美味しいカボチャが稔ったら私に食べてもらいたいって?


「……ありがとう。私なんかでよければ。……また来るね」


 何だか少し照れ臭かった。



「穣子様ー」

 私の姿を見つけた里の人間が数人、手を振りながらこちらへ歩いてきた。老人と、若い青年と、まだ幼さが残る少女。毎年お世話になっている長老の一家だった。

「お久し振りです。また今年も収穫祭に呼んでいただいてありがとうございます」

「いえいえ、お礼を言うのはこちらのほうですじゃ。今年も穣子様のおかげでごらんの通り、大豊作じゃよ……む、どうした十矢、なにをきょろきょろしておる?」

「い、いや。何でもないよ」

 十矢(じゅうや)と呼ばれた彼は、長老の孫にあたる。両親を三年前に流行り病で亡くしてからは、祖父であり長老の十三(じゅうぞう)と、妹の千歳(ちとせ)を一人で支える、正に一家の大黒柱として頑張っている。

 登場シーンからいきなり挙動不審なのは……いや、何と言うか、恐らくこちら側に原因がある。

「十矢、今回姉さんは来られないから、だから安心してください」

「えっ! そうなんですか? よかった、あっ! いや、ざ、残念ですね〜」

 つい本音がポロリの十矢。姉さんが二日酔いでダウンして、一番心からホッとしているのは多分私だろう。

 去年、十矢が酔っぱらった姉さんに投げ飛ばされて森で遭難したという記憶は、私と彼は勿論この里に住む全ての住人の記憶に、鮮烈に刻み込まれている。あの場に居た中で、このことを覚えていないのはただ一人。

 ……あまり言いたくないし、言うまでもないだろう。

「今回は静葉様来られないんだ……残念」

 千歳はしょんぼりと頭を垂れる。彼女は、正常時の姉さんとは特に仲が良かったので、恐らく本当に残念がっているのだろう。代わりに遊んであげられるといいのだが……私は姉さんほど、人間との付き合いが上手くないのだ。

 ふと思い出す。

 そう言えば昨日、慧音さんと一緒に居たとき、里の青年に言われたっけ。


 ……親近感がわく。近くに感じると。


 確かに私は豊穣神。他の神々に比べ、人間と近い位置にいることは間違いない。別に、神様だからって人間と仲良くなってはならない、なんてことも思わない。私は、そんな古い考えを持つ神ではない。

 むしろ私は人間が、人間の世界が好きなんだと思う。


 だから、以前の私は人間と仲良くなる度に、嬉しさで胸が一杯になった。


 そして、私は大好きな人間達に喜んでもらおうと、豊穣をもたらした。穀物だけではなく、野菜も果物も。大好きな人に喜んでもらいたいと思う気持ちは、人間のそれと全く変わらないものだった。神である私が、そんな人間らしい感情を持っていたことが嬉しかった。

 でも、それが結局、一度は近づいたと思った人間達との距離を、決定的に離すきっかけになってしまった。どんなに神として未熟でも、どんなに神として力が弱くても……私が神という事実。


 神は、人間が信仰し、畏怖する存在。

 神は、人間が救いを求める存在。

 神は、人間にとって恩恵を与えてもらうべき存在。

 神は、人間にとって偉大な存在。


 私は、このまま人間の世界の一部になってもいい。本当にそう思っていたのに……。

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