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東方連小話  作者: 北見哲平
上白沢慧音 〜 満月の輝く下で
24/67

上白沢慧音 - その14

「と、まあこういうことがあったわけだ・・・本当に長くなってしまったな」

 穣子と阿求様に話終えた頃には、既に日付が変わっていた。今年最後の一日、大晦日だ。

「・・・う、うぅぅ」

「あ、阿求様?・・・うっ、何だこのにおいは?」

 私が話をしている間は、阿求様も穣子も全く口を挟んでこなかったので、すっかり自分の世界に入っていたようだ。気が付けば、なぜか酒のにおいがした。

「うわぁ〜ん、いいお話ですぅ〜。お〜いおいおいおいぃ〜」

 こ、これは泣き上戸!

「あ、阿求様いつの間にお酒を飲んだのですか?」

 おいおい泣きながら床に崩れ落ちる阿求様。畳をバンバン叩きながら涙を流す。いつの間に持ってきたのだろうか、お猪口と徳利が側に転がっていた。

「慧音さんが自分の世界に入っている間にあっきゅん突然飲み出しちゃって・・・ごめんなさい、これ多分姉さんの影響だよ。何かこの間言ってたもん。よい話は極上の酒の肴になるとか・・・」

 あの阿求様が自ら酒を煽るとは。

 ・・・本当に変わってきたな。恐るべし、秋姉妹の影響力。

「でも、本当にいい話だったと私も思います。とても貴重な話、ありがとうございました。うーん、大切な宝物か・・・私にもいつか、そういう物をプレゼントしてくれる人が現れるのかな?」

 穣子はどういう相手を想像しているのだろうか。

 少し頬を赤らめながらはにかむ彼女を見て、そこだけが無性に気になった。

「フフフ・・・いずれそういう時も来るだろうな。しかしよく考えてみろ。穣子だってもう宝物をたくさん持っているはずだぞ」

 私がそう言うと、穣子は「あっ」と何かに気付いたように手を叩くと、胸にゆっくりと両手を添えて答えた。

「心の中にずっと煌めき続ける想い出も宝物。大切な歴史もきっと宝物に成りうるものなんだって、慧音さんの話を聞いて、私はそう思いました」

 嬉しそうに話す穣子。あまりにも素直な彼女は、どこか仁枝に似ている印象を受けた。教え子が、皆仁枝や穣子のようなら、私も苦労せずに済むのだがな・・・なんて、がらにもないことを考えてみる。

 しかし、それではやっぱりつまらないか。子供達の個性をじっくり育てていくのが、先生という仕事の裏の楽しみ方だ。

「みのりぃ〜ん。私たちも、私たちだけの宝物作ろうよぉ〜」

 ようやく泣き止んだ阿求様が、穣子にベタベタとからみだす。抱き付いて体中に頬ずりしたり、服を引っ張ったりと・・・穣子はさも迷惑そうに困惑している。

 ・・・何か、数か月前にも見たような光景だな。

「うわっ!あっきゅん落ち着いてよ・・・それに私達だけの宝物って何?」

「そんなもん宝物って言ったら一つしかないっしょ。子宝よ子宝よ。みのりん今すぐ結婚して子供を作ろう」

 阿求様がそう言うと、穣子は酒が入っている阿求様よりもっと顔を赤くして言い返す。

「なっ!突然何言ってるのよあっきゅん。そ、そんなことできるわけっ・・・ないじゃない」

 やや狼狽気味の穣子は、はたから見ていて非常に可愛らしかった。しかし、そんな穣子とは裏腹に今日の阿求様は可愛くない。むしろこれではただの酔っ払いだ。大丈夫か稗田家?

「う、うわぁぁ〜ん。みのりんにフラれたぁ〜。お〜いお〜いおいおいおい・・・」

 再び泣き出した阿求様。ああそうか、どこかで見たことがあると思ったら、今年の収穫祭の時に、静葉に絡まれていた時とソックリだった。

 穣子のこれからの苦労が目に浮かぶようだ。もういっそのこと、阿求様も秋姉妹に含めてしまってもいいかもしれない。プリズムリバー三姉妹のように、秋三姉妹というのでどうだろうか。名前も「あきゅう」なので、ちょうど「あき」も入っているし・・・。

「慧音さぁ〜ん。みのりんに、みのりんにフラれちゃったぁ〜。うわぁぁ~ん・・・か、代わりに慰めてくださいぃ〜」

 今度は私に絡んでくる阿求様。

 ああ鬱陶しい!

ゴツンッ!

「きゃうっ」

「慧音さん手、早っ!」

 私が問答無用で降り下ろした拳骨をまともに食らって、その場に崩れ落ちる阿求様。暫くして、畳の上で全く動かなくなってしまった。

「こんなに手の早い私だが、これでも子供達には割と好かれているみたいなのだ」

 目を丸くしながらドン引きしている穣子に向かって、私は実に清々しく、爽やかな気持ちで言った。

「子供たちに好かれているって・・・ま、まあそれはそうかも知れないですけど・・・大丈夫かなあっきゅん?」

「みねうちだ!」

「みっ、みねうちー!って「ゴツンッ!」とかすごい音がして、あっきゅん気絶しているんですけど・・・」

「それは、何と言うか・・・つまりおしおき補正だ」

 何だよそれは?

 自分自身に突っ込みを入れる。すまん阿求様、みねうちは見事に失敗だ。

「お・・・おしおき怖いです」

「まあ、穣子は私の中では仁枝並にいい子だから無縁なことだと思うがな。・・・本来なら阿求様も無縁なはずだったのだが・・・」

「あ、あはは・・・」

 苦笑いをする穣子。

 彼女と彼女の姉である静葉が人間の里で暮らし始めてもう四半期。彼女達が人間の影響を受けて変わっていくのなら、彼女達の影響を受けて人間が変わっていくのも当然の流れ。私は嬉しかった。

「阿求様におしおきが出来るのも、穣子達がこの里に来てくれたおかげだな」

「へぇ?」

 穣子は意味が分からずにポカンと口を開けたまま首を傾げるのだった。



「そう言えば、慧音さんの話に出てきた子供達って、今は大人になってるんですよね」

 今度は穣子の質問タイム。

 長い話だったのだ。気になることの一つや二つあって当然だろう。

「ああ、皆立派な大人になってるぞ。・・・まずは琢磨と小百合だが、二人は何と、結婚して夫婦になった。元気な男の子も生まれて、来年の4月には結婚5周年になるぞ」

「わぁ~。成程~。慧音さんの話の中でずっと二人は一緒に居る印象があったんですけど・・・もしかしたらその時から二人は意識し合ってたのかもしれませんね」

 あっ、確かにそう言われればそんな気がしなくもない。だとすると、あの時胸元をひけらかし過ぎたのは、二人に悪いことをしたかもしれないな。

「小さい頃からずっと一緒で、大人になってもずっと一緒に居られる。・・・何だかあこがれちゃいます」

 神様と言っても、やはり穣子も女の子だな。反応は上々だった。

「琢磨は見違えるほどたくましくなったな。当然か・・・今や一家を支える大黒柱になったわけだから。小百合のことも守ってやれる、本当にいい男になったよ」

 悪戯好きで、ずっと私に憎まれ口ばかり叩いていた琢磨。あの頃とは背丈も逆転して、彼に出会う度に私は「慧音先生変わらね~」などと、頭を撫でてからかわれる。

 ・・・何だよ。いくらなんでもいい男になり過ぎだろ。

 そんな琢磨にからかわれる私は、いつも恥ずかしくて胸が熱くなるのであった。

 こんなこと・・・誰にも言えるわけがない。

 だから秘密だ。


「・・・仁枝ちゃんは?」

「仁枝もすごく頑張ってるぞ。何といっても、今や私の同僚だからな」

「へぇ〜、ということは、仁枝ちゃんは慧音さんに憧れて先生になったってことですよね。・・・何かそういうのって素敵ですね」

 穣子は目をキラキラ輝かせながら言う。

「しかも現在、同僚の男性教師に片想い中だ。今日は二人きりで夕食を食べるって言っていたな。・・・しかも独り暮らしの彼の家で」

「あ、アウェ〜イ!まさか、お泊まりもありですか!」

 やけに食い付きがいい穣子。忘れないようにもう一度言っておくが、彼女はこれでも神様だ。現状「少女妄想中」という吹き出しが一番似合いそうな彼女だが、間違いなく神様なのだ。それにしても穣子がこれほど妙な反応を示すとは・・・恋する年頃なのか?

「残念だか穣子、お泊まりは無しだな。仁枝のことだ、今頃気持ちを伝えられずに、しょんぼりしながら家に帰っているはずだ。まじめで優等生だけど、自分の色恋にはとことん臆病だからな」

 まあ、そういうところも仁枝の魅力と言えば魅力だが。

「ざ、残念です。・・・仁枝ちゃんは何だか私に似ているので、頑張ってもらいたいです」

「私も、仁枝に幸せになってもらうことに関しては大賛成だがな」

 私がそう言うと、穣子は顔を上げて、胸の前で右手をグッと握りしめる。

「恋する乙女の力は無限大。想いは絶対に伝わりますよ」

 ・・・恋する乙女の力は無限大!

「ん?どうしたんですか慧音さん?」

「穣子。その恥ずかしいフレーズはどこで覚えてきたんだ?」

「えっ!・・・同年代、あっ、勿論見た目が同年代ってことですけど、女の子達と話をしていたらいつもこんな感じですけど・・・慧音さんはしないんですか?」

ガガーン

 ・・・しない。むしろ、見た目が近い同性と話をすること自体ほとんどない。

 人間とする話と言ったら、おばさんや爺さん婆さん相手にお天気の話とか、昨日の夕食の話とか、ご近所の噂話とかエトセトラ。

 まさか・・・それがお年寄りへの第一歩。

 歳を取ることは悪いことではないが、私はまだまだ若いままでいたいんだ!

「あっ、そうだ。慧音さん恋愛経験とか豊富そうだから、可愛い元教え子の為に一肌脱いであげればいいじゃないですか。よく話を聞いて、勇気付けてあげれば、絶対うまくいきますよ!」

 人差し指を立てて「ねっ」と可愛らしく微笑む穣子。

「あ、あぁ・・・それは名案だな」

 私は、若干冷や汗をかきながらぎこちない動作で頷いた。


 早速だがこの娘殴ってもいいか?

 お仕置き?・・・いや、個人的な感情だ。


 実はと言うと、地味に傷付いた今の自分が割と嫌いじゃなかったりする。



「・・・夕衣ちゃんとの関係は、今どうなってるんですか?」

 現在夕衣とどうなっているのか。聞いている方としては、恐らくそれが一番気になるところだと思う。それを後回しで聞いてくるとは、穣子もなかなか回りくどく、盛り上げ上手である。

「夕衣か・・・夕衣とは、それ以来一度も会っていない」

 私がそう言うと、穣子は少し表情を曇らせて聞き返してくる。

 一度も会っていないのは本当のことだった。

「どこで暮らしているかも分からないんですか?」

「・・・分からない」

 夕衣が今、どこで暮らしているのか知らないのも本当のことだ。ここで嘘を付く理由はない。

 ・・・ただ、

「一つだけ確実なのは、今夕衣は父親と一緒に、幸せに暮らしているということだ」

 穣子は驚いた表情で軽く「えっ」と声を漏らす。

「どうしてそう思うんですか?」

 不思議そうな表情で私にグッと迫る。

「それはだな・・・んっ?」

 その時、穣子の隣に忍び寄る人影が。

 口を大きく開けて・・・穣子の腕を狙っているのか?

 彼女は全く気付いていない。・・・危ないっ!

「えっ!」

ガブリッ

 突然の来訪者は穣子の腕に豪快に噛み付いた。

「はうー!う、腕に噛み付かれたぁー。誰か助けてー」

 突然の出来事にあわてふためく穣子。まあ心配はいらない、これはいつものことだ。

「あれれぇ〜、今日は穣子から美味しそうなにおいがしないのか〜」

 穣子に噛み付いたのは、暗闇の妖怪ルーミアだった。幼い外見の少女だか、彼女はこう見えても人喰い妖怪だった。尤も、今では人間を襲うことはなく、代わりに腹を空かせる度に里にやって来ては食料をせがんでくる。見た目も仕草も可愛いので、里でも割と人気があるのだが、小さな体とは裏腹に食欲は全然可愛くなく、食べ出したら止まらない。まあそれでも、穣子が頑張っていることもあって、里では食糧に関して不自由していない。人間と仲良くしてくれるのであれば、私としても大歓迎である。

 んっ?人間を襲わなくなったのに、穣子は噛みつかれているじゃないかって?

 いや、それはほら、穣子はこう見えても一応神様だから。・・・それに、あれはルーミアにとっては一種の愛情表現みたいなもの・・・恐らくは。

 って言うより、どうしてルーミアはここに居るんだ。一応、ここは阿求様の家になるのだから、人間なら不法侵入が適用されるはずだが・・・。

 でも、そこまでして穣子に愛情を示すとは、随分と可愛いことではないか?・・・では、無いな。

「も、もうルーミア、いつも言ってるけど、私を見掛けるごとに噛み付くの止めてったら・・・妖怪のくせに神を食べようなんて、笑止千万、不届き千万!」

「醤油煎餅!太巻き煎餅!?美味しそうなのかー」

ガブリッ

「うわーん、また噛まれたぁ。煎餅の太巻きって何よぉ~。あぁぁ・・・すごく痛いよぉ〜」

 最初とは違うところを噛まれて本当に泣き出しそうな穣子。

 これが、究極の愛情表現か!


「おいルーミア。もうそれくらいにしておけ。確かに穣子は噛み心地が良さそうだか、女の子の肌に噛み後でも残ったら一生ものだぞ」

「そーなのかー」

 両手両腕を大きく左右に広げて「そーなのかー」と元気よく発声するルーミア。これは既に彼女の持ちギャグ化しており、子供達も真似をしたりと、里でもかなり流行っている。

「大体ルーミア。初めは穣子から美味しそうな香水のにおいがするから噛み付いたと言っていたが、今日は香水もつけてないぞ」

「うわっ!本当だ。私ルーミアに噛まれないように、暫く香水を止めているのに意味ないじゃない。・・・どう言うことルーミア!」

 穣子が必死の形相で詰め寄ると、ルーミアはニッコリと微笑んだ。

「穣子はお芋ばかり食べているから、噛み付くとお芋の味がして美味なのか。今日もご馳走さまなのか~」

「わ、私のお芋分が奪われたぁ〜。と言うか前菜?・・・私はメインディッシュにもなれないの?」

 取り乱して訳の分からないことを叫ぶ穣子。これからずっとルーミアに噛まれ続けるかもしれないという事実が判明した今、ショックが大きかったのだろう。

 と言うか「おまえはメインディッシュになりたいのか~」という突っ込みは、敢えて入れないでおこう。

「これからもよろしくなのかー」

「そ、そんなぁ。・・・あっ!そうだ」

 あきらめ気味に肩を落としていた穣子が、急に何かに気付いたかのように手をポンと叩く。

「ルーミア、お芋がいっぱい食べたいのなら、私と一緒に農作業のお手伝いをしようよ」

 穣子が唐突に提案すると、ルーミアは首をコクンと右側に傾ける。

「食べ物を・・・作るのか?」

「そうだよ。確かに種や芽から育てると時間が掛かって、実際に食べられるのは大分先になっちゃうけど、自分でお世話してきた作物だよ。美味しいに決まってるよ。それに、お芋だけじゃなくて、色んな穀物やお野菜、果物が収穫できるんだよ」

「そーなのかー」

「うん。そーなのだー。私もまだまだ勉強中だけど、色々教えてあげる。絶対楽しいよ!」

「うんうんやるやるー。あっ、そうだ、私の友達も混ぜてもらっていいのかー」

 ルーミアの友達に関して心当たりが無かったのだろう。穣子は一瞬考えてから、太陽の様に明るい笑顔で答える。

「全然おっけーだよ。大勢の方が楽しいに決まってるもん」

「うん、ありがとなのか~」

 穣子はルーミアの手をギュッと握ると、私の方を見てウインクする。

 あっ、そうか。

「人間と妖怪が仲良くなれる日が来ることを私も願っている。妖怪と人間が共に力を合わせて農作業を行う日も、近いうちに訪れるかもしれない」

 私は、自分の回想の中で、穣子にそう話していたのだったな。

「妖怪と人間、それに神様。考えも生き方も、全然違う。私はいつも噛まれてばっかりで、とっても痛いし、お芋分も吸収されっぱなしだけど・・・それでもルーミアと仲良くなれてよかったと思う。勿論慧音さんやあっきゅんと仲良くなれたことも、私にとってはこれ以上無い幸福だよ。・・・だから私も願う。人間と妖怪が、もっともっと仲良くなれる日が来ることを。そして、そこに私も入れてもらえたらとても嬉しい」

「う~ん。何だか穣子が難しいことを言ってるのか~」


 ・・・感謝するぞ穣子。


 私の中ではやはり、妖怪はまだ「悪」だという意識は変わらない。それは、人間の味方である私にとっては一般的なことで、決して間違った考えではないはずだ。・・・しかし、妖怪という存在を一纏めに考えてしまうのは間違いである。ルーミアを見ていると、それがよく分かる。確かに彼女は以前、多くの人間を殺めたかもしれない。その事実は、私にとっての「悪」そのものだ。でも、目の前であどけなく笑う彼女を見て、誰が「悪」だと思うだろうか。

 ただ、今では皆に好かれているルーミアだが、人を襲わなくなった当初は、当然のように誰からも好かれなかった。時には石を投げられたり、棒で叩かれたり、殴ったり蹴られたりした。それでも彼女は、人間を襲わない生き方を知らなかったから・・・自分はもう人間を襲わないと信じてもらうしかなかった。見た目も行動も子供だが、心は人間の子供よりずっと成熟しているのではないかと私は思っている。人間と妖怪、宿敵同士という関係の一線を越えようとしたルーミア。彼女なりに考えて、彼女なりに決心したのだろう。生きる為に、当たり前のように続けてきた行為が、人間の「敵」を止めた瞬間、罪の意識に変わる。だから自分は、人間に虐げられるのも当たり前なのだと。それはきっと、言葉では言い表せないほど辛いことだったに違いない。


 だからこそ、それを乗り越えて今ここで笑っていられることは、非常に貴重なことなのだ。


「収穫が楽しみなのか~」

「もう収穫のことを考えているの?・・・気が早いって。クスッ」


 そんなルーミアと、今隣同士で並んでいるのが、ずっと人間の世界に憧れてきた神様。

 穣子は、神様としては未熟かもしれないが、もしかしたら何気に凄いのではないかと最近思う。私も驚くほどの人間好きであるにもかかわらず、人間の宿敵である妖怪に対して全く敵対心を見せない。むしろ、妖怪に対しても人間と同じように接することが出来る。同じように話を聞き。同じように理解し。同じように仲良くなることが出来る。それが、私との決定的な違い。長い間、妖怪をその存在自体で一纏めにしていた私には、未だに真似出来ないこと。・・・だらか凄いと思うのだ。

 まだ人間に認められることの無かったルーミアを、私はただ虐げるだけの存在で、それを救ってあげられるのが穣子の様な存在だったのだ。

 まあ穣子は人間ではなく神様なので、少し意味は違ってくるのではあるが。


 でも、それを言うのなら私は・・・。私の様な存在こそ、本当なら人間と妖怪の架け橋にならなければいけないのかもしれない。



「穣子。忘れているようだから言っておくが、今は冬も真っ只中。本格的に農業が再開されるのはもう暫くしてからだぞ」

「・・・あっ、そう言えばそうか。ルーミア、悪いんだけどもう少し待っててね」

「別にいいよー。それまでは、穣子で我慢するのか〜」

「いやぁ〜!だから私のお芋分を奪うのは止めてぇ〜」

 また泣きそうな顔で喚く穣子。お芋分というのはよく分からないが、穣子にとっては死活問題なのだろうな。

 二人のやり取りはどこかコントのようで、見ていて本当に楽しかった。


「あぅぅ〜・・・う〜ん」

「あっ、阿求様ようやくお目覚めで。おはようございます」

 私のお仕置きを食らって、それまでピクリとも動かずに畳の上に倒れていた阿求様が、何の前触れもなく復活して起き上がる。手で、私の拳骨した箇所をさすりながら、瞳には軽く涙を浮かべている。

「あいててて・・・。流石に慧音さんの拳骨は効きますね。一気に酔いが吹き飛びました。それにしても申し訳ありません・・・随分とみっともない姿を晒したようで・・・」

 阿求様は反省したように、がっくりと項垂れた。

「謝るくらいなら、お酒は程々にしてください。少し前の阿求様からは考えられない酒乱ぶりでしたよ」

「ど、努力します。・・・あれっ、いつの間にかルーミアも来ていたのですね」

 不法侵入の妖怪に気付いた阿求様だったが、何事も無かったように淡々と対応する。

「あっきゅんこんばんわなのかー」

「こんばんわ・・・って何で化け猫までいるのっ!」

 化け猫?・・・おっ!本当だ・・・いつの間に?

「こんばんわ。黒猫橙の宅急便で〜す」

 妖怪にとっては、不法侵入という概念が無いのだろうか。他人の家も自分の庭、そういう感じなのかもしれない。

 ルーミアに負けず劣らずの幼い面構えに、作り物ではない猫耳、そして二本の黒く長い尻尾。いかにも猫っぽい風貌の少女は、いかにも化け猫の妖怪、八雲紫の式である八雲藍(やくもらん)の式、(ちぇん)だった。

「宅急便って、貴方の御主人様の命令でしょうか?・・・最近は八雲も幅広くやっているのですね」

「最近は不景気だから家の財政も色々厳しくて・・・って藍様が言ってました」

 不景気って・・・妖怪にもそう言うことがあるのか?

 八雲藍の冗談を真に受けただけではないのか。何せあの九尾の狐は文字通り橙のことを猫可愛がりしている。からかわれて、可愛くむくれた橙の表情をおかずにしていることだって十分に考えられる。

「あっ、因みにこの事は藍様には内緒にしておいてください。・・・勿論、紫様にも」

 どうやら、ご主人様には内緒で行っているらしい。

 恐らく、八雲藍に話すと「ちぇ〜ん・・・ごめんなさい、私が不甲斐ないばかりにあなたにこんな苦労を掛けてしまって。でも、ちぇんは働かなくていいのよ。私がもっと頑張るから。紫様がグータラな分も、そしてあなたの分も」等と喚きだし、そして人知れず涙を流す。

 御主人様想いの橙は、そうならないために健気に頑張っているのだ。美しい主従愛。ほらチップだ、なにも言わずに持っていくがいい。

 ・・・なんて。そんなわけはないか。


 そんな下らないことを考えているうちに、彼女と初対面である穣子が自己紹介を行ったようである。

「今後ともよろしくね。ちぇんちぁん・・・あれ?ちゃんちぇん・・・ん、難しいな、ちぃえんちぇん。・・・ふぅ〜。ちぇんちゃん。やった、言えたよっ!」

 あ〜、何だかこの神様がすごく可愛く見えてきたぞ〜。

 うわぁ〜、殴りてぇ〜。

 えっ?お仕置き?・・・勿論私情です。


「それにしても、宅急便って?・・・もしかして、その赤い花のことでしょうか?確か名前は・・・」

 阿求様が考え込んでいると、穣子が気付いた様に「あっ」と声を上げる。

「もしかして、冬華美人草っ?」

 橙が持っていたのは確かに冬華美人草の花束だった。花束と言っても、十本ほどの茎をリボンで結んだ簡易なものであったが、赤で統一された花弁は非常に鮮やかで美しかった。

「植物っ!食べられるのかー」

「ふふふ・・・ルーミアなら、あるいは食べられるかもしれないが、ここは遠慮してくれないか。家の花瓶が寂しくてね」

「あれっ、このお花って慧音さんに届いた物なのですか?」

 阿求様が驚いた表情を見せる。それはまあ、自分の家まで届けに来たのだから、自分宛の贈り物だと考えるのはごく自然だが、この花だけはそうはいかない。

「あっ、はい。上白沢慧音さん宛の贈り物です」

「ありがとう橙」

 私は礼を言いながら花束を受け取ると、代わりに鰹節を橙に手渡す。

 なぜ持っていたかは・・・秘密だ。

「えっ、頂いていいんですか?」

「ああ、私からのサービス料だ。よく私を探して届けてくれた」

「本当はもっと早く・・・依頼者からは、今日が始まってすぐの時間、本人に届けて欲しいって言われてたのに・・・ごめんなさい」

 部屋の壁に掛けられた時計を確認すると、時間は1時を少し回ったところ。恐らく橙は、まず私の家を訪ねたはずだ。それから1時間余りでここまで来られたのだから・・・上出来だろう。

「橙ちゃん。今度は一緒に遊ぼうね〜」

「うんっ!それでは、私はこれで失礼します。黒猫橙の宅急便をごひいきに〜」

バタンッ

 軽く礼をして、橙は部屋を出ていった。


「で、それは誰からの贈り物なんですか?・・・ま、まさか恋人からの!流石慧音さん。やっるぅ〜」

「みのりん、それはないと思います。これは慧音さんの、隠れファンからの贈り物で間違いないでしょう。しかも、慧音さんに対して美人草などといった大層な花を贈るなんて、予想ではかなり危ない人間の仕業かと思います」

 この二人、まとめて本気で殴ってやろうか。

 お仕置き?・・・何度も言うようだが勿論私情だ!


「あっきゅん。本当に慧音さんの話聞いてなかったんだね。冬華美人草は慧音さんが一番好きな花だよ」

「あれれっ。その花束の間に、何か紙が挟んであるのか〜・・・ま、まさかお食事券っ!そーなのか〜、どーなのか〜?」

 急にテンションが上がるルーミア。この子の頭の中には食べることしかないのか。

「まあ落ち着けルーミア。残念だがこれで飯を食うことは出来ないぞ」

 私は花束の中から二つ折りにされた紙を抜き取り胸の前で広げる。

 それと同時に、穣子、阿求様、ルーミアの三人が興味津々と私の後ろと横に回り込んでくる。

「慧音さん。これって・・・」

「これは、私への誕生日カードだ」

「誕生日カー・・・あっ!そうか。だから慧音さんはさっき・・・うわぁ〜、そうなんだ。よかったぁ、本当によかったね」

 一人で納得する穣子のことを、なんのこっちゃと大きく口を開けたまま見つめる二人。

 阿求様。本当に、何も聞いてなかったのだな。

 残念ながら、私は同じことを二度話す気は無いぞ。


 誕生日カードには、少しのメッセージと、一つのイラストが描かれていた。

 子供が描いたみたいに稚拙だが、元気と温かみに溢れるイラスト。

 三人の人物が横に並んで手を繋いでいた。少女と、背中から黒い翼を生やした男性。そして私。真ん中で大きな口を開けて笑う少女とは対象的に、右側に立つ男性は、少し恥ずかしそうにはにかんでいる。娘と手をつなぐ父親の、恥ずかしそうな雰囲気がよく描けている。

 ・・・私は笑っていた。少女に負けないくらいの笑顔で。


 人間?それともハクタク?・・・そんなものはどちらでも構わない。私にとっては、些細とも言えない程些細な問題だ。

 うん、それにしてもよく書けてるぞ。



-慧音先生へ


 お元気してますか?お元気してますよね。私も元気です。

 お誕生日おめでとう。慧音先生の一番好きなお花を贈ります。

 私の書いたイラスト、見てくれたかな。今年はいつもより一生懸命頑張って書いたんだよ。未来の仲良し家族!なんちゃってね。本当は、お母さんも一緒に書こうかと思ったんだけど・・・ほとんど思い出せなかったんだ。

 でも、お父さんに聞くと泣いちゃいそうだから、今度お母さんの話をいっぱい聞かせてください。

 慧音先生に早く会いたい。そして、慧音先生の日記を早く読みたいよ。

 だから、もしかしたら来年辺り実現するかも。勿論お父さんと一緒に会いに行くよ。

 慧音先生が、慧音先生を取り巻く環境がどう変わっているか今から楽しみ。

 また、慧音先生の歴史の授業が受けられるといいな。


夕衣より-



 誕生日カードに描かれていた暖かいイラストと、想いの籠ったメッセージ。そして、冬華美人草の鮮やかな赤。

 私は暫らく見惚れていた。ずっと見ていても飽きることはないだろう。

「慧音さん」

 穣子が、そんな私の顔を笑顔で覗き込んでくる。

「ん、何だ穣子?」

「夕衣ちゃんの夢が叶うように、色々と頑張らないといけないですね」

「・・・夕衣の夢?」

 私が聞くと、穣子はクスクスと微笑して言った。

「やだなぁ慧音さん。イラストにも描いてあるじゃないですか。慧音さんと、夕衣ちゃんと、夕衣ちゃんのお父さんが、仲良く家族のように手をつないでいでいる。大好きな慧音さんと、大好きなお父さんと、そして大好きな友達と一緒に、大切な想い出がたくさん詰まったこの里でまた暮らすこと。それが、夕衣ちゃんの夢なんだと私は思います。また、慧音さんの歴史の授業が受けたい。・・・100年でも200年でもずっと。それで、慧音さんの歴史の知識を全部覚えて、いつかお仕事の手伝いが出来るようなりたい。ですよね!」

 ・・・そうだった。

「それは、私の夢でもあったんだな」

「私も、慧音さんの授業を受けてみたいです」

 二人が顔を見合せて笑うと、ルーミアも場の雰囲気につられて笑う。彼女には笑顔がよく似合う。

 よく分からないうちに一人取り残されてしまった阿求様は、腕組をして「う~ん」と眉をひそめている。

「みのりん。言っておきますが、慧音さんの授業はつまらないと評判なんですよ。私が授業を行った方が絶対に面白いって思えるくらい・・・」

 失礼な。・・・だが、阿求様の言うことは間違ってはいない。私の授業は、今も昔も変わらない。

 無味乾燥で難解。宿題を忘れたり、授業中居眠りをするものなら、すぐに頭突きでお仕置き。時々怪我をさせて、保護者から苦情が来るけど止める気は一切ない。先生としては、有るまじき行為。暴力教師、ダメ教師。好きなように呼んでもらって構わない。


「そんな私でも、子供達からは意外と好かれているみたいなのだ」

 白い歯をちらつかせながら私は微笑む。


「そーなのかー!」

 と、ルーミア。

「そーなのだー!」

 と、穣子。

「そう・・・ですか?」

 と、どこか腑に落ちないように阿求様。


 真夜中の稗田家に訪れた騒がしい時間は、一晩中止むことなく続いた。



-××××年12月31日

 誕生日プレゼントをもらうのはいくつになっても嬉しいものだ。今日は私の誕生日。夕衣から例年通り誕生日プレゼントが届いた。赤い冬華美人草の花束と心の籠った誕生日カード。これで暫らくの間、質素な私の部屋を華で飾れそうだ。

 誕生日カードのイラストには、私が夕衣の本当の母親のように描かれていたので少し恥ずかしかった。でも、本当に未来の仲良し家族になる可能性だって100パーセント否定は出来ないので、想像してみるとそれもなかなか悪くないと本気で思った。

 でも、やっぱり好きな男性は自分で見つけないとな。穣子と話をして、内心少し焦りの様なものを感じたのも事実。突然白馬に乗った王子様でも現れてくれないものか?・・・なんて、私がこんなことを考えていると知ったら、夕衣は笑うだろうか?

 そう言えば仁枝の恋の行方だが、意外も意外、昨日の夜に告白して本格的に交際が始まったらしい。今日の昼頃に仁枝が直接私のもとに嬉しそうに報告をしてきた。五条先生とうまくいくかはこれからの二人次第だが、何か仁枝から相談があった時は、もっと力になってやろうと思う。

 仁枝はよく頑張った。おめでとう。


 最後になったが、私も夕衣との再会を、そして夕衣がまたこの里で暮らすことが出来る日を楽しみにしている。15年前とは、この里も随分変わった。だから、夕衣がその気ならいつだって昔に戻れるはずだ。ほんの一部にすぎないが、人間にとって非常に友好的な妖怪だって増えてきている。妖怪が普通に里に入り浸っていることなんて少し前までは考えられないことだった。幻想郷は確実に変わりつつある。その変化が、良いことなのか悪いことなのかは私にも判断できない。ただ、もしそれで双方の争いの歴史に永遠の終止符が打てるのであれば、それ以上のことは無いと私は思う。私にとっても、辛い歴史を書き記さずに済むのだ。暗い歴史を子供達に伝えずに済むのだ。それは、非常に喜ばしいことだ。・・・ただ、その変化に私自身が寄与出来ていないというのは情けなく、また夕衣には本当に申し訳なく思っている。それが、これからの私にとって、一つの大きな課題なのだ。

 半獣人の私と人間の阿求様、妖怪のルーミアに神様である穣子。種族も考え方もバラバラの四人で、時間を忘れて話に明け暮れた。別に、これからの幻想郷について語り合っていたわけではない。いつも夕衣としていたような、他愛もなく詰まらない・・・そして、ずっと笑顔が絶えない話。

 ルーミアは明日、穣子と静葉、そして仲のいい人間の女の子を誘って初めて初詣に行くそうだ。立ち並ぶ食べ物の屋台を前に、やたらとテンションが上がるルーミアと、自分が噛み付かれないように必死で財布の紐を緩くする穣子の姿が目に浮かぶ。

 こんな光景はどうだ?

 そこに、夕衣と夕衣の父親が仲良く手をつないで笑顔で並んでいるのだ。勿論私も、仁枝も、琢磨も小百合も、阿求様も、里の住人達も。みんな一緒だ。


 私は・・・悪くないと思うぞ。



-上白沢慧音編 完

まずはじめに、ここまで読んでいただいた方々にお礼を申し上げます。

予定より、随分と長くなってしまいましたがようやく慧音編完結です。今回は番外編的な話もありません。すぐに次キャラに移ります。それにしても、まさか穣子編の3倍近い文字数になってしまうとは・・・。


この話は、元々「慧音の角に結んであるリボンってさり気無くいいよな~」という、作者の個人的な趣味から来た話で、それなら彼女先生だし、子供達からプレゼントされたと言うことにしてみよう。・・・このような流れで始まりました。そう、安直なんです。

しかし、先生と言ったらやっぱり教え子たちとの絡みのシーンが肝心ですし、慧音は「半獣人」という非常においしすぎる設定を兼ね備えたキャラクターなので、勝手に決めた永遠のテーマである「人間と妖怪」との関係について書かないわけにはいかない・・・それで、色々詰め込み過ぎた結果、何だか途中辺りからグダグダになっていたような気がします。

更に、今回の話はほとんどが夜の場面で構成されている話だったので、光源を何にするのかに迷いました。そう、都会ではあまり分からないですが、明かりが無いところは本当に暗くてどうしようもないんです。妖怪に関してはどうにでもなると思ってたのですが、人間の子供達はね・・・。

個人的には、光を放つ物を総合的に考えてこんなイメージです。

ロウソク<松明<提灯<妖火・・・

ですので、全体通して提灯とボゥボゥさんに活躍していただきました。


慧音のイメージも、どっちかと言うと格好のいいイメージを持って書き始めたのですが、書いているうちに少し可愛くなってきたので、後半辺りからはかなり可愛いキャラになってしまいました。

因みに「冬華美人草」のイメージは「虞美人草」・・・つまりヒナゲシから来ています。しかし、普通のヒナゲシだと季節が合わないので冬に花開くと言う意味で「冬華美人草」という名前にしました。そう、やっぱり安直なのです。


まだ作者の気力は失われておらず、書きたい話も色々あるのでこれからもよろしくお願いします。

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