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東方連小話  作者: 北見哲平
上白沢慧音 〜 満月の輝く下で
22/67

上白沢慧音 - その12

ドッゴーン

 静かな夜の森に、またしても轟音が鳴り響く。私が突入と共に繰り出した右のラリアットは、不意打ちの形となり、妖獣を強烈に地面に叩きつけ、一瞬にして土に磔にした。全速力で疾走し、一切の躊躇なく繰り出した先制攻撃。これで立ち上がってこられるものなら、それこそ化け物だ。仁枝は、大きく体が振られたものの、しっかりと私の背中にしがみ付き離さなかった。上出来だ。

 一度も止まることなく、素早く琢磨と小百合の側まで駆け寄る。

 ・・・よかった。酷く怯えているが、怪我はしていないようだ。

「け、慧音先生・・・」

 二人が震える声を振り絞って私の名前を呼ぶ。瞳からは、現在進行で大量の涙が溢れてきている。しかし、それが生きている証。まだ手遅れではない実感を確実なものとした私は、二人の前にゆっくりと座り込む。

「もう大丈夫だ・・・ったく、あまり心配掛けるんじゃないぞ」

 出来る限りの優しい表情で微笑む。二人は声を出して大泣きし、私の背中から降りた仁枝と抱き合う。少し遅れて目的地まで案内してくれたボゥボゥは、仁枝の頭の上で止まり、ただじっと辺りを照らし続けている。

 ・・・!

「仁枝、二人のことを頼んだぞ」

「えっ、慧音先生」

 私は、仁枝に耳打ちをして立ち上がる。本当なら私も思い切り二人を抱きしめてやりたいのだが、状況はまだ安心できるものではないようだ。私が駆けてきた方向より向けられる強い敵意。振り返ると、そこには息を荒らげた妖獣が私を睨み付けていた。

「チッ」

 あの攻撃を食らって立ってこられるとは・・・どうやらこいつは化け物の類だったようだ。もっと徹底的に追撃を入れておくべきだったと、今更ながら後悔する。

 こうなると、圧倒的に分が悪い。ここは幻想郷のルールに則って弾幕スペカ勝負と行きたいところだが、どうやらそう言うわけにもいかない。目の前の妖怪に幻想郷のルールを説いたところで恐らく通じないだろう。そもそも、子供達の側で弾幕を放ったり、スペルカードを発動させるのは危険すぎる。人間時の私ならともかく、ハクタク時にはそれほど繊細なスペルを持ち合わせていないのだ。

 逃げることも考えたが、それは不可能だとすぐに分かった。足でこいつを振り切れるのはどう考えても私だけだ。仁枝だけならまだ背負って何とかなるが、琢磨と小百合も一緒となると厳しい。

 一瞬ボゥボゥの活躍に期待したが、どう考えても彼?は戦闘向きではない。

 となると、やはり私が肉弾戦でこいつを仕留める他なさそうだ。相手は毛むくじゃらで、二本足で立つ狼のような風貌。体長2メートルはあるだろうか、いかにも普段から体を鍛えてそうな野生の妖獣。いくらハクタクとは言え、体格は10代後半の人間の少女とさほど変わらない私が、肉弾戦で挑むのは一見かなり無謀である。私の全身全霊の一撃を食らって立ち上がったことからしても、打たれ強さは天下一品だということが分かる。長く研ぎ澄まされた爪に、鋭く尖った牙。あれに比べたら私の角などただの飾りでしか無い。尻尾に至ってはただのチャームポイントにしかならない。

 しかし、例え相手がどんなに強くとも、私はここで屈するわけにはいかない。どんなことがあっても子供達を守る。

 最近は弾幕戦に慣れてしまったせいで、肉弾戦はあまり自信はないが・・・とことん証明してやる。

 先生は、可愛い教え子達の為ならどこまでも強くなれるということを。


ザッ

 先に動いたのは私だった。地面を強く蹴り、10メートル以上あった相手との距離をあっという間に0に縮めた。右手を強く握りしめ、顔面目掛けて渾身の一撃を繰り出す。

ボゴッ

 妖獣は全く避ける気配すら見せずに、私の拳をまともに受ける。衝撃のままに首を大きく横に振り、それにつられて身体を捩じる。

 ・・・どうしてだ?どうしてかわそうとしない?初めの不意打ちと違い、今度は十分にかわす余裕があったはずだ。こいつがただ打たれ強いだけで、反応が鈍い妖獣とは思えない。

 こちらを見返してきた妖獣の表情には、どこか不敵なものを感じた。一撃目と比べると、些か勢い不足ではあったものの、今の手ごたえも、十分に一撃必殺に値するものであった。

 狼のような大きな口をつり上げ、鋭く尖った牙を見せる。「どうした?貴様の力はその程度か?」決して言葉を発することはないが、その表情からは、そう言った意味合いの言葉が見て取れた。

 これには何か秘密がある・・・私は直感的にそう感じた。

 しかし、敵がそれを考えるだけの時間を与えてくれるはずがない。妖獣は、爪を天に向かってしゃくり上げるように、右手を私の胸目掛けて振り上げて来る。

「くっ」

 私は上体を後ろに反らして直撃を避ける。しかし、僅かにかすった爪の先は、容赦なく私の服を切り裂き、その爪痕を肌に直接刻み込んだ。コンマ数秒遅れてその痛みが私の身体を駆け巡る。・・・これが生きている証。怪我をしたら誰だって痛いのだ。

 後ろに上体を反らせたままバク宙で一回転し、相手との距離を取る。近接した間合いで戦うのはあまりにも危険すぎる。かと言って、近接しないと攻撃を当てることすら出来ない。そして、例えその攻撃が当たったとしても全く通用しない。戦闘は始まったばかりだというのに、既に手詰まりのように感じられた。

 ・・・奴が居ないっ!

 宙返りで一瞬敵から目を切ると、そこにはもう妖獣の姿は無かった。

 どこに行った!・・・右か、左か?

「慧音先生っ、上っ!」

 仁枝の言葉でハッとした私はすかさず上空を見上げる。美しい満月を背に、思い切り両腕を振り上げた妖獣が私目掛けて飛び込んでくる。その両の腕が今振り下ろされようとした瞬間、私は何も考えずに、本能的に後ろに軽くステップを取りそれを避ける。そこで感じたのは生きるための本能だった。

ズガガーーン

 勢い付けられた妖獣の両腕は、空振りして痛烈に地面を叩いた。いや、叩き砕いたと言った方がいいのかもしれない。地面が大きく揺れるような衝動と、土を巻き上げるように形成された直径1メートルほどの窪みが、その規格外の破壊力を物語っていた。

 体中に飛び散ってくる土に顔を隠すことも無く、私は妖獣の姿をただ呆然と見詰めることしか出来なかった。・・・怖い。素直にそう感じた。生まれて此の方、死にそうなほど傷付いたことは何度かある。しかし、これほど強烈に死の恐怖を感じたことは初めてだった。これは仕合でも遊びでもない。それは分かっている。現に、私も相手を殺すつもりで攻撃を放ったし、逆に今の一撃をまともに食らっていたら、私は死んでいただろう。

 本当の殺し合い。その程度のことは今までにも幾度となく経験してきたことだ。・・・しかし、この敵は何かが違う。負けられない。子供達を守る為、強い想いで闘っている私が負けるはずが無いのに、こいつは異常すぎる。どう考えても、ただの妖獣とは思えない。

 攻撃を外したことで地面に屈みこみ、あまりにも隙だらけで無防備な相手。しかし、このまたと無い好機を前にして、私の体は石のように固まって動かなかった。

 ゆっくりと立ち上がった妖獣は私に向かって笑みを浮かべる。弱者をじわじわといたぶり殺すような、強者の笑み。先程まで両手を飾っていた鋭い爪は、自分の技の威力に耐えきれずに、全て粉々に砕け散っている。よく見ると、腕と手を覆っていた毛も皮ごともげ、ダラダラと血を地面に垂れ流している。満身創痍なその様相。しかし、それでも奴は笑っていた。口元をよだれでグシャグシャにしながら、実に楽しそうに私の方を見続ける。

 どうして笑っていられる・・・痛くないのか?

「あっ!」

 痛くない?・・・まさか。

 私が加えた一撃目、二撃目共に、本来なら一発で勝負が決してもおかしくないほどの手ごたえだった。しかしこの相手には全く通用せず、痛そうな素振りすら見せなかった。

 この妖獣は・・・痛みを感じなていないのか。しかし、いくら痛覚が無いと言っても、その他の体の機能が働いている限り、致命的な一撃を食らって立っていられるのは不自然だ。痛みを感じないというのは不死身という意味ではない。自分にとっての限界が身体で感じられないことは、逆に危険なことなのだ。


 痛みも感じないし、身体の限界も感じない。・・・つまり、そういうことなのか。


ザザッ

 自分の中で、相手の正体について一つの結論に達したところ、敵は私に向かって一瞬で距離を詰め、右のハイキックを繰り出してきた。腕はもう完全に壊れてしまったのか、体の前にぶらんと垂らしているだけだったが、動きは非常に俊敏で、足の爪も鋭く尖っており、極めて凶悪だった。

ブゥン

 私がすかさず屈むと、妖獣の蹴りは見事に空を切った。不意に発生した風が、私の髪を軽く撫でた。

 ・・・大丈夫だ、体もしっかりと動いてくれる。

 相手の正体が見えてきたことで、先程まで私の体を支配していた恐怖感は既に吹き飛んでいた。対抗する手段も何となく分かった。

 今が好機!

「であぁぁー!」

ドスッ

 屈んで懐に潜り込んだ私は、そのまま妖獣の腹目掛けて頭突きを繰り出す。私が一番得意な体術。しかし、当然のことながら普段子供達にお仕置きしているような、可愛い威力のものではない。本気で全力の頭突き。そのまま角で妖獣の体を挟みこみ、足を前に出し10歩ほど押し出すと、相手の体は大きな抵抗も無く地面から浮く。

「でりゃあぁー!」

 全身を使って思い切り頭を振り上げ、妖獣を高く投げ飛ばす。

 そして、すかさず投げ飛ばした妖獣を追い越して、一本の見定めた木の側まで駆け寄る。全く、今日は本当に走ってばかりだ。

「すまない・・・許してくれ」

バリバリ・・・ボキボキボキィー!

 私は胸の位置から力任せに木を折り倒す。そして、折り口を前にして両手で抱え、構える。

「はあぁぁーー!」

 こちらに向かって落下してくる妖獣の姿を補足すると、それ目掛けて木を思い切り投げ付ける。

 こうすることしか思い付かなかった・・・許せ。

ズブブブブゥー!

 いくら相手が妖獣だからと言って、あまり気持ちのいい光景ではなかった。私が投げ付けた木は、妖獣の体を貫通して、5メートルはある幹の中心まで串刺しにした。

ドスンッ

 木が落下した位置までまた走り、妖獣の姿を確認する。

「・・・」

 木は、妖獣の腹の中心を見事に貫通していた。

 ・・・しかし、それでも奴は笑っていた。自分の勝利を信じて疑わないような不敵で、奇妙な笑み。

 これで、私の考えが確かなものだと確信が持てた。


 ・・・この妖獣はもうとっくに息絶えている。投げ飛ばす時に触れてはっきりした。・・・私が不意打ちで加えた一撃目のときに比べて、体が冷たくなっている。恐らくあれが致命傷になったのだろう。命の無い体が冷たくなるのは、人間も妖怪も同じだ。出血量も、生きているにしては微量すぎる。

 攻撃を加えても全く動じないのは当然、体が冷たくなっても動けるのは当然。なぜなら、私が戦っていたのは、この妖獣に憑依していた悪霊、もしくは霊魂の類。

 だから、例え肉体が死んだとしても、体が動く限り決して止められない。

ザッ、ギシギシ・・・ズブッ!

 木をもう一度持ち上げて、そのまま地面に突き刺す。これで、もう動くことは出来ないだろう。何も知らずに殺してしまった妖獣には申し訳ない気持ちになったが、こうなってしまった以上、もう仕方がないことだった。

「子供達が心配だ」

 結構な距離を走り、気が付いた時には冬華美人草の咲いている場所から少し離れた場所まで来ていた。戦いに夢中になっていたこともあり方向感覚も失いそうになっていたが、相変わらず暗い森を照らすボゥボゥの明かりが目印になってくれた。


「あっ、慧音先生」

 戻って来た私に対して一番に声を掛けてくれたのは仁枝だった。

「・・・あ」

「もう大丈夫だ。みんな無事でよかった・・・それより早く森を出るぞ。話は帰りながら聞く」

 琢磨が何か言いたそうに一瞬口を開いたが、私の言葉がそれを遮った。

 いくら身動きをとれなくしたとはいえ、あんなにも危険な奴の近くで立ち止まっているのは得策ではない。話したいこともあったし、二人を抱きしめてやりたかったが、それよりも今は、この場を離れることを最優先に考えるべきだと思った。

 琢磨、小百合、ごめんな。1カ月間、全く構ってやれず、こんな怖い思いをさせてしまった私のことを許してほしい。・・・後で一杯話をしような。


 皆の無事な姿を見て、少し気を緩めていたのは事実。慣れない戦いを終えて、疲れないはずの私にも、流石に疲労が来ていたのだと思う。油断していたというか、もうこれ以上何もあるはずがないと、もしかしたら心のどこかで決めてかかっていたような気がする。

 だから、私を狙って迫ってくる存在に気付くのが、致命的に遅れた。

「あっ」

 いざ帰ろうと振り返った私の視界に入りこんできたのは、一直線で私に向かって突っ込んでくるおたまじゃくしの様な白い浮遊体。それが、先程まで戦っていた妖獣に憑依していた霊魂だと気付くまでに時間は掛からなかったが、それに気付いた時にはもう手遅れだった。

 こいつは完全に壊れてしまった妖獣の体を捨てて、私の体を狙って来たのだ。そもそも私は、どうして妖獣の動きを封じたからと言って、こいつの動きまで封じたと安心してしまったのだろう。憑依が出来たのだから、憑依を解くことだって当然可能なことは考えるまでもなく分かったはずなのに。

 こいつの憑いた妖獣が見せた不敵な笑顔を思い出す。

 ・・・そうか、あれは別に勝ち誇っていたわけでも、私を舐めていたわけでもなかった。自分の望んだ「新しい体」を見つけた喜びから、笑みを浮かべずにはいられなかったのだ。

 どうして私は、いつも肝心なところが抜けているのだ。何があっても、例えどんなことがあっても、ここだけは絶対にミスしてはならないところだったのに・・・。

 ものすごい速度で迫ってくる霊魂を前に、ただ立ち尽くすことしか出来ない私。霊体に物理は通用しない。子供達が側に居る以上、私が唯一、霊体を攻撃することが出来るスペルカードの発動は封じられている。私は覚悟を決めた。

 もし私が、こいつに体を乗っ取られるようなことがあれば、子供達は間違いなく殺される。私のこの体で、何の躊躇いもなく殺すだろう。そんなことが・・・そんなことを認められる筈がないだろう。この手で、この足で、この角で、大切な子供達を殺してしまうなんて・・・ここまで来てそんなふざけた結末を認められるかっ!

 そう簡単にこの体が奪えるなんて思ってないだろうな。私の体に侵入した瞬間、体の中で捻じ伏せてやる。

「慧音先生っ!」

「!?」

 その時だった。

 突然聞き覚えのある声が辺りに響いたと思った次の瞬間。見覚えのある小さな人影が、私を守るように大きく背伸びをして、霊魂の行き先に立ち塞がった。そして霊魂は、その人影の中にあっという間に吸い込まれて行った。

 私の名前を呼ぶ声・・・聞き間違う筈がなかった。あまりに突然の出来事で、戸惑いや驚きが私の体中に広がった。しかし、それ以上の喜びが、私の心の中を駆け巡る。姿を確認するまでも無い・・・私が、この1ヶ月ずっと探し続けて・・・それでも会えなかった一人の少女。

「相変わらず、小さいな」

 少女が振り返り、私を見上げる。

「たった1ヶ月でそんなに大きくなれないよ。・・・それより、私ちょっと出しゃばり過ぎだったかな?・・・あんな奴に、慧音先生の体が乗っ取られちゃう筈がないよ。でも、霊魂だからって軽々しく慧音先生の中に入るなんて私は許さないんだから。・・・迷惑だったかな?大好きな慧音先生」

 私が一番大好きだった、純真無垢な笑顔で少女は微笑む。


「迷惑だなんてとんでもない。助かったぞ・・・夕衣」

 私が礼を言うと、少女は頭をかきながら、照れくさそうにもう一度微笑む。


 既に日がまわって今日は大晦日。

 彼女から私に送られた初めての誕生日プレゼントは、極上過ぎる笑顔の詰め合わせだった。

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