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東方連小話  作者: 北見哲平
上白沢慧音 〜 満月の輝く下で
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上白沢慧音 - その4

「慧音先生は人間が好き?」

 少女は、青く輝く大きな瞳で私を見つめながら問う。

「ああ、私は人間が好きだ。どんなことをしてでも守りたい存在。それが私にとっての人間だ」

 私は即答する。何も迷うことは無い。


「じゃあ、慧音先生は妖怪のことが好き?」

 少女は、青く輝く大きな瞳を、更に大きく見開きながら私に問う。

 私は、即答出来ずに暫く考えて・・・そして答える。

「妖怪は嫌いだ。人間に害を及ぼす存在。天敵だからな。・・・でも、別に夕衣のことを嫌っているわけじゃない。私は夕衣のことが好きだ。夕衣は、私にとって教え子以上に特別な存在だからな」

 少女は照れ隠しの様に少し俯いて、私に言葉を返してくる。

「私も、慧音先生のことは大好き。でも、自分のことは大嫌い。・・・慧音先生は、自分のことが嫌い?」

 ・・・自分のことが嫌い?

 ・・・。

「・・・分からない。でも、嫌いより好きの方が良いに決まっている。だから、自分のことを大嫌いなんて言うものではない」

 私がそう言うと、少女は顔を上げて僅かな微笑みを浮かべる。

「うん、努力してみるよ」



「そう言えば、慧音先生の誕生日っていつなの?」

 放課後、皆が帰った後の教室で、私は夕衣と二人きりで話をしていた。

「ん、どうしたんだ急に?」

「だって、今日琢磨と小百合が凜花先生の誕生日に贈る花で揉めていたでしょ。それで気になって」

「私にも誕生日に花を送ってくれるのか?」

 私は、少し期待を持って聞いた。いつもお世話になっている慧音先生に「お花をプレゼントしよう」。そんな話がクラスで持ち上がっているのであれば、私は涙を流して喜ぶだろう。

「残念だけど・・・」

 ・・・あ、そう。

 別に期待なんかしてなかったのだからな。

「・・・」

 って言うか、どうして隣のクラスの先生に花を送って、私には何にも無しなんだよ!

 あ〜、だんだん腹が立って来た。明日の朝は、クラス全員に拳骨を見舞ってやろうか・・・あっ!

 ・・・って、やっぱり期待してるじゃないか私。

「慧音先生、冬華美人草が好きだって言ってたよね。・・・私もあの花好きなんだ」

 流石。100年生きてればわかる〜。

「あの、可憐でいかにも儚げなところが、私とそっくりだと思わないか?」

 ・・・。

「それで、話は戻るんだけど、慧音先生の誕生日っていつ?」

 ・・・可憐にスルーされた。確かに、何千年も生きて来て、儚いも何もあったものではないが、少しは何か言ってくれてもいいではないか。

 他の教え子、主に琢磨や小百合の前で言うと、間違いなく馬鹿にされたり笑われたりと、色々イライラ感が溜まると思うが、完全にスルーされるというのも、これはこれで地味に痛いものである。

 それにしても、う〜ん、誕生日か・・・。

「申し訳ないが、詳しい日付までは分からない。とりあえず現状は、年が明けるごとに一つ歳を取るということにしている。今更一つや二つ歳を取ったからって、どうなることでもないからな」

「つまり、慧音先生の誕生日は来月の終りってことだね」

 確かに今は11月。私が勝手に決めた誕生日によると、来月の終わりは私の誕生日で間違いない。

「お、やっぱり何か私にプレゼントをしてくれるのか?」

「う〜ん、皆に話してみる。でも、多分皆乗って来ないだろうから、その時は私だけでもプレゼントを考えるよ」

 今度はさらっと酷いことを言ったような気がするけど・・・まあ、とにかくいい子だ。先生は、夕衣の様な教え子が持てたことを、心から幸せに思うぞ。

 うんうん。誕生日プレゼントというものは、例え何千歳になっても嬉しいものだ。流石に夕衣は分かっているな。


 私の目の前であどけなく笑っている夕衣。こんな少女がまさか100年も生きているなんて誰が思うだろうか?

 角も無ければ羽も尻尾も無い。鋭い爪や牙があるわけでも無く、身長も体重も見た目通り、人間の6歳児並みである。どこから見ても、愛らしい人間の少女。

 妖力だって微弱なもので、これでは虫一匹殺せないだろう。体力だって、際立って高いわけではなく、知力も人並みである。

 恐らく、彼女は人間である母親の特性を多く持って生まれてきたのだろう。ハーフと言っても、極めて人間に近く、父親から受け継いだ事は、見える範囲では妖怪の寿命と青い瞳だけのように思える。


 それはそうだ・・・でもなければ、こんなにも自然にクラスになじめるはずがない。夕衣が人妖のハーフだってことは、里の者なら誰でも知っていることだ。

 もし夕衣に角が生えていたらどうだ?尻尾が生えていたらどうだ?


 ・・・やっぱり、人間の子供達は彼女を敬遠するだろう?恐れるだろう?


「確か、夕衣の誕生日は10月だったか・・・100年生きてみてどうだ?短く感じたか?」

 数千年生きてきた私にとっての100年と、人間にとっての100年では全く意味合いが違う。人間にとっての一生の時間は、私にとって、生涯のほんの数十分の一に過ぎない。その数十分の一が、夕衣にとってはこれまで生きてきた全ての時間になるわけだが、彼女がどんな思いでこの100年を生きて来たのか、少し気になるところではあった。

 夕衣は、少し悩んだような表情を浮かべ、暫くしてから答えた。

「100年は、長かったよ・・・すごく。当然だよね、私はまだ100年しか生きていないんだから。でも、慧音先生にとって100年は短いものなのかな?・・・私は、いつまでたっても100年は長いままだと思う。・・・だって、私が10歳の時に一緒に遊んでいた子が、いつの間にかお母さんになって、お婆ちゃんになって、老衰で死んでいく。辛くて悲しかったよ。人間個人といくら仲良くなったって、結局仲良くなった分後で辛い思いをする。それが痛い程よく分かった。でもそれは、意味のないことじゃない・・・むしろ、それはとっても重要なことだと思う。この100年、私は何度もそう言う思いをしてきた。こんなにも重たい100年が、短いものになるなんて、私には考えられないよ」

 夕衣は寂しそうに言った。

 ・・・そうか、夕衣も子供なりに、様々な思いをしながらここまで生きてきたのだな。いや、この里に暮らす、どの人間よりも長く生きてきた彼女を対して「子供なり」と言う表現は適切ではないか。

 夕衣の言っていることは間違ってはいない。私にとっても100年とは、非常に長い時間だ。これを短いと感じるのであれば、決して人間と一緒に生きていけない。私はそう思っている。なので、夕衣が「長い」と感じていることに関しては、素直に安堵している。

 彼女は、これからもずっと、この里で私と一緒に人間達を見守っていけるのだと。時が経っても彼女は変わらない。変わらずそこに居てくれる。私は、そう言う存在をずっと求めていたのかもしれない。


「夕衣は、父親に会いたいとは思わないのか?」

 彼女の父親は、恐らくまだ生きているはずだ。妖怪の父親と人間の母親の間に生まれた夕衣。母親は、彼女が小さい時に亡くなったと聞いた。父親は・・・妖怪だと言う理由だけで、この里から追い出された。今ならどうなるか分からないが、何分100年前の話なのだ。人間の心は100年あれば、様々な変化を見せる。

 100年前の私は・・・私は、この時どうしていたのだろう?どうして、夕衣の父親が村を追われたとき、私は何も出来なかったのか・・・何もしなかったのか?

 ・・・肝心な所がなぜか思い出せない。

「お父さんに会いたいと思ったことは、ここ100年一度も無いよ。学校に行けば皆が居るし、慧音先生だって居る。・・・だから全然寂しくなんてない」

 クラスの皆が居るから、私が居るから寂しくない。・・・それは、あまりにも人間すぎる感情だと思う。そもそも妖怪の、そのほとんどに親と言うものが存在しない。そして、一部の例外はあるにせよ、基本的には孤独である。特に、今の幻想郷は以前よりずっと平和になった。妖怪が、人間を襲うために徒党を組んだりするということも、まず考えられないだろう。

「そうか・・・そう言えば、夕衣が寺子屋で学び始めてもう随分経つな。人間の子供が大体6年で勉強を終了するのに対し、夕衣はもう20年目になるのか」

「慧音先生が許してくれるなら、私は100年でも200年でもずっと寺子屋に通い続けるよ。それで、慧音先生の歴史の知識を全部覚えて、いつか慧音先生の仕事のお手伝いが出来るようなりたいな」

 夕衣は、思いきり幼い表情で微笑む。

 嬉しい以上に、愛おしかった。人間ではない彼女が、人間よりも大切な存在に思えた。


「ああ、楽しみに待ってるぞ」

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