表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アヴァリ の一族 悪役令嬢と聖堂騎士  作者: 時任雪緒
1 邂逅と侵略―おままごと
3/31

3 なりゆき

 初恋の人はサイラス。今も一番愛しているのはサイラス。サイラスは父であり師であり――――最高の恋人。そうはいっても勿論、恋情などと言う下らないものではなく、泉に揺蕩(たゆた)う睡蓮のように、朝露を享ける萌え木のように、純粋でみずみずしい高潔な愛だ。それでも恋人などと評してしまうのは、サイラス以外にそう言った対象に見える者に、あまり出会った試しがないからだ。

 だけどシャルロッテは知っている、指先一つで、キス一つで、その意志だけで世界が変わることがあることを、知っている。




 昼前になってようやく牢獄から解放された頃には、クララはすっかり眠ってしまって、抱き上げるシャルロッテの腕の中で瞼を瞑り、規則的な寝息を立てていた。

「クララちゃん可愛いー」

「天使みたいだなー」

 普段男所帯で、仮に女性に出会ったとしても大人にしか出会わない聖職者たちには、クララの様な少女の寝顔は刺激が強いらしく、早速メロメロになっている。それを見て笑っていたのだが、一部で「ロリコンが覚醒したらどうしよう」などと言い出すので苦笑した。

「大丈夫よ、クララなら合法ロリが適用されるから」

 そう言うとクリストフが首を傾げた。

「何合法って」

「だってクララも皆より年上だし。年齢で考えたらむしろ犯罪はクララの方よ」

 それを聞いて何人かはクララを起こさないように注意しながら、声を殺して笑った。

 地下から出て直射日光を避けながらあてがわれた部屋に入り、完全に光を遮断してクララを棺に寝かせた。やはり寝顔は妖精のように愛くるしい。

 部屋まで案内した最年少のエクソシスト、イザイアがドアから覗いていた。

「ねー、クララちゃんと同じ部屋で良かったの?」

「ええ。クララを一人にするのも心配だし、私も一人は嫌だから」

 前の家はここほど広くはなかったし、勿論部屋は別々だった。だがしかし、サイラスとアマデウスは一体全体どうしたことか、ある事情が解決するまで、この城で同居するなどと言い出したのだ。赤の他人どころか天敵の渦中、何故そんな状況下に身を置かねばならないのか甚だ不満且つ不安になる。

 が、サイラスは一度下した決定を曲げることはまずないし、ここから逃げて南へ向かったとして、南支部にエクソシストたちが攻撃を仕掛けるかもしれないと考えると、そんな迷惑を振りまく気にはなれない。そして、この城に住んでいた夫婦がどこに行ったのかも不明なのだが、一時的に城を空けていただけなら帰ってくるだろうし、その時にサイラスたちがいなければ恐らく攻撃を受けることになる。

 色々と考えた結果、渋々聖職者と吸血鬼が同居するという、不思議な環境を受容するに至ってしまった。そんな環境下でクララを一人部屋にするのは当然ながら心配だ。懇意にしておいて闇討ち、羊の皮を被った狼かもしれない。聖職者が慈悲深いとは限らない――――と言うのはアドルフの件で十分に学習したし、考える限りアマデウスはとんでもなく狡猾で卑怯、老獪ろうかいで残忍。そう言った相手が率いる人間を、警戒しておいて損はない。そう判断して、同室の希望はシャルロッテの方から言い出し決定した(寝ていたクララの意見は聞いていない)。


 クララを寝かしつけていると、イザイアの後ろから更にひょこりと顔を出したのは、技能派コンビのクラウディオとレオナートだ。ここで一先ず、チーム聖職者の人員とスペックを紹介しよう。

 彼らエクソシスト集団の正式名称は、「ヴァチカン教皇庁教理省枢機卿直属対反キリスト教勢力及び魔物強硬対策執行部」と言う。余りにも長ったらしいので、部門ごとに通称が付いており、殲滅組織“神罰地上代行(ファナティクス)”の彼らが属する精鋭部隊は“死刑執行人シカリウス”と呼ばれている。最前線で実際に手を下す彼らには似合いで、かつ皮肉だ。

 その「ヴァチカン教皇庁教理省枢機卿直属対反キリスト教勢力及び魔物強硬対策執行部」部長がアマデウス。その部の中の「強硬殲滅課」課長で、精鋭部隊“死刑執行人”隊長が、最低鬼畜野郎でおなじみのアドルフ・リスト。エクソシスムの指揮を執るために、位階は司教だ。

 幼少から戦闘教育を叩き込まれて育ったアマデウスの教育熱の結晶は、ヴァチカン随一の銃の腕前(殺しの手腕とも言う)と明晰な頭脳を買われて、当然のように隊長の座に就いた、ヴァチカン裏社会ではエリート中のエリートだ。彼を筆頭にした精鋭部隊には、アドルフ同様に幼少からアマデウスに教育を施され、それぞれハイレベルな手腕を持ち、尚且つ特化した技術を持つ部下が7名在籍している。なお、クリストフ以下の位階は皆司祭となる。


 クリストフ・メンデルスゾーン アドルフの副官で役職は主任。近接戦闘のスペシャリスト・結界師。 

 クラウディオ・パガニーニ 爆発物開発・処理の技術者。

 レオナート・マイアベーア 各種武器の開発・整備士。

 エルンスト・ウェーヴァー 狙撃手。

 アレクサンドル・ベルリオーズ 密偵。

 フレデリック・ブルクミュラー トラップメイカー。

 オリヴァー・シュトラウス ハッカー。

 イザイア・ヴェルディ アドルフの直弟子。


 こんなご立派な“死刑執行人”達だが、彼らが戦場に赴くのは、敵が高位の魔物であったり、反キリスト教の超過激派テロ組織だったりする場合で、管理職としての仕事をするアドルフとクリストフ以外は、基本的には暇なのが現状らしい。

「暇は暇で怠いけどよ、俺らも警察や軍と似たようなもんだ。俺らみたいなんが暇で税金泥棒とか言われてた方が、世界は平和だ」

 とレオナートが言うので、「確かにね」と笑った。




 よく見ると部屋の前にはなんだかんだ、アドルフとクリストフ以外のメンバーは全員集合してしまっている。地下牢で眠れなかったのでアドルフは寝かせて、その間はクリストフが仕事をしているらしい。他は暇なので、シャルロッテの所に遊びに来た。普通の人間たちと違って化け物に接する機会が段違いに多い“死刑執行人”でも、膝を交えて会話することなどまずないようで、色々と興味を惹かれるらしい。

 寝室から出て居室のソファに座るように促すと、喜んでくつろぎ始めた。ここから好奇心を原動力とした質疑応答が繰り出される。


Q・何歳ですか?

A・197歳。

Q・旦那は何歳ですか?

A・実は知らない。

Q・クララは何歳ですか?

A・66歳。

Q・なんでロッテは寝ないんですか。

A・昼間も平気だし、別に今は眠くないから。

Q・今までどうやって血を飲んでいましたか?

A・昔は人間を攫って食べていたけど、今は病院から輸血用血液を盗んでる。絶対健康な血液が飲める、今はいい時代だわ。

Q・人殺しをしたことがありますか?

A・沢山ね。昔はそれで良かったけど今は警察や法律が整いすぎていてやり辛くて嫌。今は嫌な時代よ。

Q・旦那の犬とかお嬢の剣みたいな、ああいうのって他の吸血鬼も出来るんですか?

A・使い魔ね。さぁ、知らない。

Q・実際旦那ってどのくらいの強さですか?

A・一晩でヴァチカンを陥落出来ると思う。

Q・ロッテは?

A・一晩でこの町の人間を皆殺しに出来る。

Q・クララは?

A・この城の人間を皆殺しに出来るくらいだと思うけど、あの子には人殺しをさせたことがないから解らない。

Q・何故ですか?

A・あの容姿だしまだ若いし、元が人間だから。

Q・ロッテは元が人間じゃないんですか?

A・私は吸血鬼を両親に持つ純血種だから、生まれながらに吸血鬼よ。


 ある程度質問攻めにして満足したのか、各々「へぇ」と呟きながら頷いている。

 今度はシャルロッテが質問する番だ。あちらもそのつもりだろうし、こちらとしても敵の情報を仕入れていた方がいい。彼ら自身には微塵も興味はないが、興味津々な風を装い、身を乗り出して尋ねた。

「ねぇ“死刑執行人”みたいな、“神罰地上代行”のメンバーは沢山いるの?」

 クラウディオが頷いた。

「多いよ。俺らも正確な数は把握してないけど、全部で2000人くらいじゃないか」

「そんなに?」

 彼らはエリート集団だが、彼らの様な武装神父が2000人もいるとは素直に驚いた。数が多い事と把握できていないことは関係がある。

 恐らくは世界中にその人員が配備されていて、その為にそれだけの人口を有し、だからこそ全体像の把握ができない。出来るとしたら教皇クラスの上層部、そしてアマデウスとその官職の直属であるアドルフとクリストフ。

 なるほどね。そう言う事ならあの二人とは仲良くしておいた方が良さそう。

 そう考えて彼らに視線を移し、新たに疑問が浮かんだため再び無垢スマイルを取り繕う。

「みんなは何歳? みんな叔父様が育てたの?」

 エルンストが頷いた。

「最年長が課長と主任で26歳、ディオとレオと俺が24歳、アレクとフレディが23歳、オリヴァーが21でイザイアが17」

「へぇ、イザイアはまだ17歳なのに精鋭に入隊できるなんて、優秀なのね」

「えへへーありがとう」

 褒めるとイザイアは嬉しそうに後ろ頭を掻いて、照れて見せた。

 んまー純粋な子、とそんな所に感心して、質問を続けた。

「みんながここに来たのは何歳の時?」

「バラバラだよ」

 と答えたのはオリヴァー。

「課長とかは5歳とか、物心ついてから来たって言ってたけど、俺なんか赤ん坊の時に来たらしいから」

「ふぅん、じゃぁご両親の事とか何も覚えてないの?」

「あはは、全然。なんで来ることになったのかも知らないんだけどさ、猊下は優しいしみんな仲良いし、ガキの頃もそんな淋しいとか思った事無かったな」

 オリヴァーの言葉に回りも同調した。

「周り大人ばっかりだったけどな。ガキの頃は修道会のシスターとかが来てたし」

「懐かしい! お前スカートめくりして怒られたよな。ババァだったのに」

「魔が差したんだよ」

 子供の頃の、無邪気でバカで微笑ましい思い出。親がいなくても覚えていなくても、自分が何者かわかっていなくても幸せなのは、家族同然の仲間と楽しく暮らしていられるから。

 そう考えて思わず口角の端が上がる。

 付け入る隙は十分、この子達なら難なくオトせる。

 どうせなら彼らと仲良くして取り入っていた方がいい。そうすればいざ敵対したとしても、彼らの方に躊躇が発生するだろう。狙うべきはその点だ。

 そう言う発想に行きついたのは、アマデウス様様だ。かといってアマデウスの様にお色気勝負をするつもりはない。そこまでプライドを捨てたくはない。あくまで「良いお友達」を演じてさえいればいいのだ。



 そもそも、サイラスとアマデウスの間で同居をするに至った経緯は、互いの都合によるものだ。

 アマデウスは魔物討伐の為にここにやってきた。なのに肝心のお目当てはおらず、しかもその後遭遇したサイラスには勝てそうにない。かといって手ぶらでヴァチカンに戻るわけにもいかない。サイラスの存在を教皇に話せば、教皇は“神罰地上代行”の全戦力を投入しろとでも言いだしかねない絶滅主義者。そうなると、双方にはそれなりに大きなダメージが出る事は必至だ。無暗に損害を出すことは、アマデウスの真の目的にも、他の業務にも重大な支障をきたすので、それは避けるべきだ。

 討伐の報告にはある程度の証拠品も必要で、現場の写真や吸血鬼の死体の砂なども提出しなければならない。残弾数や現場写真などを偽造して教皇を騙せたとしても、同業の教理省のメンバーや“神罰地上代行”の人員を確実に騙せるかはわからない。ならば、別の吸血鬼を見つけて討伐してしまえば良い。

 サイラスは極彩トワイライトの存在を明かしはしなかったが、極彩トワイライトに所属するメンバーは原則紹介制だ。入会できるのは、人間との社会的共生を望み、かつ種族の存続と人間を含め他種族を侵犯しない良識のある者に限られている。無用な諍いは相互の破滅を呼ぶことになるからだ。

 だが中には、ただ殺戮を好む種族や、調子に乗って暴れまわる新人などもいたりする。そう言った化物たちは例え同族だったとしても、人間にとっても極彩トワイライトのメンバーにとっても迷惑極まりない。後先を考えられない短絡的で軽率な者は、化け物であろうが人間であろうが、存在する価値はないと考えている。

 よって、極彩トワイライトのメンバーからそう言った迷惑者の情報を提供してもらい、その者を討伐して報告することになった。

 それが成功したら、仮に教理省にサイラスたちの通報があったとしても、今後一切無視をするということで、アマデウスとサイラスの間では不可侵条約が締結した。サイラスの方はヴァチカンとの無益且つ無闇な交流は必要としないので、必要な情報と、食料を分けてもらうという事で話がついた。ついでに謝礼と賠償金として、オリヴァーが複数の銀行の睡眠口座にハッキングし、これまた不法に作ったサイラスの口座に総額で10万ユーロ融資してくれたので、時々融資してもらうという事にもなって、それで手を打った。

 それともう一つアマデウスの方からサイラスに相談があったらしいのだが、その事は兄弟の秘密だと言って教えてくれなかった。

 一先ず、アマデウスたちがこの城にやってきて既に半月以上経過しているという事だったので、偵察と追跡と言う時間を加えてみたとしても、これ以上は時間を取ることはできない。すぐにサイラスは手紙を書いて蝙蝠を複数飛ばし、情報を集め出した。

「旦那、メールとか電話とかで情報集められないんですか?」

 その様子を見ていたオリヴァーが尋ねた。

 当然電話がある所もあるし、ネットを繋いでいるところもある。と言うよりも、現在においてはほとんどの交流が、非公開のサイトの掲示板上で行われているので、サイラスの元にそのアドレスや電話番号も届いていて知っている。が、サイラスがただ単にそう言った手法が気に入らない、と言うだけの話だ。

「オリヴァーの様な者がいると思うと尚更な。手紙なら読んだら焼き捨てれば済むことだし、情報が漏洩することは気に喰わん」

 まさか手紙を送った先が不在でアマデウスがいるとは夢にも思わなかったが、その事は置いておくとしてだ。

 実際オリヴァーくらいの腕になると、そのサイトが公開か非公開かなどはあまり関係がない。メールも通話状況も探られてしまうなら、証拠となる形跡を残しておくことは避けた方がいい。

 その点、使い魔を使った手紙や口頭なら証拠は残らない。多少の不便さを我慢すれば、電信通信よりはるかに秘匿性が確保できる。 


 それから3日の間に蝙蝠は返事の手紙を持って戻ってきた。ちなみにその中の一通に、

「最近ジョヴァンニとグロリアがこっちに引っ越してきたよーん。フィレンツェ飽きたとか言って。今そこにサイラスが住んでんだね。お城荒れてっけどよろしくだってさー」

 と言う旨の連絡が入っていて、この城に住んでいた夫妻の無事が確認できたことには安心したものの、サイラスは打ちひしがれていた。

 とりあえず一番近いフランスに行くことになって、城内は俄かに慌ただしくなった。さっさと仕事を片付けるために“死刑執行人”は全員赴くし、アマデウスも同行する。が、当然ながらシャルロッテ達は行かない。

「この仕事が済んだらヴァチカンに帰るんでしょ?」

 スケジュールの調整をするアドルフに話しかけた。

「アンタの顔見なくて済むと思うとせいせいするわ」

「そーか、残念ながらしばらくは俺のイケメン顔を眺めることになるぞ」

「は?」

 言っていることが隅から隅まで納得できなかった。討伐が終わればこの城に用はないはずだ。いぶかるシャルロッテをアドルフは横目で見やる。

「ヴァチカンの屋敷は売却した」

「は?」

「この城は既に俺の名義で不動産登録してある。猊下は戸籍がないからな」

「は? ちょっと待ってなんで!?」

 寝耳に水とはこの事だ。つんのめって尋ねたシャルロッテに、アドルフはボールペンを指先で弄びながら答えた。

「猊下はヴァチカンから離れた所に住みたいってずっと言ってたし、俺も女がストーカー化して面倒臭かったからな。丁度良かった」

「何その理由!? 私は聞いてないわ!」

「言ったら反対すんだろ」

「当たり前じゃない! ちょっとお父様!?」

 どういうことだとサイラスに詰問すると、「まぁそういうことだ」と返ってくる。

「だからどういう事ですか!」

「今後私達は銀行に侵入しなくても金がもらえるし、このバカデカイ城の固定資産税も払わずに済むし、病院に盗みに入らなくても血液が手に入るし、身の安全が保障されている以上は、ひたすら食っちゃ寝できるという寸法だ」

「そんな怠惰な理由で!? そんな理由で可愛い娘が天敵と暮らすことを許すのですか!」

「ロッテに手を出そうとしたら、いかなる理由があろうと殺すと言ってあるから安心しろ」

 安心も何も人間に負ける気はしないが、そう言う事ではなく。

 ついに立ち上がって喚いた。

「ただの人間じゃないでしょこの人達! 何考えてるんですかー!」

「うるさい」

「ちょ、お前うるせーよ」

 サイラスもアドルフも鬱陶しそうに耳を塞いだ。

「キャンキャン喚くなよ、室内犬かテメーは。もう決まったんだから諦めろバカ」

「誰が室内犬よ!」

「お前。つかマジうるせぇ。なんかつんざく、お前の声」

 再び耳を塞ぐアドルフにシャルロッテは室内犬よろしくキャンキャン吠える。やはりサイラスも耳を塞いだのだが、聞き捨てならなかったようでアドルフを睨んだ。

「おい小僧、私のロッテに向かってバカとはなんだ」

「誰が小僧……つか旦那、意外に娘萌えですね」

「うるさい。というか、あぁ、本当にロッテがうるさい」

 二人はひたすらに耳を塞いで、シャルロッテの喚きに耐えた。


--------------------------------------------------------------------------------



 翌日には城を出かけた“死刑執行人”達は、2日後には戻ってきた。

 仕事はスムーズ且つスマートに完遂したらしく、報告書を手にしたアドルフは司教らしくキャソックに着替えて、アマデウスは猩猩色のローブを羽織っていた。

「叔父様、どちらに?」

 帰って来たばかりなのに、二人で出かけようとしていた。

「ヴァチカン。長官と教皇聖下に報告だよ」

 彼らはヴァチカン内ではキャソック――――所謂神父の格好をしているが、神罰地上代行の存在は公にされていない、秘匿の組織だ。その為、ヴァチカンの外ではスーツに似せた制服を着ていて、サラリーマンに扮しているらしい(マフィアに見えるともっぱらの評判)。

 ヴァチカンに行くと聞いて不安に駆られたが、それを察したのかアマデウスが微笑んだ。

「大丈夫、ロッテ達の事は言わないから」

「本当ですか?」

「当然。言ったところでメリットないしね。僕がどやされるだけだもん」

 その言葉を素直に信じていいのかはわからなかったが、直接教皇に会見できるのはこの二人だけだし、攻め込んでくるとしても膨大な準備が必要なのは明白だ。いざとなればトンズラをこけばいい。

「そうですか。じゃぁお気を付けて」

「うん。行ってくるね」

 アマデウスはそう言って手を振ると、アドルフの肩に手を置いて、その場からしゅるりと収束するように姿を消した。少し驚いて目をパチクリとさせた。

「叔父様も瞬間移動なんか出来るのね。驚いた」と呟くと、その様子を見ていたらしいクリストフが笑った。

「行った事ある場所なら自由自在らしいけど、ヴァチカンいる時はできないつってぼやいてた」

 ヴァチカンともなると聖地で、人間の信仰心により極度に魔力が抑圧されるのだ。その為使用できる能力は限られるし、弱い吸血鬼などは立ち入る事すらも出来ない。そう考えると、アマデウスがヴァチカンから離れて暮らしたがったのも納得だ。

 一人で思索にふけっていると、クリストフが覗き込んできた。

「“叔父様も”って事はお嬢とか旦那もできんのか?」

 頷いた。

「できるわよ」

「お嬢様と旦那様は基本的に何でもアリですよ」

 隣でクララが自慢げに言った。すると、周りの留守番組も興味深げに話に入ってきた。

「何ができるの?」と尋ねるイザイアは目を輝かせているが、それとは別に急に気になる事案が発生する。漂う匂いに気を取られて、イザイアが質問したことは華麗にスルーした。

「血の匂いがするわね。怪我したの?」

「えっ、俺の質問無視?」

「撃たれたの? 斬られたの?」

「うわ、無視だ……」

 俄かに落ち込むイザイアの腕を、苦笑気味にエルンストが取って袖をめくった。見ると包帯が巻かれて少し血が滲んでいる。

「敵の吸血鬼が撃ってきた弾が掠っただけ。大したことねーよ」

「そう。いや、心配したわけではないのだけど」

「えっ違うの?」

 またしてもショックを受けるイザイアは放っておき、怪我をした左腕を取る。「ちょっと見せて」と包帯をほどいて行くと、3cm程銃弾によって抉られた跡があった。それを見ているとどうしても。

「わー! わー! お嬢やめて!」

 思わず傷口に顔を寄せると、イザイアは必死にそれから逃れようともがいた。

「いいじゃない、ちょっとだけ。何もしないから」

「何もしないからってなんだよ! ヒィィィ!」

 人間がシャルロッテの力に適う筈がなく、難なく傷口に口付けてぺろりと舐めると、直接傷口に触れたためか「痛い痛い!」と暴れている。いい加減に離してやると睨まれた。

「もう痛いじゃん! ビビるし!」

「ちょっと味見しただけじゃない。舐めただけで何もしてないわよ?」

「もー、普通にギョッてするから!」

「だって美味しそうだったんだもの。ごちそう様。美味しかったわ」

「そりゃどーも! 全く!」

 イザイアは憤慨していたが、周りはクスクス笑っていて、しまいにはクララが今にも涎を垂らしそうな顔をしている。

「イイなぁお嬢様」

「クララも今度御馳走になるといいわ」

「そうしますぅ」

「イヤイヤ! 何言ってんの! 今度は別の奴に頼んで!」

 というイザイアの回避行動に、クララと揃って口を尖らせた。

「どうして? イザイアが一番美味しそうなのに」

「この中じゃイザイアが一番ですよね。若いしお酒も飲まないし煙草も吸わないし」

 ねー、と二人で言い合うと、周りがイザイアを囃し立てる。

「おっ、いーなイザイア、モテモテじゃねーか」

「この色男」

「えっ、嬉しくない。こんなモテ方嬉しくない」

 カッコイイ、タイプ、ならまだしも食料視点での高評価だ。イザイアとしては不本意極まりない。御免被ります、と首を振る。

「贅沢言ってんなお前、美少女二人に迫られて」

「羨ましいぜこの野郎」

「じゃぁ誰か替わってよ!」

 堪らず交代を願うイザイアの言葉に、全員が一歩下って首を横に振った。

「無理。俺愛煙家だから」

「俺アル中だから」

 仲間の裏切りを受けて、イザイアはこの日から酒と煙草を嗜むことに決めた。


 程なくアマデウスとアドルフが帰ってきて、早速その件を報告すると二人は大笑いした。

 が、シャルロッテが水を差す。

「反してアディなんか最悪よね。酒臭いし煙草臭いし硝煙臭いし香水臭いし女臭いし、なんかもう色々臭い」

 あくまで食料視点の評価だが、これはこれでカチンときたらしくアドルフはムッとした。

「あーっそ、お前が腹空かして死にそうンなっても、一滴も飲ましてやんねぇからな」

「えっいらない。私そこまで落ちぶれてないから」

「どーゆー意味だコラ」

「そう言う意味。なんか変な病気感染されそう」

 言いながら血の入ったグラスを傾けていると、いよいよ怒ったアドルフがテーブルを叩いて怒鳴りつけてきた。

「テメーなに性病扱いしてんだよ! 持ってねーよバカ!」

「わからないわよ。何なら検査してあげようか?」

「余計なお世話だボケ!」

 憤慨するアドルフをクリストフが宥めてようやく静かになったが、シャルロッテは終始落ち着いていた。周囲はゲラゲラ笑っている。

 コイツ短気ねー。絶対高血圧が原因の病気で死ぬわね。

 そう考えて、今度は親切心で病院での検診を勧めてみると、アドルフは更に怒った。


■登場人物紹介


ヴァチカン教皇庁教理省枢機卿直属対反キリスト教勢力及び魔物強硬対策執行部強硬殲滅課

 通称、精鋭部隊“死刑執行人(シカリウス)”のみなさん



 クリストフ・メンデルスゾーン

 アドルフの副官で役職は主任、クリストフ以下の位階は司祭となる。近接戦闘のスペシャリスト・結界師。アドルフのご機嫌取りと、暴言を標準語に通訳する事が主な仕事。唯一アドルフにマジギレされたことがないのが自慢。いつも半笑い。


 クラウディオ・パガニーニ

 爆発物開発・処理の技術者。普段危険物を取り扱うためか、極度の潔癖症。


 レオナート・マイアベーア

 各種武器の開発・整備士。常に硝煙とオイルの匂いが漂い、ごちゃごちゃと部品を広げたりするので、頻繁にクラウディオと喧嘩になる。


 エルンスト・ウェーヴァー

 狙撃手。普段はチャラチャラしているが、仕事中は人格が変わるらしい。


 アレクサンドル・ベルリオーズ

 密偵。声色を変え、特殊メイクを駆使した変装で全くの別人になり、たまに周囲を混乱させる。


 フレデリック・ブルクミュラー

 トラップメイカー。幼少時から彼の仕掛けるトラップに嵌らなかった者はいない。悪戯っ子。


 オリヴァー・シュトラウス

 ハッカー。趣味がハッキング。某国の国防システムを突破して、一騒動起こしたことがある。


 イザイア・ヴェルディ

 最近入隊した新人だが、アドルフが熱心に教育を施した直弟子で、銃の腕はお墨付き。でもアドルフと違い、一番聖職者らしい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ