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東方連小話  作者: 北見哲平
上白沢慧音 〜 満月の輝く下で
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上白沢慧音 - その11

「仁枝、苦しくないか?・・・それに、暗くないか?」

「はいっ、大丈夫です。風を切る感覚がとても気持ちいいです。暗いのも・・・慧音先生が居てくれるから怖くないです」

 私は、仁枝を背中に背負って夜の森を疾走していた。もし本当に琢磨と小百合が森に足を踏み入れたとしたら、間違いなく私の一番好きな花「冬華美人草」を探しているはず。その名の通り冬にしか開かない美しい花。そして、この辺りの森の中にしか咲かない花。もう一つ言うなら非常に希少な花でもあるのだ。森のどの辺りに咲いているのかは私にも分らない。正直なところ森の中に入ってもどこを目指せばいいのか分からなかった。

「琢磨くーん!小百合ちゃーーん!居たら返事してー!」

 持参してきた提灯を私の頭の横に掲げて、出せる限りの声を張り上げる仁枝。静まり返った森の中によく響く。彼女がこんなにも大きな声を出せるとは、少し驚きだった。この暗闇の中、二人を見つけ出す方法は、提灯の明かりに気付いてもらうことと、声に気付いてもらうこと、そして私の眼で発見することのどれかに限られていた。

 昼過ぎに森に入ったとすれば、二人とも明かりを持ちこんでいない可能性が高い。暗くて怯えているかもしれない。身動きがとれなくてうずくまっているかもしれない。不安と恐怖で泣いているかもしれない。

 ・・・頼む、無事でいてくれ。

 ただひたすら二人の無事を祈って、ただひたすら森の中を駆け回る。

 もし二人が無事でいてくれるなら、例え足の一本や二本、砕けてしまっても構わなかった。

「琢磨ーー!小百合ーー!」

 私も出来る限りの大声で二人の名前を叫ぶ。1ヶ月前といい今日といい、満月の夜は随分と騒々しくなったものだ。何も知らない妖怪達はそう思っているかもしれない。


ザザッ

「慧音先生っ!」

 私の首に手をまわして、しっかりと背中につかまっていた仁枝が、左腕をグッと後ろに引いて私を引き止める。

「うっ」

 やや首が締まって、小さく声を上げてしまった。

「あっ、ごめんなさい慧音先生」

「いや、別に構わない。どうした仁枝?」

 すると、仁枝は脇の草むらを指差す。

「今、その辺りから音がしませんでしたか」

 私は、仁枝が指差す方向を注視する。

 ・・・確かに、そこには誰かの気配があった。・・・妖怪か!

「誰だ?そこに居るのは」

 私は、もしもの時に備えて身構える。私だけの時は別に構わないのだが、今は仁枝が一緒に居る。万が一にも、彼女に危害が及ぶようなことがあってはならない。

 仁枝が私を掴む手がより一層強くなる。更に、背中から直接伝わる鼓動が僅かに早くなるのを感じた。

ザザザ・・・

 ・・・ん?

 草むらから出てきた人物の、その意外なほどの背丈の低さに、私は驚きながらもすぐに視線を下げた。

 こ・・・子供?

 そこに居たのは、仁枝より、いや夕衣よりも見た目が幼い人間の少女だった。妖怪が住まう夜の森には、ある意味一番ミスマッチな存在。

 ・・・どうしてこんな子供が?

「よ、妖怪さん。と・・・人間の女の子?」

 少女は、黒く大きな瞳をぱっちりと更に大きく見開いて私達の姿を凝視する。人間の女の子と言うのは仁枝のこと、そして妖怪さんと言うのは当然私のことだろう。

 仁枝も少女の姿を確認して、この不可解な状況に言葉を失っている。私も、無意識の内に警戒を解いていた。

「ここで何をしているんだ?迷子か?」

 私が聞くと、少女は必要以上に首をブンブン横に振った。

「違うよ。かくれんぼしてたの。ここは私のお庭でお家みたになものだから」

 ・・・かくれんぼ?

 一体誰と、どうしてこんな夜中に行うのかは皆目見当が付かないが、どうやら少女がこの森の住人であるということは間違いないようだ。確かに人間の中にも、妖怪の森に住まう変わり者がいる。しかしその大半は、妖怪を危険な存在だと認識していなかったり、妖怪を撃退できるほど強い人間で占められているのだが・・・。

 果たして、この少女はそのどちらに該当するのだろうか。もしかしたら、一家で森に住んでいて、家族が強い力を有しているのかもしれない。だとしても、こんな少女を暗闇の中に一人残すのはおかしいか・・・。

 それにしても、少女はハクタク姿の私を見ても恐れる表情の一つすら見せない。むしろ、好意的な視線に感じる。この森に住んでいて、妖怪の姿など見慣れているということなのだろうか。

 ただ、私の見る限りではこの少女にそこまで強い力を感じとることは出来なかった。まあ私の感覚など、当てになって当てにならないようなものだが。

「聞きたいことがあるのだが」

「うんっ、どうしたの?・・・妖怪さんのお願いなら、私何だって聞くよ」

 ・・・やはり気のせいではなく、少女は私に対してかなり好意を持って接してくれているようだ。しかし、それはそれで好都合だった。この辺りが自分の家で庭だと言っていたことからすると地理には詳しいはず。

「この辺りで冬華美人草って花が咲いている場所を知らないか?もしくは、この辺りで人間の子供を見なかったか?男の子と女の子が一人ずつ。その花を探してこの森に迷い込んでいるはずなんだ」

 少女は、考えることなく即答した。

「子供は見てないよ。でも、そのお花が咲いている場所なら知ってる。花びらが四つの綺麗な花だよね」

「本当か、よければその場所を教えてくれないか?」

「別にいいけど、その前に一つ聞いていいかな」

「ん、何だ?」

「妖怪さんにとってその二人と、今おぶっている女の子ってどういう存在?」

 ・・・どういう存在?

 少女からの質問内容に一瞬戸惑う。意図が分からない。

 しかし、今は一分一秒も無駄にできない。私は、思ったままを口にした。

「この子達は、私にとって大切で掛け替えのない存在。可愛くて、愛おしくて、守りたい存在。自分のことよりも先に、気遣うべき存在。私と一緒に、これからたくさんの想い出を紡いでいく存在だ」

「・・・け、慧音先生」

 仁枝は恥ずかしかったのか、私の肩に顔をうずめた。よりリアルに感じる仁枝の体温が暖かかった。

「じゃあ人間の女の子にも聞くよ。あなたにとって妖怪さんってどんな存在?」

「えっ・・・私?」

 少女は仁枝に対しても同じような質問を投げかける。本当に、一体どういうつもりだろう。

「わ、私にとっての慧音先生は・・・慧音先生はあこがれの存在。私は、将来慧音先生みたいになりたいっ!」

「あなたは妖怪になりたいの?」

「違うっ!妖怪でも人間でもいい。私は慧音先生みたいになりたいの。真面目で少し堅くて、怒ると怖いけど・・・でも強くて、優しくて、頼りになって・・・少し泣き虫だけど・・・大切な人の為に一生懸命になれる。側に居て心から安心できて、いつだってギュっと抱きしめてほしいと思えるような・・・そんな存在。それが、私の大好きな慧音先生だよ」

 ・・・成程、さっき仁枝が恥ずかしそうにした気持ちがよく分かった。これは照れくさい。照れくさすぎる。そして、本当に嬉しいものだ。

 温かい、と言うよりも熱かった。心の奥底から込み上げてくるそれは、まるで子供達の様に、正直な自分の気持ちを表していた。

 夕衣以外の教え子にこんなことを言ってもらえるなんて、夢にも思っていなかった。


 仁枝の真っ直ぐな想いを聞いた少女は、ニッコリと笑顔を作った。何だかよく分からないが、どうやら満足したようだ。

「妖怪さんが探している花が咲いている場所を教えてあげる。おいでっ、ボゥボゥ」

 ボゥボゥ?

「け、慧音先生。あれ何?・・・鬼火」

 仁枝が森の奥を指差す。

「んっ?」

 仁枝が指差した方向から、宙に浮く謎の炎がこちらに近づいてきた。

 ・・・鬼火の妖怪だろうか?

「怖がらなくてもいいよ。ボゥボゥは私の友達だから」

 ボゥボゥってこいつのことか。

 ・・・それにしても驚いた。人間の少女と妖怪が友達とは・・・確かに彼女は普通の人間とは少し違うようだ。この森で暮らしていける理由が何となく分かったような気がする。

 鬼火の妖怪であるボゥボゥは、少女の頭の横辺りでピタッと止まる。彼?の撒き散らす明かりは、仁枝が持つ提灯の明かりと重なって、更に明るく周囲を照らしていた。成程、一家に一体、夜のお供にどうぞってところか。

「この子はボゥボゥ。私は夜の森であまり速くは走れないから。お花が咲いている場所まではこの子に案内してもらってね。・・・大丈夫ボゥボゥ?この前一緒に行った場所。・・・そうそう、綺麗なお花が咲いていた場所だよ。・・・うん、よろしくね」

「言葉がしゃべれない妖怪とも話が出来るのか?」

 こんな時だというのに、この少女に少し興味があったのでつい聞いてしまった。

 彼女は私の方を向いて、二度左右に首を振った。

「話は出来ないよ。・・・ただ、この子の気持ちを感じることは出来るから。それだけで十分。・・・妖怪さん、ボゥボゥの後をついていけばお花の場所まで案内してくれるはずだよ」

「あ・・・あぁ。すまないな」

「妖怪さんの大切な皆が、無事だといいね」

 またニッコリと微笑む少女。その不思議な能力とは裏腹に、いかにも子供らしい、私の好きな笑顔だった。

「ありがとう」

 仁枝が少女にお礼を言うのと同時に私も走り出す。ボゥボゥはどうやら待ってくれないらしい。いつの間にか彼?の撒き散らす明かりは、視線の奥の方を照らしていた。見失ったらお仕舞いだ。

「ありがとう」

 私も、少女に向かってもう一度お礼を言ってから、その場を後にした。


ザッザッザッ・・・

 幸いなことに、明かりを目印に追いかけていけばボゥボゥには簡単に追いつくことが出来た。むしろ、この真っ暗な森であの光を見失う方が難しいようだ。

「それにしても慧音先生。さっきの女の子って人間ですよね。・・・何か不思議な感じがしました」

 友達の命が掛っていることもあって、少女とのやり取り中は全く突っ込まなかった仁枝がようやく口を開いた。

「確かに不思議な少女だったな。・・・私も吃驚したよ。妖怪と心が通じ合っている、というのだろうか。どうりで今の私を見て好意的だったわけだな。あんな人間に会ったのは初めてだ・・・機会があればまた今度ゆっくりと話をしてみたいものだ」

「慧音先生のこと妖怪さんって言ってましたね。・・・妖怪と人間。仲良くなれればいいですね」

「妖怪は人間を襲い糧とする存在であり、人間は妖怪を退治する存在。昔から幻想郷はこのバランスで成り立ってきている。・・・だが、仁枝の言う通り、私もそういう日が来ることを心から願っているぞ。菜食家の妖怪だって居るはずだし、妖怪と人間が共に力を合わせて農作業を行う日も、近いうちに訪れるかもしれないな」

「それって絶対楽しいですよね」

 私は、小さく「クスッ」と微笑する。

「そうだな」

「あ・・・あと、さっき言った・・・私が、将来慧音先生みたいになりたいって言うの、全部本当ですから。口から出まかせとか、一切そういうんじゃないですから」

 はぅ!

「に・・・二度まで言うな。わ、私は慣れないことを言われて・・・かなり恥ずかしくて、照れくさかったのだぞ」

「ご・・・ごめんなさい」

 本当に仁枝は素直でいい子だ。・・・ここで謝るのはおかしいぞ。

「だが、滅茶苦茶嬉しかった。・・・これからも仁枝の目標で居られるように、私も頑張るからな」

「はいっ!」

 さあ言ってしまったぞ。

 ・・・本当に頑張らないとな、私。


「琢磨くーん!小百合ちゃーん!居たら返事しでぇ・・・はぁ、あぁ」

 それから少しの間、ボゥボゥに導かれるがままに走った。仁枝は声が枯れそうになっても二人の名前を呼び続けている。仁枝のことだから、例え完全に声が枯れてしまったとしても絶対に止めないだろう。

 身体が少し暑かった。

 空気は冷たかったが、足を動かしている限り、暫らくは冷めそうにない。

 ただ、これだけ走り続けても疲れは一切感じなかった。人間の体では恐らくこうはいかなかっただろう。

 今日が満月でよかった。そう思うと共に、常人では考えられない脚力と体力を与えてくれるハクタクの身体に心から感謝した。何だかんだ言っても、私は以前からハクタクの世話になってばかりだったな。

「んっ!」

 ボゥボゥに先導される光よりも、更に森の奥。私の目に写りこんできたのは割と開けた森の一角に密集して咲く赤い小花。そして、巨大な妖獣を前に、小さくうずくまり怯えている、大切な教え子が二人。

 ・・・ようやく見つけた。

 私は急加速し、ボゥボゥの前に出る。妖獣は今にも琢磨達に襲いかかりそうな雰囲気、ゆっくりと案内をしてもらう時間はなかった。

「ど、どうしたんですか慧音先生」

 ここまで加速してしまうと、今更仁枝を背中から下ろすこともできない。私は、更に加速する。

「ようやく目的地に着いたみたいだ」

「・・・冬華美人草ですか?」

「目的は、琢磨と小百合を助けることだろ。まあ、冬華美人草も一緒に見つかったがな」

「えっ、それじゃあ」

 仁枝は、一際声のトーンを上げる。

「しかし、妖獣に襲われそうになっている。・・・だから、少し揺れるかもしれないが、振り落とされないよう、しっかりつかまっているんだぞ」

ギュッ

 しっかりとした力で私の服を握りしめ、張り付くように私の体に全身を密着させた。

「はいっ!絶対に離しません!」


 ・・・私も絶対に離さない。


 精一杯、私の言葉に従う仁枝。

 彼女が私と結んでくれた「信頼」を、心の中でしっかりと握りしめ駆け抜ける。


 大切な子供達を守るためなら・・・私は優しくないぞ。

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