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東方連小話  作者: 北見哲平
秋穣子 〜 収穫の季節と豊穣神
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秋穣子 - その2

「今年も例年通りの大豊作だ。里全体が活気に満ち溢れて、今日の収穫祭も非常に盛り上がってる。これも穣子様のおかげだ。里を代表して礼を言わせてもらう。ありがとう」

 私に「ありがとう」とお礼を言ったのは、少し変わった帽子がトレードマークの女性、上白沢慧音(かみしらさわけいね)である。

「いえいえ、私は大したことはしていないです。慧音さんなら知っていると思いますが、豊穣神である私は収穫前に呼んでいただかなければ、あまり……」

 意味はないと言いかけたところで言葉を詰まらせる。

「ふふふ……、それは違うぞ穣子様。私達里の者は、その年の豊作に感謝して穣子様を収穫祭にお呼びしているのだ」

「ありがとう、慧音さん」

「それに、穣子様が度々この里に訪れては、枯れてしまいそうな作物の面倒を見てくれていると私は知っているしな」

 ……。

 なるべく誰にも気付かれないようにしているのに、彼女は当然のようにその事を知っていた。

「私の力が及ぶ範囲なんて、たかが知れてますから……」

「幻想郷は広いからな……それより私達里の者が、穣子様に余計な苦労や重圧を掛けてるのではないかという方が心配だ」

「え?」

「穣子様を初めてこの里の収穫祭に呼んでからは、毎年豊作続きだ。他の里からも収穫祭に呼ばれていると聞いたが、大変ではないだろうか?」

 慧音さんは言った。それは私の心を読んでなのか、それともただ何となくそう思ったからなのかは分からない。

 でも、その答えは私の中で常に出ていた。


 ……それは「はい」だと。


 毎年たくさんの里から収穫祭に呼ばれ、感謝される度に思う。来年も頑張ろうと……。いいや、頑張らなければならないと……。彼らは私を頼ってくれている。こんなにも弱くてちっぽけな私を。彼らの期待を裏切ってしまったら、もう私を収穫祭に呼んでくれなくなるかもしれない。もう私なんていらない存在になってしまうかもしれない。

 それが何よりも怖かった。

「いいえ、私は大丈夫です。私は……豊かに稔った作物と、皆さんの笑顔が好きですから」

 人間に味方する神様の鏡のようなことを言ってみた。

 でも、私自身はっきりと分かった、それは強がりだと。

「そうか、それならばいいのだが……」

 慧音さんは、そんな私の気持ちなど全て見透かしたように言った。

 そう、全てを見透かしたように……。

 彼女からは、どこか人間とは違う強い力を感じる。聞いた話によると、彼女は人間だが、妖怪でもあるらしい。詳しくはよく知らない。里の寺子屋で子供達に勉強を教える、所謂先生と言う仕事をしているみたいだが、恐らく私程度の神の力など、軽く凌駕してしまうほどの力を彼女は有している。

 慧音さんは私の事を心配してくれた。それは、私が彼女にとって心配すべき、守るべき弱い存在だからなのかもしれない。


バサッ

「わわっ」

 そんな暗いことを考えていた私の背中に、突然何かがのし掛かってきた。

 不意打ちだったのと、そのあまりの容赦の無さに、私の体は前に倒れ込んでしまった。

「こらぁ〜、情けないぞ我が妹。しっかりしろぉ〜」

 私に容赦無くフライングアタックを仕掛けてきたのは、かなり出来上がってしまっている姉さんだった。

「もぅ〜、しっかりしないといけないのは姉さんの方です」

 半ば強引に姉さんを背中からひっぺがし、立ち上がった。

「うわあぁ〜ん。穣子が私を邪険に扱ったぁ〜! うあぁ〜」

 泣きながら近くにあった岩に抱き付く姉さん。もう最悪。つい蹴ってやりたくなったけど、そこは何とか踏み留まった。

「ごめんなさい慧音さん。姉さんは収穫祭を、野外コンパか何かと勘違いしているんです。ほら姉さん、いつまでも泣いてないでしっかりしてください」

 相変わらず、岩に頬を擦り付けながら泣いている姉さん……中々泣き止まない。全く、泣きたいのは私の方だ。

「穣子様、私は別に構わんさ。静葉様の酒乱はもはやこの里の、秋の風物詩になっているからな。里の皆も喜んでいることだし、大目に見てやってくれ」

 慧音さんは、少し苦笑いを浮かべながら言った。

「慧音さんに免じて大目に見ることにします。でも秋の風物詩って……妹の私としては、姉さんがそんな風に言われても全然嬉しくないです。と言うか、凄く複雑です」

 って言うか凄く恥ずかしいです……。

「私は悪いことではないと思うぞ。里が貧しければ、静葉様も今のように酔うことすら出来ないかも知れないのだからな。酒は貴重な品だ。それを惜しげもなく振る舞えるということは、里が豊かな証拠だ。それと勿論、穣子様に感謝している証拠でもあるな」

 尤も、酒を飲んでばかりいるのは静葉様の方だけどな。と、慧音さんは後に付け足した。

「おう〜、慧音ぇ〜、豊かなことは良きことだぁ。二人も飲め飲め〜」

 いつの間にか復活した姉さんが、どこからか持ってきたお酒を私と慧音さんに勧めてきた。目は虚ろで顔も真っ赤である。

「姉さん、私達のことはいいからまたあっちで飲んできてください」

「ああん、穣子は私の酒が飲めないって言うのかぇ〜」

 完全に酔っぱらいに絡まれた気分だ。いや、絡まれたのは間違いないのだが……それが実の姉だというのがかなり嫌な感じである。やっぱりさっき蹴りつけて、暫く再起不能にしておくべきだった。

「別に私は、ここにお酒を飲みに来たわけじゃないんですから。……そりゃ、まあ焼き芋とかはたくさん頂きましたけど」

「あーー、そう焼き芋。ガキ共に聞いたぞぇ〜。私が集めた紅葉で焼いたんだってなぁ〜」

 あっ、うぅ。流石に少し罪悪感はあったけど、手ごろな落ち葉が無かったもので。どうせ姉さんにはバレないと思ってたんだけど……子供達も姉さんに余計なことを。

「えぇと、そのことに関してはちょっと悪かったかな、とは思うけど……」

「穣子には姉さんを敬う気持ちがないのかぇ〜。我が名は秋静葉ぁ〜! 紅葉を司る神なりぃ〜! はっはっはっ〜」

 はぁ〜、この酔っぱらいのどこを敬えと? ……むしろ軽蔑しそうです。


 一通り私と慧音さんに絡んだ姉さんは、再び賑やかな人だかりの中に入って行った。

「うわ〜、阿求様がまた泣きだしたぞー」

「静葉様のワインボトル2本一気飲みだ! すげぇぞ!」

「うわ〜、阿求様の涙で小さな水溜りが完成したぞー」

 人だかりから少し離れた位置で会話する私達のところまで騒ぎは聞こえてくる。暫く収まりそうにない。

「ごめんなさい慧音さん。阿求にお酒飲ませたのきっと姉さんだ……彼女って泣き上戸だったんですね」

「いや、私も初めて知った。そう言えば、阿求様が酒を飲まれることなど今までほとんど無かったからな。飲んだとしてもごく少量だ。……真面目な方だからな」

「そんな阿求にお酒を飲ませるなんて、お詫びの言葉もありません」

「詫びる必要などないさ。阿求様のあんなにも楽しそうな顔を見るのは初めてだからな」

 ただし今は号泣しているんだけど、という突っ込みは流石に入れることができなかった。慧音さんの言っている楽しそうは、恐らくそう言うことではない。

 騒ぎの様子を遠目で確認した慧音さんは「ふふふ」と、小さく微笑んだ。私もそれに釣られるように苦笑した。

「あっ、穣子様に慧音さん。こんなところにいらしたんですか。皆、大変盛り上がってます。御一緒に参りましょう」

 私達を見つけた里の青年が声を掛けてくる。私は主賓としてこの収穫祭に呼ばれたのだから、確かにずっと人だかりを遠くから見ているというのは不自然だったかも知れない。

 それに、何だか少しお腹も空いてきた。

ぐぅ〜

「ぐぁゎっ!」

 声にならない声が出た。恥ずかしい、神様なのに何てはしたないことを……。

「ご、ごめんなさい」

「い、いえ……とんでもないです。何だか親近感がわいて嬉しいです」

 ……親近感?

「静葉様もそうですが、我々人間のお祭りに来て頂けて、それだけでもすごく近くに感じるっていうか何というか……あっ、申し訳ありません。私、失礼でしたか?」

「いえ、そんなことないです」

 ……近くに感じる?

「そうですか、よかった……。あっ、お腹がお空きでしたらまた焼き芋を焼きましょうか。今年も豊作で、芋もたくさん掘れましたから」

「えっ、焼き芋。食べるっ!」

 まるで子供のように返事をしてしまった。どうやら私は、焼き芋という単語に非常に弱いらしい。里の青年もそんな私の反応を見て驚いたのか、少しの間ピタッと動きを止めて目を丸くする。

「そ、それにしても穣子様は本当に焼き芋が好きなんですね。昼時にもたくさん食べていましたし」

「えっ? 私、そんなに焼き芋ばかり食べてました?」

「あぁ、食べてたぞ。それはもうたくさん。2、30個は食べてたんじゃないか。ふふふ……」

 2、30個って! ……そんなに!?

「静葉様は酒をよく飲むが、穣子様は随分と焼き芋に目がないようだな」

「うっ」

 焼き芋に目が無いのは恐らく事実だろう。実際に、今日も相当量の焼き芋を食べているみたいだし……。

 でも、これじゃまるで。

 慧音さんの意地悪そうな顔を見ると次第に、顔に熱が集まって来るのが分かった。

 う、うぅ~。け、慧音さんの意地悪。

「そ、そうですね。私達……似た者姉妹だから」

 私は、溢れ出しそうな恥ずかしさ堪えて答えた。

「あ、あれ? 穣子様、顔が赤いですよ。大分お酒を飲まれましたか?」

「え……あ、はい。少し。……それより焼き芋食べたい、です」

 お酒なんて、本当はこれっぽっちも入っていないのに。

「はい、分かりました。静葉様が集めらた紅葉の葉があるので、あちらに参りましょう」

「あっ! 折角だから、また別に落ち葉を集めませんか……皆で」

「えっ、あ、はい。私は構いませんが」

 青年が頷く。

「私も構わないぞ。あ、そうだな。どうせなら子供達にも落ち葉集めを手伝ってもらうか。それで、皆で焼き芋パーティーだな。うむ、焼き芋は美味しいから子供達も喜ぶぞ」

 そう言うと、慧音さんは私の方を見てにっこりと微笑んだ。全てを見透かしているみたいだけど、とても優しい笑顔。

 神である私が、名前に「さん」を付けて呼ぶ人物。

 どんなに頑張っても、私は慧音さんにかないそうにない。


 よ〜し!

 こうなったら、焼き芋を食べれるだけ食べてやる!


 焼き芋の大食いだったら、慧音さんにだって勝てるはずだからね。

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