ルーミア - その2
その日私が見た初夢は、どこかで見たような夢だった。
「ああぁぁ~~」
私はその時落下していた。
いつも通りふわふわ空に浮かんでいたところ、突然喧嘩を売った紅白の巫女にあっさりと撃墜されてしまったからだ。
体は、まるで自分のものではないかのように言うことを聞かない。なので、ぐんぐんと迫ってくる地上を目の前にしても、もう一度飛び上がれる気がしなかった。
ぐぅ~
それにお腹も空いた。きっと、何枚かスペルカードを発動させたせいだ。こんなことなら、あまり頑張り過ぎずに、もっとあっけなく負けていればよかった。まあ、元々あっけなかったと言ってしまったらそれまでなんだけどね。
しかし、そんなことを考えても時間は戻らないし、勿論止まってもくれない。その証拠に、地面は目の前に迫っていた。
「うあぁ~」
ズドーン
地面に墜落した私。
「い・・・痛い」
そう、痛かった。突然の空腹で飛べなくなったり、木にぶつかってそのまま墜落したり、落ちる衝撃には妖怪一倍慣れている私だが、今回はまた格別だった。
全身に杭を打たれたように、聖者は磔られましたとでも言わんばかりに体が動かなかった。この調子だと回復までにはそれなりに時間が掛かり、暫くは動けそうにない。
ぐぅ~
またお腹が鳴る。
あぁ~、人間が食べたいな・・・。
でも、これじゃあ人間も襲えないのでとりあえず寝よう。うん、それが一番いい。おやすみ。
ザッ
んっ?
目を閉じていざ睡眠タイム入ろうとしていたところ、突如誰かの足音が聞こえた。しかも非常に近くから聞こえたので、もう一度目を開けてみる。
・・・!
ありゃりゃ。
首を動かすこともままならない私の視界にちょうど飛び込んできたのは、人間の男だった。しかも、何か物騒なものを携えている。・・・見たことある、あれは斧っていう物だ。巨大な大木すら切り倒してしまうという超重量武器。
・・・何てついてないんだろう。
男は私の方をじろじろ見ている。きっと、目の前で動けない妖怪にどうやってトドメをさしてやろうかと考えているんだ。
私だって、妖怪と人間の関係がどうなっているかと言う知識ぐらいはある。現に妖怪である私は、今まで数え切れないくらいの人間を襲い食らってきた。私にとっての人間は食料。でも、人間にとっての私は、ただ危険だから退治するだけの存在なんだ。もともと単体では人間より私達妖怪に分がある為か、人間は群れを成して暮らし、妖怪は主に一人で暮らしている。自分自身、さほど強い妖怪だとは思っていないけど、それでも一般の人間に比べればずっと強いことは間違いない。そうでなければ、人間を食い物にして生きていくことなど当然不可能だと思う。
だから、私が全く身動きが取れないところに偶然人間が通りかかったのは、神様か誰かが「お前食い過ぎ、このままじゃ人間が居なくなってしまうからそろそろ退治されろ」と言っているようなものなんだ。
ぐぅ~
ああ、お腹が空いた。こんなことになるなら、明らかに妖怪退治が趣味ですよ、と言うオーラを出している紅白の巫女なんかにちょっかいを出さなければよかった。
人間の男は口を動かして何かを言っているみたいだけど、それすらもよく聞き取れないほど、もう自分のことがどうでもよくなっていた。
後は、煮るなり焼くなり、その斧で真っ二つにするなり、皮を剥ぐなり指をしゃぶるなり・・・もう好きにして。私はとりあえず寝る。
・・・おやすみ。
もう夢など見るはずがないと思っていた私がその時見た夢は、なぜか白いご飯をお腹一杯食べる夢だった。因みにお米を食べたのは、夢を含めても初めてだった。こんなものは人間の食料で妖怪が食べるものではない・・・勝手にそう思い込んでいた。
でも、夢の中で食べたお米は、ふっくらとしてとても美味しかった。
「うあ~、お腹一杯なのか~」
・・・あ。
ぐう~
「さっきの言葉を取り消すのかぁ・・・空腹なのか~」
もう目を覚ますはずなどないと思っていた私が再び目を覚ましたのは、どこの誰のかも分からい家の、しかもベッドの上だった。
「あっ、もう目が覚めたんだ。・・・流石に妖怪だけあって傷の治りも体力の回復も早いな。俺も仕事の都合上よく怪我をするんだけど、君が羨ましいよ」
私に言葉を掛けてきたのは、人間の男だった。記憶に間違いがなければ、あの超重量武器を持って偶然通りかかった人間だ。
「おまえ誰なのか?」
「ん、ああ俺?俺は、局田猪森。ヤモリじゃないぞ!」
「・・・んっ?」
何っ、イモリはヤモリで・・・何?
「あ・・・ああ、ごめんごめん。この森で木こりの仕事をしているんだ。よろしくっ!」
よろしくっ!
馴れ馴れしくそう言った人間は白い歯を輝かせてにんまりと微笑んだ。
木こりと言う仕事についても一応予備知識はある。・・・確か、毎日森にある木をどれだけ切り倒せるか競う仕事だ(大間違い)。成程、あの超重量武器は妖怪を撃退するためではなく、仕事の為に携えていたものだったのか・・・。
ぐぅ~
ああ、それにしても流石に超重量武器を扱うとなると、美味しそうな体をしているなぁ~。特に腕の筋肉!・・・肉っ、肉っ!肉ぅ~!
「私はルーミア・・・よろしくなのか~」
お肉の提供をよろしく~。
バサッ
私は口を大きく開けて人間に飛び掛かった。まず始めは肩のお肉から。いただきま~す!
ガシッ・・・ググッ!
「ほにゃ・・・あれれ」
勢いよく飛び掛かった私だったけど、あっけなく両手で脇の下を掴まれ思うように身動きが取れなくなってしまった。
「うあぁ~、はなすのか~」
「うんうん、子供は元気が一番。・・・腹が空いているんだろ。ちょうど朝飯を作ったところだから一緒に食べようか」
ん、食べ物っ!
「うんっ、食べるのか~」
人間を襲わずに何か食べられるのなら、別にそれでもいいと思った。
「さっ、御代わりもあるから好きなだけ食べてくれ」
木製の椅子に腰かけた私。そして、木製の机の上に並べられた食べ物。人間は、いつもこうやって食事をするのだろうか。
「おにくぅ~、おにくぅ~、お肉は・・・ないのか~」
人間の食べ物はあまり見たことが無いのでよく分らなかったけど、それでも私が見る限りでは、肉らしきものは無かった。
「悪いな、残念ながら肉は無いんだ。・・・でも、その代わりご飯はたくさんあるから、腹一杯食べてもいいんだぞ」
・・・ん、お腹一杯ご飯を食べる?
「どうした?」
「何でだろう・・・私、ご飯をお腹一杯食べるのなんて初めてのはずなのに、前にもこんなことがあった気がするのか~」
しかも、つい最近の出来事だったような、そんな気がする。
「おっ、それはデジャブーってやつだな」
「しゃぶしゃぶ~?」
「うわショック。君っていつもそんなに豪勢な料理を食べてるのかよ」
「ううん、食べたこと無いよ」
「ふぅ~、よかった。・・・まっ、しゃぶしゃぶまでとは言わないし、肉の一切れすら入っていないけど、そんなに悪くも無いはずだから、騙されたと思って食べて見なよ」
ぐぅ~、ぐぅぐっ、ぐぐ~、ぐっぐ~、ぐぐっぐぅ~、ぐぅ~ぐぐぅ~、ぐっぐぐぅ~。
勿論そのつもり。お腹は、限界を告げるかのように七連鎖の大合唱。食べられるのなら、お肉がどうとか言っている場合ではなかった。
「いただきま~す」
私は、食事前の挨拶一番、白いご飯が山盛りに盛ってある入れ物を下から掴み、そのまま引っ繰り返して口の中にご飯を落とし込んだ。
「あふぃっ」
ご飯はふっくらとして熱かった。
「おいおい、焚き立てのご飯は熱いだろ。逃げたりしないんだからもっと落ち着いて食べなって」
「ほぅっ、ほへぇほっ・・・はぅ」
熱っ、熱いよご飯。
「おっ、無理か。一度吐き出すか?」
んっ、
食べ物を吐きだすのなんて、絶対無理!
ゴックン・・・ぷはぁ~
「すごく美味しいのか~、わは~。御代わりなのか~」
熱かったけど、すごく美味しかった。それが正直な感想だった。
だから、とても嬉しかった。
「そうか。そんなに喜んでくれるなら俺もご飯の注ぎがいがあるよ」
人間は嬉しそうに笑うと、入れ物にまたご飯を大盛り盛ってくれた。
「ほら、今度はあんまり急いで食べるんじゃないぞ」
「ありがとうなのか、ヤモリ」
「・・・猪森だ」
「ありがとうイモリ。わはー」
私は、とにかくイモリの注いでくれたご飯を食べ続けた。それに、おかずも全部美味しくて更に夢中になった。
人間って、いつもこんなに美味しい物を食べているんだ。
「ごちそうさまでした」
「腹一杯になったか?」
「う~ん。腹2分目ってところかな」
「2分目って!・・・全く、小さいのになんて食欲だよ」
イモリは呆れた表情で言った。
その後イモリは「俺は暫くこの辺りで仕事をすることになるから、また腹が空いたらいつでも来な」って言ってくれた。だから、私は何も遠慮することなく、それから何度も食事をよばれに行った。
人間?・・・勿論それ以来襲っていない。美味しいご飯を食べることは、今一番の楽しみになっていたから人間を襲う意味が無かった。
こんな卑しくて、意地汚い私に対して、イモリはとても優しくしてくれた。そのあまりの優しさを、不自然だと思ったことは何度もあったけど、食べることに目が無い私はそれに甘えてばかりだった。それに、イモリと一緒に居るのはすごく心地が良かった。何だかよく理由も分からなかったけど、とにかく一緒に居て、不思議と嬉しい気持ちと美味しい気持ちになることが出来た。
それが少し気にはなったので、ある日突然聞いてみた。
「ねえイモリ。どうしてイモリは私にこんなにも優しくしてくれるのか」
「えっ、そんなにおかしいことかな?」
私からの質問に驚くイモリ。
・・・おかしいよ。どう考えたっておかしい。
「だって私は妖怪なんだよ。今まで人間をたくさん食べてきた・・・イモリのことだって最初は食べてやろうと思った。・・・それくらい知っているはずなのに、どうして?」
「妖怪が人間を食べることは、別に悪い事じゃないだろう?・・・だって、妖怪にとってはそれが生きることなんだから。人間が、動物たちを狩って食べるのと何も違わない。でも、俺は自分が食料になるのは嫌だから、どんなことがあってもルーミアには食べられたくはないけどね」
私に食べられたくないと思いながらも、人喰いの私と仲良くしてくれる。イモリの言っていることは、やっぱりどこか納得いかなかった。
でも、イモリが嘘をついているようにはどうしても思えなかった。
「私が森で倒れてたのだって、調子に乗って人間に返り討ちにされた結果なんだよ。・・・だから。こんな私だから、あのときイモリにトドメをさされても仕方ないと思ってた。・・・それなのに、イモリはそんな私を拾ってくれて、美味しいご飯を一杯食べさせてくれた。・・・分からないよ。こんな見て呉れの私だけど一応妖怪なんだよ。普通の人間だったらみんな逃げるんだよ。・・・だから、人間にこんなに優しくしてもらったことは一度だって無かった。初めてだから、美味しくてとても幸せだけど納得いかないんだよ」
「それは、俺って変わり者だから」
「それは答えになってないよ」
少し感情的になった私。珍しい。本当に珍しいことだ。
「う~んそうか。なら少し気障っぽいけどこんなのはどう?・・・ルーミアの笑顔が好きだから」
「私の笑顔?」
イモリの言っていることがよく分らなかった。
・・・笑顔が、好き?
「ルーミアが初めてお米を食べた時「わは~」って笑っただろう。あれがすごく馬鹿みたいに真正直で、本当に馬鹿みたいに心の底から嬉しそうで、でもそれが馬鹿に可愛くて」
バカバカバカって、ホントにも~。
「それって褒めているのか?」
私が、出来るだけの強い疑問を込めて問いかけると、イモリは嬉しそうに口を大きく開いて答えた。
「称えているのさ。ルーミアの笑顔を見たら、辛いことや嫌なことも忘れられそうな気がしたんだ。悲しい時も、ついつられて笑ってしまう。そんな笑顔だと思った。きっと人間達は知らないんだよ。ルーミアがあんなに可愛く笑うってことを。あんなにも幸せそうにご飯を食べることを。・・・確かに、あまりにもバカバカ食うんで食費は堪ったものじゃないけど。でも、それでもルーミアの笑顔が見られるのなら安いものだと思う。俺は今、幻想郷で落ち込んでいる連中に、ルーミアの笑顔を見てもらいたいと思っている。・・・皆を幸せにする「笑顔の魔法」をなっ!」
・・・笑顔の魔法?
「うわー!言っちまったぁー!恥ずかしいぞ俺!うおぉぉ~」
ドンドンッ・・・ガクガクガク・・・ガガガ・・・。
・・・?
イモリは突然叫び散らしながら暴れ出す。床を叩いたり机を揺らしたり壁を動かそうとしたり、本当に意味が分からない。人間は、どうやら思っていた以上に面白い生き物のようだ。
でも、
「ありがとうなのかイモリっ。わは~」
私がいつも通りの顔でわは~と微笑むと、イモリはハッとしたように動きを止め、私の顔を見て一瞬静止した。
そして、
「・・・やっぱり笑顔の魔法だよ」
次に動き出す時には笑顔に変わっていた。
どうしてイモリの側が心地良かったのか分かった。
私は生れた時から人喰いの妖怪。
逃げる人間を追いかける私。記憶に残っている人間との関わりなんて全て同じようなものだった。その中に、人間の笑顔などあるはずがなかった。どれも、恐怖に怯え青ざめた絶望の表情や、命乞いの言葉を必死で連呼して、涙でグシャグシャになった表情ばかり。私はそんな人間を、生きる為に容赦なく殺してきた。
人間はいつだって何かに怯えた表情をしている。
人間はいつだって絶望に打ちひしがれた表情をしている。
人間はいつだって死にそうな表情をしている。
私は、人間のそんな似たり寄ったりの表情が大嫌いだった。
嫌いだから殺した・・・もしかしたらそれもあったのかもしれない。
でも、そんな荒んだ妖怪である私を見て、イモリは笑ってくれたんだ。
人間ってこんな風に笑うんだ。
・・・嬉しかった。そして、どうして私が人間の表情が嫌いだったのかが分かった。
簡単なこと。
別に嫌いなわけじゃない。私が好きなのは人間の笑顔だったんだ。
だから、本当は人間に笑ってほしかった。
「イモリ・・・私、もう人間を襲ったりしない。絶対しない。・・・約束する」
「どうしたんだ急に?」
「だってイモリは言ってくれた、私の笑顔は、みんなを笑顔にする魔法の笑顔。私は、みんなの笑顔が好きだって気付いたから。だから、そんな私がみんなから笑顔を奪うのは、絶対にダメだから・・・」
「人間が皆、俺みたいに接してくれるとは限らないよ・・・それでも大丈夫?」
私は、今までで最高の笑顔だと、そうみんなに自慢できるくらいの笑顔で言った。
「大丈夫、私がみんなを笑顔にするよ」
・・・あ、そうか。
やっと思い出せた。
どこかで見たことがある夢だと思ったら、これ・・・少し前の自分だったんだ。