一章 それぞれの戦い
風の城は、大所帯な城だ。
風の王・リティルを中心に、十二人の精霊が現在暮らしている。
風の王妃、花の姫・シェラ。
三つの異世界を貫き立つ次元の大樹・神樹の花の精霊で、世界を動かす為に必要な、源の力を、神樹から常に供給されている。その力を使った固有魔法・無限の癒やしで瞬時に傷を癒すことができる。
ゲートと呼ばれる次元の門を作り出して、世界の様々な場所へ瞬時に移動できるが、神樹の精霊のそれと比べると、精度は低い。
白い光の弓矢を使い、勇ましく戦う戦姫でもある。リティルからもらった風の力と、自身の源の力を混ぜ合わせた必中の矢は、確実に相手を貫く。
守りの魔法に長け、普段は城の守護をしている。リティルの風の力と合わせた盾は、ダイヤモンドよりも硬く、シェラ自身を守る。
グロウタースの双子の風鳥島出身で、元水のクエイサラーという人間の国の姫だった。リティルとは人間の姫時代に出会い、結ばれた。
クエイサラーは魔法の国で、シェラは氷の魔法の使い手でもあったため、精霊に転成した現在も、氷の魔法を使うことができる。
化身の姿はモルフォ蝶。
第一王子、風の王の副官である雷帝・インファルシア。通り名はインファ。
風の他に、雷を操ることができる。
回数制限があるが、次元を切り裂き、ゲートを作り出す固有魔法・次元の刃を使う。その刃で作り出されたゲートはピンポイントだ。
槍の名手で、恐ろしく切れ味のいい、白い長剣も扱う。
頭脳明晰で驚異の記憶力を持ち、大きな事件の際には城の中心で情報解析を行っている。様々な力の理解力も高く、生命力と霊力を相互変換する、固有魔法・生と魔の変換を編み出した。リティルの血により、超回復能力を持っている。
魔法の相談に乗ってくれる彼を慕う精霊達から、精霊大師範という異名で呼ばれている。
化身の姿は金色のイヌワシ。
雷帝妃である、宝石の精霊・蛍石のセリアセリテーラ。通り名はセリア。
幻惑の暗殺者と呼ばれる、宝石三姉妹の末妹で、諜報活動に優れた精霊だ。
三姉妹の固有魔法である、完全に気配を消す絶対隠密。
自身の脆さをカバーする為の固有魔法である、正面からの攻撃をすべて躱す、正面の身躱しを持つ。
宝石の母の証を持ち、様々な宝石の力を引き出すことができる。
インファとセリアしか、存在を知らない、相手から生命力を奪い取る固有魔法・生命奪取を使う。だが、制御不能で暴走中。
胸にある核石から具現化している為、何度壊されても、蛍石から蘇る不死の精霊。
養子の第二王子、空の翼・レイシ。青の獣王の異名で呼ばれる、風の王の懐刀。
太陽光の力の使い手で、炎の大剣、光の片手剣、灼熱のレイピアを扱う。敵の数、力の種類、敵対の意志までをも把握できる固有魔法・見破りレーダーを持つ。
笛の音で、七色の妖精達と、怪力の妖精の女王を呼び出す、歌魔法も操る。
有翼ライオンに化身し、咆哮で太陽光のビームを放つ。
殺傷能力が高い。人間と精霊の間に生まれた混血精霊。
第一王女でレイシの妻である、風の姫巫女・インリナス。通り名はインリー。
父であるリティルの血より、母親のシェラの血を色濃く継ぎ、護りに長ける。
憎しみの力で魔法を使うレイシを、常に癒し続けており、あまり表だって行動しない。
彼女の固有魔法は、レイシの隣。それは、レイシのそばにゲートを開くだけの魔法だ。レイシがどこにいても確実にゲートを開け、その精度はシェラを遙かに上回る。
戦い方はリティルに似ていて、二本のファルシオンを舞うように扱う。
超回復能力を持つ。
浄化能力に優れた、固有魔法・白い風を操れる。
治癒と防御魔法に優れる、城の守護担当。
化身の姿は金色の白鳥。
インファの守護精霊で、風の王の補佐官である、風の騎士・ノイン。
十四代目風の王・インの生まれ変わりで、彼の知識と技を受け継いでいる。
固有魔法・風の糸を自分の周りに張り巡らし、触れるモノに完璧に対応する戦い方で、ほぼ一切の攻撃を避ける。防御魔法にも長け、彼の使う風の障壁は、怪力に定評のあるケルゥでさえも、壊すことが困難だ。
長剣を扱い、一対一の戦いでは上級精霊でありながら、リティルをも凌ぐ戦闘能力を持っている。リティル、インファと同じく超回復能力を持ち、生と魔の変換もやってのける。
化身の姿は、風の王の生まれ変わりの影響で、金色のオオタカ。
風の王の守護鳥・フロイン。ノインの押しかけ女房。
無限に霊力が湧く固有魔法・霊力の泉を持ち、リティルとノインを助けている。
リティルの持つ、精霊の至宝・原初の風の化身で、元々金色のオウギワシとして目覚めた。
人型をとるが、彼女の本当の姿はオウギワシだ。
本体は、リティルの中にある原初の風なので、触れて感じる事はできるが、実は肉体が希薄で意識体のような存在。
風の王の刃で、戦闘能力は高い。戦闘はオウギワシに戻り行う。人型では、鉄扇を扱う。
雷帝夫妻の息子である、煌帝・インジュエル。通り名はインジュ。
生命を作り出す至宝である、原初の風の四分の一の欠片の精霊。
源の力を使い、想像したモノを具現化する固有魔法・想像の創造を使う。
臆病で、武器が扱えないが、体術に長け、反属性を返して相手の武器、体さえも破壊する固有魔法・反属性返しを、両手の平に纏って戦う。
風の城で唯一、命を一度も狩っていない鳥だが、心には殺戮のオウギワシを飼っている。
戦闘能力は高いが、命を奪えない戒めがある。故に、一人では狩りの仕事はできない。
治癒魔法を操り、相棒のレイシを助けている。固有魔法・霊力の泉で、疲れ知らず。
リティル達よりも強力な、超回復能力を持っている。
化身の姿は金色のオウギワシ。
名目上風の王の監視下にある友人、時の魔道書・ゾナデアン。通り名はゾナ。
元風の王・リティルの教育係として作られた魔道書。
グロウタースの双子の風鳥島にある、炎のカルティアで、何代にもわたり宮廷魔道士を務めていた過去がある。リティルとシェラとは、その時からの付き合い。
元となった賢者の影響で、青い炎の魔法の使い手。その他、本体である魔道書に記された大地、光、治癒の魔法と、リティルから贈られた風の最強魔法・インファルシアを使う。魔法のエキスパート。
カジトヴィール、ミリスヴィールと言う名の、二頭のドラゴンを使役し時を操る。三代目時の精霊。
居候で夜の国・ルキルースの精霊である、再生の精霊・ケルディアス。通り名はケルゥ。
再生する為に壊すという驚異の理屈で、拳一つで大地をえぐる。元々破壊と再生を双子の姉と二人で司っていたが、姉の死を切っ掛けに再生のみを受け継いだ。
固有魔法・再生を使い、物質は完璧に壊れる前の姿に戻すことができる。再生できないモノは、魂、命、形のないモノ。致命傷以外の傷は、再生させることができる。
インファに恩があり、彼を兄と呼ぶ。
化身の姿はドーベルマン。部分化身ができ、腕を黒犬のそれに変え、爪で攻撃する。その爪には、再生の精霊となった今でも、細胞を破壊し尽くす破壊の毒がある。
破壊の精霊・カルシエーナ。通り名はカルシー。
ケルゥの姉から破壊の力を受け継ぎ、精霊となった人間。
破壊と再生は元々一つの力だった為、分かたれたカルシエーナとケルゥは、夫婦を超越した関係。便宜上、恋人関係であると説明する。
何でも破壊する変幻自在の髪を使い、戦う。その髪には、破壊の毒がある。自分が破壊その者であるため、彼女の存在に傷をつけることはできない。彼女を滅することができるのは、再生の精霊である、ケルゥだけ。
風の王夫妻を慕っていて、父、母と呼んでいる。故に、インファのことも兄と呼ぶ。
化身の姿はユキヒョウ。
そして、風の王・リティル。烈風鳥王の異名を持つ、十五代目風の王。
歴代王の中で一番背が低く、一番華奢、そして、見た目年齢が一番若い。
両翼に、生の翼・インサーリーズと死の翼・インスレイズを飼っている。
体内に持ち守護する精霊の至宝・原初の風から、固有魔法・霊力の泉の恩恵を受ける。
超回復能力を持ち、生と魔の変換も難なくやってのける。
様々な鳥を使い、情報収集、監視、時には攻撃もする。
妃のシェラと繋がる、一心同体ゲートを通して、無限の癒やしを与えられる。
二本のショートソードを操り、スピードを生かした戦い方をするが、防御に無頓着で、よく怪我をする。
魔法に苦手意識があるが、実は攻撃系の風魔法に関しては天才的。その他、ただ、綺麗なだけの魔法も得意。
十四代目風の王・インの魂と、グロウタースの半獣人種・ウルフ族の体を融合させて、生み出された精霊。グロウタース双子の風鳥島出身。十四代目風の王・インとは、親子関係。
化身の姿は金色のオオタカ。
レイシとインジュが、リティルを迎えに行く為に、風の城を出たのは、一日前だった。
レイシはその時、ルディルを含む十二人全員が揃っていたと記憶している。
一旦解散したが、そろそろリティルが戻るだろうと、応接間に皆が戻ってきたのが、事が起こる数時間前だった。
皆で和んでいると、四人がけのソファーに座っていた、中性的ながら男性寄りの容姿の美しい風の精霊が、その金色の切れ長の瞳を険しく虚空へ向けた。二十五才くらいの容姿年齢で、金色の長い髪を、肩甲骨の辺りから緩く三つ編みに結い、雄々しい金色のイヌワシの翼の間に、その髪を流していた。
「どうした、インファ?」
オレンジ色の髪を伸ばしたい放題伸ばした、粗暴な見た目のルディルが、正面に座っていたインファの様子に気がついて、声をかけた。
「ルディル、少し出掛けてもいいですか?炎の領域に、何か動きがあります」
インファはスクッと立ち上がった。
「隠すな、インファ。風はなんて言ってきやがった?」
元風の王でも、もう風の王ではないルディルには、風の声は聞こえない。ルディルは、風からメッセージを受け取ったらしいインファに、内容を尋ねた。
「炎の王に、反乱の兆しあり。信じられますか?あのエセルトですよ?」
炎の王・エセルト。精霊史が始まったときから、一度も代替わりしていない古参の精霊だ。
精霊の世界・イシュラースの昼の国・セクルースは、ほとんど動きのない世界だ。真面目に存在理由だけをこなしていれば、風の精霊以外は命を失う危険はおそらくない。
エセルトは、これまでずっと炎の力を真面目に治めてきた。戦う事を運命づけられ、すぐに代替わりしてしまう風の王たちとも、これまで仲良くやってきた。そしてリティルとは、本当に仲がいい。そんな彼が、反乱。反乱の鎮圧に出るのは、風の城だというのにだ。
「む?インファ、水と大地にも反乱の兆しだ」
ルディルの隣に座っていた、額から鼻までを覆う仮面をつけた、ミステリアスな風の精霊が立っているインファを見上げた。金色の髪は短く、容姿は二十八くらいだ。仮面越しに、涼やかで包容力のある眼差しが覗いていた。風の騎士・ノインだ。
「ええ、受け取りました。各王を同時に訪問してみますか?エセルトは、オレ。ユグラにノイン。メリシーヌにはルディルでどうでしょう?」
「太陽のオレがエセルトじゃねぇ?オレがメリシーヌんとこ行ったら、水を蒸発させちまうわ」
「それくらい、コントロールしてください。本当に反乱の意志があるのなら、あなたが行けば牽制になるでしょう?」
風の王の副官と、元風の王で現在代理の王のルディルの話し合いに、ルディルの隣に座っていた、青い光を返す黒髪の美しい、少女のような可憐さを残した美姫が、控えめに割って入ってきた。風の王妃・シェラだ。
「メリシーヌの所には、わたしが行くわ。初めから威圧感を与えるより、いいでしょう?いざとなれば、氷の魔法で牽制するわ」
女性は女性同士のほうがいいわと、シェラは言ってくれた。水の王・メリシーヌは、四王の中で一番争いに縁遠い。風の王妃であるシェラなら、使者としての役目も、友人としての訪問という手も使える。
ではと、インファは後ろを振り向いた。インファの後ろにも、ソファーがありそこには、妹たちが座っていた。
「インリー、王妃と行ってください。期待していますよ?」
母親譲りの黒い長い髪を一本の三つ編みに結い、金色の白鳥の翼の間に流した、十七才くらいの少女に、インファは声をかけた。インリーは、左右で違う金色と紅茶色の瞳を兄に向け、歯切れよく返事をした。踊り子である彼女は、隠すところしか隠していない軽装で、右胸から腰にかけて、金色の鳥のタトゥーを入れていた。
「はい。行ってくるね、お兄ちゃん」
レイシとやっと心を通わせ、霊力を交換したインリーは、未だにレイシ以外に力は使わないが、その潜在霊力はかなり高い。護りに長けた彼女が一緒なら、最悪攻撃されたとしても難なく退却できるだろう。
「母さん、くれぐれも無茶しないでくださいよ?あなたは今、父さんとの繋がりを断たれた状態にありますから」
大地の礎を使い、大地と完全に同化したリティルの肉体は一度完全に消失した。その影響で、シェラが生涯ただ一人の肉体に開くことのできる、一心同体ゲートも消えてしまった。今のシェラは、リティルから風の力をもらうことができず、花の姫の力しか使う事ができない状態にあった。
一心同体ゲートの消失で、風の王の護りを失ったシェラは、魔物からも狙われるようになり、一時城から外に一歩も出られなくなった。ルディルと風の城はいろいろ手を尽くしたが、どれもあまりいい効果を生まなかった。それを解消したのが、インリーだった。インリーは護りに特化した姫だ。そして、風の王・リティルの血を引いている。彼女は、シェラのそばにいるだけで、風の王の護りの代わりになることができたのだった。
「わかっているわ。手に負えない相手だと判断したら、きちんと逃げるから安心してね」
シェラは、とても戦姫と呼ばれているとは思えない、フワリと花の綻ぶような笑みを浮かべて、インファに答えた。そして、インリーを促して、ソファーから離れると、ゲートを開いて潜って行ってしまった。
二人を見送り、インファがソファーに視線を戻すころ、ノインがルディルに提案していた。
「ルディル、城でリティルを待て。今風の王の代理だとしても、皆の目にはやはり貴殿は太陽王だ」
ノインも長身だが、ルディルとは十センチ弱違う上に、細身だ。ルディルと並んで座ると、ノインも随分華奢に見えた。
「わかってるねぇ。さすがは、元風の王」
「オレが風の王だったことは一度もない。ルディル、何度も言うが、リティルの前で、十四代目とオレを、混同するような発言はするな」
ノインは、少し複雑な目覚め方をした精霊だった。蘇ってしまった十四代目風の王が、息子であるリティルの心を守る為、インファの霊力をもらい、彼の守護精霊として生まれ変わったのだ。その容姿は、十四代目風の王・インその者だ。故にノインは、孫という立場で、遺伝子的にインに似ている、インファとの混同を避ける為もあるが、インとうり二つのその顔を仮面で隠し、長かった髪も短く切っていた。
「過保護だねぇ。リティルが気にするとは思えねぇわ。けどまあ、おまえの気持ちは汲んでやるさ。で、おまえはどっちに行く?」
ルディルはからかうような色を、その荒々しい瞳に浮かべながらそう問うた。ルディルの問いを代わりに拾い、インファが答えた。
「ノインは、フロインとセリアを連れて、ユグラを訪ねてください」
「え?待って!わたしも行くの?」
立ち上がったインファの隣に座っていた女性が、驚きの声を上げた。ピンク色の髪のインファと同い年くらいの女性で、左右で違う緑と青色の瞳をしていた。雷帝妃・セリアだ。
「ノインはあまりフロインを同伴しませんから。あなたについて行くフロインに、ノインが巻き込まれたことにすれば、ユグラの警戒心は薄れるでしょう。風の話では、皆さんまだ、風に情報がいっていることに、気がついていないようですし」
のんきですねと、インファは普段の、暖炉の火のような温かな眼差しから、火を消して、冷たく微笑んだ。
「で、でも……」
セリアは、どこかオドオドしながら、ノインをチラリと見た。
「どうしました?何か、後ろ暗いことでもあるんですか?」
見下ろす、インファの声が、この上なく鋭かった。普段寛大で、優しい彼から想像もつかないほど、トゲがあった。その声に、セリアは言葉を紡げなかった。傍観していたノインが、小さくため息を付くのを、彼の腕に腕を絡めて、くっついていたフロインが気がついた。今、ノインが雷帝夫妻の間に割って入るのは、よくないのでは?フロインはそう思った。
『インファ、記憶の保管所に用事があることにすれば、セリアではなく、カルシエーナという人選もできるわよ?』
キラキラ輝く金色の波打つ髪を、花の髪飾りで飾った、神々しい女神のような姿のフロインが、夫の代わりに険悪な空気に割って入った。名を呼ばれたカルシエーナが、インファの後ろからソファーの背もたれに手を置いて、ヒョッコリ顔を出した。カルシエーナは、本が好きだ。記憶の保管所は、イシュラース1の図書館でもあった。
「お兄ちゃん、わたしのこと使ってくれていいよ。セリアと二人で、エセルトのところ行けばいい」
インリー、レイシと同い年くらいの、黒髪の美少女は、赤黒い血のような色の瞳で、気遣うようにインファを見上げた。インファの鋭い瞳に、少し怖がっているのか、彼女の尻に生えたユキヒョウの尾が、ぎこちなく左右に振れていた。
「あなたでは、戦闘系に振りすぎです。人選に変更はありません。ノイン、行ってください」
インファは、カルシエーナには、普段の温かな眼差しを返し、ノインには副官の表情に、瞬時に切り替えた。それを見たノインは、インファは不信感と怒りを持っていても、冷静な副官・インファだなと思った。これなら、まだ、こちらの話を聞いてくれるかもしれないなと、淡い期待を抱いた
「了解した。だがインファ、戻ったら話をしよう」
ノインは腕を絡めて座っていたフロインを促すと、ソファーを立った。インファは答えず、顔も見なかった。
「インファ――」
「オレはあなたを、心から愛していますよ?」
鋭く射貫かれて、セリアはそれ以上言葉をかけられなかった。そっと寄ってきたフロインに腕を取られ、セリアはノイン達と行くしかなかった。
四人のやりとりを見ていたルディルは、まだ拗れたままだったのか?と、小さくため息を付いた。
「おう、インファ!セリアがノインに気安いのは、今に始まったことじゃねぇだろう?どうしたんだ?おまえ」
出会ったころと比べると、極度の照れ屋のセリアが、こうして、インファの隣に座っているだけでも、もの凄い進歩だ。インファが婚姻を結ぶ前から、セリアはノインとリティルには気安かった。だが、彼女が見ているのは、インファだけだ。それは、城の誰もが知っていた。そして、インファも疑っていなかった。ルディルはそう思っていた。
そもそも、インファは、夫の顔が綺麗すぎて、直視しがたいと言って逃げ回るセリアを、今までずっと笑って許していた。それなのに、なぜ今頃になって、それが許せなくなったのだろうか。ルディルには、歯車を狂わせた切っ掛けが、わからなかった。
「……あの二人は、過去に関係があります」
インファは、抑えているが、怒りを滲ませた瞳で俯いた。その様子は明らかに嫉妬していた。理性的で、セリアの手すら握っている姿を見たことのなかったルディルは、インファの中にもそんな感情があるのだと初めて知った。
「おいおい、兄ちゃん!ノインとセリアは、あの時、断崖の城で会ったのが最初だぜぇ?それは、オレ様が保証するぜぇ!」
一番端の一人がけのソファーにいた、白銀の短い髪の大男が、慌ててノインを庇った。再生の精霊・ケルゥだ。
「ノインではありませんよ。インです。それを、二人は隠しているんです。それは、なぜですか?」
セリアは過去の記憶の大半を失っているために、インとの記憶はないにしても、ノインにはあるはずだ。セリアが人前で抱きつくのは、リティルとノインにだけ。リティルはまあいいとして、インファの弟であるレイシとは、異性だからと常識的な対応をするのにだ。セリアは、息子のインジュにも抱きついたりはしないのに。何かあると思う方が普通だ。
「そりゃ、ノインにとっちゃ他人の記憶だからじゃねえ?あとなぁ、十四代目はノイン以上に誠実だぞ?あいつが、宝石三姉妹と関係を持つなんて、ベタなことしてたとは思えねぇわ」
ルディルは、太い腕を組んでソファーに深く背を沈めた。
「お兄ちゃん、どうして、それに気がついたの?セリアかノインが、そう言ってたのか?」
カルシエーナが、カラスの濡れ羽色の髪の間から覗く、ユキヒョウの耳をピクッと動かして、首を傾げた。
インファは力なく、首を横に振った。その様子が、酷く疲れて見えた。
「いいえ。確証はありません。すみません……頭を冷やす意味でも、エセルトの所に行ってきます」
ドサッと音がして、皆は暖炉の方を見た。
暖炉のそばには、肘掛けのついた椅子と、丸いテーブルが置かれている。そこを定位置と定めているのは、魔女のようなつば広の三角帽子をかぶった、三十過ぎの容姿の男。時の魔道書・ゾナだ。
コバルトブルーの鱗を持つトカゲ型のドラゴンと、しなやかなコバルトブルー色の体を持つ蛇型の龍を従えた、ゾナは、広げていた分厚い魔道書を、わざと音を立てて置いたようだった。
「インファ、オレを同行させたまえ。知識欲の塊の君とオレならば、物見遊山の言い訳が立つのではないかね?」
知的に穏やかに、ゾナはインファのお守りを買って出た。
「しかし、あなたは魔道書です。炎は……」
おやおや、記憶力と分析能力に長けた君が珍しいと、ゾナは微笑んだ。
「忘れたのかね?オレは、青い炎の賢者だ。マグマ如きに、燃える本ではないよ。行こうではないか、インファ。オレなら、移動も楽させてやれるのでね」
二頭のドラゴンを侍らせて、ゾナが歩み寄ってきた。
「ありがとうございます。ゾナ……」
インファの素直な態度に、ゾナはフフと微笑むと、トカゲ型のカジトヴィールの背に乗った。そして、インファにミリスヴィールに乗るように促すと、瞬間移動で消えた。
時を操るゾナは、移動にかかった時間をなかったことにして、短い瞬間移動を繰り返すのだった。
皆を見送って、ソファーに残ったルディルは、再びため息をついた。
「オレじゃ、把握しきれんわ。よくこんなこと、インファとリティルはやっていやがるな」
ルディルにもハルの愛称で呼ばれる妻があるが、子はいず、風の王時代はほぼ一人で仕事を行っていた。歴代の王たちもそれは同じで、十五代目になって、この、主がほとんどいたことのないこの城は、賑やかになった。ほとんどが、リティルの血縁だが、破壊と再生のようにそれ以外の精霊も居候している。
「リティルのヤツ、早く帰ってこねぇかねえ」
雷帝夫妻の不和は、半年かもう少し前からだ。
セリアが、インファからノインに逃げることなど、端から見ればいつも通りの日常だった。だがおそらく、インファの心には、ずっと不信感があったのだろう。あの二人は、同い年だったなら双子だろうなと容易に想像がつくくらい、よく似ている。実際は、ノインの方が三つほど年上で、背も高い。人間基準なら、その容姿の類似は兄弟だ。
セリアは精霊史の始まった頃から生きている、古参の精霊で、十四代目風の王と接点があってもおかしくない。インは特に、セリアの属する夜の国・ルキルースに、知り合いが多かった。
インファに対して、過剰とも取れる反応を示すセリアは、ノインとは気軽に言い合いをして、気安く触れる。男女の情はまるで感じないが、インファが違和感を持ってもおかしくはなかった。
それが今まで爆発しなかったのは、リティルがいたからだろう。
セリアは、リティルにも気安い。
リティルがいたころは、セリアの避難場所は、リティルとシェラのところが多かった。それが、リティルが不在となり、リティルとの繋がりをなくしたシェラは、心なしか元気がなかった。セリアは、そんなシェラを頼ることができず、自然とノインに、逃げることが多くなってしまったのだ。
副官として、リティルがいたときと変わらず、城を切り盛りしているようなインファも、精神的負担を感じていた。風の王・リティルを失って、一番疲弊していたのは、インファだったのだろう。
ルディルの話を聞いていたリティルは、思わずおい!とツッコミを入れていた。
「雷帝夫妻、喧嘩してるのかよ!恋敵がノインって、おまえ……作り話だよな?」
インファとノインの信頼は堅い。お互いに妻がある者同士、セリアが不和をもたらしているなど、にわかには信じがたかった。五年より以前、リティルは隣に座るセリアに寄りかかって、戯れていたインファを目撃している。あの二人は、見ていないところではイチャイチャしているのだ。それが、五年で食い違うか?とリティルは、ちゃんと愛を育んでいる雷帝夫妻を知ってるだけに、信じられなかった。
「父さん、父さん、食いつくとこそこなの?何時間前のことか知らないけど、誰も帰ってないことじゃなくて?」
次男のレイシが、ジロリと鋭い紫色の視線を向けてきた。しかし、リティル同様、あまり心配しているようには見えなかった。
「あのー、ケルゥとカルシエーナは、どうしたんです?」
煌帝・インジュが、控えめに会話に入ってきた。
インジュの言葉に、ルディルはサラリと答えた。
「ああ、奴らはルキルースに行ったぞ?」
「どうしてです?」
「ユグラ達の用意した戦士の姿がな……」
ルディルは言いにくそうに、視線を上に向けた。リティル達もつられて視線を向ける。
そこには、風の城に暮らす人々が描かれた絵があった。その隣に、見慣れない三人の男性と一人の女性に囲まれたリティルが描かれた絵があった。
「リティル、おまえ、誰に会いてえ?」
その絵には、リティルを風の王へと育ててくれた、三人の父親とその妻が描かれていた。
リティルに魂を譲り渡し、リティルの心に住み着いて、息子として導いた、十四代目風の王・イン。
シェラの命を救い、リティルを九年で風の王に育てる為、リティルに過酷な運命を突きつけた、ウルフ族のビザマと、その妻であるサレナ。
一時すべてを失ったリティルを保護し、その命を持って、リティルの中の眠れる闘志を呼び覚ました、狐の獣人種・フォルク族の元騎士であるドルガー。
戦士の姿は、彼等だったのだ。




