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東方連小話  作者: 北見哲平
上白沢慧音 〜 満月の輝く下で
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上白沢慧音 - その6

 私という存在には裏と表がある。裏がハクタクで、表が人間である。ただ、これは私の気持ちの問題だ。人間が裏だと思う事も出来れば、ハクタクを表だと思うことも出来る。また、どちらも表、もしくはどちらも裏だと思うことも出来る。現状を招いたのは、私が醜い妖怪の姿である自分に自信が持てない事実。

 それと同じように、私の能力にも裏と表がある。いや、陰と陽、明と暗と言った方が適切だろうか。ハクタク時には、幻想郷中の歴史を集め、歴史を創作する力がある私だが、人間の姿の時にはそれとは全く逆の力がある。

 ・・・それは、歴史を食べる能力。分かりやすく言えば歴史を隠し、無かったことにし、隠蔽する能力。

 人間がそれを歴史と認識する為には、必ず何らかの理由が必要になる。誰かが何か大きなことを成し遂げた時。人々の心に影響を及ぼす何かが誕生した時。・・・そして、多くの者が争い命を落とした時。

 何も無い所に、決して歴史は生まれない。逆に言えば、どんなに些細なことでも、人の記憶に残る何かが起これば、それは歴史として認識されるのである。別に、幻想郷全体に影響を及ぼすような大きな出来事である必要は無い。

 嫌いだった野菜が食べられるようになった時。ペットの犬が赤ん坊を産んだ時。・・・そして、石につまずいて怪我をした時。想い出レベルでも構わない。それは立派な歴史だと思う。

 しかし、私の能力にとって歴史の大小は関係ない。歴史を食べるとは、人がそれを歴史だと認識するための理由を消してしまうことなのだ。ただそれだけ。既に起きてしまった事実を捻じ曲げることは出来ない。事実は事実として、永久に隠れた歴史に埋もれていくのだ。しかし、されどそれだけなのだ。人間の前から、その事実に辿り着くための過程を破壊すると・・・行き着く先は、結局のところ事実が歪められた虚構。私は、この力を使って人間の目に映る事実さえも操っているのかもしれない。余りにも罪深い能力。ハクタク時の能力と合わせると、一部の例外はあるにせよ、私はこの幻想郷の歴史を好きなように操ることすら可能かもしれない。

 ただ、当然このような力は無暗やたらと使うものではない。私も、その程度のことは心得ている。

 だから、私がこの力を使うのは大切な者を守る時だけ、人間を守る時だけと・・・心にそう決めているのだ。


 本当に大それた能力だと思う。

 私は神ではない・・・少し臆病な半獣人に過ぎないと言うのに。



 満月が次第に夜の輝きに満ち始める時間、私は里の広場に立っていた。ここは、里の中心とも言える場所で、人通りはまだそれなりにあった。提灯の明かりが無くともまだ闇に迷わない程度の明るさが残っているとはいえ、これだけの人通りがあるのは恐らくこの場所だけである。仲の良い恋人同士が夜の散歩・・・などと言うこともよくあるらしい。尤も、例の事件が里で騒がれている間は、皆自重していると思うが。


 よし、昨日夕衣に助言してもらった通り、大怪獣慧音のお披露目といこうじゃないか。

 瞳を閉じて天を見上げる。

 人間とハクタク。確かに私には二つの姿があるが、その二つともが紛れもなく私なのだ。姿が変われど、皆がよく知っている「上白沢慧音」の人格を保つ自信はある。

 そうだ・・・私は別に恐れているわけではない。これからは裏も表もない。胸を張って、どちらも表の私だと断言出来るようになろう。きっと、私は初めからそれを望まなければいけなかったのだ。変に言い訳を考えずに、少しの勇気を持って貪欲に前に進むことが出来れば、私は今よりもずっと人間に近い存在になれる。

 忘れていた・・・普通の少女だった私がずっと人間と一緒に歩んで来れたのは、半獣人の、ハクタクの力が私に宿ったおかげだった。何をする時にも、私は妖怪の力に頼りっきりだったのだ。

 疎ましく思って悪かったな・・・怒るなよ。同じ私だろ?

「・・・うん」

 意を決した私は、ゆっくりと瞳を開けた。そこにはいつも通り私を見下ろす美しい満月。

「ちゅうもーーーく!」

 体中に違和感を感じながらも、私は子供達に号令を掛けるかのように声を張り上げる。その瞬間、近くに居た人々の視線が全て私の方に向けられたのが、感覚で何となく分かった。

 ・・・恥ずかしいな私。こんな広場の真ん中で大きな声を出して、いったい何をやっているのだろう。普段からもっとしっかりしていれば、こんな恥ずかしいことはせずに済んだのだ。・・・私もまだまだ未熟。人間と同じで、これから学んでいかなければならないことはいくらでもある。いい教訓になったぞ。

「うがあぁぁぁーーーー」

 わざとらしく叫び声を上げてみる。この方が、皆は私に注目するだろう。

 そんな私の思惑に対して、回りからは予想通りの反応が帰ってくる。私の異変に気付き、驚嘆の声を上げる者。心配になって、頻りに私の名前を呼ぶ者。

 私は、今この場に居る誰よりも注目の的になっていた。もう後戻りは出来ない。

 そもそも、後戻りをする気など元より無い。

 ・・・さあ皆見てくれ。これが私、上白沢慧音だ。


 ・・・。

 恐らく無事に変化が完了した私。四方八方から人々の視線を感じながら、場に暫し沈黙の時間が流れる。

「け・・・慧音先生?」

「ん?」

 後方から呼び掛けられ、振り返った私の目に飛び込んできたのは、見覚えのある頭。視線を少し下げると、更に見慣れた少女が私を下から見上げていた。

「慧音先生、ですよね?」

「・・・仁枝」

 一番初めに声を掛けてきたのは、偶然にもそこに居合わせた仁枝だった。彼女はやや不安そうな表情を浮かべていたものの、決して私のことを恐れているという様子ではなかった。

「あっ、やっぱり慧音先生。・・・私、今ここを通りかかったんですけど、気がついたら皆が私の方に注目してるみたいで。どうしたのかなって不思議がってたら慧音先生が目の前に居て・・・ちょっといつもと雰囲気が違うなっと思ったんだけど・・・よかったぁ、人違いじゃなくて。あっ、そうか。皆が注目してたのは私じゃなくて慧音先生だったんですね」

 ここまでの経緯をスラスラと話す仁枝。見る限りではいつも通りの仁枝だった。私のこの姿に突っ込む様子すら感じられない。

 もう必要ないとは思ったが一応聞いておく。

「仁枝・・・私のことが怖くないか?」

 私がそう聞くと、仁枝は心底分からないといった具合の表情を見せる。

「どうしてですか?・・・慧音先生が満月を見ると妖怪の姿になっちゃうことなんて、みんな知っていることですよ。・・・それは、いきなり角とかが生えてて少しビックリはしましたけど、それだけですよね」

 仁枝は飄々と、さもそれが当り前であるかのように答える。

 ・・・よかった。

「そうだな・・・ただそれだけだな」

「うんっ。それだけですよ」

 仁枝はにっこりと微笑んだ。

 別に、彼女が世間離れしているのではない。

 私は馬鹿だった。少し考えれば、こんなことは分かり切っていたはずなのに。

 この里に私を嫌っている人なんて一人もいない・・・夕衣は昨日そう言ってくれた。私自身もそう思う。子供達にはよく頭突きを見舞って恐れられているが、それでも嫌われているなんてことはないはずだ。自惚れなどではなく、心からそう思っている。それが、長い時間人間と生を共にしてきた私に対しての、彼らなりの答えだと。私は勝手にそう考えて、そう信じている。だから、仁枝の反応も当たり前なのだ。

 驚いてもいい、怖がってもいい。ただそれを、皆の嫌いじゃない上白沢慧音として認めてくれるのならそれでよかったのだ。そして、それはあまりにも簡単なこと。

 確かに、以前私の姿を見て逃げて行った住人もたくさんいる。至極当然のことだと思う。知らない妖怪と道端でばったり出会ってしまったら逃げるに決まっている。そもそも、そんなことは当然だと分かり切っていたからこそ、私は別にそこまで傷つかなかったのだ。今この場で私を見た皆が、目の前に居る仁枝が悲鳴を上げながら逃げていくかもしれない・・・それとは全く話が違う。

 角とか、尻尾とか、妖怪である理とか・・・そんな小さなことがいくら集まったところで、きっと皆は私を選んでくれる。私には初めからそれだけの自信があったのだ。

 だったら、なぜ私は今までこの姿を皆に見せようとしなかったのか。その理由が、今ならなんとなく分かるような気がする。

 それは、自分が嫌っている裏の姿を、大切な皆に知ってもらう勇気が無かっただけなのだと。ハクタクの姿を鏡に映して、それを勝手に裏だと思い込んでしまったのがそもそも間違いだったのだ。どうして私がこの姿を嫌っていたのか・・・それは、妖怪が人間にとって忌み嫌うべき存在だと言う事実。恐怖の象徴であり、憎しみの対象であるという事実。人間と妖怪がずっと争ってきた事実。私はその事実達を、意味もなく勝手に自分に重ねて、自分自身でこの姿を嫌っていただけなのだ。


 自分が嫌っている裏の姿を、大切な人に知ってもらう勇気が無かった・・・。でも、それが表の姿になった時。すなわち人間達に認めてもらった時。私は、きっとこの姿のことが嫌いじゃなくなる。

 大切な皆に愛されている自分自身の事を、嫌いなんて言えるわけがないじゃないか。

 私が自分自身を好きになる一番の近道は、皆にこの姿を知ってもらうことだったのだ。嫌いだったものが、大切な人に認めてもらうことで好きになっていく。単純なことだけど、私は夕衣に背中を押されるまでそのことに全く気が付かなかった。

 今は、出来るだけたくさんの人にこの姿を見てもらいたいと思っている。


 ・・・夕衣。夕衣のおかげで、私はようやく前に進むことが出来たよ。


「慧音先生、どうしたんですか?」

 私が思考を巡らしている間に、里の広場にはいつも通りに人の流れが戻っていた。時折、人々の驚きの声が飛んでくるが、その度に私はまた一歩前進したと言う実感が持て、更にそれを嬉しく感じた。

「私は大丈夫だ。何も心配はいらないぞ仁枝」

 私がそう言うと、仁枝は軽く首を傾げた。

「それよりも仁枝、こんなに暗くなる時間まで何をしてるんだ。子供はもう帰る時間だぞ」

「えっ、あっ・・・はい。ごめんなさい。今日夕衣ちゃん寺子屋に来なかったから、もしかして病気にでもなっちゃったのかなって心配で・・・お見舞いに行ってたんです」

 あっ、そうか。確かに仁枝はそういう子だったな。

 例の噂が流れていることもあり、現在里の住人は皆、自然と夕衣を避けている傾向がある。彼女に近づくと襲われるかもしれないと、本気で思っているからだ。

 それは、今の状況を考えると仕方ないことだと私も思う。

 ただ、そんな中でも夕衣のクラスメートは違っていた。いつもの様に明るい表情で夕衣に笑い掛けて、そんな皆に対して夕衣も幼い笑顔で笑っていた。

 あれが嘘偽りであるなどと、私には思えない。

 それは、子供が持つ純粋さ故のことかもしれない。ただ、例えそうだとしても、この状況で夕衣の元から離れないでいてくれる存在がいることは、私にとっても非常に嬉しいことだった。

 仁枝は、夕衣と特に仲が良かった。これまで寺子屋を休んだことがない夕衣が突然休んだのだから、心配するのも無理はないだろう。

「そうか・・・。それで仁枝、夕衣の様子はどうだった?」

 本当なら、私も夕衣の様子を見に行くべきなのかもしれないが、今私が行ったところで彼女が笑ってくれる保証は無かった。次に夕衣と会うときは、全てが解決した後にしたかったのだ。

「うん。病気とかそういうのじゃなかったみたい・・・」

「そうか」

「明日はちゃんと寺子屋に来るって、だから心配しなくてもいいって・・・半ば追い出されるみたいに出てきちゃった」

 そう言うと、仁枝は急に不安そうな顔を見せた。そして、何かを懇願するような瞳で私を見つめてくる。

「・・・仁枝?」

「私よりも慧音先生がお見舞いに行った方が夕衣ちゃんはすごく喜んだんじゃないかな。・・・もう遅い時間なので、私はそろそろ帰ります」

 そう言うと、仁枝は無理して笑顔を作り、小さくさようならと呟いて小走りで帰って行った。


 昨日のやり取りを、果たして今日何度思い出しただろうか?

 朝起きたとき。寺子屋に向かう途中。寺子屋で授業を行っている最中。そしてここに来るまでの間。

 夕衣の、あの寂しそうな「ありがとう」を思い出す度に、私の気持ちは深く落ち込んだ。

 ・・・。

 私は昨日別れてから今まで、心のどこかで夕衣のことを避けていた。彼女のあんなにも悲しそうな顔は、もう見たくなかった。だから、私が今夜なんとかすればもう見なくてすむ。・・・そう考えて自分を鼓舞していたのだ。。

 別に、夕衣に拒絶されたなどと思っているわけではない。そんなこと思うはずがない。

 ただ、仁枝が去り際に残した言葉を聞いて、今私自身何て自分勝手なのだろうと思い知らされた。結局私は、自分が傷つきたくないが為に、夕衣の事をほったらかしにしたのだ。今日夕衣が寺子屋を休んだことに関して、少なからず安心感を覚えたのも事実。今一番辛いのは誰かと言うことを忘れ、明日になれば何とかなると・・・そんな軽い気持ちで考えていた。


「私も夕衣のお見舞いに行かなければな・・・」


 完全に日が沈むまでには、まだ少しだけ時間があった。

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