朝は出荷で忙しい。
婆ちゃんは作った作物を地元のとある産地直売所に出荷してお金を稼いでいる。
昔は農協とかにも出してた。だけど、元々買値が安い上に形が不揃いだと値引きされたり、無茶な出荷要請なんかもあったりでそこに出すのはやめてしまった。
直売所のメリットは農家が自分で並べる商品を決められるし、値段も自由だ。いい物は普通の価格で置いて、形の悪いものは安く出せる。
店からその日に何がどれだけ売れたという情報がメールで3~5回来るから、それを見ることで自分がどれだけ稼いでいるかリアルタイムで知ることができるのも楽しいらしい。
今は直売所一本だ。
不便なのは家から少し距離があることだろう。
この家は本土から橋を3つ架けて繋がった島で、どうしても車を運転しなければならない。
年を取ってから運転はあまりしたくないようで、俺が帰って来てからは出荷を任せられると喜んでいた。
―――
「おはようございます。」
今日出荷する商品を積み込むため日の出の前に倉庫の扉を開ける。
リリーナたちがこの世界に来たことで家はなくなってしまったが、この大きな倉庫だけは残っていた。
暗がりの中、蛍光灯の明かりだけだったがそのピンクの髪がキレイに見えた。
リリーナが昨日取ってきたばかりのキャベツに『新鮮野菜』と書かれたテープを巻き付けてた。
「おはよう。リリーナさん。早いね。婆ちゃんは?」
「お婆様はもう畑の方へと向かわれました。出荷をいつもの通りやっておくこと、だそうです。」
「さすが金の亡者だな。こんな早い時間から仕事に出るなんて。リリーナさん、婆ちゃんに無理やり朝から働かされてない?文句があれば俺が言うからさ。」
リリーナさんは異世界で身分の高い人らしい。確かにオーラのようなものが出ているのを感じるが、俺とは一回り以上年の差がある。ここは優しさを見せなければ。
「ふふっ、お婆様のことをそんな風に言ってはいけませんわ。それに私は毎日が楽しくて仕方がないのです。メイザース家に生まれて16年、家名や地位としての役割、権力についてばかり学び、生きてきました。ここではそんなものは通用しませんし、必要ありません。生きるために必要な『食』というものを自分の力で作り出すのです。私は初めて生きていると実感しています。」
くっ、なんてご立派な意見なんだ。本当に16歳か?
俺が高校生くらいのころは部活、コピーバンド、テレビゲームなんかにかまけて、農業なんて見向きもしなかったのに。
高校生のころと言えば、リリーナさんやユイさんは俺が学生の時に使っていたジャージを着ている。倉庫に保管してあったもので、汚れてもいい服として貸し出していた。
まさかドレスや鎧で作業しろとは言えないもんな。高そうだし。
ちなみにプリムは俺の私服で着れそうなものを使っているが、ほとんどがブカブカだ。
自分の服を女の子たちが着るというのはどことなく甘酸っぱい気持ちになる。
フワフワとした居心地で商品化を進めた。
「よし、これで今日はいいかな。店に行ってくるよ。」
「あの、私もお店に付いて行ってみたいのですが・・・ダメでしょうか?」
リリーナは俺の懐に入って見上げてくる。
く、まずい。この上目遣いは相当な破壊力がある。いっそのこと連れて行ってしまおうか、いや、でも・・・。
「う~ん、やっぱりまだ人目につくところには行かないほうがいいと思うんだ。田舎はさ、すぐ噂が広まっちゃうんだよね。あのキレイな女の子は誰だってなって、後をつけられるかもしれない。この辺りは農家で独身の男が多いから危ないんですよ。」
特にあの畜産農家トリオがいるしな。嫁を捕まえようと見境なく声をかけているらしいし。
「・・・そうですね。ユイが襲われたりしたら困りますものね。」
「いえ、ユイさんの場合は男たちを切り捨ててしまわないか心配で・・・ってわかってますよね?」
「さぁ?どうでしょう?ふふっ。」
リリーナはあどけなく笑った。
――――
「なんだ、黒崎。また持って来たのか。」
ちっ、何も仕事しないくせに今日もいやがる。
店に着くとデップリと前に突き出た腹を揺らしながら偉そうに男が話しかけて来た。ここの店長で同級生の満田 (ミツダ)だ。
「並べる商品があることはいいことじゃないか。売れれば店に手数料が落ちるんだし。」
この直売所は生産者が好きに値段を決めることができる。例えば今日持って来たキャベツ、1玉200円で値段を付けた。店には自動的に1割20円の手数料が残る。出荷者の手元に入るのは180円というわけだ。
「お前のとこの商品は他の農家の皆さまと違って質が落ちるんだよ。年寄りの婆さんとオッサンが作ったものなんて売れねぇんだ。」
「売れ残りはこっちで引き上げるんだから店にリスクはないだろ。それに、この付近の農家はほとんど爺さん、婆さんが中心になってやっているじゃないか。」
「う、うるさい。俺が店長になったからにはドンドン改革していくんだ。俺が持っているコネを使って流行りの若手農家、それも知的で聡明な女の子とか、口は悪いけどキレイな女の子とか、明るくて元気な女の子とかが作っている商品を中心にしていくんだ。売上は倍増だぜ。へへへ。」
今日持って来ている商品はまさにそんな女の子が収穫したものなのだが。
そう言いかけたがやめた。
「バカなこと言うなよ。そんなの無理だって。いいからここに置くぞ。」
「ダメだダメだ。店長の俺が言うことは絶対なのだ。もしそこに置いても俺が後で移動させるからな。」
「ちっ、わかったよ。どうしたらそんな嫌な奴になれるんだ。」
しぶしぶ外から見えにくい店内の隅に商品を並べた。
「あ、売れ残りは裏に置いてあるからな。ちゃんと持って帰れよ。」
「わかったよ。」
満田はユサユサと腹を揺らしながらどこかへ行ってしまう。
返品になった野菜を車に積み込む。こうなってしまっては1円にもならない。直売所のシビアなところは売れなければそれまでだというところだろう。
最近は店長(同級生)の嫌がらせがひどいし。
店での用事が終わり帰ろうとしていたところに、農家のおばちゃんが近寄って来た。
「雄ちゃん。雄ちゃん。最近お婆ちゃん見ないけど、元気してる?」
「あ、おはようございます。ピンピンですよ。もう畑の方に行ってます。」
「そうなの、雄ちゃんっていう助手ができて嬉しいのね。これからもお婆ちゃんの手伝い、頑張ってね。」
「はは、ぼちぼち頑張ります。」
「それより聞いた?この近くの空き地で工事していた建物、あれ、やっぱりスーパーらしいわよ。大手のチェーンなんですって。そんなのが来ちゃったら価格競争が起きてあたしたちにはいいことないのに。」
「本当、困りますよね。町は反対してくれないんですかね?」
「なんか、誘致をするために裏金が動いているって話だわよ。あ、これは内緒ね。」
そう言うとおばちゃんは店の中に入って行った。
大型スーパーか。俺は昔のことを少し思い出しながら家へと帰った。
―――
「雄太、おっかえり~。ねぇ、お土産は?」
家に着き、屋敷に入ると魔法使いのプリムが飛びついて来る。
「うわっ、もうびっくりするじゃないか。ただいま。出荷に行っただけなんだから、お土産はないよ。」
「えー!雄太のケチ!!抱き着いて損した。」
「抱き着いて損するってなんだよ。リリーナさんやユイさんは?」
「二人とも畑の方に行っちゃったよ。」
「・・・どうしてプリムは残っているんだ?」
嫌な予感がする。
「はいはい!雄太の朝ごはんを作ったんだ。」
「・・・。」
俺は何かを思い出し遠い目をした。
「何!?そのまた食べられない物を作ったんだろ?っていう顔は!」
「実際、そうだったじゃないか。」
先日、農作業から帰って来るとプリムが夕食を用意していたことがあった。
自信満々に「ボクの世界で有名な『魔女鍋』だよ。」と言って出してきたそれは、ドスの効いた紫色で異臭が漂っていた。思い出しただけで吐き気がする。
「いや、俺は残っているものを食べるよ。」
俺はその場を逃げ出そうとした。しかし、プリムが勢いよく回り込む。
「今日は素材の味?を活かしたからね。はい、召し上がれ!」
プリムが大きな皿を両手に抱えて差し出す。朝からずっと見て来たキャベツが丸ごと置かれ、脇にはヨトウ虫をこんがりと揚げて添えていた。
「食えるか!」
プリムの頭を思いっきりチョップした。
―――
リリーナ=メイザース
異世界からユイさん、プリムたちとやって来た。
姫様と呼ばれるなどその地位は高い模様。
年齢は16歳。
見た目とは裏腹に大人びており下手したら俺より意識が高い。
元の世界に帰る意思があまりなく、ユイさんを困らせている。
俺がユイさんやプリムにやられるのを楽しんでいると思われる。
―――