ルーミア - その3
「おっはよ~う千穂」
「あっ、ちょっと待ってねルーミア」
日の出よりも、少し早く目を覚ました私は今、一番仲の良い人間の少女、日隈千穂の家の前に居た。穣子と静葉、そして千穂を誘って、一緒に初詣に行こうと事前に約束をしていたからだ。
去年はまだ、人間のことに疎かったのでこんなイベントがあるなんて知らなかった。だから、今年こそとは思っていた。念願叶って、それがこのメンバーで実現しそうだ。
ここに来るまでにちょうどいい具合にお日様も顔を出し、雲一つ無い晴天を映し出す。今日が絶好の初詣日和になったのは、きっと日頃の行いがいいからだね。
「う~、寒ぅ~。やっぱり冬だわ~、1月だわ~。これだから冬は嫌い。やっぱり秋が一番ね。紅葉が奇麗だし、紅葉が美麗だし、紅葉が・・・ねえ、穣子もそう思うでしょ?」
静葉は、体を縮こめながら穣子を下から見上げる。
因みに私も冬よりかは秋の方が好きだ。
勿論、食べ物が美味しいから。
「それはまあ、私達は秋の神だから。秋よりも冬の方が好きだと言っても、いかにも嘘って感じだけど・・・私は、そんなに嫌いじゃないよ。そもそも、私達ってこれまで秋以外の季節を無意義に過ごしてきたでしょ。だから、これからは色んな季節に触れて行かないとダメだと思うんだよね。秋は全体の四分の一しか無いんだから」
穣子がそう言うと、静葉は腕を組んで二度三度小さく頷いた。
「穣子は立派だねぇ、我が妹ながら感心するよ」
「ほら姉さん。背筋をもっと伸ばして元気よくっ!」
「ふぁ~い」
穣子が静葉の背中をゆっくり押す。すると、静葉の背丈が穣子とほぼ同じ高さまで回復する。
こういうやり取りって、姉妹なら当たり前のことかもしれないけど、私は経験したことが無いから少し羨ましかった。
ガラガラ・・・
そんなことを考えているうちに玄関の扉が開き、中から千穂が出てきた。
「明けましておめでとうルーミア。明けましておめでとうございます静葉さん、穣子さん」
「おめでと~」
私よりも、少しだけ大人びた風貌の千穂は、妖怪である私にとって初めての人間の友達だった。
「ごめんなさい、待たせちゃって・・・」
「また、おばあちゃんの具合が良くないのか?」
私がそう聞くと、千穂の表情が少し曇る。
「うん。最近はずっと寝たきりで・・・」
千穂のおばあちゃんは米子と言う名前で、確かもうすぐ77歳になる。千穂と知り合った当初からよくお話をして、いつも「これでお菓子でも買いなさい」と、お小遣いまでくれるとっても優しくていいおばあちゃんだったりする。私のことをまるで本当の孫のように可愛がってくれるおばあちゃんが、私は大好き。
でも、77年という時間は人間とってはとても長くて、誰にとっても一生に匹敵する時間だと私は知っている。体が衰えきるには十分すぎる時間だということも知っている。だからおばあちゃんは、ここ半年はずっと寝たきりで、千穂が一緒に居ないと布団から起き上がることも出来ない。
本当に元気なときのおばあちゃんを私は知らないけど、思い通りに体が動かなくなってからもおばあちゃんは、いつも話の中で千穂のことを気遣い心配していた。そして、ずっとごめんなさいと言っていた。
千穂が友達と思いきり遊べない。千穂に、大好きだった寺子屋を休んでまで世話を掛けさせてしまっていることを本当に申し訳なく思っていると・・・。
実際私も、その頃から千穂と一緒に遊べる機会がめっきりと減っている。そして、千穂の笑顔をみることもめっきりと減っているような気がする。
でも、私は知っているんだ。
千穂は、おばあちゃんのことが大好きなんだって。
千穂は言ってたよ。
おばあちゃんのお世話をすることは全く苦にならない。でも、おばあちゃんが辛そうにしているところを見るのはとても苦しいって。
千穂は幼い頃に両親を病気で亡くして、今はおばあちゃんと二人暮らし。だから、余計に「自分がおばあちゃんのお世話をしなければならない」と、そう言う気持ちが強くなるんだと思う。
私は、そんな一途で、しっかり者で、優しい千穂のことが大好きなんだ。
だから、おばちゃんが元気になるように、今日はいっぱい神様にお願いしておこう。
お願いって・・・いくつまで叶えてくれるんだろう?
後で、穣子と静葉に聞いておこうかな。二人共、一応神様だし・・・。
「何なら千穂が帰ってくるまで、私がおばあさんの話し相手になっていようか?」
「ね、姉さん?」
意外にも静葉が気の利いた名乗り出を挙げる。ほんとに意外・・・あっ、な~るほど・・・寒いんだ。
よく見ると静葉の体か小刻みに震えているのが分かった。
見るからに薄着だからね・・・服買えば?
「そ、そんなっ。静葉さんにそこまでしてもらうわけにはいきません。確かにおばあちゃん寝たきりですけど、まだすごくしっかりしてますから・・・それにおばあちゃん言ってました。今日くらいは、みんなと一緒に楽しんできなさいって」
「そう、それならいいんだけどね」
今日くらいは、みんなと一緒に楽しんできなさいか・・・。
きっと、それはおばあちゃんが心から望んでいることなんだろうな。
・・・だから、今日はおばあちゃんの為にもいっぱい楽しまないとね。
「千穂っ!早く行こう。こんなにも天気がいいのにずっと突っ立ってちゃ、静葉は凍えて地面に埋まっちゃうし、穣子は味が落ちて美味しくなくなっちゃうよ」
「なんでよっ!」(穣子・静葉)
二人の声がピッタリと合う。やっぱり姉妹っていいな。
少しむくれている穣子と、なぜかとても満足そうに口許を結んでほわわんとしている静葉を見ていると、不思議と心が温かくなった。千穂の方へ視線を送り、目と目で笑い合った。
「そうだね。今日は絶好の初詣日和だもん。時間が勿体無いね、早く行こう」
千穂はそう言うと、私達の前に出る。
「あっ、千穂ちゃん。今日はよろしくね。私も姉さんも、それにルーミアも初詣って初めてだから・・・」
「はいっ。任せてください」
そう、何て言ったって私達は初詣の初心者。だから、その辺は全部千穂任せ。静葉と穣子はどうか知らないけど、私はどこにお参りする神社があるかさえ知らなかったりする。
「おばあちゃん、それじゃ行ってきます」
元気よく行ってきますと言った千穂。
あっ、私も私もっ!
「おばあちゃん、行ってくるのか~」
私が出した大声に、少しビックリする穣子と静葉だった。