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アヴァリ の一族 悪役令嬢と聖堂騎士  作者: 時任雪緒
1 邂逅と侵略―おままごと
4/31

4 ツァラトゥストラはかく語りき



 ある夜、アドルフを除いた“死刑執行人シカリウス”のメンバーが集まって座談会を開いている。

 その議題はズバリ。


 お嬢とアディが相性悪すぎるんだけど、俺らは仲裁に入るべきなんだろうか――――である。


 二人がケンカをするのは内容によっては面白いのだが、場合によっては彼らがシャルロッテに苛立つこともあるし、時にはサイラスが怖気の走るオーラを纏ってアドルフを睨んでいることがある。近頃になってそれに気づき、ハラハラすることの方が増えた。要するにこの二人と同じ空間にいると、周りは気苦労が絶えない。

 ケンカの発端は毎回実に下らないもので、どちらともなくケンカを吹っ掛けたり、またシャルロッテが声をかけてアドルフが無視したり、アドルフの話をシャルロッテが袖にしたり、とにかくどうでもいい事から口論が勃発する。

 アドルフもそうなのだが、ようやく彼らも気付いた。シャルロッテがただの天然ではなく、意外に聡明で頑固でプライドが高い事に気付いた。そりゃ相性悪かろう、と嘆息せずにはいられない。似た者同士が同じ話題で張り合うと、延々と平行線で拮抗するものだ。大概はクリストフとクララが宥めて、あるいはサイラスとアマデウスが「うるさい!」と叱りつけて強制終了させている。

 が、問題はその後の様子だ。ケンカが終息して少しの時間、八つ当たりなどをすることはないがアドルフは機嫌が悪い。反してシャルロッテはケロリと忘れてすぐに別の話題に移り、ケンカなどなかったかのようにアドルフにも普通に会話を振る。それで余計にアドルフが悔しいらしく、機嫌を損ねる。

 その甲斐もあって殺伐とした雰囲気が長く継続することはあまりないし、実際シャルロッテが本気で怒ることはまずない。だがそれがアドルフには気に入らない。いつまでもアドルフが機嫌を損ねていると「フン、ガキね」とでも言いたげにシャルロッテが見つめる。プライドの高いアドルフはそう思われることが癪で、素直に機嫌を損ねる事も出来ない。

 その様子を思い返し、全員で嘆息する。

「どー見てもアレ、お嬢は遊んでるな」

「伊達に歳食ってねぇな。「面白いわ―この子」とか思ってんだろうな」

「うーん、今までになかったタイプだな」

「あの女一辺泣かしてやりてぇつって地団太踏んでたぞ、この前」

「悔しかろ。特に課長みたいなタイプには」

「でもよぉ」

 俄かに同情的な雰囲気になったクリストフの部屋で、クラウディオが頬杖をついて宙を仰ぐ。

「課長ってアレじゃん。女泣かせで女の敵で通ってただろ。天罰じゃね?」

 クリストフが半笑いで同調した。

「確かになぁ、アディが口論で負けるところとか珍しいもんなぁ。口でも力でも知恵でも勝てない相手って、男女問わずいなかったんじゃねーか」

「初めての挫折ってか」

「それはそれで見ものだな」

 女泣かせが女に泣かされる。因果応報とはこの事だ。

 なんだか可笑しくなって苦笑していると、ノックの音が響いて「クララです」と言った。実は特別ゲストとして招待していた。シャルロッテ側の意見も聞いておく必要があると判断しての事だ。

 早速話を始めると、クララは途端に不機嫌になった。

「私あの人嫌いです。いつもお嬢様に突っかかって」

「そこはお互い様だと思うけどね」

「まぁ、そうなんですけど。でもお嬢様は時代が違えば王女様ですよ。吸血鬼の中でも最高位の純血種なんですから、一介の吸血鬼と混同されては困ります」

 道理で、とプライドの高さには納得だ。言われてみれば確かに、ただでさえ伝説級の存在である真祖を父に持ち、母親も吸血鬼。仕事柄吸血鬼にはよく遭遇するが、純血種に会ったのはシャルロッテが初めてだ。どれほど稀有な存在なのかはわかる。

 人間のみならず、並の吸血鬼や化物にすら見下したような態度を取る。確かに種族の優劣としては、吸血鬼の方が人間よりは生物学上優れているのだろう。

 そう考えたが彼らはあくまで聖職者だ。当然それでは納得いかないので、反論しようとクリストフが口を開いたところで、クララが続けた。

「あの人に腹が立つのは、お嬢様があの人を気に入ってるからです! なんででしょう!? すごく不思議なんですけど!」

 それは実に不思議だ。一緒に暮らしてそう長くはないが、見ていてとてもそうは見えないし、何よりアドルフが気に入られるような点が一切見受けられない。

「え? 気に入ってんの、アレで?」

「多分そうですよ。だってお嬢様、あの人の事だけ文句言うから」

「何でそれで気に入ってんの?」

「わかりませんけど……面白いわーって言ってたし」

 やっぱり面白がっていたか、と俄かにガックリする。考え得る限り気に入っている点としては、オモチャ的な扱いが一番近いと推測する。が、やっぱり少し腑に落ちないので、更に情報を引き出す。

「他にはなんか言ってた?」

 尋ねるとクララは頬に手をついて宙を仰ぐ。その仕草に「可愛いなぁ」と萌えながら返事を待つ。

「あの子意外と硝子の少年よーとか、人によって態度を使い分ける小憎らしさがいいわーとか、思いやりの欠片もないところが笑えるわーとか」

「え、笑えない……ていうか、普通そこムカつくとこだと思うんだけど」

「ですよね!? 私もそう思うんですけど! よくわかんないわ―お嬢様」

「クララでもわかんないのか……懐が深いって事か?」

「それはあるかもねー。でもそれならさぁ、気に入りはしないよね。下手に関わるより適度に距離置きたいタイプじゃない? 課長って」

 唸りながらエルンストが言った。

「確かになぁ、俺らは慣れてるけど課長ってひねくれてっから、敬遠してる奴多いよな」

「だよな。色々と誤解を招くタイプ」

 それを聞いてクララが、「あ」と声を上げた。

「だからでしょうか?」

「えっなに? 同情って事?」

「いいえ、そうじゃなくて。やっぱり似た物同士って事です」

「どゆ事?」

 尋ねるとクララは腕組みをして唸る。その仕草に「めんこいなぁ」と萌えながら返事を待つ。

「さっきも言いましたけど、お嬢様はあの人の文句しか言わないんです。皆さんの事は良くも悪くも言いません」

「それはそれで寂しいな」

 クララの言葉にみんなは軽くシュンとして、気付いたクララはすぐに「あ、ごめんなさい」と謝罪した。

「で、それがどういう事かわかります?」

 問われて首を捻ると、クララが言った。

「あの人凄くモテるんですよね? 皆さんも同じように遊んだことがあります?」

「アイツほどじゃねーけど、多少はね」

「じゃぁわかると思いますけど、本命の相手と浮気相手の態度違うでしょ?」

 そう言われて年長組は「成程!」と手を叩いた。年少組は「どゆ事?」と首を捻るので、クララは年少組を少し見直した。年少組の反応を見て、クリストフが続けた。

「イザイアなんかとくにわかんないと思うんだけどハッハッハ」

 イザイアは真面目なので女遊びなどしたりはしない。

「笑わないでくんない」

「ハッハッハすまん。あのな、感情の振り分けがな、違うんだよ。浮気相手とか遊びの女に限らずどうでもいい奴ってさ、こっちがどうでもいいと思って気にしなければ、何言われてもそんなに腹立たねぇだろ。例えそれで嫌われても困らない。どうでもいいから。でも本命の相手とか、どうでもよくない相手とかになると話は違う」

「あ、そっか。仲良くもすればケンカもするね。それこそどうでもいい相手とは当たり障りなくしてりゃいいもんね」

 クララが頷いた。

「そう言う事です。お嬢様は基本的に、穏やかでいつも笑顔で親切で人の悪口なんか言わない公平な人柄――――それが通常装備の外面です。お嬢様は誰に何を言われても基本的には怒る事なんかありませんし、傷つくこともありません。それはお嬢様の目には誰でも同じに、どうでもいい相手だと映っているからです」

「でも課長には違うよな」

「そうですそれが腹が立つんです。本当のお嬢様は我儘で自己中心的で天然で人の話を聞いていなくてとても気位が高いんです。お嬢様の目から見てあの人が、お嬢様の感情を消費するに値する人物なのが腹立つんです!」

「なんでだろうな? 惚れてるとか?」

「それはあり得ません絶対に! お嬢様は人間とは恋をしないんです!」

「まぁ、だよな。あんだけプライド高けりゃな。俺らが豚と結婚するって言うのと同じレベルだろうな」

「そうですとも!」

 クララの興奮が冷めやらないので、一先ずアレクサンドルが落ち着かせた。何とか興奮が収まったクララが、落ち着いた口調で言った。

「そんなんじゃないんです。お嬢様は自分から他者を寄せ付けたがらないんです。他人が自分のテリトリーに入ってくることを極端に嫌っているんです。あの人もそう言うところがあるんじゃないんですか?」

「あーあるなー」

「似てると言えば似てるかぁ。若い頃の私を見てるみたいだわ―みたいな?」

「そうかもしれませんね」

「でもさ、お嬢って基本的に誰にでも優しいじゃん。そう言うのって人が遠ざかって行かないじゃん」

「ええそうですよ」

 少し神妙な顔つきでクララが言った。

「お嬢様は人を惹きつけておいて、全力で他人を拒絶しているんです」

「そりゃまた矛盾してんなー。なんで?」

「それは……色々と事情が……」

 口ごもるクララに興味を惹かれて、「何、何?」と身を乗り出す。が、クララはぴしゃりと「言えません!」と言い放った。

「気になるならご自分でご確認ください。とにかく、あの人には腹が立ちますが、今のところお嬢様は何も他意はないので、放っておいていただいて問題ありません!」

「えー気になるじゃんよーヒントヒント」

「ノーヒントです! では私は失礼します!」

 クララちゃーんまってー、と言うカーテンコールは聞き入れられずに、クララはさっさと部屋を出て行ってしまった。



 と思ったら戻ってきた。

「あー驚きましたー」

 廊下でシャルロッテと鉢合わせしそうになり、慌てて逃げてきたらしい。彼らの部屋は3階にあって、シャルロッテとクララの部屋は5階にある。クララが3階にいるのは不自然なので、身を隠した次第だ。

 結局帰投したクララに話の続きを強請ったが、どうしても話したがらないので、レオナートが質問を変えた。

「クララがお嬢に出会ったのはいつ?」

「今から55年程前です。10歳の時でした」

「どういう出会い?」

「あの時――――」

 思い出す55年前、クララの目の前にあったのは冷たく冷えそぼりゴミが散らばり汚いコンクリート、街には次第に雪が降り積もり始め、衰弱したクララの存在すらも覆い隠そうとしていた。

「私戦災孤児だったんです。最初は親戚に預けられたんですが転々として、その内捨てられました」

「第2次世界大戦の後?」

「はい」

 戦後復興の最中、国は賠償金を得たとはいえ国民の生活はとても豊かとはいえなかった。特に田舎の貧しい地域は貧困の窮地で、クララの様に身寄りのない戦災孤児は掃いて捨てるほどいた。そう言った子供たちは大概はグループを作って共同生活をし、それぞれゴミを漁ったり窃盗をしたり強盗をしたり、あるいは体を売って生きていた。

 クララもそう言った子供たちの集団の中に身を置いていたが、風邪をこじらせて肺炎でも患ったのか、日に日に衰弱していった。生きるのに精いっぱいの子供たちに、クララを病院に連れて行くなどと言う選択肢はない。日頃から犯罪行為をしておいて憲兵や警察に通報するという発想もない。当然のごとく、クララはゴミ捨て場に棄てられた。

 冷たいアスファルト、体は凍えて感覚は既になかった。視界に映るのは汚れたアスファルトとゴミだけで、時折通すがる人も誰一人として足を止めたりはしない。次第に息が浅くなって瞼も重くなり、あぁ私は死ぬんだ、そう思った。


 こつん。


 高いハイヒールの足音が響いていた。


 こつん、こつん。


 そんな靴を履けるのは、お金持ちだけだった。


 こつん、こつん、こつ。


 その足音が、クララの目の前で止まった。力を振り絞って瞼を開くと、目の前にあったのは革製の高いヒールのブーツ。それから徐々に視線を上げていくと、ふかふかのフォックスのコートに身を包んだ黒髪の少女がいて、その闇を従えた黒い瞳と視線がかちあった。その瞬間、何かを呟いた。

「なんて?」

「それが、意識が朦朧としていて上手く聞き取れなかったんです」

 薄桃色の唇が確かに動いていた。

 ――――It's the same……amber…….

「琥珀色……同じ?」

「クララの瞳の色の事か?」

「そうだと思います」

 アレクサンドルが覗き込んだ。

「同じって、誰と?」

 その問いにクララは答えずに、話を続けた。

 少女はコートを脱いでクララにかけて、すぐに抱き上げた。隣には男性が立っていて、クララを連れて歩き出す。どこに連れて行かれるのか考えるのも覚束なくなって、その内気を失った。

 次に目が覚めた時に目の前にあったのは、ふかふかの毛布と茶色の天井、そして綺麗に結われた自分の金髪と、目が覚めたクララに気付いて笑顔を向けたシャルロッテだった。

「おはよう、やっぱりあなたちゃんとしたら、とても可愛い。私はシャルロッテ。あなたは?」

「……――――っ」

 涙が出た。誰かに優しくされたのが、もう何時の事だったかも思い出せずにいたから。

「クララ……ヴィーク、リンゲンです」

「そう、クララ」

 シャルロッテは穏やかに笑って、その白い指先で優しくクララの涙を拭ってくれた。温かいベッド、穏やかな笑顔、優しい指先。それが嬉しくて切なくて、折角拭ってもらったのに涙が零れ落ちた。

「クララは今日からうちの子ね」

 既に決定事項なのは少し驚いたが、その時はそれどころではなくて、涙が止まらなかった。

 これがクララとシャルロッテ、サイラスとの出会いで、後から実は吸血鬼で、クララも吸血鬼になったのだと聞いたときは驚いたものだが、彼らが何者であっても命の恩人であることに変わりはなかった。だから、一生この親子の傍にいてお世話になった分お世話をして行こうと決めた。

「というのがお嬢様との出会いです」

 話を聞いて感心したようにクリストフが頷いた。

「へぇ、クララも苦労したんだなぁ。親が死んで悲しかったろ」

「そうですねぇ、子供の頃は散々でした。でもその後が幸せだったから、今はその思い出の方がたくさんあるし、嫌な事なんて塗りつぶされてしまいました」

 話を聞いて頷いていた面々だったが、エルンストが尋ねた。

「でもさ、その頃はクララみたいな子って結構いたわけだろ? どうしてその中からクララを?」

「まぁ、この瞳の色も多少関係はあるようですが、お嬢様が言っていたのはですね」

 なになに、と身を乗り出す。

 同じ事をクララも尋ねたことがあった。その時にシャルロッテは、口元に美しい弧を描いて言った。

「化け物って言うのはね、神が嫉妬するほど美しいか、目も当てられない程に醜くなければ、存在する価値はないの」

 それを聞いて圧倒される男性陣。

「う、おぉ。超絶高飛車発言だな」

「うーん、なるほど。でもわかる」

「クララもだけどお嬢も美少女だし、旦那も猊下も美形だもんな」

「旦那様の家系は昔から美形の家系だと仰ってました。亡くなられた奥様も、それはそれは美しい方だったそうで、お嬢様は奥様に生き写しなのだと旦那様が仰ってました」

「なるほどーそりゃ娘萌えもするわな」

 うんうん、と頷いていたが、オリヴァーがまた同じ話題を振った。

「そんでさ、クララの瞳の色と、事情って何さ?」

「言いませんてばしつこいなー」

 ぷぅと頬を膨らませるクララに「かーわいい」と男性陣は萌え盛ったが、余りにもしつこかったのでとうとうクララは部屋を出て行って、今度は戻らなかった。



 クララが部屋に戻ると、シャルロッテが窓の外を見ていた。窓の外では雪が降っていて、木枯らしが窓を打ち鳴らしている。雪明りに照らされた漆黒の髪は、川の流れの様に彼女の肩から背中を滑っている。白い肌に一層映えるその黒に、目を奪われた。

「お帰りクララ。座談会は盛り上がったみたいね?」

 シャルロッテが悪戯っぽく笑って言うので、思わず「うぃっ」と変な声が出た。その様子を見てシャルロッテは笑って、クララを傍に手招きする。おずおずと進むと座らされて、後ろから髪を結い始めた。

「別に怒ってないわよ。驚いた?」

「う、はい。知ってたんですか?」

「知らなかったけどォ、さっきクララが階段の所から走って逃げて行ったから、クララの影の中に隠れて聞いてたの」

「うぅ、ごめんなさい」

 つくづく何でもアリだ、と落胆した。後ろでシャルロッテがクスクスと笑った。

「だから怒ってないってば。むしろ褒めてあげなきゃと思ってね」

「え、どうしてですか?」

 尋ねて振り返ると、前を向くように首を戻された。

「余計な事はちゃんと黙っていたし、あの感情の消費量の話をしたのは100点あげる」

「えぇ?」

 むしろ不味いのでは、と思ったが、つくづくシャルロッテはよくわからない。

「彼らがあの話を聞いて、アディに話すかしら? それともアディがそう解釈するように導くか――――とにかく、あっちにはそう思ってもらっていた方が都合がいいの。その為にしてきたことだからね」

「えっ?」

 驚いて振り向くと、再び首を前に戻される。

「だってアディは叔父様の側近でしょう? そりゃぁ特別扱いもするわよー」

「えっ、側近だから、ですか?」

「そーよ。私が利用価値もないただの人間を、まともに相手するはずがないじゃない。これから先アディの態度が少しでも変われば、それで及第点。アディはもういいわ。次はクリスねー。でもクリスの方が大変よー叔父様に似てるから」

 話を聞いて、久しぶりにクララは背筋がぞっとした。

 そうだったお嬢様って、こういう人だった。

 常に表面上の演技をしている、誰にでも平等に接することができる。それほどの公平性を持てる人柄が、どれほど冷徹で冷酷な人柄なのかクララは知っている。いつも怒っている人よりも、いつも人の悪口を言う人よりも、誰にでも平等に優しくできる人ほど、人を人とも思っていない。

 髪を梳きながらシャルロッテが言った。

「思い出すわねぇ、こんな夜は」

「はい……」

 彼らとの話の流れで気になり、少し勇気を出して聞いた。

「お嬢様、あの……」

「あぁ、ファウスト?」

「あ、はい……」

 見透かされて少し俯き加減になると、シャルロッテは梳いた髪を編み始める。

「私は人間が嫌いなの。人間はいつもウソを吐くから嫌い。私にウソを吐かないのは、お父様とクララだけ」

 シャルロッテがそう発言する理由もクララは知っていて、だけどどう返せばいいのかわからずに「はい」とだけ答えた。

 絹糸のように細い、クララの金髪を器用に編みながら、シャルロッテが続けた。

「人間なんて――――」

 雪の降る窓の外、夜の暗い空を見上げた。


 死んでしまえばいいのに。どうせ死ぬために、生きているんだから。


 その呟きにクララは、酷く胸が痛んだ。


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