その手の感触は。
喉元に突き付けられる鋼の刃。それを持つ彼女が力をちょっと入れるだけで首が跳ね飛ばされてしまうかもしれない。
俺は両手を上げ、麦わら帽子の中から睨みつける金髪の女性に懇願した。
「ユ、ユイさん。やめてください。さっきのは事故です。わざとじゃありません。」
「言い訳無用。あれほど私に指一本触れるなと言ったはずだ。」
太陽がギラギラと照り付ける中、俺は暑さによるものとは別の冷や汗を大量にかいていた。
「あの世へ旅立つ準備はできたか?」
「わ!やめて、剣を動かさないで!リ、リリーナさん!プリム!助けて!!」
彼は助けを求めた。後ろには剣を突き付ける女性と突き付けられる男性を面白そうに見ている2人の女の子がいた。1人は高校生くらいの年齢でどこか大人びていて何とも言えない風格があった。ピンクの髪を頭の後ろでまとめてポニーテールにしている。
もう1人の年齢はもっと若く、背丈に合わないブカブカのパーカーを着てフードを被っていた。中からはウェーブのかかった薄紫の髪がお腹の辺りまで伸びている。
「ユイ、あなたが男嫌いで触られることが苦痛なのは理解しています。でも、話くらい聞いてあげたら?雄太さんは事故と言っていますし。」
「ほ、ほら。リリーナさんの言う通り、話し合いましょう。そうすれば誤解も解けます。」
ポニーテールの女の子、リリーナの助け舟に乗ってこの場を乗り切ろう、そう思った。
「貴様は黙っていろ。姫様!事故だろうが何だろうが、私は男に触れられることは嫌なのです。」
ユイはリリーナのことを『姫様』と言った。彼女たちは主従の関係で結ばれている。
「ボクはユイの男嫌い治したほうがいいと思うな。雄太をからかうの楽しいから殺さないで欲しい。」
「プリム、お前はまだ子どもだからわからんのだ。この世に男は不要。女だけの世界こそが平和ということがな。」
「えぇー、それはつまんないと思うなぁ。」
プリムはユイの意見には同意できないらしく、フードの中から唇を前に突き出しブーブーと言っている。
「ユイ。すぐ剣の力に頼ってしまうのはあなたの悪いクセです。暴力で物事を解決していてはいけません。」
「し、しかし・・・。」
「これは主としての命令です。」
リリーナに毅然とした態度で言われ、ユイは嫌々ながら剣を降ろす。そして鞘に納めると麦わら帽子を取り頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。この剣は姫様を守るために振るうもの。以後、気をつけます。」
「わかってくれればいいの。それでは事の経緯を聞きましょうか。」
―――――
「それで、どうしてユイに触れてしまったのですか?」
俺は状況を思い出す。すると味わった感触が蘇り顔を赤くする。
「それはですね。あの、その・・・。」
「大丈夫、ユイはもう剣を抜きませんよ。話してください。それとも、やっぱりわざと触ったと?」
「そんなことはありません!えっと、その、ユイさんがそこにあるキャベツを取ろうとして持ち上げたんですが。葉にヨトウ虫が付いていたんです。」
「ヨトウ虫?」
「あぁ、はい。えっと、あ、これです。」
足元でウニョウニョと動く緑色で5センチくらいの芋虫を手に取って見せた。
「ひっ。」
ユイが小さな悲鳴を上げて後退る。リリーナとプリムは平気なようでマジマジと見ていた。
「ユイさんがこのように驚いてこけそうになったので危ない!と思って手を出したのです。そして、触ってしまいました。」
「こんなに可愛いのにねぇ。」
プリムは無邪気な声を出しヨトウ虫を手に取って遊び始めた。リリーナはウンウンと何度か頷いている。
「ユイはこういう幼虫系が苦手でしたね。魔の森で襲われた巨大モンスターの影響で。しかし、今の話を聞くと雄太さんは悪くないように思えますが?」
内心ホッとした。リリーナがこう言っているのだ、ユイもこれ以上文句を言うことはないだろう。
「そう、これは事故なのです。わかっていただけたなら嬉しいです。日差しが強くなります。早く作業に戻りましょう。」
このままごまかせる。立ち上がりその場を離れようとした。ふとユイを見る。彼女は顔を真っ赤にし涙目になっていた。そして、再度俺を睨む。
「ひ、姫様。やはり、私は許せません。なぜなら、なぜなら、こいつは私のお尻を触ってまさぐったのです!」
俺の足はその場に凍り付いた。
――――
危ない!そう思ったのは本当だった。
ヨトウ虫に驚きひっくり返りそうになったユイと地面との衝突を避けるために両手を差し出した。
そして、そのうちの一方がお尻の下敷きになった。
ユイの体格はがっしりしているが軽く、そして柔らかかった。特にお尻はマシュマロのようにフワフワとした感触であまりの気持ちよさに忘れていた煩悩が蘇った。
「私も少しくらいなら我慢もしたでしょう。しかし、こいつは長時間その手で辱めたのです。」
そう、俺の右手は欲望に溺れてしまったのだ。
リリーナは「へぇ。」とつぶやくと傍まで来て俺を見上げた。
「リ、リリーナさん、笑顔が怖いです。」
「それはそれは、気持ちのよかったことでしょう。私の従者を凌辱して無事でいられると思わないことです。プリム!」
ヨトウ虫と戯れていたプリムは顔を上げる。
「な~に?リリーナ様。」
「雄太さんにお仕置きをお願いします。」
「ほ~い。」
プリムは右手を空に向かって掲げた。すると、雲1つない空に小さな雷雲ができる。
「ちょ、ちょっと待ってプリム!ッギャァアアア!!!」
プリムが合図をすると電撃が俺を襲う。一瞬で全身は痺れ、その場に倒れ込んだ。
「ふうっ。男性の性的嗜好はこちらの世界も一緒みたいですね。まぁ、向こうにくらべれば健全なのでしょうが。」
「だから男は嫌なんだ。男なんて滅んでしまえばいい。男なんて・・・」
ユイはブツブツと呪文を唱えるように男への文句をつぶやいている。
「このくらいで許してあげましょう、ユイ。それに、あなたも少しは男嫌いを克服しなさい。」
「あぅ、はい・・・。」
リリーナに叱られたことでションボリするユイ。プリムはケラケラと笑っている。
「雄太、どうだった?ビリッときた?ねぇねぇ。」
バリバリバリという激しい音とプリムが騒ぐのが聞こえ1人の老婆がやって来る。黒焦げになった俺とその周りを囲む3人の女の子を見て呆れたように言った。
「お前たち、遊んでないで働くんだよ。自分たちの食費は自分で稼ぐ、さぁ、働いた働いた!」
「・・・婆ちゃん、俺のこの姿を見て遊んでいるように見えるのかよ。」
それは俺の婆ちゃんだった。
―――――
俺の名前は黒崎雄太、31歳。
職業 家事手伝い
独身 彼女なし
身長 人並み (170センチくらい)
体重 普通 (65kgくらい)
顔 普通 (ハゲてない)
1年前までサラリーマンだった。そこそこの会社で働いて、そこそこの給料をもらっていた。
だけど、いろいろあって辞表を出した。
そして、子どものころは何もなくて嫌で嫌で仕方がなかった実家へと戻って来た。
そこには婆ちゃんが1人で住んでいて、昔と同じように農業を続けていた。俺の両親はすでにいない。
「雄太、いつまでゆっくりしているつもりだ?早く仕事見つけろ?飯食べるのにもお金はかかるんだで。」
婆ちゃんは昔から金の亡者だった。口を開けば金、金、金とうるさい。だけど、その理由はわかっており苦痛にはならなかった。
俺は息苦しい人間を相手にする仕事はしたくないと思っていたし、久しぶりに経験する田舎の穏やかな暮らしが気に入り始めていた。
「俺さ、婆ちゃんの農業を手伝うから、飯食べさせてくれない?」
それから1年、俺は農業(の助手)をしながら生活していた。
そこに異世界から女の子、リリーナ、ユイ、プリムの3人が突然現れたのだった。
――――