第一話 ~堕ちた男の再出発~
辺り一面の闇の中、一際暗い影が一筋悲しく伸びていた。
小説家が今の状況を書くならこんな感じか。いやもっと違う書き方があるか。
俺は生憎小説家でも何でもないただのサラリーマン...でもないか。
人間実行しようと決心したら案外落ち着いてるもんだな。決心するまでが長いけど。
今日は気分がいいから俺が普段考えていることを話そうと思う。
タイトルは『概念』。ちょっとかっこいい。
普段から思うけど地面という概念は絶対な気がする。
そもそも俺たち人間、そして動物は地面の上で生活しているから地面はなくてはならないものであることは確かだ。
だが人間、動物以外はどうだろう。例えば幽霊とか。
幽霊はそもそも人間が死んでその魂が幽霊になった?感じだ。
そしてテレビやゲーム、小説から映画に至るまで幽霊は様々な面で活躍している。
そんな幽霊の特徴の一つ、物質をを通り抜けることができる。
その力を使いあの手この手で人間を驚かそうとしてくる幽霊でさえこの地面という概念に縛られている気がする。
壁を通り抜けることができるなら、地面だっていけるはず。
だって壁と地面なんて空間を90度傾けたら、壁が地面に地面が壁に変わるし。
まして幽霊が自分の意志に関係なく壁を通り抜けているなら、幽霊になった瞬間に地面をすり抜けて、地球の反対側を通り越して宇宙の果てにでも行っているはずだ。
そうなのにも関わらず平気で地面の上へ姿を現してくる。
しかしそうなってくると矛盾が生じてしまう。
だからこそいつまで経っても結論が出ない。
地面という概念は絶対だが幽霊においては例外なのか。
考えても考えてもわからない。
わからないから暇つぶしになっていいんだけど…
今日はこの辺にしとくか。また今度...暇があったら考えよう。
そろそろ着くと思うんだけど。こんなに遠かったっけ、あの橋。
今、子供の頃よく渡った橋に向かっている。橋はたいして変わっていないだろうな。
でもやっぱり子供の頃とは、自分の体力の面では大違いだな。それに昔はチャリ乗ってたし。
あの橋は名所でもなければ噂も立たないほどのただの橋。
俺が第一号になってここら一帯を盛り上げてやるぜ。ぐへへ。
ぐへへって気持ち悪いけどデュフフっていう笑い方よりかはマシな気がする。
どうでもいいか。
やっと着いた。結構掛かったな、時間。
まだ10時くらいなのにあまり人はいないもんだな。田舎なだけあるな。
橋のほうも流石に橋って言うだけあって、年月経っても見た目は変わらないんだな。
下に流れてる浅い川も暗くてよく見えないけど変わってないみたいだな。
橋から川までかなり高さがあるし流石に一回でイけるよな。
苦しみながらなんて嫌だしな。
「よいしょ」
「ふぅ...」
決心ついても怖いもんは怖いな。橋の手摺、欄干の上に立ってみると結構高いし。
そもそも欄干は墜落防止のためにつけられているのに、落ちるために使われるなんて少し滑稽にも思える。
「...い、いくか」
一瞬だ、一瞬。
俺は今から自殺する。
この世界に嫌気がさした。そんな理由じゃない。
俺は社会から、この世界から拒絶された。
自分から嫌いになって捨てるのはまだいい。実際今までそうしてきた。
けど今の俺は他から嫌われ捨てられた。
自分の必要とされない世界で生きるぐらいなら俺は喜んで死を選ぶ。
そして、実際今こうして死を選んだが故の結末を迎えようとしている。
心残りなことももちろんある。
勝手にいかなくなった仕事の事。未だに払ってない二か月分の家賃と大家さんの事。
父さんや母さん、家族の事。
そして高校の頃の部活、顧問の事。
この事全部今更考えたところで意味はない。
今、俺にできる最大の懺悔は来世でこの世界に必要とされる人間になる事しかない。
「い、いくぞ...」
バイクの音が聞こえる。こっちに走ってきてるみたいだ。
こんな現場見られたらめんどくさいことになるのは目に見えてる。
せっかくの決心が揺らぐのは嫌だ。
一歩。一歩踏み出せば終わる。こんなにも死にたいはずなのに、肝心の足が出ない。
バイクの音が近い。あと十秒あればここに到達できる距離。
「一歩、一歩だって!」
十秒。一歩踏み出せば終わる。
九秒。あと九秒もある。
八秒。あと八秒、時間はある。
七秒。まだ時間はある。
六秒。まだまだ時間はある。
五秒。いく?
四秒。いくか?
三秒。いくぞ。
二秒。絶対いくぞ。
一秒。よし、いくぞ!
零秒。...結局いけなかった。
結論。俺に自殺する決心も勇気も元々無かったみたいだ。
「おいっ!何してる?!」
バイクがついたみたいだ。
乗っていたのは三十代半ばぐらいの男の人だった。
「死のうかなって」
嘘です。そんな勇気ありませんでした。
「取り敢えず橋から降りろ」
「...はい」
面倒なことになったな。
「そんなことして何になる!?親が悲しむだろ!」
模範解答みたいな完璧な解答。さてはこいつ教師だな。
「親は両方死にましたよ。とっくにね」
ここは一発嘘をかましとくか。
「...それなら尚更お前に生きて欲しいと思ってるだろ」
「どうですかね」
「もういい。今日は家に帰りなさい。お前が家に帰るまでまでついていく」
教師かと思ったら次は警察みたいだな。それとバイクには乗せてくれないんだな。
「家は…ないです」
嘘じゃない。アパートから追い出されたし。
「どうしてだ?」
「家賃払えてなかっただけです」
「そうか…なら俺の家来い」
「...は?!」
何言ってんのこいつ!?ホモなの?俺誘われてるの?
「家、ないんだろ。このまま俺が帰ってもまたさっきみたいに死のうとされても困るからな。だから俺の家来い。というか泊めてやる。お前の新しい家が見つかるまで。いいな?」
「...わかりましたよ」
「ただいま」
「お、お邪魔します」
アパートに、一人暮らしなんだな。
「そこら辺座っとけ。お茶いるか?」
「結構です」
どうしてこうなった。
俺は自殺しようとして、でもできなくて。
たまたま通りかっかた人に自殺をやめるよう説得されて、気づけば家にまで泊めてもらっていた。
しかも無期限で。
こんな聖人みたいな人世の中にまだいたんだな。
「それでお前名前はなんて言うんだ?」
人に名を訪ねるときはまず自分から名乗れ!って言ってみたいけどそんな勇気はない。
「緒方勇正です」
「...」
なんで黙るんだ?
人の名前聞いといて何か返さないのは失礼だろ。
「俺の名前言ったんだからそっちの名前教えてくださいよ」
形は違うけど何とか言うことはできた。
「...平井励」
「...え!?」