上白沢慧音 - その3
「お前たち、ケンカはヤメローー!」
私の怒声が教室内に響き渡ると、それまでの騒ぎがピタッと収まる。
全く、少し目を離すとすぐにこれだ。まあ、元気があるのはいいことなのだが、だからと言って喧嘩をするのはよろしくない。
ゴツンッ!ゴツンッ!
この喧嘩の主犯格の二人(予想)に拳骨を落とす。鉄拳制裁、頭突き制裁・・・それが私のモットーである。
「ったく、いってぇな〜」
「つつつぅ・・・暴力反対です」
二人は、拳骨が落とされた箇所を痛そうに撫でる。
男の子の方が早良琢磨、女の子の方が上門小百合。二人共、このクラスでは年上の方で、お兄さんお姉さん的存在なのだが、どうもやんちゃが絶えない。
「仁枝、どうしてこんなことになったか説明して」
私は、隣に居た昴仁枝に説明を求めた。仁枝は、クラスの中では決して年長というわけではないが、割としっかりしている。何かあった時には、とりあえず仁枝に聞いてみるのが無難なのである。
「それが・・・もうすぐ凜花先生の誕生日だから、皆でお花を贈ろうって話になったんです」
凜花先生とは、隣のクラスの担任である飛石凜花先生のことである。かなりの美人で、子供達にも人気がある。
「お、いいじゃないか。飛石先生もきっと喜ぶぞ」
「はい、でも何の花をプレゼントするかで揉めちゃって。・・・琢磨君が「凜花先生は絶対薔薇が好きだ」って言うと、小百合ちゃんは「凜花先生は絶対チューリップが似合う」って言うんです」
成程、それでいつの間にか喧嘩に発展したってことか・・・何と典型的な。
「プレゼントなんて、心が籠っていれば何だって嬉しいものだと私は思うぞ。因みに私はだな、この里周辺の森にしか咲かない冬華美人草と言う花が好きだぞ。特に赤い花がきれいなんだこれが」
「何が美人草だよ。慧音先生みたいな暴力先生には、花なんて似合わないんだよ!」
何気に酷いことを言う琢磨。おのれ〜。
こうなったら・・・。
「うわーー、頭突きがくるぞ〜。逃げろー!」
琢磨はそう言うと、教室の窓を開けて一目散に逃げて行った。
チッ、最近私の行動が読まれている。・・・手強い。
「あー、ちょっと待ってよ琢磨ぁ〜」
小百合も琢磨を追い掛けて窓から外に出て行った。
まだ私の授業中だと言うのに、いい度胸である。あの二人は、後で頭突きのお仕置きだな。
私が子供たちに勉強を教えている寺子屋には、4つのクラスがある。別にクラス分けをしていると言っても、年齢別に分けているわけではなく、年も性別も混在したクラスになっている。クラス全体が兄弟の様な感覚になって、非常に良いことだと私は思う。因みに私が担任なのは、今授業を行っているクラスである。細かいことはどうでもいいのだが1組らしい。何が「1」なのかはよく分からないが、問題児の数なら間違いなく1番だろう。
先程教室から出て行った、琢磨と小百合を筆頭に、何かと頭突きのネタが絶えないクラスなのである。
・・・皆、嫌いではないがな。
むしろ、子供はこれくらい元気があった方が、私としては嬉しい。頭突きのし甲斐があるというものだ。
いや違うか。こんなにも生意気で、面倒の掛かる子供達だが、私にとっては本当に可愛い教え子達なのだ。
「もう、琢磨も小百合も本当にしょうがないね。クスッ」
手を口元に当てて上品に笑うのは琴平夕衣。外見は、他の誰よりも幼く見えるが、実際のところは、クラスで一番年長で精神年齢も高い。
そして、私の良き話し相手でもある。
今年の秋に100歳になったばかり。
彼女は、人間と妖怪との間に生まれたハーフなのだ。
この人間の里で、私以外で唯一、妖怪の血が混ざっている人物。母は人間で、父は妖怪だったという。
私とは少し違うけど、きっとこの里では最も私に近い存在。
自然と気が合い、いつの間にか先生と教え子と言うよりは、友達に近い感覚になっていた。