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病んだ奴らの短すぎる小説

病んでる彼女

作者: もみじ

病んでる彼女




ほんの数分前、私の部屋は恥無く客を招けるくらいきちんと整えられていた。気を抜いただけなんだ。少しだけ、ガス抜き程度のつもりだったんだ。最初は紙を意味もなく破いただけ。そしたらガスが引火して爆発したかの様に部屋は滅茶苦茶。カーテンは上下に裂けて、時計は床で砕けて、割れたマグカップは中身を撒き散らして、机は頓珍漢な方を向いて。


カーテンも、時計も、全部気に入っていた。大切にしてたんだよ。嫌いになったわけじゃないんだよ。ごめんなさい。ごめんなさい。ああ、本当に壊してしまいたいのは自分なんだ。けど、自分を壊す程の勇気も無いんだ。だからって、君達を壊して良い理由になんてならないのに。言い訳すらできない。正当な理由なんて私の中に無いの。ごめんなさい。


片付けなきゃ。早く。


まずは目の前にある、破片と化したマグカップに触れようとしたら、指を切った。ああ、そうだよね。こんな事されたら嫌だよね。床に投げつけられて痛かったよね。私の事、嫌いになるよね。憎いよね。やり返してやりたいって恨むのは当たり前だね。傷口から雫となって絨毯に染み込んでいく。ぽたっ……ぽたっ……。行き場を失った液体は小さな池を作った。そこへ落ちていく雫と雫は溶け合って波紋も作る。池が広がり始めて、やっと時間の流れに気付いた。結構な時間が過ぎてしまった。


彼が帰ってきてしまった。怒られる。呆れられる。悲しませる。幻滅される。嫌われてしまう。ごめんなさい。こんなことをすれば貴方がそういう感情を抱くのは百も承知なの。でも、やってしまった。だからせめて帰ってくる前に片付けようともしたの。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。振り向けない。彼の顔を見るのが怖い。数秒先の未来が怖くて堪らない。もう嫌だ。自分はどうしてこんなに出来損ないなんだろう。どうして普通の人と同じようにできないんだろう。どうしたら普通になれるの。普通って何。本当は彼の帰りを美味しい食事を作って待っていたかったんだ。それって普通の願いでしょう。……違う。普通の人はそんなの当たり前にできるんだ。


────。


彼は何も言わず、ため息も吐いて呆れるでもなく、後ろからそっと抱きしめてくれた。暖かい。ぎゅっと強くて、優しい。胸で刺々しく暴れていたものが丸みを帯びてすっと流れていく。それが目から透明な雫になって溢れた。


「大丈夫、良いんだよ。それで良いよ。今のままで良い。もう頑張らなくて良いんだよ。」


長閑で平和だった部屋を戦場の如く荒らしたのにも関わらず、彼はそうやって私を包む。許してくれる。ほっとした。治さなきゃいけないとは思うんだ。でも出来なくて。こんな事がしたいんじゃないんだ。彼はそれをも理解しているのか、今の私を受け入れてくれる。温もりは駄目な私を否定しない。


分かってくれてるんだ。これがいけない事だって自覚してない訳じゃない事。私だって中で破裂しそうなものを押さえつけようと蓋をしようと努力した事。けど、それを抑えきれなくて、外にまで漏れ出てきてしまった事。いつも笑ってるのも、時に嵐となるのも、どちらも「自分」。いつだって笑っていたい、楽しくありたい。なのに嵐はやってくる。そして手当たり次第に破壊していく。ぐちゃぐちゃに、何かを傷付ける度に自分さえも掻き乱して。苦しんで、踠いて。


しばらくして嵐はどこかへ行って、やがて厚い雲間から光が差し込んで、どす黒い雲はいつもの白さを取り戻していく。もう少し経てば青い空が見えるだろう。頭を撫でてくれる大きな手は柔らかくぽかぽかしていた。



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