追い剥ぎ勇者
勇者は、数秒の間だけ
時を止める能力を持っていた。
だが数秒時を止められたからと言って、
むしろそこからどうするかの方が
はるかに問題だった。
攻撃力が圧倒的に足りない。
確かに強い者からすれば、
これほど無敵な能力はないだろう。
だがまだレベルの低い勇者では
数秒敵の動きが止まったところで
トドメとなる一撃を
相手に与えることが出来ない。
これだけのレベル差で
剣で相手を何とかするのは
至難の業と言ってもいいだろう。
嫌な予感しかしないが、
まずは今自分が持っている剣で
勇者は試してみる。
初期装備の剣で
黒騎士を斬りつけはしたが、
その剣は物の見事に
真ん中からポキンと折れた。
「おっ、折れたっ!?」
嫌な予感的中の勇者。
そこで数秒が経過し、
時は再び動き出す。
-
黒騎士が剣を振り下ろすと
横に勇者がいて剣が折れている。
黒騎士は勇者が剣で防御して、
そのまま剣が折れたと思い込む、
一応戦闘の辻褄は合っているのか。
勇者は再び時を止める。
「まいったな、これ」
「あのクソ女神。
剣ぐらい、いいの持たせろっての」
文句を言いながら、
仕方なく転移強奪で
日本刀を出現させる勇者。
黒騎士が纏う鎧のつなぎ目を狙って
これを突き刺す。
しかしこれも
一応刺さりはしたが、
途中で止まってしまい、
深くまで押し込めない。
そしてまた時が動き出す。
「なにっ!」
いつの間にか
自分に日本刀が刺さっていて
驚きを隠せない黒騎士。
勇者はまた時を止め、
他の武器を試してみることにする。
-
そんなことが何度も繰り返され、
いつの間にやら黒騎士の体には
日本刀やら槍やら、弓、斧、
チェーンソーなどなどが
刺さりまくってしまっていた。
所謂なます切り状態に
されてしまっている黒騎士。
「面妖な術を使って、
我を嬲って愚弄する気か、
どこまでも卑劣な奴よ」
「殺すなら
いっそひと思いにやるがいい」
敵にこんなことを言わせる勇者など
なかなか居るものではない。
「いやあ、ホント、それはすまん」
別に倒すだけであれば、
刃物にこだわる必要もなく、
爆弾なりなんなりを使えばよかったのだが、
敵に刃物がどれ程通用するのか、
試し切りをする必要もあった。
その実験に使われる
黒騎士もたまったものではないが。
ここでようやく勇者は気づく。
黒騎士が手にしている
黒光りしている剣に。
「そっか、はじめから
この剣使えばよかったんだ」
「んじゃ、
そういうことで、
さよなら」
勇者は剣を横一文字に振り、
止まったまま動かない
黒騎士の首を刎ねた。
「すげえ、よく切れる剣だな」
レベル差があるので
切れないのではないかと
半信半疑であったが、
剣はそんなことを
微塵も感じさせない程の切れ味であった。
勇者は剣の刃をジロジロと眺める。
「せっかくだし、
この剣もらっておくかな」
-
そこで終わっていれば
まだよかったのだが、
倒れている首の無い
黒騎士の鎧が勇者の目に入る。
『よさそうな、鎧だよな……』
『いや、いくら俺が外道だとしても、
それだけはやっちゃいけない気がするんだが、
俺の人としての尊厳的な意味で』
一応勇者に外道としての
自覚はあるらしい。
この先、まともな武器や防具を
手に入れることなどないかもしれない、
そう思うと勇者は泣く泣く
やらざるを得ない。
「死体が着てる鎧
脱がせて奪うってやべえな、
やべえ奴だな、俺」
「これ追い剥ぎって奴だろ?」
死体から剥ぐ分、
普通の追い剥ぎより性質が悪い。
『あんまよく考えてなかったけど、
これ呪いの装備だったりしないよな?』
しかしこの漆黒の鎧、重過ぎるため、
バイクでの機動力を
活かすことが出来なくなるので、
あまり着る機会もなかった。