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東方連小話  作者: 北見哲平
上白沢慧音 〜 満月の輝く下で
23/67

上白沢慧音 - その13

「久しぶりだね、慧音先生。それに仁枝、琢磨、小百合。皆にはお別れの言葉すら告げることが出来てなかったね・・・ごめんね」

 夕衣は、私達の顔を一人一人確認しながら懐かしむように名前を呼ぶ。夕衣自身、1ヶ月では大きくなれないと言い切ったが、その表情は私が知っている以前の夕衣よりも、一回り程大人びて見えた。

ザザッ

「夕衣ちゃん会いたかったよぉ~」

 私が夕衣に触れるよりも先に、仁枝が夕衣に向かって飛び込んで行った。私の前では決して見せなかった「夕衣に会いたい」という気持ちを爆発させるように、涙を流しながら、大切な友達を強く抱きしめる。

 1ヶ月前。夕衣が里を去るきっかけとなったあの場面が、仁枝自身にとって、夕衣との永遠の別れになるとは絶対に思いたくは無かったのだろう。私と同様、仁枝に会いたいと願いながら、きっとまたいつか会えるはずだと想い続けていたのかもしれない。

 それにしても、参ったな。まずは私が抱きしめてやろうかと思っていたのに、仁枝に先を越されてしまうとは。

「それより夕衣、大丈夫なのか?・・・霊魂が体の中に入ったように見えたが」

 私自身あまり心配はしていないのだが一応聞いておく。夕衣は、仁枝と抱き合ったまま答える。こうして見ると、まるで仲の良い姉妹の様だ。当然、仁枝の方が姉に見えるわけだが・・・少し羨ましい。

「あの慧音先生に取り憑こうとしてた悪い霊魂なら消しちゃったよ。・・・間違えて私に憑こうとして来たから、こっちからも憑依仕返して・・・自壊させてあげた。まあ柔らかく言うと成仏させちゃったってところかな。霊魂なんて、結局は未練が無くなったら消えちゃう存在だから。あれっ、もしかして慧音先生、私の能力忘れちゃった?」

「まさか、忘れるはずが無いだろう」

 能力を返す程度の能力。・・・無意識ではあるが、以前私自身で味わったことがあるのでその威力はよく知っている。霊魂が憑依をしてきたから、逆に憑依仕返してやったということか。

 ・・・見事なものだ。

「それにしても、少し安心したぞ。夕衣も自分の力を思い通りに扱えるようになったのだな。それにほら、今日は満月だというのに、何も違和感が無い」

 1ヶ月前の同じ月の日、夕衣は体中に妖気を帯び、妖怪特有の眼光で私を見つめていた。それに比べて今は、確かに妖気は感じるものの、それは穏やかで、瞳も私のよく知っている鮮やかな青そのものだった。

「この1ヶ月色々あってね・・・これまでは私が無理やりこの力を抑え込もうとしていたからかな。私はこの力からすごく嫌われてたみたい。だから、以前はすぐに暴走気味になってたんけど、それを抑え込む必要が無くなった今、結構この力とも仲良くやっていけてるんだ。暴れたい時に思い切り暴れさせてあげれば何も文句を言って来ないし、妖怪の本能も、ある程度制御出来るようになった。何しろ、この森で私みたいにか弱い女の子が一人で生きていくためには、それなりに強くなくちゃね」

 力との共生、本能との共存。

 この1ヶ月の間に、夕衣はそれを覚えて見せた。

 すごいな・・・どうりで表情が少し大人びるわけだ。

「特に、この「能力を返す程度の能力」は便利なんだよ。今みたいに色々応用も効くし、この能力のことを知っている妖怪達は、みんな優しくしてるよ」

 それは、自分の攻撃がそのまま返って来るのだから、夕衣には迂闊に手を出せないだろうな。

 仁枝は相変わらず夕衣と抱き合いながら、興味津々と話を聞いている。背中を少し押すと、頬っぺたにキスをしてしまいそうなほど、顔と顔が近い。・・・ちくしょう、羨ましいぞ。

 しかし、よくよく考えてみると、琢磨と小百合は、夕衣が里を去った理由を知らなかった。この話題は、今の場面ではまずかっただろうか?

 案の定、二人の顔色を窺うと、何のことやら分からないといった風な、ポカンとした表情をしている。夕衣もそんな二人に気付いたのか、すかさずフォローを入れる。

「ごめんね琢磨、小百合。・・・二人にはちゃんと話しておかないといけないね・・・」

 夕衣は二人に向かって、どうして自分が里を去ったのか事の顛末を話し始めた。自分が里の皆を、仁枝を襲い重傷を負わせてしまった事実を誰かに話すのは、恐らく夕衣にとっても、聞いている仁枝にとっても辛いことだっただろう。しかし、夕衣は事実を何一つ隠すことなく正直に話した。それを聞かされた二人は、所々で驚きの表情を見せるものの、夕衣の話を真剣な表情で聞き入っていた。

 私はふと空を見上げる。

 私を見下ろしていた満月は、あの夜夕衣と二人きりで見たそれよりも、より一層美しい輝きを放っていた。

 もう寂しい満月を見ることも無くなる。

 明日の朝は、子供達と一緒に初詣に行こう。・・・あっ、お年玉を用意しておかなければ。・・・絶対に楽しい初夢を見てやる。そして仕事始め、教壇に立って最初の話は「慧音先生の初夢」に決定だ。

 いいや、それよりも先に言うことがあるか。


「明けましておめでとう。今年も、否!これからもずっとよろしくお願いするぞ」

 いつもの私で、いつも以上に明るい表情で、きっと言える。


 ・・・私はそれを確信し、ゆっくりと目を閉じた。



「ねえ皆。折角ここまで来たんだし、慧音先生に冬華美人草で作った花の冠をプレゼントしようよ」

 初めにそう提案したのは夕衣だった。

「そうだね。琢磨君も、小百合ちゃんも、慧音先生に渡すプレゼントのお花を探してここまで来たんだから、ちょうどいいよ」

 仁枝は、快くそれに賛同した。

「おいおい、花の冠は似合わないだろう。それに花自体、私みたいな暴力的な女にはミスマッチだと思わないか?」

 この場に留まることが危険だから言っているわけではない。

 花の冠が似合うのは、清楚で可憐な女の子。私は勝手にそうイメージしているので、それと全くかけ離れた自分のそんな姿を想像すると・・・やはりミスマッチだ。言い換えれば、ただ単に子供達の想いが籠ったプレゼントを、うまく付けこなせる自信が無かったのだ。いやむしろ、今は角が邪魔で、頭にのせる事すら不可能かもしれないな。

 ・・・それに、恥ずかしさ半分と言ったところだろうか。

「はい慧音先生は無視~。プレゼントをもらう側に発言権は無いもんね~」

「ガッ!」

 夕衣・・・酷い。

 前はこんな子じゃなかったのに。

「琢磨と小百合はどうかな?・・・やっぱり、そんな可愛い装飾を施した慧音先生を見るのは怖い?」

 夕衣~、暫く見ぬ間に言うようになったなぁ~。

 琢磨はあっさりとそれに首肯する。・・・って、あっさりと首肯するな。

「確かに、慧音先生に花の冠は似合わない。むしろ気持ち悪い。むしろ(笑)」

 さっきまで泣いてたくせに言ってくれるではないか。

 でも、そんな憎まれ口が叩けるとは、ようやくいつもの琢磨に戻ってきたな。

 ・・・よかった。やはり琢磨はこうでないとな。

「でも、俺と小百合は慧音先生の一番好きな花を探しに来たんだから・・・贈る形が花束でも、花の冠でも、俺は慧音先生が喜んでくれるのなら別にそれでいい」

「そうだよね。確かに慧音先生と花の冠は、似合う以前の問題だけど、皆で作ったプレゼントの方がきっと慧音先生も喜んでくれると思う」

 全く、どいつもこいつも言いたい放題言ってくれる。しかし、ほとんど間違っていないので、反論の余地が無い。そこが、非常に悔しい。


 ただ、反論では無いが一つだけ言っておくぞ。


 例え似合わなかろうが、ミスマッチだろうが・・・私は嬉しいぞ。

 でも、それを言葉に出して言うのは照れくさすぎるので、心の中だけに留めておく。

 お前達なら、それを言わずとも察してくれるはずだしな。


「よ~し、それじゃあ決まりだね。・・・あれっ。でも私、花の冠の作り方が分からないよ。誰か分かる?」

 勢いよく手を挙げた仁枝だったが、初っ端でいきなりつまずき、皆の表情を確認する。

「私、知ってるよ。言い出しっぺだしね。・・・って言うより、さっきから気になってたんだけどこの「火」は何者?」

「うん」(琢磨・小百合)

 あっ、まだ居たんだ・・・そう言えば明るいもんな。

 気が付くと、仁枝が持参してきた提灯の明かりは既に消えていた。つまり、この「火」・・・いやボゥボゥが居なくなると辺りは瞬く間に暗闇に包まれてしまうのだ。

「この子は、鬼火のボゥボゥちゃんだよ。慧音先生とここに来る途中、不思議な女の子に出会ってね・・・ボゥボゥちゃんはその子の友達なんだ」

「えっ、何て?」

 ・・・仁枝。それではまるっきし分からないぞ。

「いや、つまりだな。ここに来る途中、人間の少女と偶然出会って、その少女が地理に詳しそうだったので、私は冬華美人草の咲いている場所を訪ねたわけだ。そうしたら、この子について行けば辿り着けるよと言って、友達であるこのボゥボゥを紹介してくれた」

「ふ~ん。と言うことは、この妖怪って何気に私と琢磨の命の恩人ってことになるんだよね。・・・ありがとう」

 確かにその通りだな。あの時、仁枝が誰かの気配に気付いていなければ、あの不思議な少女と出会っていなければ、私は二人を助けることが出来なかったかも知れない。

 ・・・夕衣と再会することも無かったかも知れない。

「世話になったなボゥボゥ・・・だが、もう暫く世話になるぞ」

 早く森から出なければいけないと言っていた私だが、一つ大きなことを見落としていた。ボゥボゥが居ないと、暗くて子供達と一緒に森を出ることなど不可能なのだ。ボゥボゥはさっきからずっと同じ位置に浮いているような気がするので、結局のところ、ここで夜を越さなければならないことは初めから決まっていたのである。

 子供達と一緒に朝帰りか・・・里では今頃大騒ぎになっているだろうな。帰ってすぐに、皆で一緒にごめんなさいだな。

「よ~し。それじゃ、ボゥボゥが気まぐれでどっか行っちゃわないうちに、慧音先生へのプレゼントを皆で作ってみよ~う」

「お~」


 いろんな想いが心の中で交錯して、既に私の胸はパンクしそうだった。これで、もう少し胸が膨らんでくれるといいのだが・・・なんて、もっと大人っぽい魅力があれば私だってまんざらではないと静かに自分を慰めながら、子供達からボロクソに言われたことを少し気にしている私だった。

 ・・・今の私、少しだけ可愛くないか?


 夕衣が「慧音先生は色々疲れてるでしょ。座って休んででいいよ。何なら寝ててもいいよ」と言ってくれたので、その言葉に半分甘える形で、草むらに腰かけ休ませてもらうことにした。とは言っても、ここは妖怪達の住まう夜の森。夕衣も居るのでよっぽどのことが無い限り心配はないだろうと思うが、常に周囲に気をはらうことを怠らないよう心掛けていた。

 私に贈る花の冠を、ああでもないこうでもないと試行錯誤しながら、皆で一つになって作成する子供達。こんな、お話しの中でしか読んだ事のない光景が、実際に広がっているなんて、少し不思議な気持ちになった。そして、これ以上とないくらい優しい気持ちになれた。

 先生という仕事の醍醐味、もう一つ発見したな。



「やったぁー。かんせーい、だね」

 待つこと大体1時間弱。仁枝は大きな声と共に、完成した花の冠を両手で高々と掲げる。彼女の喉があまりにタフなことに、私は少し驚きを感じていた。

「ほら慧音先生。早くこっちこっち」

 夕衣に手招きされ立ち上がる。少し腰が重い。これは、人間の姿に戻った途端に筋肉痛かもしれない。

 左から順番に仁枝、琢磨、小百合、夕衣。私は教え子達と向かい合うように立つ。

「ほら琢磨君、小百合ちゃん。慧音先生に伝えたいことがあるんでしょ」

 仁枝はそう言うと、冬華美人草で作った花の冠を琢磨と小百合に手渡す。茎を短めに折って結われた冠は、赤の美人草がぎっしりと、茎が見えないくらいに敷き詰められていた。この四弁の一枚一枚に子供達の想いが詰まっているのだ。私には重すぎる想いかもしれないが、しっかりと受け止めないとな。

「け・・・慧音先生」

 琢磨は俯いたまま私の名前を呼ぶ。しかし、こちらを一向に見ようとしない。

・・・どうしたのだろう。

「慧音先生ごめんなさい」

 琢磨がもじもじしている間に、小百合が口を開く。彼女はしっかりと私の顔を見ている。第一声が「ごめんなさい」になることは何となく想像がついていた。

「私、あの時慧音先生に酷いこと言って・・・傷付けてしまってごめんなさい。・・・私、いつも慧音先生に迷惑ばかりかけて、怒られてばかりだけど・・・本当に慧音先生のことが大好きです」

 いつもより素直で、いつもより真っ直ぐな小百合。私にしっかりと想いを伝えた彼女は、未だかつて見せたことのないような気恥しそうな表情で微笑む。

 琢磨は、相変わらず視線を下に向けて私の方を見ようとしない。

「次は琢磨君の番だよ。ほら、いつまで下向いてるの」

 そんな琢磨を見かねてか、仁枝が隣から肘で二度三度つつく。

「どうした琢磨。もじもじしていつもの琢磨らしくないぞ」

「うるさいっ!・・・あっ!」

 うるさいと、私の顔を見ながら言った琢磨だったが、何かが喉の奥に詰まったような顔をすると、今度はそっぽを向いてしまった。

 ん?ん?・・・本当にどうしたのだ琢磨。

 遂に私の美貌に気付いて、目を合わせるのも恥ずかしくなったか・・・って、そんなことは無いか。

「け・・・慧音先生の授業は難しくて、つまらない」

 ・・・おいっ。

「・・・でも、慧音先生が居ない寺子屋なんて、もっとつまらないんだ」

 そして、琢磨は意を決したような表情で私の顔を見る。

「だから、また前みたいに寺子屋に来て、俺にからかわれて怒ってくれよ。頭突きを見舞ってくれよ。・・・俺は、慧音先生のことなんて全然怖くないんだから・・・ごめん」

 小百合とは全く正反対で、最後に「ごめん」と付け足した琢磨は、それを言った途端になぜか顔を真っ赤に染める。

 何だかよく分からないが、結構可愛いぞ。

「私の方こそごめんな。こんなにも危険な目に遭わせてしまって。・・・私が、しばらく寺子屋を休んでいたことに関して、二人は何も悪くないんだぞ。夕衣のことで色々と思うことがあってな、泣き虫な私は少し落ち込んでいたのだ。勿論、夕衣も何一つ悪くないぞ。・・・全て私の責任だ」

「・・・慧音先生」

「もう心配するな。来年は、年初め一発目の授業から飛ばして行くぞ。先生の愛の鞭は、更にパワーアップを遂げて絶好調だからな。琢磨も小百合も覚悟しろよ」

ギュムッ

「うぁっ!」

 私は両腕で、二人をまとめて抱擁する。

「け、慧音先生。あんまり強くすると折角作った花の冠が崩れるから・・・」

「ばっ、バカ。何いきなり・・・は、離せよっ!」

「おっ、抵抗する気か」

「ちっ!ちげーよ。・・・む、胸が・・・」

 何っ!胸がどうした?・・・あっ。

 私はあることに気付いて二人を放す。何だそういうことか。

 自分の胸元を確認すると、先程妖獣との戦いで破れてしまったこともあり、肌がやや露出気味だった。まあそこまで大したことないのだが、胸の膨らみも・・・成程、琢磨の位置からだとちょうどのぞき込めるというわけだ。

 因みに、当然のことながら子供の教育に悪くない程度だ。これでも一応教師ですから、あしからず。

「琢磨ぁ~」

「な・・・何だよ」

 琢磨は察したのか、私からあからさまに視線をそらす。顔は真っ赤である。

 ふふふ・・・。ここはもう少しからかってやるか。

「さっきからどうもおかしいと思ったら、私の胸元が露出しているのをいいことに、チラ見してたな~。やらしいぞ少年」

「えっ!そうだったの琢磨君」

「ちっ、ちげーよ。勝手に目の中に入ってくるんだよ」

「勝手に入ってきてそんなに真っ赤になるってことは、一応慧音先生の胸を意識してるってことだよね。・・・やっぱやらしぃ~」

 夕衣がトドメをさすようにズバリ言うと、琢磨は顔を更に真っ赤に染めて、半ばやけくそになる。

「そ、そうだよっ!しかたねぇだろう!・・・ちくしょう、子供を誘惑しやがって、変態教師めっ!」

「誘惑とは人聞き悪いな。これは、琢磨を助けるために破れてしまったものだぞ。・・・ほら、怪我だってしてるだろう」

 私はそう言いながら、もう少し胸元が見えるようにわざと服を開く。ここもあまりやり過ぎると、後々問題になるので控えめに・・・楽しいな。

「くっ!・・・それにしたっていつまでもそのままにしておくな。気にして隠せよっ!」

「ふふふ・・・。まさか琢磨がそんなことを心配してくれるとはな。立派になったもんだ、先生は嬉しいぞ」

「う、うるせえよ」

 私は地面に膝をついて、目線を子供達の高さに合わせる。

「ほら、私に花の冠を付けてくれるのだろう」


「慧音先生、誕生日おめでとう」

 子供達が、声を合わせてそう言うと、私は今自分ができる精一杯の、可愛い笑顔と声で「ありがとう」と礼を言った。



「う~ん、やっぱり角が邪魔で花の冠はうまくかぶれないな」

 案の定、花の冠をうまく付けこなすどころか、かぶることすら出来なかった私。仕方なく、花の冠は左の角に引っ掛けるという形になった。

「も、もう少し輪っかを大きくして首に掛けれるようにするべきだったかな」

「ほーら、やっぱり似合わなかったじゃないか。プッ・・・まるで輪投げだ輪投げ」

 琢磨は例のごとく私に憎まれ口を叩く。

「おっ、それなら見事私の角に輪を掛けてくれた琢磨には、景品として「慧音先生の胸元チラ見券」を進呈するぞ」

「い、いらないよそんなもの・・・罰ゲームじゃないのかよ」

 琢磨はまた顔を真っ赤にする。

 憎まれ口には、暫らくこのネタで対抗できそうだ。

「う~、私は、慧音先生だったら絶対に似合うと思ったんだけどな」

 仁枝は少しがっかりとした表情を見せる。

「悪いな、折角プレゼントしてくれたのに。私がもっと可愛ければ、これでも似合ったかもしれないのにな・・・。でも、すごく嬉しいぞ。一生の宝物になる」

「でも、花はそのうち枯れてしまう。・・・やっぱりずっと形に残る物をプレゼントに選んだ方がよかったかな」

 小百合が珍しく尤もらしいことを言う。

「例え花は枯れても、この花の冠に籠ったお前達の想いは、ずっと私の心の中に残るからな・・・それで十分だ。最高の誕生日プレゼントをありがとう」


 花の冠を作ろうと提案した夕衣も、似合わないと言いつつも私の為に一生懸命になってくれた琢磨と小百合も、そして私を憧れの存在だと言ってくれた仁枝も・・・それぞれの想いは違えど、私のことを大切に想ってくれているのは同じ。

 その想いが、この時一つの奇跡を起こした。


カッ

 突如ボゥボゥの明かりとは違う赤い閃光が、私を中心に辺りを照らす。

「えっ!何?」

 子供達は眩しそうにしながらも、私の頭上に視線を集める。

 ・・・この光を放っているのは、まさか花の冠なのか?


 幻想郷は元々人智を超えた世界。自然の摂理などあって無いようなもの。

 それが、時に奇跡を起こすことがある。

 私は、数千年生きて来て初めてそれを目の当たりにしたのだ。


 赤い光が止むのと同時に、私の髪を伝い、するすると舞い落ちてきたのは赤いリボンだった。私はそれをすかさず握りしめる。すぐに分かった。それは、子供達の想いがたくさん詰まったリボンだった。赤は冬華美人草の鮮やかな赤。強く握りしめても、決して色褪せることはないだろう。

「仁枝。・・・結んでくれるか」

「う・・・うんっ!」

 私からリボンを手渡された仁枝は、少しぎこちない手つきでそれを左の角に結んでくれた。

「すごく似合ってて、可愛いです」

 おいおい仁枝。リボンっていうのは髪に結ぶものだぞ。・・・でも、まあ似合っているのならどこでもいいか。鏡が無いと自分の姿を確認することは出来ないが、さっきの冠よりはしっくりとくる。

「どうだ琢磨、似合いすぎて見とれてるんじゃないか」

 未だに何が起きたか分からないという顔で私を見ている琢磨に、少し意地悪な口調で言う。それを聞いた琢磨は、ハッとしたように口を開くと、プイっと顔を背けた。

「ちょっ、ちょっとだけ珍しいことが起こったから驚いていただけだ。・・・でも、似合ってるよ」

「ありがとう琢磨」

 私が笑顔で礼を言うと、琢磨は口をキュッと結んで三度顔を赤らめた。


「奇跡を起こす程度の能力」

 強い想いをが引き起こす、誰にでも秘められている能力。私や夕衣の能力さえ小さく思えてしまうくらい、究極の力。

 子供達は、私の前で見事にその力を証明して見せた。


 私の角に結ばれたリボンは、子供達の想いの詰まった奇跡の結晶だった。

 だから、このリボンを世界で一番可愛く付けこなせるのは私。


 ずっと・・・大切にするからな。

 ずっとずっと・・・忘れないからな。

 ずっとずっとずっと・・・お前達のことが大好きだぞ。


 可愛くポーズを決めてみた私だったが、すぐに恥ずかしくなり、顔を熱くして照れ笑いをするのだった。

 誕生日プレゼントのお返しということで。・・・こんなにも可愛い慧音先生は今夜だけだぞ。




「こうやって、二人で話するのも1カ月ぶりだね」

「そうだな」

 時間は恐らく午前3時を少し回ったぐらいだろう。この時間になると、流石に子供達は眠たくなったのか、夕衣を除く仁枝、琢磨、小百合の3人は、草が生い茂る大地の絨毯の上で眠りこけてしまった。

 ボゥボゥが、熱く光の弱い炎に自分を調整すると言う、地味だが非常に役に立つ能力で気を遣ってくれた為、この寒空の下、子供達が凍えてしまうということもなかった。

 全く、最後は私の温かい腕の中で眠るというシナリオだったのに、気が利くのか無神経なのかよく分からない奴だ。しかしまあ、3人同時は無理だろうし、琢磨は本当は嬉しいくせに嫌だ嫌だと騒ぐだろうからちょうどよかったのかもしれない。

 ボゥボゥ。妖怪にここまで世話を焼いてもらうとはな。これからは、鬼火を見たら手を合わせて拝まなければいけないな。


「この鬼火ちゃん・・・随分と気が利くね」

「あ、ああ。こういうのが友達に居たら、色々と助かりそうだな」

 夕衣は口に手を当ててクスクスっと微笑する。

「さっき慧音先生が言ってた、森で会った人間の少女ってどんな子?」

「んっ、不思議な少女だったぞ。見た目が夕衣よりも更に幼い感じだったな。黒い髪に黒い瞳・・・あの口ぶりだと、他にも友達がたくさん居そうだったな。・・・もしかしたら会ったことあるんじゃないか?」

「う~ん、黒い髪に黒い瞳か・・・会ったこと無いな~。でも、お父さん探しは暫らく続きそうだから、もし会ったらちゃんとお礼を言っておくよ」

「頼む・・・それにしても、やっぱりまだ父親とは再会できていないのか?」

 私がそう聞くと、彼女は苦笑いのような表情を浮かべる。

「まあね。今まで、ずっとほったらかしだったんだ。そんな簡単に見付かるなんて思ってないよ」

「そうか・・・そうだよな」

「もう、慧音先生が落ち込んでどうするの。私は全然充実してるよ。新しい発見や、新しい出会い。毎日がとても楽しんだから」

 真っ直ぐに、私の方を向いて笑う夕衣の表情は明るかった。

 嘘の無い笑顔、少し安心した。

「絶対いつか再会できるって信じてるもん。だから、見つかるまでずっと探し続けるよ」

「私も信じているぞ。頑張れ夕衣」

 ささやかな応援の言葉。これ以上の言葉を掛けてあげられるだけの資格は、今の私にはまだ無いのだ。

「頑張るよ。・・・慧音先生も、問題多いクラスだけど仕事頑張れ。もう、あまり皆を危険な目に遭わせちゃダメだよ」

「ははは・・・今回限りにするよ。夕衣にも見てほしかったんだけどな、生まれ変わったこれからの私を」

「生まれ変わった慧音先生か・・・もしかして悪戯しても許してくれるとか」

「それは、間違いなく頭突きだなっ!」

「やっぱり」

 二人で顔を見合わせ、お互いに微笑みを交わす。

「じゃあさ、変わった慧音先生やその身の回りで起こった出来事を、これから毎日歴史書に書き綴ったらどうかな。それで、またいつか・・・いつになるかは分からないけど、私は慧音先生に会いに行くから、その時に読ませてほしいな。慧音先生の歴史書を」

「それは、歴史書という名の日記ではないのか?」

「あっ、そうとも言うのかな・・・」

 可愛く舌を出しおどけて見せる夕衣。

 自分の歴史書か・・・面白いかもしれないな。

「分かったよ夕衣。夕衣がまた会いに来てくれる時の為に、私はにっき・・・いや自分の歴史書を書くことにするよ・・・約束する」

「やったね!」

 夕衣は手をグーに、軽くガッツポーズをして喜びを表現する。

「ただ、これだけは確実に約束してくれ」

「なぁに?」

「十年後、百年後、いや千年後になってもいい・・・絶対に、また私に会いに来てくれよ」

「うん。約束する。慧音先生の日記、あっ、自分で日記って言っちゃった・・・まあいいか。慧音先生の日記をお蔵入りになんか絶対させないからね」

 歴史書ではなく日記だと、あっさり妥協した夕衣がおかしかった。次に会うのが千年後になるとすれば、結局のところ一旦はお蔵入りだな・・・。

「指切りでもするか」

 私は、右手小指を立てて夕衣の前に差し出す。

「それって子供のすることだよ」

「夕衣は子供だろ」

「子供で~す」


 お互いの右手小指を絡め合って、お馴染みの呪文を二人で口ずさむ。

 高い場所から私達を見守る満月が、その約束を交わしたことの、たった一人の証人になってくれる。


 千年後も二千年後も、きっと変わらない輝きをそこで放ち続けていることを小さく願いながら、私はゆっくりと空を見上げた。

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