30 デビルズネスト
出入り口は複数個所。主要な出入り口は勿論、既に廃線となった地下鉄の路線は全て抑えてある。配電盤には既にハッキングしてあり、後はエンターキーを押すだけ。
「テロリストと言えども人間ですから、法に則れば裁判が必要なのはお分かりですね。安易に殺さないように」
カメルレンゴは無茶を言うと思ったものだが、出来ないと思われるのは癪だった。
シヴィルとステラにも頼まれた。
「どうかニコラを取り戻してください」
「本当はすごく優しい子だから、解放してあげたいんです」
13時29分56秒。指揮を執っていた“審判者”の課長アリオストは、外で待機しているバンの中から時計を見て、“死刑執行人”に無線を入れた。
「そろそろ時間です。首尾は?」
「完璧です」
四方に設置されたカメラ、周囲のビルの影から様子を窺うスナイパーに搭載されたカメラ、市民に扮した捜査員が隠し持つカメラ、部隊の連絡員が所持するカメラ、その映像に映し出される、「対人間用」に武装した“死刑執行人”をはじめとする突入部隊。
デジタル表示の数字が、刻々と時を知らせる。13時30分00秒。
「突入!」
アリオストの号令と共に、黒服の部隊は警戒しつつも一気に構内に雪崩れ込んだ。
荒廃した階段を駆け下りて、ボロボロになった路線図やポスターが顔を現す。灯り一つない地下鉄の中は閑散として、自分達の足音だけが静かに響いた。この地下鉄のどこかに潜伏していることは、街頭カメラなんかを追跡して突き止めたから間違いない。早朝から見張りをしていて、出入りも確認できた。しかし、蜘蛛の巣のように張り巡らされた路線の、一体どの位置に拠点を築いているのかは解りかねた為、四方八方から隊を分けて急襲することになっている。ふと、奥から僅かに灯りが漏れているのを見つける。
「あそこだ。CLF56489」
「A、C、E、F班は現場に急行せよ。座標はCLF56489。B、D、G班は後衛と防衛につけ」
「ラジャー」
灯りが漏れている場所は、入った駅から数キロ進んだ地点にあった、緊急措置用の電話と出口が設けられているポイント。その出口も固めてもらい、様子を窺いつつ他班の到着を待つ。
ナイフを弄びながら愉快そうに仲間と話す男の隣で、若い女性が無表情で座っている。頬のこけた女性が中空を仰いで、ブツブツとなにか独り言を言った。その瞬間周囲にいた男達は立ち上がり、銃を構えて周囲を警戒し始め、彼女を囲う様に四方に銃を向ける。
「アリオスト課長、気付かれたようです」
「構いません、突入を」
「いけません、彼女を保護する必要があります」
無線の奥で少しの沈黙があって、アリオストが言った。
「可能ですか?」
「はい」
小さく息を吐くのが聞こえる。
「わかりました。では、A、C、E、F班から狙撃手を。それ以外は待機し援護に回りなさい。リスト課長」
「はい」
「完璧にお願いします」
少し口の端が上がったが、真剣に言った。
「神の名に懸けて」
それを面白がったクリストフ――に変身したサイラスが、アドルフの隣で言った。
「お前達は私が守ってやろう。やりたいようにやるがいい」
「お願いします」
警戒するテロリスト、彼らの元に一羽の蝙蝠がパタパタと飛んでいる。その数は2羽3羽と徐々に増えて、夥しい数の蝙蝠がテロリストを翻弄した。立て続けに銃声が響いて、女性を守る外周から仲間が鎮められていく。蝙蝠のせいで接近を許した、その隙を突いてアドルフとサイラス、イザイアが進み出て的確に手元と膝を打ち抜いて行った。反撃してくるテロリストの銃弾は、サイラスの送った蝙蝠が盾となり、銃弾を受けた蝙蝠は地に落ちるも、再び液状化して蝙蝠の姿を取り、地面には落とされた銃弾だけが無数に転がる。
残り数名となったテロリストたちは、女性を連れて奥に逃げようとする。それでも、奥からは武装した別の班が詰め寄り、既に包囲されていることに気付いた。それで恐慌状態に陥った男が、銃を乱射する。ふと、女性がその男に耳打ちした。
「ちっ、面倒だぞ」
聞こえていたらしく、サイラスがそう呟いた瞬間、男は女性のこめかみに銃を突きつけた。
「おま、お前達の目的はニコラだな!? はは、は、コイツの頭フッ飛ばされたくなかったら、俺とニコラを逃がせ!」
それを聞いて、僅かに動揺が広がったのを、男は見逃さなかった。
「おい、わかってんだろ。ニコラを殺されちゃ困るんだろ」
そう言いながら、じりじりと距離を取って男は出口に向かっていく。それを見てアドルフが言った。
「エルンスト、頼んだぞ」
「おう」
エルンストが握っているのは、セミオートの狙撃銃。
口径7.62ミリ☓51
全長1,280ミリ
銃身長650ミリ
重量8100グラム
装弾数5発
ドイツのH&K社が開発した、高性能スナイパーライフル、PSG-1。PSG-1(精密狙撃銃)の名が示す通り、連続発射性能、高い精度を併せ持ち、狙撃ライフルの最高峰と言われている。それを純銀製NATO弾装填用に改造した銃“ ディア・フライシュッツ”。
照準器の向こう側、狙うは致命傷を避けて右肺。一瞬、エルンストの周りの空気が引き締まって、その瞬間銃弾が発射された。
が、発砲した瞬間ニコラが前に回って立ちはだかった。逸早くそれに気づいたサイラスが蝙蝠を差し向けると、銃弾は蝙蝠に当たって転げ落ちた。
「……くそ」
ニコラにはこちらの動きは読まれている。しかし、仲間たちは最早使い物にならない。教皇庁に潜入していた、テロリストの残党と思われる男達も、昨晩死体で発見されている。恐らくカンナヴァーロ辺りが殺害したものだと思われるが、テロリストたちは既に、手足を失ってしまっているのだ。
「お前達だけで何ができる? 教皇庁に潜入してた奴らも、とっくに俺らの手の内にある。お前らの計画は既に頓挫した。大人しく投降しろ」
そう呼びかけるも、男は無視して出口に進んでいく。仕方がない、と呟いたサイラスが前に進んだ。男の向ける銃弾をものともせずに歩を進めていくと、ニコラが言った。
「なぜお前の様な者が人間に味方する?」
地を這うような低い声で、ニコラに憑りついた悪魔が言った。
「お前は吸血鬼であろう。なぜ吸血鬼の分際で、人間、しかも聖職者などに味方する?」
その問いにサイラスは、笑って応えた。
「大したことではない。可愛い娘の頼みだ」
「……愚かなり。その娘も教皇などに入れあげて、片腹痛いわ」
それを聞いてサイラスは眉を寄せた。
「私のシャルロッテを愚弄するとはいい度胸だ。その人間の体では、まともに反撃することも叶わんだろう、悪魔」
眉を寄せたのは悪魔の方だった。
「体がただの人間となれば、貴様はただの食料に過ぎん」
「侮るな、吸血鬼」
そう言ったと思うと、ニコラは外壁を殴った。すると建物が大きく揺れて、天井が崩落した。ニコラは男を連れて、崩落した岩盤を踏み台にして外に逃げ出してしまった。大わらわで地下鉄の構内から逃げ出したが、その路線は完全に崩落してしまった。埃を吸わないように袖口で塞いで、ようやく土煙が落ち着いた頃に、サイラスは落胆してアドルフもまた肩を落とした。
「……しまった。侮った」
「ヤベェェェ! またカメルレンゴに怒られる!」
案の定教皇庁に戻ると。
「あなた方は……サイラスもいながら何をやっているのですか!」
やっぱり怒られた。




