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母との約束でした。

「はぁっ、はぁっ。ゆ、雄太殿。申し訳ありません。なんとか捕まえようとしたのですが。」


屋敷の奥からクラウスさんが息を切らして出て来る。チビは今もユイの顔をペロペロと舐めていた。


「わぁ、可愛い。」


「雄太。この犬はなんだい?」


う、婆ちゃん。ちょっと不機嫌だな。先に言っておけばよかった。


「ごめん。後で話そうと思ってたんだけど、店から帰ってくる途中で拾ったんだ。」


「飼うって言うのかい?」


「いや、こいつ首輪してたし誰かに飼われてたみたいなんだ。だから飼い主を探すよ。」


「そうかい。犬を愛でてても一銭にもなりゃしないんだから。あたしゃ面倒みないよ。お前がちゃんとするんだ。」


「わかってるよ。人助け、じゃなかった犬助けくらいしてもいいだろ。」


婆ちゃんは「まったく・・・。」と何事か文句をブツブツ言いながら屋敷へと入って行った。


「・・・とりあえず、ユイの上から降ろさないと。」


倒れたユイの上にいるチビをどかすため、その体に手を伸ばす。すると、


ガリッ、


という鈍い音とともに激痛が走った。


「いってーーー!!」


チビは「ウーッ!」低い唸り声を上げながらこちらを睨んでいた。まるで俺の体に触るなと言わんばかりに。


「くっそ。お前を助けてやったのは俺だぞ。わかってるのか。」


「ウーッ、ワフッ!」


助けて欲しいと頼んだ覚えはない。と言う様にチビは短く吠えた。そしてユイの上から降りる気はないらしい。


「あらあら。ユイが気に入ったのですね。ユイ、犬が苦手なのに。」


この女騎士様は犬もダメなのか。むしろ平気なものは何があるのかと聞きたい。


「ユイばっかりずるい。ボクにも触らせて!」


プリムが目を輝かせながら飛びつこうとする。それを俺は無事な方の手で止めた。


「待て。見ろ、このアザを。噛まれたりしたら大変だ。」


「むぅ。大丈夫だよぉ。」


いや、娘を猛獣のから守るのは親の役目だ。そのお願いは聞けないな。


「・・・あなた、チビって言うのですね。」


リリーナがそう言うとチビも彼女の方を向いてお互いの視線がぶつかった。初めは唸り声を上げていたチビだったが次第に静かになり、耳もペタンと前に垂れる。


「そうそう、いい子ね。ユイの胸が気持ちいいのはわかりますが、そろそろ降りなさい。」


チビはどうしようか戸惑う。するとリリーナは声のトーンを一段落とし、再度命令した。


「降りなさい。」


気圧されたのかチビは慌ててユイの上から降りた。そして上目遣いでリリーナの近くにすり寄って来る。


「よろしい。お座り。」


チビは即座にお尻を地面につけ、背筋をピンと伸ばして動かなくなった。完璧なお座りがそこにあった。リリーナに「よくできました。」と言われながら頭を撫でられ感動?で体を震わせている。


「なんだ。ちゃんと人の言うこと聞けるじゃないか。」


俺もせっかくなので頭を撫でようと思い手を伸ばした。すると、


ガリッ。


やっぱり噛まれた。


「いってえ!こいつ、リリーナの言うことは聞くのに。」


あれか、犬の家庭内における順位制というやつなのか?俺をすでに自分より下の地位に見てる!?


「ふふっ、俺の頭は安くない。そう言っていますよ。」


「リリーナさん、もしかして犬の言葉や気持ちがわかっちゃったりしてません?」


「さぁ?どうでしょうか。」


クスクスと笑っちゃって。面白がっているな。


「プリム、ユイのことは私が見ていますから、お婆様と先にお風呂へ行ってください。クラウスは夕食の準備をお願いします。あ、雄太さんは残ってください。」


「しょうがないなぁ。後でボクにも触らせてね。」


そう言ってプリムは屋敷へと駆け出す。クラウスさんも「了解しました。本日はゴーヤチャンプルというものに挑戦したいと思います。」と言いながら中へ戻って行った。


―――――

リリーナはチビに「大人しくしててください。」と言うと自分も地面に座り、ユイの頭を優しく持ち上げ膝の上に載せた。そして彼女の髪を撫でる。


「・・・ほら、雄太さん。ユイの寝顔って可愛いと思いませんか。いつもと違って子どもみたい。」


確かに。いつもの仏頂面や怒った顔とは全然違う。おそらく初めて見るであろう彼女の寝顔は年齢よりもずっと幼く見えた。


「手とか胸、触ってみます?少しくらいなら私が許しますよ。」


「じょ、冗談はやめてください。バレたら殺されます。」


「ふふっ。今のユイは雄太さんにそんなことしないと思いますけどね。」


「そうですかね。剣で切りかかってくると思いますけど。」


「好きな人にそんなことしませんよ。」


「・・・。」


俺はリリーナの言葉を聞いた瞬間、心臓がドクンッと強く脈打つのがわかった。それに言葉も出ない。ヒデちゃんに相談したことでユイに対する気持ちは自覚していた。だけど長らく恋愛というものから遠ざかっていたためか無意識に尻込みしているらしかった。


「雄太さんも知っている通り、ユイは男の人が苦手です。他にも恐怖で体が動かなくなるものがたくさんあります。・・・でもそれは私のせいなのです。だから、私は『姉』に好きな人がいるとわかった今、全力で応援しますよ。」


・・・ちょっと待ってくれ。もの凄いことサラッと言わなかった!?


「あ、あの。聞き間違いかもしれないけど『姉』って言いませんでした?」


「・・・腹違いですけどね。」


俺は驚愕のあまりその場に立ち尽くした。


―――――

「ユイの母親はメイザース家に仕える使用人の1人でした。ある時、愚かな父が戯れに手を出したそうです。そのことを知った私の母の怒りはそれはもう凄まじかったと聞いています。」


なんだろう、昼のドラマとかでよくありそうな話だ。


「彼女はすぐに屋敷から追放されました。が、私の母には気がかりなことがあったのかもしれません。彼女が屋敷からいなくなってからもごく少数の部下を使って監視をしていました。」


「・・・ということはやっぱり。」


「はい。彼女はそのことが原因で妊娠し、そして出産しました。母親と同じ金色の髪を持つ女の子だったそうです。」


俺はリリーナの膝の上で眠るユイを見た。その髪は夕陽を受け止めキラキラと輝いている。


「私の母はそのことを口外しないよう部下に厳命し、自分も話すことはありませんでした。ただ、私が6歳の時に母も病気で亡くなってしまうのですが、息を引き取る前に私にだけはと教えてくれたのです。『あなたには血が半分だけつながった姉がいます。名前はユイと言うようです。』と。」


「・・・リリーナさんはその時、お姉さんを探そうと思わなかったんですか?」


「母との約束でした。メイザース家、この国を混乱させてはいけない。これは私とあなただけの秘密にして欲しい、と。だから私もそのことを心の奥にしまい込んで日々は過ぎていったのです。」


そう言いながらリリーナは静かに目を閉じた。


――――――

「ねえ、クラウス。あの女の子は?」


リリーナは屋敷の2階にある執務室から庭を見下ろしていた。そこでは大勢の男たちが訓練のため剣を振るっている。


いつもの光景だったが、その中に金色の髪を頭の後ろで結んだ少女が1人いたことにリリーナの興味は引かれた。女の子と言っても背は高く、リリーナより年上に見える。


「先日、騎士見習いとして入団したと聞いております。」


「ふ~ん。面白そうね。ちょっとお喋りをしに行ってみましょうか。」


「・・・姫様。押し付けられた仕事をこれでサボれる、そう顔に出ております。」


「いいじゃないですか。私はまだ10歳、遊びたい年頃なのですよ。」


「それは自分で言うものではありません。」


「ほら。クラウス行きますよ。」


リリーナは椅子を蹴飛ばし部屋を飛び出した。

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