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アヴァリ の一族 悪役令嬢と聖堂騎士  作者: 時任雪緒
2 ヴァチカンテロ事件
27/31

27 兄弟

 カメルレンゴがアマデウスと取引をしてくれていたおかげで、アマデウスの命を天秤にかけて真相を聞き出すことは成功した。それによって、アマデウスを教皇庁から除籍することにも成功した。

 エゼキエーレが殺害された現在、最も有力な次期教皇候補はフォンダート枢機卿。彼が教皇位に就けば、恐らくアマデウスは処刑されてしまう。それでは困るのだ。それによってアドルフたちが暴徒化してしまっては、今後非常に動きづらくなる。アマデウスには是非とも穏便に教皇庁を去ってもらわなければならなかったから、この点に関してはクレメンス16世とカメルレンゴには心から謝礼を申し上げた。

 彼らの出生の秘密を明かすことは、本来シャルロッテとしても予想外の展開だった。恐らくカメルレンゴもシャルロッテ同様に、事件が解決してから真相を話して、彼ら自身に選択させようと考えていたはずだ。しかし状況がそれを許さないのだから仕方がないし、どうしても今でなければならない。

 一先ず下準備は全て整った。後は、オリヴァーがリストアップしたスイス人の顔写真から、サイラスが見た悪魔憑きの女性を探し出し、さっさと悪魔を追い出す。その後テロリストたちをやっつけて、そのお手柄は全部カメルレンゴに献上だ。そうすれば彼の地位は盤石なものになって、教皇が交代してもカメルレンゴは在位し続ける可能性が高いし、そうなれば直属となったアドルフたちも安泰だ。

 計画だけは今のところ完璧、後は計画通りに行ってくれさえすればいい。

 カメルレンゴは教皇庁に戻って、アマデウスとサイラスは控室に。クララはクリストフについて行って、シャルロッテはバーデンと一緒にクレメンス16世の付添い。近頃無理をさせ過ぎだとお医者に怒られてしまったので、今日は早めに寝かせた。

 アドルフたちが教皇庁かホテルか、どちらに戻ったのかはわからなかった。だからクリストフに連絡を取った。

『クリス、そっちの様子はどう?』

『お嬢の悪口大会』

 突然吹き出したシャルロッテに、バーデンは不気味がっている。

『あぁ、そうなの。今どこ?』

『教皇庁』

『そう、アディは?』

『カメルレンゴが来たから、護衛も兼ねて仕事手伝いに行った。おかげでこっちは収集つかんぞ』

『そう』

『アイツの事心配?』

『……』

 心配だと言う気にはなれないし、かといって「別に」と突っぱねるのも状況的には気が引けた。黙っていると、クリストフが先に口を挟んだ。

『心配なら心配って言えば? 本当可愛くねーな』

『うるさいわね。アンタ達は教皇庁のどこにいるのよ』

『猊下のオフィスにいる』

『どうして叔父様の?』

『盗聴器仕掛けてあるんだろ、カメルレンゴの』

『あぁ、なるほどね』

 聞かれても今更困る相手じゃないという事のようだ。それなら丁度良かったと、つい身を乗り出した。

『悪いんだけど、一つ頼まれてくれないかしら?』

『悪いと思うなら頼みごとするなよ』

『お願い、時間がなくて調べられなかったのよ。イザイアの事』

『えっ?』

『イザイア、一人だけ年齢が離れているでしょう? それに、叔父様のオフィスの集合写真にも写ってない。多分イルミナティ絡みじゃないのよ』

『そうか、確かにそうだよな。ていうかお嬢は俺らの情報、どうやって知った?』

『叔父様のオフィスのデスクの後ろ、その壁は外れるようになっていて隠し戸棚があるの。そこに過去の報告書――――あなた達の、イルミナティの詳細が記載された報告書が収蔵されていたのよ』

『んなぁるほど。盗聴器探ししてる時に見つけたのか』

『御名答。そう言う訳だから、そっちの話が落ち着いてからで構わないわ。もしかしたら話の流れでイザイアの事にも言及するかもしれないから、その時にでも』

『わかった』

 返事を聞いて、一つ深呼吸をして言った。

『クリス、ゴメンね』

 返事はない。恐らく向こうでクリストフは笑っている。

『らしくねぇな。普段通り偉そうにしててもらわねぇと、折角泥被ったのが台無しだぞ。今のは聞かなかったことにしてやるよ』

『そうね』

『俺にはクララがいるから平気。アディも今んトコ仕事で気ィ紛らわしたいんだろうし、みんなも悪口大会終わって落ち着いたらなんとかなるから』

『そうね、ありがとう』

 今度こそテレパシーを切って、ほうと息を吐いた。

「やっぱりクリスが、一番性格悪いわー……」

「えっ?」

「なんでもないの、ごめんなさい」

 しんとした病室で、ついつい独り言。思わず反応したバーデンに、少し申し訳なさそうにして笑った。

 なんとなく。

 あぁ、今日は謝ってばかりだわ。

 本当に、らしくない。それもこれも。

 悪魔のせいだわ! 腹立つわね本当に!

 シャルロッテは急に機嫌を悪くして、眉を寄せてイライラし始める。それに気づいたバーデンは、一層シャルロッテに怯えた。

 が、ややもするとシャルロッテは重大なことを思いだして、再びクリストフに連絡を取った。

『大変よ』

『どした?』

『私のお風呂の係がいないの。すぐにクララを帰して』

 さっきクリストフがクララがいるから……と言っていたのは、一応頭の隅には置いている。

『ダメ! 今日だけは絶対ダメ! 朝まで帰さない!』

 案の定断られたので、今日は引き下がってやることにした。

『じゃぁアディを寄越して?』

『仕事だって……旦那は?』

『お父様にそんなことさせられな……叔父様がいるじゃない!』

『多分旦那ブチ切れるぞ』

『それもそうね。しょうがないからバーデンに頼もうかしら』

『教皇が泣くぞ』

『じゃぁどうすればいいのよ!』

『お一人でどうぞ』

 クララを拾うまでは一人で入っていたので、本当に独りが無理なわけでもなく。仕方がないので渋々引き下がった。シャルロッテがふくれっ面をして立ち上がったので、バーデンは思わずびくっと体が跳ねた。

「ど、どうしました?」

「ちょっとスパに行ってくるわ」

「え、あ、わかりました」

 温泉に行くだけなのに、なぜあんなに不機嫌なのか。バーデンには謎である。




 その頃、アマデウスのオフィスは大盛り上がりだった。主にクラウディオとレオナートとエルンストが大フィーバーだ。この3人は当時3歳だったので殺害云々は覚えていなかったが、ある日突然ヴァチカンにやってきたことくらいは覚えていた。アレクサンドルとフレデリック、オリヴァーとイザイアは幼すぎて覚えていない。勿論話の内容はショックだったから、それなりに怒りは覚えるものの、この4人にとっては最初からアマデウスしか親がいないようなもので、クララの手前もあって黙り込んでいる。

 が、特に3人の中でも、妹の事を笑われたレオナートは怒り心頭になって、容赦なくシャルロッテの文句を言っていた。ちなみにクリストフは、アドルフがいないとこの事態に収拾がつかないと早々に見切りをつけて、さっさと白旗を上げていた。

 あんな言い方をする必要はなかった、とか。

 何も今じゃなくても良かった、とか。

 アマデウスは言いたくなかったのに無理させることもなかった、とか。

 クリストフにはシャルロッテの意図が分かっているので、心の中で「まぁそうなんだけどねー」とひたすら相槌を打っている。敢えて心の中に留めて口に出さないのは、シャルロッテの為に加勢をするのが嫌だ、と言うだけの理由だ。一応理解はしているが、クリストフも多少怒ってはいる。

 クララは反論したいこと山の如しなのだが、シャルロッテがきつく口止めしているので援護に回る事も出来なくて、一人悶々とさせられている。クララは移動している間にクリストフとシャルロッテに事情を聞かされて納得したのだが、正直な話彼らの気持ちもわからなくはないので、ここで敢えてシャルロッテの味方に回ってさらに傷付けるのも気が引けるのだ。

 暫く3人がメインでぎゃーぎゃー文句を言っていたが、ドアが開いてアドルフが入ってきた。

「おう、どした」

「5分だけ休憩」

 そう言ってソファに座って煙草を吸い始めた。そしてなぜかアドルフが来ただけで静まり返る。

「ん、どした。もうロッテの文句言わねーのか? 廊下まで丸聞こえだったのに」

「さっきは勢い余って猊下の文句も言ってたくらいだったぞ」

「ま、しょーがねーな」

 肺に煙を入れて、ふぅと吹き出すとやっぱり静まり返っている。

「お前らさぁ」

 アドルフが口を開いて、みんなでそろりと視線を上げた。

「ロッテはこの際置いとけよ。アイツに文句言うのは後回しでいいだろ。んな事より、猊下の事嫌いになったか?」

 問われて幾人かは首を横に振って、幾人かは「わかんない」と小さく答えた。

「今朝さぁ、今日話があるとか言ってさぁ、ロッテが」

 部屋に来たシャルロッテは、まともに会話もしないで一方的に言った。

「私のすることを悪魔の所業だって恨んでもいいけれど、きっと立ち直ってね」

 確かにそう言った。恨まれることなんか、シャルロッテは最初からわかっている。

「どの道俺らには立ち直るしかねんだけど、問題はどっち方面に立ち直るかだろ。今考えるべき点はソコ」

 そう言って煙草をもみ消すと「じゃ」とさっさと部屋を後にした。

 それを見送ってフィーヴァーしていた3人はソファに転げた。

「もー! ヤダもー!」

「なんなんだよもー!」

「アディもさークリスもさー!」

「なんだよ、俺なんかした?」

「なんもしてねーからじゃん!」

「アディとクリスが何も言わねーのに、俺らが言えるわけねーじゃん!」

「腹立つ! 落ち着き過ぎなんだよ! 俺らバカみてーじゃん!」

「実際バカみてーだぞ。アディの言う通り、お嬢の事は置いといて。お前らはこれからどうしたいわけ? それ話し合った方が建設的じゃねーか? 結論出すのが怖いからってお嬢に逃げるのは終わりな」

 クリストフがそう言うと3人はとてもばつが悪そうにして起き上がった。

 クリストフの言う通り。

 考えるのが恐かった。

 だからシャルロッテに逃げていた。

 もやもやと心の中を漂う。

 戸惑いと怒りと愛情と。

 混ざり合うこの不快な感情をどれか一つにまとめてしまって、それが誤った選択だとしたら。

 そう思うと怖かった。

「とりあえず、話を聞けたのがカメルレンゴからでよかった。アマデウス様でもお嬢でもいけなかった。カメルレンゴは俺達と同じだからな。俺らも仕事上、俺らと同じ子供をどこかで作り出している可能性はある」

 被害者であり加害者である彼らにしてみれば、どちらか片方の話を聞いても、自分の気持なんかわからないくせに、とへそを曲げてしまっただろう。いつかは聞かなければならない話だったが、シャルロッテの人選にクリストフは素直に感謝した。恐らくあの場でシャルロッテがあそこまで言わないと、アマデウスもカメルレンゴも語らなかっただろうという事を考えると、どうしても泥をかぶるのは仕方がない。その辺りはシャルロッテもわかりきっているから、今更弁護する必要も文句を言う必要もなかった。

 彼らは自ら、彼らの様な子供を生み出している。そんな事は昔からわかっている。

 何故人を殺してはいけないのか。

 何故人を殺さなければいけないのか。

 そんな事を考える段階は、とっくに過ぎている。

 それが仕事で義務だからだ。エクソシスムの一環だからだ。害獣駆除と変わらない、彼らはただの公務員だ。

 彼らは一生ヴァチカンから離れることはできない。それは暗に、この仕事から離れられないことを指している。

 それはアマデウスもカメルレンゴも同じ事だ。

「俺とアディはもう結論出てる。でも、全然恨んでないわけじゃない。とりあえず気が済むまで殴る位はさせて欲しいところ」

「猊下の事、やっぱり恨んでるんだ?」

 尋ねたフレデリックに頷いた。

「そりゃな。俺ガキの頃兄貴だいすきでさー。いつも後ついて歩いてた。あの時兄貴が銃を持ち出さなきゃ死ななかったんじゃないかって今でも思うけど、俺を守ろうとしてくれたんだってのはわかってるし。レオは偉いな。妹守ろうとしてたんだって」

 話を振られて、レオナートは俯いた。

「懐かしいな……ラヴェンナ可愛くてさ、仲良しだったんだよ。だけどあの時、父ちゃんは逃げろって言ったのに、俺怖くて逃げられなかったんだ。まぁどの道ガキの足じゃ逃げても捕まっただろうけどさ」

「かもな。教会じゃなくても、いずれイルミナティのしていることが公になれば、どっかしら摘発しに来てたのは間違いない。そうなったら俺らはそれぞれの地域で孤児院にでも引き取られて、多分会う事もなかったんだろうよ」

「そっかぁ、そうだよね」

 周りが同調したのを見て、クリストフはいつも通りに半笑いをした。

「警察とかなら親を殺しはしなかっただろうけど、とりあえず教会で良かったよな。おかげで兄弟仲良く」

 それにみんなは苦笑交じりに笑う。ふと、クララが口を挟んだ。

「あの、ここに来るまでの間に考えてたんです。あなた達多分、本当の兄弟です」

「えっ?」

 視線が注がれて、少し居心地が悪かったが、話の続きを催促されているのはわかったので口を開いた。

「多分ですけど。あなた達は人工的に作り出されました。長い年月をかけてツヴァイク教授が研究し、更にあなた方の両親も10年以上研究を続けていた。その中で失敗作も数多く生み出されたようですが、あなた達と言う成功例が同年代に生まれた。多分組織は発見したんです、その術式の適性因子――――誰か特定の人物の遺伝子が、実験に適していた。遺伝子レベルでは、あなた達はれっきとした兄弟だと思います」

 証拠は全くないし、当時の研究資料は教会にとっては全く不要な物なので、その場で焼き捨てられてしまったので真相はわからない。

「なるほど……そうかもな」

「つーか俺ら試験管ベビーなら、親は多分親じゃねーよな。代理出産したとか預かって育てたとか、多分そんなんだぞ」

 クリストフが言って、それはそうかもしれない、とみんなが頭を抱えた。

「俺の兄貴とか、レオの妹とか、もしかしたらそっちは本当の兄弟じゃなくて――――例えば親の実子で俺らは実験体。多分本当の家族構成はそんな所だ」

「何で、そう思うの?」

「そりゃぁ」

 クリストフがみんなを見渡して言った。

「俺ら全員、ビックリするくらい金髪碧眼。兄貴黒髪だったもん」

「あっ、そういえば」

「ホントだ……」

「俺らの遺伝子の元になった奴、この金髪の持ち主って優秀だったんだなー」

 本来金髪碧眼の遺伝子と言うのは、生物学レベルでは劣性なのはまた別の話である。繁殖の過程で量産されにくい、淘汰されやすいという意味で、生物学上は劣性だ。その劣性が実験においては適性因子となったのかもしれない。

「でも俺ら顔は似てないな?」

「それは多分、一部は同じ遺伝子情報を使っていても、他は別の人を使ったのだと思いますよ」

「なるほど」

「でもさ」

 クラウディオが口を挟んで、イザイアを見た。

「イザイアって誰かに似てるよな?」

 言われてみんながイザイアを凝視する。視線が集まってイザイアはワタワタと慌てた。

「えっ? わかんない。そうかな? 誰に?」

「わかんねーけど、なんか見たことあるっつーか」

「誰だお前」

「イザイアだよ!」

 上手いこと話しがイザイアにいったので、クリストフはシャルロッテからの通達をみんなに話した。

「イザイアだけ正体不明っつーのも俺的には気分悪いんだけど、お前はどうしたい?」

 イザイアはしばらく悩んで床を見つめていたが、ふと顔を上げた。

「探す!」

 返事を聞いて膝を叩いて立ち上がると、シャルロッテに教えてもらった隠し戸棚の前に行った。押したり引いたりガタガタやっていると壁が外れて、中の戸棚には書類のファイルが雑然と倒れている。雑然としているのは、カンナヴァーロの部下が漁った後片づけなかったせいだ。

 シャルロッテが持ち出したのはアドルフの報告書だけで、それを読んでシャルロッテには真相がわかったので、他は置いてきた。みんなの分はまだ残っているはずなので、当然イザイアのもあるはず――――だったが、探せど探せど出てこない。

「報告書捨てたのか?」

「かもしんねぇけど、可能性としては別方向か?」

「別方向って?」

「神罰地上代行の仕事には関わりがないって事だよ」

 クリストフの言葉にみんなは驚いて目を丸くした。

「いやわかんねーけど。隠し戸棚にすら置いてないってことは、証拠になりそうな物はないかもしれねぇな」

「えぇー! もう、なんで俺だけわけわかんないの!」

 イザイアは拗ねてその場から立ち上がって、歩き出すとマントルピースの前で足を止める。みんなが映った集合写真、そこに自分だけが映っていない。

 ――――どうして?

 なんだか悲しくなって、その写真を手に取る。

 ――――どうして? アマデウス様、俺の事はどうでもいいの?

 訳が分からなくなり、力が抜けた手から写真が落ちた。角から落ちてガラスが割れて、少しうんざりした気分で写真を拾った。

「あれ?」

 ガラスが割れて、外れてしまった裏板を嵌めようとすると、写真が2枚出てきた。一枚は集合写真で、その裏に隠れるように挟んであったもう一枚は、ヴァチカンで撮影したのかアマデウスが映っている。その写真を見てイザイアは目を丸くした。

「っあー! なにコレどういうこと!?」

 イザイアが大声を出して、なんだどうしたとみんなが集まってくる。これこれとイザイアが写真を見せると、みんなも首を傾げた。

「猊下とお前じゃん」

「俺最近猊下と二人で写真撮ってないよ!」

「言われてみればこの写真古い……あれ」

 エルンストが気付いて指差した。

「俺今日コレ見た覚えあんだけど」

 指さした先は、偽イザイアの手に持っているものだ。

「あ、本当だ」

「アレびっくりしたよな」

「ていうかどういうことだマジで」

 アマデウスと一緒に写真に写っている偽イザイア、イザイアはどうやら神罰地上代行には関係ない。

「まさかねぇ」

「いやぁ、そりゃねぇだろ」

「隠し子とか……ねぇ?」

「……」

「……」

「……」

 顔を見合わせて一致団結、突撃。

 突撃した先で、まずは突撃したことを怒られ。

 質問をすると、呆れられた上に怒られ。

「ヴェルディ君が私の隠し子ですって? バカなことを。あなた方と一緒にしないでください」

「おいおい、カメルレンゴに限ってそりゃねーだろ」

 アドルフにまで呆れられてしまったが、イザイアは説明を求めて写真を突きつけた。

「だって、じゃぁコレどういうことですか! カメルレンゴですよねコレ!?」

 写真に写っていたのはアマデウスと、羊飼いの杖を持った若かりし頃のカメルレンゴ。

 その写真を見てカメルレンゴは、少しだけ懐かしそうに目を細めた。

「あぁ、そうですね。確か20歳くらいの頃です」

「俺、カメルレンゴに似てるみたいなんですけど」

「そうですね」

「……どうしてですか? 報告書、俺のだけなかったんです。俺はイルミナティに関係なくて、カメルレンゴとも関係なくて。じゃぁ俺はどうしてここにいるんですか? 関係ないならどうして、カメルレンゴに似てるんですか?」

 ふぅ、と少し疲れたような顔をすると、カメルレンゴはアドルフに人払いを頼み、アドルフが人払いを済ませると、溜息を吐いてイザイアを見た。

「30年前――――というか、私の世代の成功例ですが」

「はい」

「当然、私一人ではありません」

「えっ?」

 成功例第1号がカメルレンゴ。勿論2号3号が存在した。カメルレンゴ以外の成功例は他の家に預けられていたが、当然彼らは面識があり幼馴染同様だ。

「彼らもイルミナティのメンバーが引き取って育てていましたが、一人は30年前の事件で家族もろとも殺害されたようです。ですがもう一人は」

「逃げたんですか」

「そうです。そして彼を中心に研究がすすめられた」

 しかし、逃げた先ではまともな設備もなく、研究を独自に進めることは困難だった。そこでも何とかアドルフたちと言う成功例は産まれたが、20年前に再襲撃を受けることとなった。

「その再襲撃ですが、私の元に通報があったのです。今度こそイルミナティを潰してほしいと」

「誰からですか?」

「“彼”ですよ。30年前の生き残りで私のクローンであった、彼」

 カメルレンゴの世代では、設備はあっても理論が発展途上。カメルレンゴという成功例が生まれたのは、ほとんど偶然の産物と言ってよく、同じ手法をとっても中々成功例は産まれずにいた。その為ツヴァイク教授は、カメルレンゴのクローンを作り出すことにしたのだ。その為にカメルレンゴと全く同じ人間が生まれてくることになった。

「彼はまぁ、言ってみれば私とは一卵性双生児の様なものです。彼は30年前の事件の後は、“新人類”のひな形として組織に祭り上げられた。彼と再会したのは本当に偶然でしたが、その時に互いの身の上を話して、私の話を聞いた彼は言いました。「イルミナティを潰せ」と」

 彼は組織を憎んでいた。彼の扱いはひな形だ。大事にされて神の様に崇められる実験体だ。彼は一度も実験体の扱いから出られることはなく、一度も人として見てもらったことはなかった。

 毎日検査されて、毎日投薬されて、毎日細胞を取られてクローニングした細胞を使って、自分の遺伝子を持つ子供が作られるのに、それは自分の子供とは言い難い。

 彼は言った。

「なぁ、こんな人生が人間に必要だろうか? 俺は人間なのだろうか? 俺の様な人類を作り出して、それが一体なんになる? 人間は飯を食って、働いて、寝て、恋をして結婚して、子供を作って老いて、子供や孫に看取られて死ぬものだろ? 俺にはそれは不可能だ。ならば俺は一体なんだ? 俺は兄さんのクローンで、本当に俺は俺なんだろうか? また俺の遺伝子を使って成功事例が生まれた。あの子達は俺の一体なんだ?」

 自分は一体何で、行きつく先はどこへあるのか。

 そう言った哲学的ともいえる疑問は、彼にとっては現実的過ぎる難題だった。

 彼の話を聞いて、カメルレンゴはアマデウスに話し、アマデウスの追跡調査によって組織を発見したことにして再襲撃した。その際、彼だけは内部告発者として保護し、余所の地域へと逃がした。

「それからは彼とも連絡を取らなくなったのですが、5年経って彼が子供を連れて私の元に会いに来ました」

 そのとき彼は嬉しそうに言った。

「聞いてくれ、俺結婚したんだ。俺の子供だよ。この子は俺の子供なんだ」

 とてもとても、嬉しそうに。

 父親によく似て、金髪碧眼の男の子。

「君にそっくりですね」

「兄さんにもそっくりになる」

 そう言った彼は、どこか悲しげに笑った。その表情を見て不安を感じた。

「奥様は?」

「この前、交通事故で死んだんだ」

「そうですか……それは、お気の毒に」

「それで、俺ももうすぐ死ぬと思う」

 度重なる実験の為に彼の体にはもう限界が来ていて、重篤な病気を患っていた。

「この子は独りぼっちになる。この子はさ、俺のせいでアーニャは妊娠できなくて、やっぱり人工授精になったんだけど、それでも間違いなくこの子だけは俺の子なんだ。初めて人を好きになった。アーニャの子だからこの子を愛してる。この子には幸せになってほしいから、独りぼっちで淋しい思いをさせたくない。この子にだけは、人として生きて欲しいんだ。だから兄さんが、預かってくれないか?」

 彼は涙ながらにそう言って、子供をカメルレンゴに託した。その子は父親に瓜二つのカメルレンゴを見て不思議そうにしていたけど、すぐににっこりと笑った。

「その後彼とは一切の連絡を取っていませんのでわかりませんが、恐らく亡くなったのでしょう」

「あの、でも、どうしてアマデウス様が俺を引き取ったんですか?」

「あなたが彼にソックリと言う事は、私にもソックリと言う事です。今回の様に色々と誤解を招くのは御免でしたから。20年前の内部告発の件を知っているのは父上とザイン・ヴィトゲンシュタイン枢機卿だけでしたから、父上の提案で彼に引き取っていただくことにしたんです」

「なるほど……そうなんですね」

 神罰地上代行にもイルミナティにも関係ない、イザイアは“彼”の遺伝子を受け継いだ多くの子供の中でただ一人、彼の本当の子供。

 彼は人間になりたかった。

 誰かに愛されたかった。

 誰かを愛したかった。

 それが叶った、その結晶がイザイア。

 あは、とイザイアが笑った。

「じゃぁカメルレンゴは俺の伯父さんなんですね」

「そういうことに、なるんでしょうかね。よくわかりません。私も彼も実験体ですので、兄弟と呼ぶのが正解なのかもわかりません」

「イイじゃないですか、兄弟って事で。なにか名称がつかないと落ち着きません」

「そうですか、ではそう言う事にしましょう」

 話を聞いていてアドルフは、すこし気にかかる点があったのでカメルレンゴに尋ねた。

「彼のせいで奥さんが妊娠できなかったというのは?」

 尋ねられて、あぁ、とカメルレンゴは視線を落とした。

「私は検証したことがないので知りませんが、彼はクローニングされた人間だったせいか生殖能力はなかったそうです。あなた方は検証結果はどうでしたか?」

 言われてアドルフは口元に手をやった。

「そーいえば俺、あんだけ遊んでてノーミスです!」

「ではそう言う事でしょう。我々は繁殖能力はありません。どれほど優れていようが一代限りの新人類など、生物全体から見れば失敗作以外の何物でもありません。いえ、それどころか」

 キィと椅子を鳴らして、椅子の背に深く体を沈めた。

「シュレディンガーの定義を知っていますか?」

「いえ」

「シュレディンガーという博士が提唱した、生物の定義です」

 まだ遺伝子が発見される前の時代、彼の提唱した生物の定義は、後に遺伝子が発見されたことで真実と裏付けされた。

「その定義によれば、繁殖と代謝をする物が生物なのだそうです。では繁殖しない我々は、生物なのでしょうか?」

 カメルレンゴも彼と同じように、そんな事をずっと考えていて。

 だけどアドルフたちには唐突過ぎて、全く思考が追い付かない。

「わかりません」

「まぁどの道聖職である以上は繁殖能力がなくても差し支えありませんが。リスト課長もミスがないからと言って、調子に乗らないように」

「……最近は大人しくしてます」

 その返事を聞いて、カメルレンゴは少しだけ挑戦的な視線を向けた。

「そうですか? 実用の機会がない以上、私は去勢と言うシステムを復興してもいいと思っているのですが」

 その言葉に全員が「Non!」と首を横に振った。

「それはダメですよ!」

「ダメですって!」

「怖っ!」

「冗談です」

 とカメルレンゴが言ったので騒ぎはすぐに収まったが。

 カメルレンゴでも冗談言うんだな、と、少し驚いた。






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