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東方連小話  作者: 北見哲平
上白沢慧音 〜 満月の輝く下で
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上白沢慧音 - その7

「慧音先生は自分のことが嫌い?」

 以前夕衣に聞かれたこの質問に、私は「分からない」と答えた。突然聞かれたことなので、もしかしたらあまり深くは考えていなかったのかもしれない。唯、一つだけ確実なことがあるとしたら、あの質問に対して自信を持って好きだと答えられるほど、私は自分のことを好いていなかったという事実だ。あの時の私は、ハクタクの姿を、皆と違う姿を嫌っていたのだ。

 ただ、人間時の自分を嫌いになる理由は特に無かった。だからと言って「好き」だと、恥ずかしげも無く言うつもりはないが、嫌いでないのは確かだった。

 「嫌い」と「嫌いじゃない」が入り混じった結果が「分からない」だった。・・・本当に分からなかったのだ。答えを明確な二値で求められているのであれば、私は恐らく永遠に返答することが出来なかっただろう。しかし、その答えこそが、今の自分自身の不安定さを物語っていたのかもしれない。どれだけ威風堂々たる風貌で振る舞っても、どれだけ周りから尊敬の念を集めても、所詮私もまだまだ発展途上の半獣人に過ぎなかったのだ。自分のことを好きになれない心の不安定さを、私はつい最近知った。

 夕衣も同じだったのかもしれない。

 あの時夕衣は「自分のことが大嫌い」だとはっきり言った。・・・嫌い。自分自身のことを好きでも、好きではないとも、分らないでもなく、嫌いと言い切ったのだ。それはもう、不安定さを通り越して絶望に近いものだったのかもしれない。自分の姿も、感情も、存在すらも嫌悪し、自分に絶望した。しかし、そんな夕衣が私のことを大好きだと言ってくれた。だからこそ彼女は私に救いを求めた。

 自分のことが嫌いで嫌いで仕方がない・・・助けて欲しいと。全てを語らなかったが、彼女は恐らく心からそう願っていたはずだ。・・・しかし、私は夕衣のそんな気持ちに全く気付いてやることが出来なかっただけではなく「自分のことを嫌いなんて言うものじゃない」と、彼女の感情を否定し、突き放してしまった。

 人妖のハーフでありながら、今まで人間と一緒に何の苦労も無く生きてきたと思っていた。私よりもずっと、夕衣は恵まれているのだと・・・そう思っていた。そこに、僅かばかりの嫉妬心が生じていたこともまた事実。今更否定する気は無い。

 こんな私だったからこそ、自分のことが大嫌いと言い切った夕衣を見て、自分が惨めで仕方が無くなった。だったら私は何なのだと・・・。怒りにも似た感情を覚え、それ以上は何も聞きたくなかった。

 いつだって自分勝手な私。夕衣は、私よりも大きな悩みを、私よりもずっと小さい体で抱え、決してそれを溢れさせないように一人で戦っていたというのに。ずっと憧憬のまなざしで私のことを見つめ、私を姉の様にしたってくれたのは・・・本当は夕衣の方だったというのに。

 そんな夕衣の純粋な気持ちと、自分ではどうしようもない絶望感。気付いてやれる切っ掛けは今まで何度もあったはず。

 今思えば、昨日夕衣が見せたあの「ありがとう」が最後のチャンスだったのかも知れない。彼女を疑うことを全く知らなかった私。最後まで信じ、夕衣と誰よりも長く付き合って来て、誰よりも夕衣のことを知っていると自分自身を豪語した。

「慧音先生だったらどんな時でも私を信じてくれるよね」

 夕衣はそんな私に失望することなく・・・。

「慧音先生は、例え里全体が私を疑ったとしても最後まで信じてくれる。・・・だから、そんな慧音先生だからこそ・・・私は大好き」

 それが私だと、そんな私だからこそ大好き。・・・そう言ってくれた。

 でも、夕衣が本当に望んでいたのは、心から願っていたのは・・・そんな私じゃなかった。自分の中にある私の像が、例え翳ることになろうとも、私が疑うことを彼女は望んでいた。その結果、私が夕衣を拒絶しないことを確実に信じてくれた上で・・・。

 いや、恐らく疑う必要すら無かった。ただ夕衣の異変を気遣い、話を聞いてやることが出来ていれば、結末も変わっていたかも知れない。

 私だからこそ分かってあげられていたはずだ。

 嫌いな自分自身を、大切な人に話すのは勇気がいる。だから、夕衣は気付いてほしかったのだ。


 こんなことにも気付けなかった自分が情けないとか、憎らしいとか、愚鈍だとかクズだとか。そんな言葉を思い連ねて、自分自身を責めて、卑下していれば少しは楽になったかも知れない。

 でも、私はもう自分のことを嫌いなどと思いたくはない。夕衣のおかげで、こんな自分も結構捨てたものではないと・・・中途半端な自信ではあるが、はっきり好きだと言えるようになったのだ。ここでまた嫌いになったら、夕衣にも自分自身にも申し訳が立たない。

 だから、私はどんな仕打ちでも報復でも甘んじて受ける。

 死ぬほど後悔してるけど、今は過去を省みて自分を恥じたり、死んだりしている場合ではない。そもそも、私はまだまだ長生きをするつもりだし、そんな逃げの様な言葉を使いたくはない。


 ・・・でも、こんな結末は無かった。

「すまない」

 現実と言うのは、私が思っていたよりずっと残酷なものだったらしい。

 体が氷で固められたかのように硬直する。

 胸が締め付けられるように苦しい。

 体中に杭を打たれたかのように痛い。


 夕衣のお見舞いに来た私が見たものは、冷たい土の道端に血塗れで倒れている仁枝と、その隣に佇み、血のように赤い瞳で私を見つめる少女だった。


「・・・夕衣」

 名前を呼ぶと、少女は私からそっと視線を外す。

「・・・なんだ。慧音先生の方が、私よりもずっと人間的だね・・・分かり切っていたことだけど」

 私の姿のことを言っているのだろうか。夕衣は冷たくそう言い切った。

「仁枝は大丈夫・・・出血は酷いけど命に別状はないはずだから安心して。・・・傷付けた張本人が言うのだから間違いないよ」

 姿形は、いつもの夕衣と同じ。角も無ければ尻尾も無い。ハクタクである私と比べればずっと人間と言えたかもしれない。しかし、今の夕衣からは人間らしさが微塵も感じられなかった。

 圧倒的な妖気が彼女を支配している。・・・まだ若干100歳。幼すぎる彼女には似つかわしくない程の力。もしかしたら、ハクタクの力すら凌駕しているかもしれない。

 これだけの力を、彼女は必死で自分の中に押さえ込んで来たのだ。ずっと一人で・・・辛かっただろう。


 ・・・私は、今回のこと以外にも夕衣に謝らなければならないことがある。



-琴平夕衣

 妖怪である父と、人間である母との間に生まれた人妖のハーフ。当時の人間と妖怪との関係により父は人間の里から追放され、母は妖怪に襲われ幼い時に亡くなった。奇跡的にも彼女は人間の里で住まうことを許されたが、それは彼女が人間である母の性質を多く受け継ぎ、妖怪らしさに欠けていたからである。また、半獣人である上白沢慧音達ての所望によるところが大きかった。


 書に残されていた歴史。

 しかし、これは一部大きな事実が隠蔽された歴史。ハクタクの姿である今なら、それがはっきりと分かった。


 ・・・どうして忘れていたのだろう?


-琴平夕衣

 妖怪である父と、人間である母との間に生まれた人妖のハーフ。強力な夜の妖怪である父の妖力と、人間である母の姿を受け継ぐが、幼い頃に力が暴走して自らの手で母を殺害。その後、父は人間の里を去る。これは半獣人である上白沢慧音達ての願いによるもので、彼女に娘の未来を託したものだと考えられる。その後、自分の力を抑制する術を覚えた彼女は、暫くの間純粋な人間として人間の里で暮らすことになる。上白沢慧音の歴史を食べる能力により、彼女がハーフだと言う事実が隠蔽された結果である。結局、彼女がなかなか年を取らないことにより、数年後には再び人妖のハーフだということが周知の事実となるが、その間特に問題を起こさなかったいう実績が幸いして、人間の里で暮らすことが認められる。


 夕衣が人間と一緒に暮らすことが、果たして彼女にとって一番幸せな選択だったかなんてことは分からない。もしかしたら、あの時、父親と共にこの里を出て行った方が幸せになれたかもしれない。ただ、私にとっては夕衣が必要だった。だから、彼女を守る振りをして側に置いた。自分の能力を過信して、善人面した結果がこれだ。私自身が、この隠蔽した歴史を忘れてしまい、恐らく夕衣は、本当は自分の過去をしっかりと覚えている。歴史を食べる能力は、自分より力の強い妖怪には通用しない。その事実が、夕衣のことを更に苦しめる結果になった。


「私は・・・夕衣にたくさん謝らなければいけないな」


 私がそう言うと、夕衣は静かに首を横に振って、それに答えた。


 私の妖気が、夕衣の妖気と狂気を中和する。

 いつの間にか、場には信じられないほど穏やかな空気が流れていた。

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