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九章 フェイユVSシェラ

ラウンド1 残留思念集合体 対 風の王・リティル、剣狼・ティルフィング

ラウンド2 ネクロマンサー・フェイユ 対 雷帝・インファ

                     剣狼・ティルフィング

無常の風、司書・ビ・ウジ=生前の名シャビ

無常の風、門番・シャ・ファン=生前の名ファウジ

 インファは、応接間の机の上にある、水晶球が光を発するのを見て、すぐさま答えた。

「首尾はどうですか?母さん」

『すこぶるいいわ』

通信の相手はシェラだった。シェラは青い光を返す黒髪を、ポニーテールに結い上げていた。勇ましい母の様子に、インファはフフフと楽しそうに微笑んだ。

『リティルはいつも通りかしら?』

「変わりありませんよ。そろそろ、帰って来ればいいと思いますよ?」

シェラが風の城を出て行って、九ヶ月が経っていた。

『フツの所にいたほうが動きやすいわ。あなたも、動かしやすいでしょう?最近、出撃命令が増えているわ?』

「敵いませんね。けれども、どうやって父さんを避けているんですか?母さんの居場所、把握しているんですよ?」

風の城を出たシェラは、神樹に帰らず剣狼の谷に身を寄せた。そして、彼女はリティルに印をつけたネクロマンサーを、独自に捜していた。風の城とは連携していて、剣狼の女王・フツノミタマは、剣狼達を使い魔物狩りも、シェラと共に手伝っていた。

『ゲートを使えば造作もないわね。夜は剣狼の谷にいるのだから、会いに来てもいいのよ?』

今のシェラは、記憶を失う前よりも、ゲートの扱いが、巧みになった。主要な場所の動かない物の座標をあらかじめ調べ、そこへめがけてゲートを開く技を編み出し、おそらく、風の城の応接間にも直接ゲートを開ける。

固定ゲートは、昔のシェラも構築しようとしていたのだが、上手くいかずに、苦労していたとインファは記憶していた。おそらく、花の姫ではなかった、人間だった頃の記憶が邪魔をしていたのだろう。それをなくし、生粋の花の姫となっている今のシェラは、不安定なゲートの力を、機転を利かせて精度を上げることに成功していた。

「剣狼達を何頭相手にすれば、母さんにたどり着けるんですか?そろそろ父さん、病みますよ?」

城を出てからシェラは、風の城と連絡は取るものの、リティルとは逢わずにいた。

『それは困るわね。病んではダメよと釘を刺しておいて。そろそろ行くわ』

「了解しました。母さん、ノインが谷に行きます」

『わかったわ。待っているわね、インファ』

シェラは笑うと水晶球から居なくなった。

 フウとインファは、優しい瞳で小さくため息を付いた。シェラの記憶は依然戻っていない。戻るはずはないのだ。彼女の記憶を消したのは、記憶の精霊・レジナリネイなのだから。けれども彼女は、すでに呼んでいるレイシ以外の子供達が、母と呼ぶことを許してくれた。

しかし、一心同体ゲートを開き、リティルと霊力の交換までしたのに、リティルとは逢おうとしなかった。リティルを傷つけたからというが、頑なな母には、それ以外に理由があるのだろうなと思いながら、インファは帰ってこない母と連絡を取り合っていた。

「今の相手、シェラか?」

席を外していたリティルが、戻ってきた。九ヶ月前、驚異のスピードですべてを回復させたリティルは、一心同体ゲートを頼りにシェラのもとへ飛んだ。しかし、一人で帰還した。

シェラに拒まれたのだろうなと、城の皆が察するほど、リティルは落ち込んでいた。

程なくして、シェラの方から連絡があり、情報交換をしたいから、定期的にノインを寄越してほしいと言われた。

「ええ、元気でしたよ?今日はミストルティンと魔物狩りでした。父さん、そろそろ迎えに行きませんか?会いに来てもいいと言っていましたよ?」

「それ、剣狼何匹相手にしろって、言ってたんだよ?」

リティルは、インファの言葉に、苦笑しながら答えた。

「けど、捕まえに行くかー。そろそろ、一年前の借り、あいつに返してーしな」

「ノインが谷に行くことになっていましたが、父さんが代わってください。仕事はちゃんとしてくださいよ?」

「了解。雷帝、おまえの信用は裏切らねーよ」

リティルはそう言って、ニヤリと笑うと翼を広げて飛び去った。そんな元気な父を見送って、インファはニッコリと微笑んだ。

 九ヶ月前、ネクロマンサーに印をつけられた時、インファはリティルを助けられないと思った。それほど、絡みついた印がリティルの魂に食い込んでいたのだ。死人のように体温をなくし、魂を徐々に握り潰されていくリティルを、ただ見ていることしかできないと思っていた。

それをシェラは救ってくれた。

 風の城にある図書室で、徹夜でネクロマンサーの印について調べ、何の成果も得られないまま、日の昇る少し前から応接間にいたインファは、早朝、姿を現したシェラに会った。

よほど酷い顔をしていたのか、隣に腰掛けたシェラは、とても優しい顔で、昔のように頭を撫でてくれた。安心させるように。

――リティルは、無事よ。わたしが、死なせないわ

そして、気丈な瞳で言ったシェラに、インファは思わず泣いてしまった。

――母さん……すみません……!

シェラを傷つけたと思った。皆の無言の期待が、シェラを動かしてしまったと思った。偽りとはいえ、持つ者にとっては真実でしかない記憶。自分を辱めた相手に抱かれに行くなんて、そんなことをさせてしまったと思った。深々と頭を下げて詫びるインファを、シェラは抱きしめた。記憶をなくす前のように、柔らかく、どこまでも優しく。

――大丈夫よ、インファ。わたしの記憶を、あの人は打ち砕いてくれたわ。そして、最後まで守ってくれたわ。インファ、わたしはあなたのお父さんに守られたのよ

代わりに酷く傷つけてしまったと、シェラは辛そうに瞳を伏せた。

――インファ、わたしは城を出るわ

――なぜですか!今父さんを置いていけば、さらに傷つけますよ?

――わたしが……そばにいられないの……

顔が、まともに見られないと、シェラは薄ら涙を浮かべて目を伏せながら、切なそうに微笑んだ。

――インファ、リティルにわたしの霊力が馴染むまでに、時間がかかるわ。三日は最低眠らせて

リティルは、魂までも傷つけられていたと、シェラは怒りに震えながら語った。そして、しばらくは注意してと言い残して、城を出て行った。

 その後、連絡を受けたのは次の日の朝だった。フツノミタマと話をつけたから、風の城と連携してネクロマンサーを捜すと言ってきた。

そして、リティルに居場所を話してもいいが、逢う気はないとキッパリ告げてきた。そして、シェラはインファに、記憶はないけれど昔のように母と呼んでと言ってきた。

それから連絡を取り合うたびに、シェラはリティルの事を聞いてきた。

シェラの想いを感じて、城に戻っては?とたびたび進言してみるが、シェラは頑なに帰らないと言い張り、あと数ヶ月で一年が経ってしまう。

シェラに華麗に避けられて、二人はこの九ヶ月、逢うどころか、一言も言葉を交わしていないだろう。

一心同体ゲートは開かれていたが、シェラは話しかけても、答えてくれないと、愚痴っていたから。

リティルも仕方ないと諦めている節があり、強行なことはしていない。その父が、今日重い腰を上げた。おそらく母は逃げられない。オオタカの狩りはしつこいから。

 やっと、シェラが帰って来るかもしれないなと、インファはソファーに深くもたれると、ため息を付いた。


 剣狼の谷の、フツノミタマが用意してくれた専用の天幕で、シェラは来客を待っていた。

緊張していた。湯浴みも済ませて、髪も梳り、きちんと身を整えた。水盤に張った水に、香りのいい花を浮かべて、心待ちにしていたことを悟られないように、出入り口に背を向け、彼が入ってくるのを待った。

彼が来ることは、わかっていた。彼本人が行くと、一心同体ゲートで伝えてきたからだ。

「フライングよ?リティル」

シェラは振り返ると、戦姫の瞳で微笑んだ。

「はは、そう言うなよな。けど、そろそろ君にアプローチかけねーと、インファが不信に思うだろ?」

君もそう思ったんだろ?と、行くと事前に伝えたのに、逃げずに留まっていたシェラに、リティルは苦笑した。

「ええ、そうね。まだ知られるわけにはいかないわ。リティル、近づかないでと言っても、あなたは聞かないわね」

リティルは、開いていた入り口の布を下ろして、天幕を閉ざすと、佇んでいるシェラの前に一直線に進んだ。そして、自然にシェラを抱きしめた。嗅ぎ慣れた、花の香りがした。

「シェラ、君は辛くねーのかよ?」

「平気よ?けれどもリティルは違うわ。印が共鳴して痛いでしょう?」

そう言いながら、シェラはリティルの背にそっと手を這わせた。

「はは、痛覚なくしてくれよ。できるだろ?」

リティルの体に刻みつけられた、ネクロマンサーの獲物の印が脈打つたび、刺すような痛みが襲った。それでも、シェラに触れないという選択肢はリティルにはなかった。逢えたのは、本当に九ヶ月ぶりなのだ。

「ダメよ。あなた、一度許せば堪えられなくなるでしょう?わたしに触れたいなら、我慢して。一時的な癒やしならあげるわ」

そう言ってシェラは、肩に顔を埋めているリティルに顔を上げさせると、そっとキスをした。流れ込んできた癒やしの力が、リティルに刻みつけられた、印の疼きを鎮めてくれた。

「シェラ……君はホントにビ・ウジが怪しいと思ってるのかよ?」

シェラはお茶を入れると言って、リティルから離れた。リティルは遠慮なく、絨毯に胡坐を掻いて座り込んだ。

「わからないわ。けれども、フェイユの共犯になれるのは彼しかいないわ。残留思念は捕らえたけれど、彼女に近づくにはまだ理解が足りないわ」

急須で緑茶を入れ、シェラはリティルの隣に座った。

「あんまり無茶するなよ?あの時も、気が気じゃなかったんだぜ?」

シェラの入れてくれたお茶を飲みながら、リティルは彼女の黒髪に手を伸ばした。

「あなたが、間の悪いときに来るからいけないのよ。ゲートで来ないでと警告したでしょう?」

リティルに髪を遊ばれながら、シェラはツンッとして、お茶を飲んだ。

「そんな言葉聞けるかよ!あんなことされた後だったんだぜ?目が覚めたら、君はいねーし、追いかけるだろ?普通」

「あんなことした後だから、あなたの顔、まともに見られないわ。逃げるわよ?普通」

二人はしばし見つめ合って、そして明るく笑った。

「なあ、シェラ、フェイユの狙い、ルディルでほぼ確定か?」

「ええ、おそらく。待って!まだ話は終わっていないわ」

 リティルが体ごと近づいてきて、シェラは絨毯の上に押し倒されていた。

リティルと触れ合えることを、期待していた。それは、リティルも同じだったのだとわかって、嬉しくて、恥ずかしい……。

「まだ君を説得できねーで、追い返されねーといけねーんだろ?あんまり二人きりでいるわけにはいかねーじゃねーか。シェラ、一年前の借り、返させろよ!安心しろよ、話はちゃんと聞くからな」

逃げたきゃ逃げろよ。と、リティルは意地悪に微笑んで、シェラを至近距離から見下ろしていた。

逃げるわけないわ。そう思って、けれどもシェラは、無駄な抵抗を試みた。

「九ヶ月前よ!わ、わたしがどこまで話したのか、わからなくなるわ……!」

シェラがリティルの下で、切なそうに身を震わせた。期待と、流されてはいけないと戒める心がせめぎ合っているような瞳で、シェラはリティルを見上げた。

そんな目で見られたら、押し流すしかねーじゃねーかと、リティルはシェラの頬を撫でた。

「大丈夫。オレが質問してやるから、君は答えてくれるだけでいいんだぜ?」

リティルのくれたキスが優しくて、流されてしまう。触れたいのは、シェラも同じだから。

「リ、ティル……怒って、いる、の?」

「怒ってねーよ。ただ、君が好きなんだ……無茶するなよ……君がいなくなったら、オレ、生きていけねーよ」

シェラは、リティルの腕の中で、熱い吐息を吐きながら、ごめんなさいと呟いた。

 シェラの心の中には、リティルを襲ったフェイユの残留思念が捕らえられている。シェラは、城を出た九ヶ月前、フェイユの残留思念と遭遇し、彼女を知る為に心の中に捕らえるという、暴挙に出たのだった。そしてシェラは、フェイユと関係のある者を疑った。故に、心の中に捕らえていることを、知られたくなかった。しかし、リティルに知られてしまい、シェラは素直に夫と共謀することにした。下手に隠すと、何をしでかすとわからないと思ったからだ。

 リティルの体にある印は、刻みつけた本人である、フェイユの憎しみに反応して疼いた。シェラがそばにいると、リティルは苦痛を常に受けてしまう。シェラはリティルの身を案じ、リティルと共謀しているのに、普段はノインとだけ会って秘密の会話をしていた。

無常の風のことも詳しく、リティルが最優先のノインは、シェラの選んだ当初のパートナーだったのだ。身内を疑うことになるため、家族愛の強いインファをパートナーにすることは、気が引けたのだ。

リティルはこの一年弱、ノインから報告を受けながら、彼と共に秘密裏に探っていた。表向きは、妃に避けられている可哀想な王を演じながら。


 リティルが九ヶ月前、城を出たシェラを追って飛んだ場所は、ここ剣狼の谷だった。

そのときリティルは、シェラが城を出て何をしようとしているのか、知らなかった。というより、目覚めたばかりでシェラを捜しに飛び出したために、彼女がインファと連絡を取っていることさえ知らなかった。

 その頃、ネクロマンサーを捜し出すと、怒りに燃えていたシェラは、リティルを襲ったフェイユの残留思念に目をつけていた。

リティルを花の誘惑で惑わせて襲ったとき、リティルから、何をしていてこんな目にあったのか等、洗いざらい聞き出していた。花の誘惑に酔わされて、リティルは問われるがまま喋らされたことを、未だに知らない。シェラはそれを、話せるわけはなかった。

リティルの話を聞き、シェラは自分も彼女に会っていたことを思いだした。

彼女のうつろな言葉を無意識に反芻し、その言葉と死霊達の想いが作り出した記憶が、空っぽだったわたしの中に定着してしまったのだと、シェラは思い至った。

『許さない。父を殺した、あの男』

これが、フェイユの想いだ。シェラはその想いに従って、リティルを刺した。

なぜリティルだったのか。あのとき、記憶を植え付けられた直後に会ったのが、リティルだったからかとも思ったが、その後リティルはフェイユに襲われ、印を刻みつけられた。リティルとシェラの共通点は何だったのかと、シェラは剣狼の谷で考えていた。

 その日は、風の領域には珍しい雨だった。

「嫌な雨じゃな。こういう日は、ドゥガリーヤへ帰る魂も揺れ動くのじゃ」

フツノミタマの天幕で、シェラは彼女と一緒にいた。

ここ、剣狼の谷の奥には、風の祭壇と呼ばれる場所があり、そこにはある古びた石の扉が立っている。その扉は、ドゥガリーヤへのゲートだ。風の精霊が導く、死して肉体より離れた魂が帰る場所。そして、新たに産まれる場所。その流れはいつでも規則正しいわけではない。人の心と同じく、時に穏やかに、時に荒れ狂う。

 フツノミタマの傍らで、雨の音を聞いていたシェラは、剣狼の遠吠えを聞いた。

「よからぬモノが紛れ込んだようじゃ。シェラ?」

「この感じ……覚えがあるわ」

シェラはフツノミタマを説き伏せて一人、雨の中へ躊躇いなく出た。そこにいたのは、フェイユの残留思念だった。

「わたしが狙いなのかしら?」

答えはなかった。彼女は、ブツブツと同じ言葉しか繰り返さなかった。残留思念は、本人の一部の想いでしかない。会話など不可能だった。

なぜわたしの前に?印こそ消せなかったが、リティルを蝕んだ死の呪いは解いたと、あの時は思い込んでいた。彼が狙いなら、もう一度彼の前に姿を現しそうなものなのにと、思った。

シェラは、白い光の中から、鞭を抜いた。リティルの風の力を纏った、風花の鞭。風の王の力が、狙いを外さない。必中の鞭だった。

風の王?シェラは、胸に手を当てた。今はハッキリとその存在を主張する、リティルの風の力。シェラがフェイユに初めて会ったときも、少ないながらも持っていた。

「あなたの狙いは風の王?」

リティルはフェイユに刺され、シェラは刃を握らされた。リティルを殺す為に。

シェラはフェイユを捕まえることにした。その想いを分析して、彼女から確信へ近づこうと思ったのだ。彼女を捕まえる檻は、この体がいい。リティルとの確かな繋がりを得て、彼の風に守られている今なら、心に捕らえてもフェイユの想いに飲まれることはない。

そしてシェラは、それを迷わず実行した。

 風の城とは連携するつもりだった。パートナーは、風の王の騎士であるノインがいい。

リティルは遠ざけたままにしておくつもりだった。なのに、彼はここへ来てしまった。

逢いたくない!落ち着くまで待って!と言ったのに、彼は来てしまった。彼の性格をわかっていたが、それにしても間の悪い人だと思った。

 シェラに、フェイユの残留思念が、溶けるように重なる様を見たリティルは、蹌踉めいたシェラの背を受け止めて、雨の中座り込んだ。受け止めてくれたリティルを、見上げたシェラは、彼の瞳が痛そうに、物言いたげに歪むのを見た。

「シェラ!何やってるんだよ!下手したら、心を壊されるぜ?」

シェラの行いを止めることができなかったリティルは、当然の様に叱ってくれた。

「大丈夫。あなたの風が、わたしを守ってくれるわ」

上手く、微笑めただろうか。リティルは、強く抱きしめてきた。間に合わなかったことに憤りながら。

「聞いて、リティル」

シェラは、リティルに彼女の狙いが風の王かもしれないことを話し、勘でしかなかったが、城に戻らない選択をさせてほしいと頼んだ。意外にもリティルは、二つ返事で承諾した。

「わかった。君の策略に乗るよ」

二人の周りに風がゆったりと渦巻いた。二人を打っていた雨は風に遮られた。リティルの手がシェラの髪を撫でると、滴るほど濡れていた髪も体も乾いていた。

「わたしを信じてくれるの?わたしは、あなたの――シェラではないのに……?」

臆病な瞳で俯いたシェラに、リティルはえ?と耳を疑った。

オレ達両思いじゃねーのかよ?と呆気にとられた。そして、そうだった、シェラはこういう女だった!と、もの凄く懐かしい気持ちになった。

「ああ?今更何言ってるんだよ?あれだけ好きだって言いまくって、好きだって言えって強要しといて、オレを完璧に癒やしたあげく、ゲートに霊力くれて、リボンに護りの力まで込めていったよな?そんな熱烈な妃を疑うかよ!」

そう言ってリティルは、乱暴にシェラを抱きしめた。

「シェラ!オレを疑うなよ!好きだ……君が好きなんだよ!わかれよ!わかってくれよ!」

信じてくれなかったら、ここで犯してやる!とリティルは拗ねた。

「リティル……ありがとう……愛しているわ……」

シェラは、リティルの背をギュッと掴むと、込み上げてきた思いのままに泣いていた。

「やっと帰ってきたな?オレの花の姫!離さねーから、そのつもりでいろよな!」

リティルは嬉しそうに笑いながら、泣き止めないシェラの頭を撫でた。

 そして、泣き止んだシェラから、本当はパートナーにノインを選ぶつもりだったと聞かされて、驚愕したのだった。その理由を聞き、納得はしたものの、落ち込みながら、インファがあいつに嫉妬した気持ちがわかる、と言った。


 シェラと、約一年ぶりの時間を過ごして、風の城に引き返したリティルは、応接間に皆が待機しているのに気がついて、玄関ホールからの扉の前で思わず立ち止まった。

この歓迎は、つまり、そういうことだよな?と、シェラを連れ帰らなかったリティルは、苦笑いを浮かべた。

「お父さん!お母さんは?お母さん、一緒じゃないの?」

ヒュンッと白鳥の翼で飛んできたインリーが、泣きそうな瞳でリティルを見つめてきた。リティルは、うっと言葉に詰まった。娘のこんな哀しそうな顔を前にして、絆されそうになって堪えた。

風の王夫妻の不和は偽りだ。しかし、ノイン以外そのことを知らない。リティルが行ったことで、皆、シェラが戻ってくると期待してしまったらしい。

「リティル、やはり逃げられたか。王妃は頑なだな」

ソファーから立たずに、ノインが十数メートル先から声をかけてきた。風が声を届けてくれる為、声を張り上げる必要はない。

「リティル、ヤケ酒するか?」

九ヶ月前、シェラにパートナーはノインを選ぶつもりだったと言われたリティルは、城に帰ってノインを見るなり、ヤケ酒に付き合え!と言って、何も知らない彼を寝室兼自室へ引っ張っていった。ノインを巻き込むことはシェラと決めていた為、その話もするつもりだったが、ヤケ酒も本当だった。

ノインは、今日はまだシェラが戻らないことを知っている。涼やかに笑いながら、ワインボトルを持ち上げた。

「はは、ノイン!フツが明日改めておまえが来いってさ。てことで、おまえこの野郎、顔貸せよ!」

リティルはノインを睨んでニヤリと笑うと、インリーにごめんなと言って、頭を優しく撫でた。インリーは、お父さんが一番哀しいよねと言って、無理に笑ってくれた。リティルは、こんな娘に偽らなければならないことに、罪悪感を覚えながら、ごめんとしか言えなかった。

そしてリティルは、指名されたノインが、やれやれと言いたげに立ち上がるのを見届けて、城の奥へ向かう扉へ飛んだ。それにノインも続いて、二人は扉の奥へ消えた。

 それを見送りながら、インファが独りごちた。

「妙ですね……」

「何が?父さんが母さんに逃げられたこと?」

インファの独り言を拾った、次男のレイシが、事もなげに尋ねた。

「何が。というわけではないんですが……まだ、言葉にできないですね」

インファが二人が行った扉を見つめていると、机の上にあった水晶球が光を発した。

『インファ。……リティルは?』

「母さんに逃げられたと言って、帰ってきましたよ?」

『そう。帰っているのならいいの』

「気になるんなら、帰ってこればいいじゃないか。なんで、逃げてるの?」

正面にいたレイシが、会話に割り込んできた。

『……ごめんなさい』

シェラは、逃げるように水晶球からいなくなってしまった。シェラの反応を見る限り、母が逃げたのは本当のことのようだ。そう思いながらもインファは、何か違和感を感じていた。さて、この違和感をどうやって形にしようか。インファは、隣で不安そうに、リティル達の行った扉を見ていたセリアに、視線を合わせた。セリアは視線に気がついて、インファの顔を見ると、どうしたの?と首を傾げた。

 フェイユが、ラジュールと繋がっていたという線は、まだ消えてはいない。宝石の精霊・ラジュールはセリアの産みの母だ。そして今、ラジュールが持っていた、宝石の母の証は、セリアが継承していて、彼女は二代目宝石の精霊だった。セリアなら、もし、ラジュールが生きていて、姉二人が再び洗脳されたとしても、その洗脳を解くことができる。その術を、手に入れたと言った方がいいだろう。セリアは、大事な姉達を操るようなことをしたくなくて、その力に触れないようにしていた。それが今回裏目に出てしまった事を受けて、洗脳や操りを解く魔法を、インファと共に構築したのだった。

そして、宝石に関する何かが遺っていて、万が一それをフェイユが使えたしても、セリアなら対抗することができる。基本的な戦闘能力も、幻惑の暗殺者である彼女なら、申し分ない。

今回のパートナーは、オレの妃が適任ですかと、インファは思った。

「セリア、手伝ってくれませんか?」

ラジュールの線で、もう少し調べつつ、リティルを監視するかと、インファは今後の方針を秘密裏に決めた。

「え?もちろん、何でもするわ!」

インファに頼られて嬉しいらしく、セリアはキラキラした瞳で、ズイッと自ら距離を詰めてきた。ここで触ったらさすがに逃げられるので、インファはニッコリ微笑むだけに留めた。セリアは、インファが重傷を負ってから、本当に逃げずに頑張るようになっていた。そんなセリアが可愛くて、インファはちょっと意地悪したくなる。

しばらくセリアは、視線をそらすまいと頑張っていたが、ついに音を上げてこう言った。

「インファ……わたし、倒れてもいい?」

目をそらしたら負け。というゲームでもしているかのような状態だった。

「倒れるなら、こちらにどうぞ。受け止めてあげますよ?」

「それ、気が失えるわよ!」

セリアは「もおおおお!インファ、格好いい!」といいながら、顔を両手で覆うと、膝に突っ伏した。そんなセリアに「今回も、睨めっこはオレの勝ちですね」と笑った。


 リティルは、夫婦の寝室として使っている部屋へノインを通した。プライベートで使っている部屋の中は、探れないようになっている。城で内緒の話をするには、自室に引っ込むしかない。

「それで、シェラは何と?」

「うん。ビ・ウジをやっぱり疑ってたな。それと、狙いはルディルだって確信してたぜ?」

リティルは、戸棚からワイングラスを二つ取り出すと、座れと促して長方形のテーブルの上にグラスを置いた。そして、コルク抜きどこやったかな?と再び戸棚に向かった。

「シャビの死の真相と、フェイユのその後か。レジーナに聞いたのではなかったのか?」

「聞くことは聞いたんだけどな……シャビ……最後かなり病んでたぜ?ビ・ウジがまともなだけに、キツかったぜ」

コルク抜きがないとリティルが振り向くと、ノインはそうかと言い、ボトルの頭を風で切り落とした。乱暴だなと苦笑いすると、全部飲むだろ?とノインはしれっと言った。

「フェイユの残留思念の件に、進展はあったか?」

「少しづつ分析が進んでるらしいけどな、このまま続けて大丈夫なのかよ?」

「いい状態ではないが、シェラが正常なことは、おまえにはわかるだろう?」

「乗っ取られてからじゃ遅いぜ!」

「ならば、守れ」

「簡単に言ってくれるぜ!」

オレ避けられてるのに!とリティルはうそぶいた。

「その為に、今日行ったのだろう?我妻はいい仕事をする」

ノインはそう言って、グラスにワインを注いだ。赤いルビーのような液体が、グラスの中で踊った。

「よかったのかよ?フロイン、おまえを引っ叩いてから出てきてねーだろ?」

リティルの中にある原初の風の半分。それが守護鳥・フロインの本体だ。彼女はそこから具現化して、行動しているのだが、あの日から、日中フロインを見掛けていない。彼女は眠っているのか、リティルでさえ日中は彼女の意識を感じられなかった。

「そんなことはない。妻とは、逢って話をしている」

あの時は、フロインに初めて嫉妬されたと、ノインはどこか嬉しそうだった。

ノインはフロインと、ほぼ毎晩会っていると言った。彼女は何も言わなかったが、リティルが寝てからノインの所に行っていたらしい。それほど、リティルを心配していて、離れられなかったようだ。

「ホントかよ?なんか、おまえら不思議なんだよなー」

フッとノインは、涼やかに微笑んだ。

「フロインは肉体より精神だ。幽霊と婚姻を結んだような感覚だな。それより、シェラはよく受け取ったな。フロインを遣わすということは、おまえの護りが手薄になるということだ。彼女が承諾するとは思えない」

「強引にな、送り込んだんだよ。一年前の借りを返したんだ」

そろそろ、気がついたんじゃねーかと、リティルは意地悪に笑った。今、リティルの中に原初の風はなかった。フロインと共謀して、リティルはシェラに、こっそり強引に貸したのだった。原初の風は今、シェラの中にある。

「よくシェラが許したな」

そんなことをしていては、まともに話などできないだろうにと、ノインは苦笑した。

「抵抗されなかったなー。って、おまえ、酔ってるか?」

「素面だ。おまえ達の仲に陰りがないようで、何よりだ。さて、今後どう動く?そろそろインファは感づく」

インファを蚊帳の外に置いている現状。リティルは相当後ろめたかった。息子は私情を挟むような男ではないが、シェラの優しさもわかる。故に、リティルはシェラと逢わないという戒めを課して、ボロが出ないようにし、皆の想いを守っていた。

「シェラを城に戻すと、あいつ鬼籍の書庫に凸しそうだからなー。かといって、このままシェラを野放しってのは、オレの性格上ありえねーよな?インファに話すか?でもな、あいつ、ビ・ウジに肩入れしてるからな。やっぱり、凸しそうだよな」

ビ・ウジとインファが争うのは、見たくないとリティルは逃げ腰だった。

「リティル、おまえはどう思っている?」

「ビ・ウジか?白だと思うぜ?あいつはもの凄く優しいんだ。あいつが、ルディルを欺いて無常の風やってるとは思えねーよ」

――リティル殿、おかえりなさいませ。やっと、言えまする

そう言って、本当に嬉しそうに笑ってくれた。ビ・ウジは会ったときから、憂い、心配してくれていた。「オレ、死なねーよ?」と言うと、そうしてくだされと実体のない腕で、抱きしめてくれた。こいつ、子供扱いしてるな?とは思ったが、彼から感じる純粋な優しさに、しかたない、素直に受け取っておこうと思わされてしまった。

実際、グロウタースの民で、中年の年の彼から見れば、精霊とはいえ、十九才の容姿のリティルは、子供だろう。

「一度整理しよう。フェイユの記憶は、レジーナに尋ねたか?」

「ああ、けど、変だったぜ?まだ続いてるような感じなんだよな。シャビの記憶からとも思ったんだけどな、ファウジが死んでから、接点が一回だけだった」

「三人の死の順番は、ファウジ、シャビ、フェイユで確定か?」

「ファウジはルディルの契約者で、契約完了と共に命を落とした。シャビは、ファウジの死が自分のせいだと思い込んで、一年後に橋で命を絶った。フェイユは、もしかすると、死んでねーかもしれねーよな?ネクロマンサーは不死者なんだろ?」

「だが、鬼籍の書庫にフェイユの記録がある。鬼籍の書庫に収められるのは死した後だ」

「シャ・ファンがそれで、娘の魂が迷ってることを知ったんだよな。オレも読んだぜ?けど、ビ・ウジが偽りだって言ってたんだよな。鬼籍を改ざんなんてできるのか?」

「する必要がない。故、考えたこともなかった。ビ・ウジが、偽りだと言った理由はなんだ?」

「……あいつがいうには、フェイユが死んだのは、シャビが命を絶つ前だっていうんだよ。ただな、シャビはかなり病んでて信憑性に欠けるんだよな……」

「幻覚でも見ていたのか?」

「それに近いぜ?寝ても覚めても、橋が流されるんだ。見てたオレもおかしくなってたのか、シェラがゲートで何してるんだ?って聞いてきたぜ」

この九ヶ月、シェラは徹底していた。一心同体ゲートでの会話も、ほとんど答えてくれなかった。たぶん、シェラから話しかけられたのは、不審に思ったその一回だけだ。

「なあ、ビ・ウジの言うことが正しくて、シャビよりも前にフェイユが死んでたとしたら、どうなるんだ?」

「ファウジとフェイユを失って、シャビが後を追ったというシナリオのほうが、ルディルの罪悪感は刺激できそうだ。そして、その時無常の風が誕生していたとしたら、それよりも前に亡くなったフェイユの魂の行く末を、把握していないことにも説明がつく。さて、それをどうやって証明するかだが」

「ルディルに聞いてみるか?……ん?シェラ?」

ノインと話していたリティルは、ゲートでシェラに話しかけられて、ノインに悪いと言って席を立った。そして、胸に片手を当てた。

「どうしたんだよ?」

『それはこちらの台詞よ?なぜ、原初の風がわたしの中にあるの?』

「フロイン出張サービスだぜ?一年前の借りを返すって言っただろ?」

『それで、あんなに強引に……リティル、あなたは印を刻みつけられているのよ?フロインが居なければ、もしもの時どうするの?』

「君もかなり危険だと思うぜ?剣狼の谷は、魂の通り道だ。フェイユの残留思念が刺激されて、いきなり活性化したら、シェラでも危ないだろ?フロインが居れば、安心なんだ。持ってろよ」

『……リティル、明日、ノインと来て。話しましょう』

「お?ご立腹の王妃様、やっとご帰還か?って、おい!ブチッと切るか?シェラ!」

シェラがフイッと背を向けるのを感じて、リティルは呼び止めたが、シェラは答える気はないようだ。これ以上呼びかけると、ゲートを一時的に閉ざされかねない様子だった。

「本気で王妃を怒らせたのか?」

ノインにはシェラの声は聞こえない。リティルの様子から、シェラが怒っていたことを察したノインは、嘘が誠になったか?と涼やかに笑いながらワイングラスを傾けた。

「笑ってるんじゃねーよ!あいつもホントにオレ優先だよな。オレの好意は、だいたい怒られるんだよなー」

「今までが今までだ。シェラだが、記憶が戻っているのか?」

リティルは席に戻ってくると、グラスを傾けた。

「ないと思うぜ?消したのはレジーナだからな。……そう言えば、インファも似たようなこと言ってたな?ホントに、心と体が覚えてるのか?その割にオレ、前は滅多に見たことねー、怖い顔で睨まれるけどな」

「本当は、ああやって、怒りたかったのではないか?シェラはおまえに、引け目でもあったのか?」

「ん?そんなものねーはずだけどな。あったのかな?今のシェラは、ガンガン言ってくるからな」

「おまえに関しては、戻らない方が良さそうだ」

「ああ、戻らねーほうがいいんだ……」

「リティル、冗談だ。軽率なことを言った。すまない。許せ」

「わかってるよ。ごめん……マジに返して悪かった。でもオレは、あいつの記憶が戻っても戻らなくても、どっちでもいいんだよ」

そう、寂しそうに言いながら、リティルは、グラスに残っていたワインを飲み干した。

おまえは、自分のことはいつも二の次だなと、ノインは寂しそうなリティルを、観察しながら思った。今回は相手がシェラだ。それはわかるが、彼女はもっと、リティルの我が儘が聞きたいのではないのか?とも思った。

 そう言えばと、リティルはノインを見た。

「ノイン、おまえ離れててもフロインと話せるのかよ?」

「話せるわけではない。ただ、想いを感じている。我妻は一途だ」

「精霊って基本そうだよな?」

「そんなことはない。精霊も人も同じだ。永遠の想いなど、ない。おまえ達を見ていると羨ましく思う。オレは、伝え方がよくわからないからな」

「へえ、意外だな。って、言っても、オレだってよくわからねーよ。ただ、気がつくと触ってるんだよな。そういや、フロインもおまえにべったりだよな」

「当たり前にあるものが、当たり前にないというのは寂しいな」

「おまえ、あれ鬱陶しくねーんだな?あの胸、邪魔じゃねーか?」

ノインが応接間にいて、フロインが具現化しているとき、彼女は夫の左腕に抱きついていることが多い。もう見慣れた光景で、フロインがいないと違和感があるほどだ。

胸がと言い出したリティルに、ノインは苦笑した。そして、おまえも男だなと言われた。

フロインは、グラマラスで、この城の女性陣の誰よりも胸が大きいのだった。そんなフロインに、始終胸を押しつけられて、平然としているノインが、リティルには未だに信じられなかった。

「オレに触れているときの彼女は、意識体に近い。寄り添う気配のような感じだ。それに、霊力をくれている。そんなものただ心地いいだけで、邪魔ではないな」

「はは、おまえも惚気られるじゃねーか。しっかし、くっついてるだけで、霊力もらえるのか?それで、霊力の交換が必要ねーのか。でも、いいのかよ?」

「彼女はオウギワシだ。人型が化身している姿だ。だから、交われないと言われている」

確かにフロインの中にノインの霊力はないが、やることはやっていると思っていた。フロインのあの様子を見て、二人が清い夫婦と思う者はいないだろう。かく言うリティルもそう思っていた。

フロインはくっついてはいるが、イチャイチャという感じはしない。仲睦まじい夫婦というよりも、とても信頼し合っているパートナーと見える。大人だなと、リティルは思って見ていたのだが、サラッと聞かされた騎士夫婦の事情に、リティルはなぜか動揺してしまった。

「へ?いや、どうなんだろうな?あいつ、それ、ホントかよ?」

何を動揺している?とノインに笑われて、リティルはなんか恥ずかしかったと、首を竦めた。

「確かめたことがない。だが、問題ない」

たわいないことを話していると、リティルが眠そうに目をこすった。

「リティル?」

「ん?ああ、あのな……ネクロマンサーの印のせいだと思うんだけどな。たまにもの凄げー眠くなるんだよ……」

大丈夫か?とノインは、すぐさまリティルの額に手を伸ばしてきた。霊力に乱れがないか、診てくれようというのだ。リティルはその手を拒まなかった。約一年前、五年ぶりに帰ってきてから、立て続けに事件があり、そのせいで皆はリティルを心配してくれている。

中でも、インに心を乗っ取られていたノインは、今は消えてしまったインの残した心も相まって、本当にリティルを案じてくれていた。ノインの手を拒まないことで、彼が納得するのならいいと、リティルは、ノインの手だけは拒まないように気をつけていた。

「他に違和感はあるか?」

「ねーよ。おまえには隠さねーよ。なあ、シェラ、オレと繋がってて変な影響ねーよな?」

何か聞いてねーか?と問われ、ノインは首を横に振った。そうかと言いながら、リティルはさらに眠そうにゆっくり瞬きした。寝ろと言うと、リティルは素直にうなずいた。

 部屋から出たノインは、寝室の扉の前で俯いた。

シェラに影響はないか?と問われ、影響が出ていることをリティルに言えなかった。シェラに影響が現れたのは、フェイユの残留思念を心に捕らえたときからだった。一心同体ゲートを通じて、リティルの体温を正常に保つ為に、印に近づいているせいだ。故にシェラはリティル以外の協力者を求めたのだ。リティルに苦痛がいくという理由以外に、リティルを遠ざけておきたい最大の理由だった。


 シェラは、どこかへ向かいたい衝動と戦っている。それがどこなのかを探している。

それは、イシュラースのどこかだということは、わかっていた。魔物は、イシュラース中で産まれる。シェラはその場所を探す為、魔物狩りを手伝っていた。魔物狩りで動いていると、リティルに思わせておきたいのだ。

リティルは、協力者と言われながら、シェラに欺かれていた。

「おお、待っておったぞよ?それではまずノイン、シェラから報告を受けい」

翌日、剣狼の谷にリティルとノインが舞い降りると、広場で待っていたフツノミタマが出迎えた。

「なんだよ?オレは閉め出すのかよ?」

「ホホホ、警戒されておるのではないかのう?」

フツノミタマは、含んだ視線をリティルに向けた。しかし、リティルは怪訝な顔で、まったく身に覚えがないと言いたげだった。

「ああ?どうしてだよ?」

「自分の胸に聞けい」

ではなとフツノミタマはノインを連れて、行ってしまった。すると途端に、剣狼達がよってきた。名を呼びながら撫でてやっていると、ティルフィングが物言いたげに、ジッと見上げてきた。

「どうした?ティルフィング」

彼の声が聞こえる。リティルは、剣狼達の見分けがつくだけでなく、彼等の声を聞くこともできた。

『同胞、の為、行きた、いところ、がある。リティル、同行願、う』

ティルフィングは、喉を潰されている。その声はくぐもり、しゃがれていたが、話せないわけではなかった。

「同胞?」

『干将、莫耶』

「かんしょう?ばくや?そんな剣狼いたか?」

『現在は、シャ・ファン、ビ・ウジ』

「!あの二人、元剣狼?ティル、どこへ行きてーんだ?」

『ルキルース、煌めきの、庭』

「ルキルース……いきなりどうして?」

『シェラ、が、夢に惹き、つけられて、いる』

シェラが?リティルは、ティルフィングの前に膝を折った。

「いつから?」

『この谷、住ま、うように、なってか、らすぐ』

大丈夫って言ってたのに、やっぱり大丈夫じゃねーじゃねーか!と、リティルは気丈に隠すシェラを恨めしく思った。

「ネクロマンサーと関係があるのか?」

『調べ、たい。シェラ、はビザマの、娘。無関、係ではな、い』

シェラはビザマの娘。ティルフィングには、そういう認識なのかと、リティルは初めて知った。彼が望むなら、フツノミタマに掛け合って、風の城への出入りを、自由にしてやろうかな?とリティルはふと思った。剣狼は選りすぐりの戦士の魂である為、女王の命がなければこの谷から出ることはできないのだ。

「ティル、おまえ、ビザマのこと好きだなー。わかった。ルキルースに行こうぜ。えっと、おまえは……小烏丸!ノインに、ティルフィングと、ルキルースの煌めきの庭に行ってくるって、言付け頼んでいいか?」

たまたまそばにいた、小烏丸と呼ばれた剣狼に声をかけると、彼はすぐさまシェラの天幕に走ってくれた。

リティルは、丸い玉のビーズで作られた、ブレスレットをはめた左手を、何もない空間に向かって伸ばした。途端に空間が歪み、ルキルースへの扉が開いた。リティルはティルフィングに目配せすると、その扉を潜った。


 風の城の応接間のソファーの背もたれに頭を預け、インファは目を閉じていた。その隣には、心配そうなセリアが座っていた。

「――動き出しましたね。目的地は、ルキルース、煌めきの庭だそうです」

「煌めきの庭ですって?どうしてあんな場所に……」

風を使い、リティルを監視していたインファが瞳を開いた。そしてインファは、隣に座るセリアに告げる。過去の記憶の大半を失っているセリアも、その部屋が誰の部屋だったのか知っている。

「ラジュールの部屋でしたね。一緒に行ってくれますか?セリア」

「もちろん!リティル様とシェラ様の為なら、全霊賭けるわ!」

意気込むセリアに、インファはニッコリ微笑み、ジッと鋭い瞳でこちらを窺っているレイシに、視線を合わせた。

「レイシ、城は閉じていきますが、よろしくお願いします」

「オレ、待機?」

レイシも、リティルとシェラを案じている。だが、ネクロマンサーが関わっている事案なだけに、風ではない弟を関わらせるわけにはいかなかった。その理屈でいけば、セリアも関わってはいけないのだが、雷帝妃であるセリアの中には、インファの風が宿っている。その力が、セリアを守っているため、彼女は例外だった。

「ええ、すみません。王に、副官を遠ざけた理由を、尋ねなければいけませんからね」

インファは笑ってはいたが、底冷えするような怒りを発していた。それを感じ取って、レイシはゾクッと背筋が寒くなったが、何とか笑みを返せた。

「いってらっしゃい、兄貴、セリア」

行ってくる!とセリアは、普段具現化させていない、作り物のアゲハチョウの羽根を背に作り出した。金の翅脈に、宝石が散りばめられ、儚い印象のセリアを、煌びやかに輝かせた。

 雷帝夫婦は、バードバスに開いたルキルースへの扉を潜った。

「インファ。にセリア?君たちも煌めきの庭?」

扉を潜ると、断崖の城の玉座の間だ。玉座で寝そべっていたルキは、何事?と言いたげに、彼には珍しく目を丸くしていた。

「ルキ様!リティル様、ここを通った?」

「リティル?ううん。リティルには幻夢の扉をあげたから、ここを経由する必要ないからね。また、何かやらかしたのかな?」

九ヶ月前はネクロマンサーの餌食だっけ?風の王なのにねと、ルキはさすがリティルだねと笑っていた。面白がっているが、インファは、ルキがリティルの身を案じてくれていることを知っていた。

「やらかしているのか、やらかすのか、確かめるところです。ルキ、他には誰が煌めきの庭へ向かったんですか?」

「ノイン。シェラからの要請。焦ってたみたいだったね」

「母さんと繋がっているんですか?」

これは予想外だった。いったい、シェラは何をしようとしているのか、インファは不安を感じた。

「うん。シェラが風の城を出てすぐ、ボクを経由して、ルキルースへ自由に出入りさせてほしいって、頼まれたんだ。断る理由、ないからね」

インファは、ネクロマンサーを独自に捜すシェラの協力者だった。それは表向きだったかもしれないことを、リティルがシェラを連れ帰らなかったことで、その可能性を感じた。それが、違和感の正体ではないかと、確証はないが思っている。

本気で連れ戻す気なら、リティルがシェラを逃すはずがないのだ。逃げられるにしても、帰ってくるのが早すぎる。インファは、リティルの本気を疑った。そして、二人はとっくに和解していて、欺かれているのでは?と思った。ただ、理由がわからなかった。

「インファ……黒幕、シェラ様じゃないかしら?」

「かもしれませんね。父さんもノインも、母さんの手の内ですか。ですが、父さんはやらかしますからね。急ぎましょう」

ルキは、スッと何もない空間を指さした。空間が渦を巻きながら歪んで、扉が開いた。

「ルキ、ありがとうございます!」

インファとセリアは、ルキの開いてくれた扉に飛び込んだ。

 すでに調べたラジュールのことを、昨日もう一度洗ってみたが、やはり何も出ず。昨日は行くことができなかったが、九ヶ月前、煌めきの庭も調べていた。その時は何もなかった。そのはずだった。

だが、リティルはその場所へ再び誘われた。何も起こらないなんて、あり得ない。リティルは、とんでもないことに巻き込まれる天才だからだ。

今までも、数々の妙なことを引き寄せてきた。であるのに、シェラもノインも危機感がなさすぎる。ちょっと目を離すと、事件に巻き込まれている、十五代目風の王を守るのは、とても困難だというのに、副官を遠ざけるなど、何を考えているんだ!と、インファは怒り狂いたいのを堪えた。

――無事でいてくださいよ?父さん!

リティルは今ティルフィングと共にいる。だが、安心はできなかった。せめて、ノインかオレが行くまで、何とか持ちこたえてくださいよ?インファは先を急いだ。


 ルキにもらったルキルースの扉を、リティルは滅多に使わない。緊急でない限りは、幻夢帝の顔を見ていこうと思っているからだった。

 ティルフィングとルキルースへ入ったリティルは、煌めきの庭にたどり着いていた。

ルキルースの任意の部屋に行くには、その場所を知っていなければならないが、幻夢帝は、行ったことのない部屋へも扉を開ける。ルキは、幻夢の扉をリティルに貸し与えてくれ、リティルは知らない部屋へも扉を開けた。と言っても、煌めきの庭は、一度来たことがあった。ここは、宝石の精霊・ラジュールの部屋だ。

 銀で作られた幹に、エメラルドや翡翠などの緑色の宝石や石でできた葉が、生い茂る宝石の木々の林を、リティルはティルフィングと用心深く歩いていた。

「なあ、ティル、無常の風が元剣狼って確かなのかよ?」

『女王、が気に入っ、ていて、死後ス、カウト予定、だった。シャ・ファン、の条、件は、死後ビ・ウジ、をスカウ、トすること、だった』

「それで、双剣の名前だったのか。剣狼がどうして、無常の風になったんだ?」

『娘の魂、が迷魂となっ、ているこ、とを知り、干将――シャ・ファン、が、ルディルに売、り込ん、だ』

「ルディルが、スカウトしたわけじゃなかったのか……」

『ルディルは、葬送す、るつもりだ、った。同、胞を増や、すことは、簡単で、はない』

「未練ないヤツなんて、そうそういねーからな。その中で、戦士の魂となるとな……。なあ、ミストルティンはあんな外見だけど、ホントに戦士なのかよ?」

優雅に紅茶を淹れて、ケーキを切り分けてくれそうな老紳士を、リティルは思い浮かべていた。彼は、ビザマの娘の剣狼だった。彼の強さは知っているが、まさか、限定解除の姿が執事だとは思わなかった。

『彼、は、隠密だ。幼子の護、衛をして、いたと』

「へえ。それで、フツのこともお嬢様、か。おまえ、仲間のこと詳しいな。剣狼は過去を語らないんだと思ってたよ」

『相棒、限定解、除、を許す』

「ん?いきなりどうしたんだよ?わかったよ。ティルフィング、限定解除」

不思議な気分だった。幼い頃、このティルフィングを相棒にしたくて、それをビザマに取られたと悔しがったことが思い出された。だが、その気持ちはすぐに消えた。端から見ていても、ビザマとティルフィングとの絆の強さがわかったからだ。リティルとフツノミタマは契約関係だが、彼等の絆とはほど遠い。

ビザマと彼が共に戦う姿を、双子の風鳥島では見ることができなかった。強力な剣狼であるティルフィングは、ビザマの身体強化と、魔力増強に努めていたということもあったが、ビザマとは最後まで剣を交えずにすんだからだ。

 人型となった彼は、丸太のような左腕と、左腕とは対照的な細いからくりの、異様に長い腕という、特異な姿をしていた。ティルフィングは、顔の右半分を隠していた黒い仮面を外した。彼の顔を見たリティルは、僅かに眉を吊り上げただけだった。

「自、分は、青い焔の、改造、兵。元人間、だ。リティル、自分がビザマ、を選ば、なければ――」

「おまえがいたから、ビザマは志半ばで逝かずにすんだんだ。ありがとな、ビザマを選んでくれて。来たのがミストルティンだったら、こうはいかなかったぜ?」

リティルはフワリと地を蹴ると、見下ろしているティルフィングの、焼けただれた右側の凸凹した頬を撫でた。

「それにしても、ひでー怪我だな。もう少し治せばよかったんじゃねーか?」

痛々しくて、見てられねーなと、リティルは優しく彼の頬を撫でていた。

「剣狼、は生、前の姿を、選べ、るが、自、分は少、し不便な、この姿が気、に入って、いる」

「そっか。そう言えるおまえは、格好いいな。ティル、おまえ、ここへ来たのは初めてか?」

ティルフィングは、黒い仮面を元のようにつけると、頷いた。

「シェラは幻、夢帝と、繋がっ、ていた。自分はな、ぜか夢を、監、視しろと言、われ見て、いた。シェラはこ、の場所を探し、ていたが、見つ、けられな、かった」

ルキとシェラが繋がってた?リティルは、初耳で内心動揺していた。そしてリティルは、シェラが一人で戦っていたかもしれないことを知った。

「おまえは、どうしてここだって?」

この場所は、一度調べてるんだけどなと、リティルは思った。

「教えてく、れたのはあ、なただ。リティル」

「へ?オレ?」

身に覚えがないと、リティルは困惑した。

「剣、狼は夢、を見ない。が、昨夜あな、たが夢に、現れ煌め、きの庭だ、と教えてく、れた」

光を背負ったあの影には、フサフサした尾と獣の耳があったが、口調が確かにリティルだったと、ティルフィングは言った。

「おまえ、それ信じたのか?」

ティルフィングは頷いた。確信を持って。

「彼、は、名乗、らなかった。が、信じるに、値すると判、断した。欠けてい、ると、見え、ないモ、ノが見えるこ、とがある。危、険からは自、分が、守る。このま、ま進んでほし、い」

「いいぜ?誰だか知らねーけど、せっかくくれた情報だ。乗ってやるよ」

フサフサした尾と獣の耳、そして、オレにそっくりな口調――リティルには思い当たる人物が一人いた。しかし、彼はもういない。やっと解放してやれて、輪廻の輪に乗ったのだから。だが、ルキルースは夢の国。彼の想いが、リティルを助けてくれたとしても、驚かない。ティルフィングの夢に現れたのは、おそらく、リティルの養父・ドルガーだ。

親父……リティルは、短い間しか共にいられなかったが、大好きだった養父のことを思い出していた。

魂が帰っていないことを知り、一時期、彼の本当の想いがわからずに、彼に愛されていなかったんじゃないか、本当は邪魔だったんじゃないかと、打ちひしがれたが、今は、胸を張って、愛されていたんだ!と言える。

そして、愛してるよ!と、言える。言えるのだ。


 前を向いたリティルの視界が開けた。宝石の林を抜けた先は、広場になっていて、宝石の花弁を持つ花々が咲いていた。真ん中に白い大理石で造られた東屋があり、木製のベンチが置かれている。今のところ、何の気配も感じなかった。

ティルフィングが細いからくりの腕を上げて、東屋の向こうにかかっている、カーテンを指さした。

リティルが右手にショートソードを抜いた。気配はないが、体につけられた印が疼く気がした。あんなもの、前に来たときあったか?とリティルは朧気な記憶を辿った。

 リティルは、東屋を迂回して、ティルフィングの指さしたカーテンの前まできた。嫌な予感がしていた。ノインを待てばよかったかもしれない。だが、ここまで来て退けなかった。リティルは意を決して、色褪せた黒いカーテンに手をかけた。

「これ……」

カーテンを開くと、一つ一つ丁寧に箱に収められた、五センチほどのダイヤモンドが並んでいた。その煌めきの中に、人の顔らしきものがボンヤリ映っていた。

「迷魂?じゃねーな。命を終わらせないで、肉体ごとここに保存してるのか?無常の風を呼んだ方がよさそうだな」

しかし、呼ぶ為には、ルキルースから一度出なければならなかった。ここを作った者が侵入に気がつけば、逃げられてしまうかもしれない。かといって、ここに留まるのは危険だなと思った。思案しながら、リティルは、箱に収められたダイヤモンド達に視線を戻した。これくらいの量なら、オレの風の中に入るかな?城に持ち帰ることができれば、と、リティルはその一つに手を伸ばした。

「……ティル?」

気がつくとリティルは、尻餅をついていて、ティルフィングに守られるように腕の中にいた。彼の細いからくりの右腕が、敵対するかのように、カーテンの奥にある棚に向けられていた。

「精神へ、の攻、撃は自分では、防ぎ、きれない」

「オレ、おかしかったか?」

その時初めて、リティルは自分が泣いていることに気がついた。自分の涙に戸惑っていると、カタカタと何かが揺れ動くようなかすかな音がし始めた。それは徐々に大きくなり、目の前にある棚から聞こえてきていることがわかった。

 何かがリティルに語りかけていた。なんだ?と声を聞こうとしたリティルの心に、ドッと後悔が流れ込んできた。

「う――あっ!ティル――フィング……ご・めん、な……オレ、が――早く、目覚めていれば……」

早く、風の王として目覚めていれば、ビザマは、望まない道を歩かずに済んだ――挑戦的な笑みを浮かべて、挑発ばかりしてきたビザマの姿が、脳裏に浮かんだ。遠い昔、ビザマと、サレナと、インの三人に庇護されていた時には、あんな笑い方も物言いもしなかった。彼は真面目な青年だった。なのに……ビザマの道筋を、リティルは変えてしまった。

どうしようもない後悔が、出口を閉ざした後悔が、リティルを襲っていた。

「ビザマ、に悔いは、ない。後悔な、く生きるの、は難、しい。おまえに、罪、はない。あるとす、るならば、自分がビザマ、を選ん、だこ、とにある」

ティルフィングは、強力な剣狼だ。そして、この異様な姿を選んだことによって、女王・フツノミタマより、持ち主に死をもたらす剣の名を賜った。本当にそんな呪いを持っているわけではなかったが、ティルフィングが選ぶ相棒は皆、天寿を全うできずに逝った。

ビザマの歩んだ道は、リティルのせいではない。この、呪われた剣の主となったことで、彼はその道を行ったのだと、ティルフィングは思っている。ティルフィングには、ビザマが望んで歩き出した茨の道を、歩ききらせるだけの力が、あったのだから。

 ティルフィングは左腕でリティルを抱き上げると、右腕を棚へ向けたままゆっくりと後退を始めた。ティルフィングは、ビザマがずっと、リティルを案じていた気持ちがわかるような気がした。リティルは、他人に寄り添いすぎる。そして、他人は許すのに自分を許そうとしない。

――ビザマは言っていただろう?悔いはないと。晴れやかな笑みで。

それは、真実だった。確かに、彼に用意されていた道はもう一本あった。その道があったことを、風の王であるリティルは知っている。そして、彼がもっと早くに風の王として目覚めていたら、ビザマの選んだ道に、もっと違う結末を、今のリティルなら導けたかもしれない。

だが、そんなリティルを作ったのは、今、優しく導ける十五代目風の王・リティルを作ったのは、ビザマであり、サレナであり、ドルガーであり、インなのだ。誰が欠けても、今のリティルはここにはいない。

――わかっているのだろう?あなたは。皆の想いを守り続ける、あなただから

リティルのことを、史上誰よりも心強き王だと、ティルフィングは思っている。だが、同時に優しすぎるとも思っている。

 このダイヤモンド達からは、数々の後悔がにじみ出ていた。その後悔の念に、リティルの心が、同調してしまっていた。彼の優しさを逆手にとった、愚劣な攻撃だなとティルフィングは思った。

とにかく、この敵とリティルとの相性は悪い。ここを早く離れなければと、退却を始めるが、しかし、どんな攻撃が来るかわからず、迂闊には行動できなかった。

「ごめん……ごめんな……」

腕の中のリティルが身動きした。その手には、刃が握られていた。ティルフィングの長い腕では、その刃を止めるには間に合わなかった。

 躊躇いなく、刃が振り上げられた。

「リティル!」

バサバサッと羽ばたきが聞こえ、ノインがティルフィングの腕の中に飛び込んできた。

「しっかりしないか!」

ノインは一切の躊躇なく、リティルの刃を掴んでいた。彼の手を傷つけ、赤い血が滴った。

「ノイン……?はっ!オ、オレ何しようと?」

リティルは慌てて剣から手を放した。ノインは平然と剣の柄を掴むと、刃から手を離す。手の平の傷は、すぐに消えてなくなった。

「見ての通りだ。あれはなんだ?」

正気に返ったリティルに剣を返しながら、棚に向かって差し伸べられている、ティルフィングの右手に並んだノインは、長剣を抜いた。

「わからねーよ。あの中に、肉体ごと取り込まれてるみてーなんだ。あれが、ずっと記憶が続いてるみてーだった正体なのか?だとすると、あれの中にフェイユの魂があるんじゃねーか?」

近づいて、調べてみねーとわからないなと言うと、振り向いたノインがギロッと睨んできた。そんな瞳を向けられた事のなかったリティルは、驚いてたじろいだ。

「おまえはもう近づくな。オレがやる。むしろ帰れ」

「お、怒るなよ!ちゃんと言付け頼んだだろ?」

リティルが、苦しそうに胸に手を当てるのを見て、ノインは辛辣に言い放った。

リティルが自分を傷つける為に刃を握る様を見て、ノインはこの場にリティルを置いておけないと思った。リティルは、絶対に生きて帰るという想いが強い。それが、歴代最弱の王であるにも関わらず、生き延びてきた彼の強さだ。最上級精霊となった今は、インに次いで三位の実力を持つ強力な王となった。だが、その実力も、生きる気がなければ無意味だ。

シェラは、フロインをリティルに返したがっていた。今、フェイユの残留思念と共にいるわたしでは、リティルの心を守れないかもしれないからと、そうシェラは言っていた。

リティルは強い。だが、脆い。他の風の王達同様に、死に魅入られれば、彼の強さの源だった、必ず帰るという想いが砕かれてしまえば、リティルに抗う術はない。

ノインは、この身を賭けてリティルを護らなければならない。

それが、インとの約束。それが、彼の存在理由なのだから。

 リティルの首に縄をつけてでも、城に連れ戻したかったが、現状がそれを許してはくれそうになかった。ノインはもう一度「帰れ!」と警告し、リティルとティルフィングを守るように、立ちはだかるより他なかった。

「来、る」

立ちはだかるノインに並ぼうとしたリティルを、ティルフィングが左腕で押し止めた。

何かを呟きながら、ダイヤモンドから次々に残留思念が抜け出してきた。

「おまえ達はすでに死者だ。悪いが、斬らせてもらう」

襲いかかってくる残留思念達を、ノインは容赦なく斬った。後悔を滲ませていた彼等は、ノインの剣を受け、哀しみを振りまいて消えていく。

「あ……くっ……やめろ……やめろ!ノイン……!」

哀しみが流れ込んでくる。体温を奪うほどの哀しみだ。気がつけば、リティルはノインに斬りかかっていた。ノインは左手をリティルの前に突き出すと、風の障壁で剣を受けた。

「リティル、おまえは優しすぎる。風の王を、下りるか?」

「そ――んなわけ!うあっ……!に・く・し・み・が……!オレ、が――いなければ……!」

ノインに向いていた刃が、リティル本人に向くのを感じて、ティルフィングの細いからくりの腕がリティルの剣を弾いた。

「っ!邪魔を、するな!」

ドンッとリティルから金色の風が放たれた。ティルフィングとノインは弾かれて、距離を取らされていた。

「ティルフィング、見えているか?」

「残留、思念が溶、け合って、いる。自、分の力で、は、引き剥が、せない」

リティルの背後に、俯いた女が立っていた。彼女の感情にリティルが飲まれているのは、明白だった。彼女の発している気配は、リティルとシェラから感じる、フェイユの気配その者だった。

「フェイユとは、いったいなんだ?実在する人物なのか?」

あまりの禍々しさに、彼女がもとはただの人間の娘だとは、ノインにはとても思えなかった。

 シェラが言ったように、無常の風は、彼女と共犯なのだろうか。いったい、何の為にリティルを苦しめるのか、ノインにはわからなかった。そんなもの、理解しなくていい。今は、奪われたリティルを取り戻さなければ!とノインが短い混乱から、立ち直るその時だった。

「彼女は実在しますよ?あなたまで惑わされないでください」

ヒュンッと風切り音がして、インファが舞い降りてきた。その腕には、雷帝妃を抱いていた。少し前なら、横抱きに抱き上げられるのを、断固阻止しただろうセリアが、インファの首に自然と腕を回している様を見て、ノインはこんな時だが、よかったなと安堵してしまった。

「なぜオレを遠ざけたんですか?父さんのお守りをしながら頭を使うのは、かなり骨が折れますよ?父さんは、ジッとしていてくれませんからね。……あれは残留思念ですか?宝石が絡んでいると。オレの勘が冴えていましたね。セリア、できますか?」

舞い降りるなり、インファはノインに怒りをぶつけた。だが、その怒りはすぐに鎮火していた。王の危機に、インファは副官として即感情を切り捨てたのだ。

彼は優秀だ。ノインは、シェラに、インファに話すことを、承諾させたところだった。だが彼はやはり、先手を打ってくれたのだな?と、ノインは、駆けつけてくれたインファに感謝した。そして「すまない」と詫びた。

「やるわよ!わたしは、宝石の母なんだから!」

インファの腕から降りたセリアは、カーテンの奥の棚へ走った。この棚を、セリアは見覚えがあった。セリアはラジュールに、あの宝石が持っていた記憶を植え付けられては死にを、繰り返していたのだから。忌まわしい記憶。見るんじゃなかったと思った記憶だったが、それが今、リティルの為に役に立つのだから、無駄じゃなかったわ!とセリアは前を向いた。

「お願いしますよ?父さん相手では長くは保ちませんからね」

インファは片手を、渦巻く風に守られたリティルに向けた。

「手伝ってください!このままでは、ネクロマンサーの印の思惑通りですよ!」

頷いたノインはインファに並ぶと、片手の平をリティルに向けた。三人の風が干渉して、ぶつかり合う。風を乱されたことに苛立ったのか、リティルの殺意がこちらに向くのをインファは感じた。

 まさか、底なしに優しい父に、殺意を向けられる日がくるなんて、と、インファはここまでリティルを錯乱させた今回の敵に、言い表せないほどの怒りを感じていた。

「父さん、風の王の証、オレが継ぎましょうか?記憶もすべて捨てて、母さんとやり直すんです!あなたには、母さんさえいれば、いいでしょう!」

「影響を受けているか?インファ」

「少しくらい拗ねてもいいでしょう?父さんは風の王を辞めませんよ。戻って、きます!」

インファの放った鋭い風が、リティルの風を一瞬切り裂いた。その一瞬の隙間を、ノインの風が駆け抜ける。リティルの風の壁を貫き、細く道が繋がった。さすがですねと、インファは隣の相棒を見た。ノインは、これくらいはなと、インファに涼やかに答えた。二人は信頼した笑みを交わすと、前を向いた。

「泣くな。リティル。おまえを一人には、決してしない」

ノインの風に重なったインファの風、が隙間をこじ開ける。風の王の副官と補佐官は、ゆっくりと吹き荒れる風の中を進んだ。顔を覆って、それでもリティルは立っていた。その背後には、俯いた女の姿をした、残留思念の集合体が揺らめいていた。その気配は、徐々に希薄なっていっていた。

セリアが、ダイヤモンドに囚われた魂達を解放していっているのだ。

「リティル!」「父さん!」

インファとノインが、同時に手を差し出した。顔を覆うリティルは、動くことができなかった。セリアに解体されながらも、残留思念の集合体の影響が未だ強い。だが、自害しないでいてくれたリティルは、思考能力を奪われながらも、抗っているのだと二人にはわかった。必ず帰るよと笑ってくれる、心強き風の王。インファとノインは、ゆっくりリティルに近づいた。

 荒々しい気配が二人の風の精霊の頭上を飛び越えた。ティルフィングの細いからくりの腕が唸る。リティルの背後で、彼の心を掌握していた残留思念の集合体を、ティルフィングの鋭い爪が切り裂いていた。

消え行きながら、ずっと俯いていた女が、顔を上げた。

その頬が、涙に濡れていた。

「哀しみは、癒えない……オレは――」

フラリと倒れてくるリティルを、王の副官と補佐官が受け止めた。

 リティルの意識は、ここにはなかった。体に刻みつけられた、ネクロマンサーの印がリティルのモノではない鼓動で脈打っているのを、インファは感じていた。

「ノイン、父さんを頼みましたよ?」

瞳は辛うじて開いているが、意識がもうろうとしている、リティルの姿を見つめていたインファが、顔を上げた。彼の怒りはわかる。ノインも同じ気持ちだからだ。

インファは、リティルをノインに託すと、翼を広げて鋭く飛んで行った。彼の戦場へと。

「風、の王は、世界の刃。誰に許、しを請う必、要もな、い」

タンッと軽く踏みきり、ティルフィングはインファを追った。

「ティルフィング、リティルは、おまえの様には割り切れない。故に、我らがいる」

だが、とリティルの焦点の定まらない瞳を大きな手で覆って、閉じさせたノインは、哀しげな目で、未だ精神を犯されているリティルを見下ろしていた。

リティルに声が届かない。いつでも、生きると前を向いていたリティルの心が、深淵に囚われて沈んでいた。藻掻くことなく。

「イン……おまえなら救えるか?同じ痛みを知る、おまえなら。父であるおまえなら。おまえの願いは、オレの願いだ」

――リティルを守りたい。何を犠牲にしても、どんなことを、しても……!

ノインは、インからこの願いを託されて、存在している。今、前向きな光を、完全に失っているリティルに必要なのは、インなのだろうか、ノインなのだろうか。

ノインには、自信がなかった。いつでもリティルは、ノインの声に応えてくれた。だのに、今、リティルは拒絶している。拒絶されたことが初めてで、ノインは、思いの外傷ついていた。こんな、傷ついて立てない今のリティルには、インのようにすべてを包んで眠るような安らぎの方が、いいのではないか?それを、ノインには与えてやれない。

立て!と手を掴んで引き揚げることしか、ノインにはできない。

おまえの魂の輝きを諦めるな!と、叫び続けることしかできない。リティルが、この手をとってくれるまで、手を伸ばし続けることしかできない。

オレで、本当に救い出せるのか?完全に閉じてしまっているリティルの心を前に、ノインは迷ってしまった。

 そんな時だった。リティルの怒った声が、頭の中にガツンと響いた。

――ノイン!勝手にいなくなるなよ?おまえがいねーと、困るんだよ!オレに喝入れてくれるヤツ、いなくなっちまうだろ?

そう言って笑う、リティルが思い出された。ノインは弱気になった自分を振り払うように頭を振った。

知らず知らずのうちに、インの影響を受けてしまっていたらしい。リティルはもう、庇護を必要とする幼い子供ではない。風という力を統治する、偉大な王だ。

彼に必要なのは、そう、共に飛ぶことのできる翼だ!

「そうだったな、リティル。生きようとするおまえを守る為、オレはここに居る」

――哀しみは癒えない。オレは、許されない……

その痛みを、ノインも知っている。多くを殺してきたインは、この想いに苛まれ、あまり自分のことが大切ではなかった。その痛みを癒やしたのは、インを父と慕うリティルだった。力強く生きる瞳、前を向く明るい笑顔。インは、リティルの姿に未来を見た。とっくに死に掴まれ、死ぬことはできないまま淡々と風の王をこなしていたインは、リティルによってもう一度息を吹き返した。リティルが最初にこなした仕事は、父である先代風の王を救ったことだった。

 リティルの生き生きとした瞳の輝きに、皆救われる。その輝きは、肉体を離れた魂達をも惹きつけ、リティルは、歴代で一番葬送の力の強い王だ。その力は、歴代で別格の力を持つ初代風の王・ルディルをも凌ぐほどだった。

死した魂には、風の王の導きが必要だ。王がいなければ、輪廻の輪は回らない。

世界には、リティルのような優しく、力強く輝く王が必要なのだ。

「終わりがほしいか?だが、まだそれを許してやれそうにない。許せリティル。生きると言ってくれ。リティル!」

そっと、ノインは苦痛に呻くリティルの額に手を置いた。


 セリアは、焦らないように、焦らないようにと唱えながら、慎重にダイヤモンドを割っていた。これをこの中に囚われている人達は望むだろうか?望んでいなかったとしたら、この人達にさらなる苦痛を与えてしまうのでは?セリアはそんな、風の精霊のようなことを自然と思いながら、恐る恐るダイヤモンドを割った。

風の精霊ではないセリアには、解放された瞬間に死を迎えてしまう、彼等の声は聞こえない。肉体を失った魂の姿も見えない。けれども、リティル様を守りたいの!と言い聞かせて、抵抗なく割れていく宝石たちを、割っていた。

この棚を、どうやって隠していたのだろうか。九ヶ月前は確かになかったのに。いや、今はそんなことよりも、これを何とかしなくちゃ!とセリアは、ダイヤモンドに手を伸ばし続けた。

 背中に、ヒシヒシとリティルの殺気だった風を感じていた。それと対峙する、インファとノインの風も。

こんなこと、望まない!あの三人の絆を壊すすべてを、許してはおけない。

棚の先を見ると、ダイヤモンドはあと数個だった。もう少し、もう少しで!とセリアは、さらなる恨みを買いませんようにと祈りながら、震える手を箱に伸ばした。

「!」

棚の裏側から殺気を感じて、セリアは咄嗟に手を引くと飛び退いた。棚を破壊し、今セリアが手を伸ばしていた宝石箱を人形の白い手が掴んでいた。

「お母様?違う!あなたは、誰?」

セリアは右手にナイフを抜いた。棚を突き破った手は、ズルリと引っ込んでいった。そして、やや遅れて、空っぽになりつつあった棚が真っ二つに断たれていた。

間髪入れずに襲ってきた二撃目を、セリアは難なく避けた。ギラリと湾曲した硬質な光が返り、再び襲ってきた。

「大鎌ですか。グロウタースに伝わる、死神を気取りますか?」

割って入ってきたインファが、白い華奢な剣で刃を弾き返していた。

「インファ!」

「セリア、あなたは仕事を完了してください。彼女は……オレの獲物です!」

大鎌を左手一本で持ちながら、人形の女は右手にダイヤモンドを握っていた。

言葉を持たないのか、ラジュールと同じ陶器の白い顔に、妖艶な笑みを浮かべ、大鎌が再び閃いた。剣を構えたインファに、大鎌の刃が届くよりも早く、細く長いからくりの腕が大鎌の刃を掴んでいた。

「あなたはこちら側ですか?ティルフィング」

インファは、意地悪くティルフィングに問うた。守るからついてきてくれと頼んだのに、守ることができなかったティルフィングは、雷帝の嫌みを謹んで受けたのだった。

「ビザマ、とシェラ、を守、ると約束、をした。自、分はリティルの、相棒だ」

「意図せず、やらかしてしまうのが、うちの風の王です。守るのは大変ですよ?」

せめぎ合っていたティルフィングの右手が、人形の女の大鎌の刃を砕いた。

刃の砕かれた大鎌を無造作に投げ捨て、女は、ダイヤモンドを自分の胸に押し当てた。希薄だった存在感が増して、人形の瞳に確かな意志が宿った。

 この気配を知っている。リティルの刻みつけられた印から漂う気配と同じだ。

彼女が、無常の風の探していたフェイユだ。

やっと、やっと見つけた!インファの中のイヌワシが、獲物を前に悦んだ。

遠慮はいりませんよ?殺戮の衝動が、インファの心でその大きな翼を広げ――

「待っていたわ。あなたが表に出てくることを!」

インファは、その声にハッと我に返った。

刹那、ヒュッと空気を切り裂き、白い蛇が人形の体に巻き付いた。

「フェイユ!リティルはあなたの恨みを、当然だと言ったわ。けれども、わたしは納得いかないの。あなたが、その恨みをぶつけるべき相手は、十五代目風の王・リティルではないわ!」

蛇だと思ったものは、シェラの放った風花の鞭だった。歯を食いしばるシェラの体から、心に取り込んでいたフェイユの残留思念が抜け出して、人形の体へ向かって飛んだ。

「「父を殺した、風の王は誰?」」

ゾッとする声だった。心を得た人形は、妖艶な笑みを浮かべシェラを見た。

「母さん!」

「初代風の王・ルディル」

その名を口にすることを、阻止しようとしたインファを遮り、シェラは静かに名を告げた。

シェラの瞳には、気丈で冷たい光が宿っていた。鞭で縛り上げたまま、シェラはさらに続けた。

「お父様に会いたい?そして、あなたのかつての婚約者にも」

シェラの瞳には、怒りが宿っていた。

「会いたいかしら?優しい彼等に。あなた達の未来を作る為、戦い散ったファウジ。ファウジの意志を継ぎ、あなたを守ろうとして、そして、あなたに殺されたシャビに」

フェイユの力が強い。鞭を握るシェラの手の平を滑り、白い鞭に血の赤が滲んだ。

「フェイユ、なぜ、シャビを殺したの?」

完璧な笑顔だった。妖艶で残酷で、そして身勝手で。

「「失いたくなかったから。永遠を手に入れる方法を、ラジュールが教えてくれたわ。けれども、手に入らなかった!」」

刃が閃いて、シェラの鞭は断ち切られていた。

「――醜い人。それが本心なら、正気を疑うわね」

「「精霊のあなたには、わからないわ。別れを約束されたわたし達の心など!」」

鞭を断ち切られ、蹌踉めいて膝をついたシェラに、ボロボロの衣を纏った死霊達が襲いかかった。死霊を切り裂き、シェラを守ったのは、インファとティルフィングだった。

「それを、ファウジとシャビに言える?あなたを捜し続けて、永遠を闇の中で生きなければならなくなった、彼等に言える?フェイユ!会わせてあげるわ!ルキ、お願い!」

「やれやれ、了解」

シェラの声に応え、幻夢帝の声が響いた。インファとティルフィングの間をすり抜け、フェイユを包んだ扉にシェラは飛び込んだ。そして、それを追おうとした二人の前で扉は閉じた。

「母さん!」

扉を越えたシェラがこちらを振り向き、扉を閉じた様がインファには見えていた。今回の母は独断がすぎる。記憶の中のシェラよりも、大分行動的になった彼女の行動は、インファであっても読めなかった。

「インファ!追いかける?今なら追えるわ!」

すべてのダイヤモンドを解放し、戻ってきたセリアを前に、インファはどうすべきかを決めかねた。シェラは、いつの間にか無常の風とも繋がっている。そして、ルディルとも。確信したのは、ルキが躊躇いなく扉を開いたからだ。ルキはリティルを悲しませない。シェラに策のない無謀はさせない。あの扉の先に、ルディルと無常の風はきっといる。フェイユにルディルの名を告げたシェラは、彼を売ったわけではない。ルディルとは、すでに話がついているのだろう。

あちらには、それだけの精霊がいるのならば、インファの手は必要ではない。

今、インファがやらなければならないことは?

 インファは、うなり声にハッとしてその方向を見た。

「父さん!」

翼を広げたインファを追って、ティルフィングとセリアも走った。


ラウンド1 残留思念集合体、解体成功。

      精神攻撃により風の王・リティル、戦闘不能

ラウンド2 花の姫・シェラ乱入により、場所を変え仕切り直し

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