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序章 王の帰還

 風の精霊を統べる王であるリティルは、五年ぶりに風の城に帰ってきた。

繁栄と衰退、命の生き死にを繰り返す、精霊達の慈しむ世界・グロウタース。そこにある、万年戦争大陸と呼ばれた青き翼の獅子を、その身と命を使い、大地の崩壊から救って早五年。やっと復活を果たし、リティルは迎えに来てくれた次男の空の翼・レイシと、煌帝・インジュと共に、応接間に続く、石の扉を開けた。

 風の城の応接間はとても広い。床から聳えるような尖頭窓のそばに置かれたソファーまでは、十数メートルはある。象眼細工の床には、風の王の両翼の鳥である、クジャクのインサーリーズとフクロウのインスレイズが連続模様で描かれていた。

「リティル」

ワインレッドのソファーにいた大柄な人物に名を呼ばれ、リティルは金色のオオタカの翼を広げ飛んだ。それを追いかけて、レイシは空の色をしたガラスのような翼を広げ、インジュは金色のオウギワシの翼を広げた。

出迎えてくれたのは、初代風の王で、現在は夕暮れの太陽王として、精霊の住む世界・イシュラースの半分である昼の国・セクルースを治めているルディルだった。初代風の王のよしみで、リティルのいない五年間、風一家の面倒を見てくれたのだった。

ちなみにイシュラースのもう半分は、夜の国・ルキルースといい、常夜の夢の国だ。

「ルディル、風の面倒見てくれて、ありがとな」

夕暮れの太陽王・ルディルは、粗暴で荒々しいオレンジ色の瞳に、安堵したような笑みを浮かべた。彼の背には、風の王だった頃の名残である、オレンジ色のオオタカの翼があった。

「いいって事よ。しかしなぁリティル、大地の礎使いやがって、肝が冷えたぞ?まったく」

禁呪・大地の礎――精霊がその身を犠牲にして、大地と同化し、滅び行く大地を再生させる。大地の再生が終われば、同化した精霊は再び肉体を再構築して蘇ることができるが、大地の再生が上手くいかなければ、同化した精霊は道ずれとなって死んでしまう。

リティルはその魔法を成功させ、今日、やっと帰還したのだった。

友人であり、相談役のルディルは、リティルの無茶を、終わったことだが言っておくと言って咎めてくれた。

「ハハ、ごめん、ごめん。ところでみんなは?出払ってるのかよ?」

立ち上がったルディルは一九十を越える身長で、対するリティルは一五十センチしかない。逞しい体躯のルディルと並ぶと、リティルは小さく華奢に見え、大人と子供のように見えてしまう。外見年齢も、ルディルは三十五才。リティルは十九才な上に童顔。外見的にも、大人と子供だった。

だとしても、王である二人は対等だ。精霊は不老不死故に、そういう存在として目覚めた時から、姿形は変わらないのだから。

 風の王の代理を務めてくれたルディルは、それがな……と、豪快で自信家の彼には珍しく、困り顔だった。

「どうしちゃったんです?昨日はみんな、リティルの帰りを待ってるって言ってましたよねぇ?」

キラキラ輝く金色の髪を揺らして、背が高く華奢な、女性のような中性的な面立ちのインジュが、首を傾げた。外見年齢は二十三才。とても見目麗しい精霊だった。

「兄貴もノインもいないなんて、師匠、何かあったの?」

冷たく鋭い紫色の瞳で、レイシがルディルを見上げた。レイシは十八才。不良少年という表現が似合う、外見と雰囲気だった。レイシは、ルディルに力の使い方の手ほどきを受けていた。故に師弟関係にあった。

ルディルは、いきなりリティルの肩を両手で掴んだ。驚いたリティルは、当然ルディルを見上げた。掴んだ肩から伝わってくるリティルの霊力。それは、まだ、復活したてで、ルディルが知る彼にしては弱々しかった。しかし、語らねばならない。このまま休む間もなく、戦いが始まってしまうとしても、彼がとても頼りない外見をしているとしても、リティルはルディルの認める、風の王だから。

「リティル、落ち着いて聞け。風を除く四大元素の王たちに、反乱の兆しありって出てな、探りに行ったんだわ」

「はあ?反乱?ユグラ達がか?」

リティルは眉根を潜めた。わかっていた反応だった。風から報告を受けた、風の王のあの頭の切れる副官も、珍しく困惑していたのだから。

 四大元素とは、自然を構成するもっとも基本的な力だ。

風の王・リティル。大地の王・ユグラ。水の王・メリシーヌ。炎の王・エセルトの四人が治めている。四人は単独行動が基本の精霊という種の中でも、風の王・リティルを中心に仲がよかった。そのはずだった。

「まさか、戦争になってねーよな?」

領域が違うとはいっても、各々の治める領域は地続きだ。武力と武力がぶつかっているのなら、その余波が感じられるはずだが、何も感じられなかった。そもそも、彼等は武力を持たない。持てる力を、相手を傷つける方向で使えば戦えるが、戦い慣れていない彼等では、お互いに痛い思いをするだけで、得られるモノはほぼないだろう。

武力を持っているのは、四大元素の中では、世界の刃として、世界に仇なすモノと戦うことを運命づけられている、風の城だけだ。

「それがなぁ、妙なんだよ。お互いにどこからか戦士を連れてきてな。風以外武力を持つのは禁止されてるだろう?そいつのせいで、風の警戒コードに触れちまったらしいわ」

「戦士?それって、精霊?」

レイシの問いに、ルディルは首を横に振った。

「ありゃ、偽物の魂だな。どっかの誰かが、裏で糸引いていやがるぞ?」

「とりあえずみんなは手分けして、その戦士と戦いに行ったってことか?」

私兵を持ったとしても、風の城や世界に仇なす危険がなければ、副官のインファや補佐官のノインが、問答無用で戦うことはないはず、だが?と、リティルは首をかしげた。

「おうよ。……おまえが帰ってくる前に、済ませたかったんだがなぁ」

ルディルはなぜか、すべてを語りたくない様子だった。それに気がついたリティルが、ジッとルディルを見つめた。リティルの、金色の生き生きとした光の踊る瞳に見つめられ、ルディルは居心地が悪そうだったが、うーんと唸るだけで一向に話し始めなかった。

「ルディル、オレが帰ってきたんだ。風の仕事はオレに返せよ?」

ルディルは、リティルのみならず、レイシとインジュにも見つめられ、観念した。

「はあ。まあ、隠し通せるものでもねえわな」

ルディルはため息を一つつくと、三人に座れと促した。


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