始まりの時
重い感じです。
10歳のある日、香緒里の人生は劇的に変わった。
その日の朝、母は様子がおかしかった。
虚空を見つめ何事かをブツブツと呟いていた。
ここ最近たまにそうしている事があったから、あまり気にせずに学校に行った。
2歳の時に父を交通事故で亡くしてからずっと女手ひとつで育ててくれた母は、よく当たる占い師としてそこそこ有名だ。それなりに稼いでいたらしく、母子2人で暮らしている分には不自由はなかった。
有名になってきたおかげか少し忙しそうにしているのは知っていたので、疲れているのかな、と思って特に疑問も持たなかったのだ。
誰かに相談所でもしていれば、違う結果になったのだろうか。
そう考えてしまうが、結局変わらなかっただろう事はわかっている。
放課後、友達と公園で遊んでいるとふらふらとした足取りで母がやって来た。
母は何故か包丁を手にしていた。不思議に思いながら声をかけた。
何処か別の所を見ているような、虚ろな目をした母の瞳は、赤かった。真っ赤な瞳が光を帯びていて、とても不思議だった。
「危ない!」
何処かから男の子の声がした。近くで遊んでいた兄弟らしい中学生と自分より少し年下らしい男の子の声だろう。
何が起きているのか分からなかった。
気が付けば振り下ろされた包丁の先が左目を切り裂いていた。
痛い。
熱い。
何で?
熱い。
悲鳴が聞こえる。友達だろう。
見えない。
熱い。
母が叫んでいる。この子の目を潰さないといけないのだ、と。
中学生の男の子が母を止めている声がする。
続いて救急車、通報という声。
大人の声が混じり始めた。
両目が熱くて、熱くて、耐えられなかった。切り裂かれたのは左目だけなのに。右目は無事なハズなのに。
「もう、大丈夫。大丈夫だから」
少し低い、落ち着いた声がした。
たぶん、中学生の人。
ひんやりとした手が目を覆うように触れた。
熱くて耐えられなかった目がその手で冷やされたかのように落ち着いていく。
同時に、意識も遠のいていった。