淡い初恋――初めての一目惚れ――
初投稿、そして初小説ですので、至らない点があるとは思いますが、少しでも読んでいただければ幸いです。
――簡単に言えば、それは一目惚れだった。
よく言われる、「天使が舞い降りた」に近い感覚だったのかもしれない。彼女が桜の木の下で白い光を放ちながら自分に微笑みかけているように感じた。そして俺は、今まで誰にも、恋愛感情を抱いたことがなかったのに、一瞬で彼女の事を好きになっていた。
俺(佐藤太郎)は、小学校を卒業して中学校へ入学した。地元は、公立中学校が3つもあって、同じ小学校から来た奴らは男女合わせて30人程度。1学年あたり120人もいたので、4分の3は知らない奴らだった。
正直な話、友達も減ったし、新しい友達ができるか不安でしょうがなかった。だからこそ、いわゆる「中学デビュー」をしてやろうと心に決めていた。元々俺は、話すのも上手くないし、顔は良く見積もっても中の下。頭の良さは中の上くらい。スポーツも中の上って感じだった。つまり、不細工でちょっと努力して勉強とスポーツを何とか見せられるレベルにしたような凡人だ。
そんな凡人である俺が、中学デビューする方法はただ一つ。スタートダッシュを決めて積極的にいろんな人に話しかけて仲良くなる!これしかなかった。
その決意を胸に俺は自分のクラスである1年1組へ向かった。因みに、クラスは4組まであり、1クラス30人の編成だった。
教室のドアを開けて中に入ると、もう八割程度生徒が居た。その中には見知った顔が数人いたので安心した。
「太郎も1組だったのか!知らない奴らばっかりだから、俺らだけで話そうぜ。」
「太郎もこっちこいよー。」
中学生独特の、仲間意識なのだろうか。周りの友達は閉鎖的空間を自ら作り出そうとしている。俺は適当にその言葉に返事をしながら、教室を見まわした。どこも、同じ中学からきたメンバーで固まっているのか、話しかけられそうな人は全くいない。これは完璧にスタートダッシュに失敗したと思った。まぁこんな早くに落ち込んでいてもしょうがないと思い、気晴らしにトイレへ向かった。
そこで、神様は俺に運命のいたずらを仕掛けていた。ドアを開けて廊下に出ようとすると、廊下には1組へ入ろうとする女の子がいた。そう、それはさっき桜の木の下で見つけた女の子だった。俺は、さっき一目ぼれした子に出会うことはないと思っていたから、盛大に挙動不審になっていた。
「あの…ここ1組ですよね?」
彼女は控えめに聞いてきた。つまり、1組入りたいからどいてくれないか?という事だと俺は捉えた。もうその瞬間、頭が混乱して震え声で肯定する事しかできなかった。しかし、彼女はそんな俺に笑顔でこう言ってくれた。
「ありがとうございます。自信なくって教室入れなかったんですよね。」
俺はこの時、やはり桜の木の下で一目ぼれをしたのは間違いではなかったと確信した。
それから、トイレで色々なことを考えた。彼女に挙動不審で気持ち悪いと思われてしまったかもしれない…。あーもっと普通に対応すればよかった。でも1組に入ったってことは同じクラスなのか!?様々な思いが頭の中を交錯していた。
教室に戻ってみると、やはり彼女は1組だった。彼女は一番窓際の一番後ろの席に座っていた。つまり名簿順で言うなら一番後ろという事だ。俺は急いで手元にあったクラス名簿を確認し彼女の名前を調べた。彼女は山城由紀という名前であり、周りに友達がいることからとても人気者であると想像できた。友達と話をしている彼女はとても楽しそうで、やはり、天使のようだった。そして俺が、仲良くなってもいいような人ではないような気がした。また、淡い恋心は絶対に実らないとなんとなく感じてしまっていた。
そんなこんなで、小学校のころからの友達と他愛もない話をしながら、中学デビュー初日を終えることとなった。結果は惨敗だった。つまり1人も知らない人と話すこともなく1日目を終えることになってしまったのだ。明日こそ、いろんな人と話して有意義な中学校ライフを送ることを俺は改めて決意した。
しかし、一歩踏み出せない奴はいつまでも一歩踏み出せない。このことを改めて実感する結果となった。俺は、入学から1週間が経とうとしているのに、挨拶こそしてもそれ以上に知らない人と話すことはできなかった。そんな間にも同じ小学校から上がってきたはずの奴らが、新しい友達を見つけつるんでいた。つまり、段々と俺は独りぼっちになっていくことになった。
このままじゃまずい。絶対友達できない。不登校への道まっしぐら…。嫌な妄想ばかりが膨らんでいた。でも、こんなところでめげてはたまるか。俺は絶対どうにかしてやることを心に誓った。
そして、転機は訪れた。よくある学校の委員会の分担を決めることになったのだ。基本的にどの委員会も男女1名ずつである。放送委員、図書委員、美化委員、様々な委員会があった。そこで俺は、やっぱり一番目立つのはこれだろ!とチキンハートを押し殺して、学級委員へ立候補した。学級委員なんて、仕事が面倒そうだし、「こいついきがってやがる」みたいな風に思われるのが怖かったのか、俺以外の男子は誰も手を挙げなかった。その時点で俺は、自動的に学級委員に決定した。
俺がこの委員会を選んだ理由は、一番目立つと思ったし、何より人前で話すことも増えるだろうから、苦労せずに、色んな人と関わりを持って、色んな人と仲良くなれると踏んだからだ。理由はそれ以上でもそれ以下でもなく、ただ「中学デビュー」して友達が欲しい!この一点だった。
しかし、思わぬ誤算がそれから俺に訪れる。
「私、学級委員に立候補します!」
どこかで聞いたような声が、教室中に響き渡っていた。
そう、何故か俺が一目ぼれした彼女、山城由紀さんが学級委員に立候補していたのである。彼女が立候補すると、口々にクラスの皆が、「由紀ちゃんなら人望もあるし適任だよー。」とか「女子は由紀ちゃん以外いないよねー。」とか、俺の時はほぼ沈黙だったのにも関わらず皆が囃し立てている。そしてすんなり女子の学級委員は彼女に決まったのだった。
その日、俺の頭の中は半分お花畑で、半分はなんともいえないもやもやだった。同じ委員会に入るという事は、仕事も一緒にやることになるし、どう考えたって関わる機会が増える。あわよくば、彼女と仲良くなり、恋仲へ…とか妄想していた。でも、もう一方では、彼女に迷惑をかけるかもしれない。自分が人見知りで挙動不審なのを何か言われるかもしれない、といった風にネガティブなことも考えていた。
でも、ネガティブになっていても、結果が良くなるわけじゃないから、俺はできる限りポジティブに、寧ろ俺の事好きなんじゃね?くらいの気持ちになるように努力した。そっちの方が普通に話しかけられると思ったから。
そして、初めての委員会が次の日にあった。学級委員会の主な仕事は、先制の雑用をこなすこと。集会とか朝礼とか、そういうときの点呼や、学年の集会では自分たちが何か話すこともあった。後は、自分のクラスをまとめる。まぁざっとこんなものである。
初めては、顔合わせという事で他クラスの学級委員と話をしたが、皆、頭がよさそうで正直ビビっていた。緊張の中時間が過ぎるのを待って、やっとの思いで50分の委員会が終わった。疲れたのでさっさと教室を出て帰ろうと廊下に出て、そのまま下駄箱へ向かった。
「佐藤君待ってー!」
と、声をかけられたので、まさかと思って振り返ってみると、山城さんだった。俺に、なんか用事でもあるのかと思って聞いてみると、
「私も今から帰るから、一緒に帰らない?」
言われた瞬間もう何が何だか分からなくなって、彼女の前で、2度目の挙動不審を発動することになった。そして、盛大にきょどったまま曖昧に肯定して一緒に帰ることになった。
帰り道、彼女は俺を気遣っているのか、「頭よさそうな人ばっかりで大変そうだよねー。」とか「私正直つかれちゃったよー。」とか「佐藤君これから一緒に頑張ろうね。」みたいな、天使みたいな言葉ばっかりかけてくれる。俺の方はそんな言葉のおかげ、もう疲れなんてあったのか?どころか元気百倍状態で、テンションが上がっていた。一応彼女には、今のところ嫌われていないらしかった。そして俺は、もしかしたら、彼女と仲良くなれて、クラスの皆とも仲良くなれて、バラ色の人生が待っているんじゃないかと、すごい期待を抱く1日になった。
それからの学校生活は、充実したものになっていた。部活は、バスケ部に入り、レギュラーとは言えないまでも、準レギュラーくらいには使ってもらえる感じ。委員会の方も慣れてきて、普通に皆とも話せるようになった。学級委員会に入ったのは大正解で、おかげで皆も俺の事を嫌いになることもなく、普通に友達として接してくれるようになった。結果的に俺は「中学デビュー」に成功したのだった。
しかし、一つ成功すると、欲が出てくるのが人間というもので、俺はやっぱり山城さんと付き合いたいと考えるようになっていた。でも彼女とは、委員会の時に話をしたり、教室でたまに、他愛もない話をしたりする程度の仲であった。つまり「友達」以外のなにものでもなかった。そんな状態をどうにかして変えたいと思う反面、もし遊びに誘ったら断られて変な雰囲気になるかもしれない。二つの感情が入り混じって何の行動も起こせないでいた。また、携帯電話も持っていなかったのでメールアドレスを交換することもできなかったし、どうすることもできない日々が続いていた。俺にできることはただ、学校で出来るだけ話しかけ、楽しい話をするように努力する、これだけだった。
そんな風に学校生活を送っていると、夏休みがやってきて、秋の遠足が終わり、冬休みが終わり、もう1年の終わりに近付いていた。俺と山城さんの関係は進展することはなかった。
――そして1年生が終わる終業式の日がやってきた。その年は暖かく、柔らかい空気が体を包み、新しいものを何か彷彿とさせる陽気だった。桜の花も満開を迎え地面には桜の花びらの絨毯が出来上がっていた。
どこの学校でもあることだが、2年生になればクラスが変わる。一生、山城さんとは関わらないかもしれない。言い過ぎではあるが、そういうことを意味しているのである。
終業式は何とも退屈だった。相変わらず教頭先生がありがたい言葉を長々と喋り、校長先生がありがたい言葉その2を喋る。長い長い約1時間の式が終わり、教室に戻り通知表をもらい、一喜一憂したところでもう下校となった。
こうして、俺の淡い恋は終わった。もうこのまま何も起こらずに下校しそして来年を迎えクラスが変わり、特別に話すこともなくなる。そんなことが頭をよぎったが、俺の運はまだ捨てたもんじゃなかったらしい。
「それじゃあ、学級委員は残って、掃除と残ってるものがないか確認していってね。」
先生が女神に見えた…。一瞬絶望したが、一気に俺の心は希望でいっぱいになり、俺は山城さんと一緒に、掃除をし始めることになった。
山城さんとは、成績がどうだったとか、いつも通り他愛もない会話をしながら掃除をしていると、山城さんが少し真剣な面持ちで話し始めた。
「1年間学級委員ありがとね。佐藤君とクラス変わっちゃうの寂しいな。来年も学級委員やる?」
そう訊かれた俺は、正直に話し始めた。元々学級委員に興味があったわけじゃなかったことや、「中学デビュー」する為だけに、皆と仲良くなる為だけに、学級委員になった事。後は、社交辞令的に寂しいとか山城さんが言ってくれたから、山城さんがやるならやりたいなーとか、ちょっと調子乗って言ってみた。そしたら予想外の返事がかえってきた。
「ほんと?!嬉しい!じゃあ私も来年学級委員に立候補するから、佐藤君も絶対に学級委員になってね!そしたら委員会で来年も会えるね!」
眩しすぎる笑顔でそう言われた。俺はもう、思考回路が止まりそうだった。そう言われた俺は、何度目かわからないほどに、盛大にきょどって曖昧にうなずいた。
その後、淡々と掃除をしつつ俺は頭の中で考えていた。これは脈ありなのか?それとも社交辞令の延長なのか?告白するならやっぱり帰り道しかないか。掃除をゆっくりやってなるべく時間を延ばそう。色々なことを考えた。そしてやっぱり、帰り道思いをぶつけようと、そう誓った。
ゆっくりと掃除を行ったために、もう学校には生徒はいなかった。なので、自然と山城さんと一緒に下校する流れになった。帰り道絶対告白すると決めて、下駄箱へ向かった。
そして一緒に校門を出たあたりで事件は起きた。なんと、俺の友達と山城さんの友達が、俺と山城さんを待っていたのである。
「おせーよ佐藤!待ちまくったよー」
「由紀ちゃんお疲れ様!まってたよー!」
俺たちに浴びせられる二つの声。俺はもう絶望した。告白しようと思っていたが…。俺にはそんな勇気はもうなくなっていた。とてもがっかりして山城さんをちらっと見ると、何故だか山城さんも、少し残念そうな顔をしていたように俺には見えた。
しかし、一瞬で俺も山城さんも笑顔に切り替え、友達に向かって笑顔で話しかけた。そして当然のことながら、俺は山城さんと一緒に下校することはなく、俺は俺の男友達と、山城さんは山城さんの女友達と下校することになった。
こうして俺は、山城さんに思いを伝えることができなかった。桜の花びらが散り始めると同時に俺の恋は見事に散っていった。
その後、2年生になり、俺と山城さんはクラスが別になった。俺も山城さんも学級委員になったので、関わりはあったが1年生のころのようにはいかず、段々と疎遠になっていった。そして、山城さんは学校の1.2を争うイケメンと付き合い始めた。こうして俺の初恋は幕を閉じた。
後日、山城さんの友達が、俺に話があると言って現れた。何かと思って聞いてみると、1年生の終業式の日、実は山城さんが俺にラブレターを書いていたらしかった。それを渡して、思いを伝える予定だったが、友達がなぜか待っていて渡す機会がなくそのままになってしまったと。そして、俺が2年になってから冷たいので、諦めたと。
俺はそれを聞いて、なんで勇気を出して告白しなかったのか自分を呪った。激しく後悔した。しかしもう後の祭りである。
こうして俺は中学校生活を充実させることには成功したが、淡い淡い初恋は実らなかったのであった。
2年生になってからの話なども実は色々あります。そしてその後山城さんが付き合い始めてからも、実は色々と話があるので、もし読んでくれる方がいらっしゃった場合、別の短編として詳しく書きます。 読んでくださってありがとうございました。