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アヴァリ の一族 悪役令嬢と聖堂騎士  作者: 時任雪緒
2 ヴァチカンテロ事件
24/31

24 三位一体


 サイラスが足を組みかえながらソファの背もたれに持たれて言った。

「テロリストの最終目標は悪魔の降霊なのだが、その降霊に使われる対象者がお前達だ」

 とサイラスが言って、人間たちに視線を向けた。

「俺達?」

 とアドルフが眉を寄せた。

「聖職である我々を、悪魔憑きにする気か?」

 カメルレンゴが苛立ちを抑えながら言って、サイラスが頷いた。

「そうだ。聖職のくせに悪魔に憑かれればそれはさぞ屈辱であろうし、何よりお前達を支配して動かすのはテロリストにすればさぞ気分が良かろう。特にカメルレンゴや枢機卿なんかは小僧たちに比べて権力もあるからな、そのお前らが悪魔に意識を奪われて「神なんてクソ喰らえだ」と言わされる。確かにそれは愉快そうだが」

 言ってカメルレンゴを見ると、彼はサイラスを真っ直ぐに見て言った。

「悪魔の付け入る隙など、我々にはない。我々の信仰は揺るぎ無いものだ」

 自信があった。わざわざヴァチカンでまで神事に尽力するような人間など皆狂信者だ。付け入る隙などないと思いたかったが――――。

 アドルフが舌打ちした。

「そうか、その為の内通者ですか」

「そうだ。お前達を相互に疑心暗鬼にさせ、不安にさせ、悪魔の力と神の不在を知らしめるため」

 実際に、内通者がいるという事でヴァチカン内は一気に疑惑に満ちた。ただテロリストのミスは、その非難を一身に浴びる対象がいるという事を知らなかった。アマデウスがいなければ相互に疑いをかけたりして混乱もしただろうが、残念ながら日頃から嫌われているアマデウスがいたためにその辺りは全部おじゃんだ。

「このままアマデウスは罪を被ったまま消えたことにした方がいいと思う」

 アマデウスは気分が悪かろうがな、とアマデウスに笑いかけると、本当に嫌そうに溜息を吐く。

「まぁ、それでヴァチカンが結束するなら、いいけどさ」

 その返事を聞いて、サイラスは嬉しそうにカメルレンゴを見た。

「コイツの身柄は私が預かるから安心しろ。心配せずとも逃がしたりはせん、コイツは大事な金づるだからな」

「ムカつく! それ言わなきゃいけなかった!?」

「言いたかった」

 あぁ本当にこの兄弟は仲が悪いようだ、とカメルレンゴとバーデンは納得した。一息ついて、カメルレンゴが項垂れた。

「ただでさえ、ヴァチカンに寄せられる悪魔憑きの報告は毎年5万件を超えているのです。それをわざわざ呼び出そうなんて、イカれてる」

 その悪魔憑き事件も大概は精神病だったりの誤解だが、たまには本物もいたりする。そう言う悪魔憑きを祓うのは教区司祭の仕事なのだが、その人員が“神罰地上代行”だ。アドルフたちは戦いが必要な実体系化け物専門の戦闘屋だが、実際に悪魔祓いをする司祭たちの数は年々減っているのが現状で、適した人材を育てる機関もあるしスカウトもするのだが、なかなかやりたがる人はいない。それほど悪魔と言うのは手強く、非常に疲れる相手だ。

「あなた達は、神を信じるか?」

 問われて、サイラスとシャルロッテは頷いた。

「私達は化け物だから」

「故に神を信じる。神はラスボスだ」

 サイラスの返事にカメルレンゴは小さく苦笑した。

「話が早くて助かる。私もそれなりに悪魔祓いは出来るが、父上の古い友人に一流のエクソシストがいる。彼はもう引退してしまったが、参考に話を聞かせて頂く」

「あぁ、それがいい。ついでに小僧たちも再教育してやれ」

「そうしよう。彼らは根本的に叩き直さねばならん」

 カメルレンゴの言葉を聞いて、アドルフたちは「うげぇ」と顔を歪めた。

 で、とサイラスが続けた。

「奴らがそんな面倒くさい事を思いついたのはな、実際に奴らの手の内に悪魔がいるようだ」

「悪魔憑きの人間がいるという事か?」

「そうだ。その人間に憑りついている悪魔の命令だという事だ」

 アドルフが身を乗り出した。

「えっじゃぁ旦那、その人間と言うのは」

「そいつ自体は全くの無害だ。普段は花屋で働いている若い小娘」

「花屋……いいですね」

「男って花屋とか好きよね」

 少しだけ妄想次元に旅立ったアドルフを、シャルロッテが白い視線をぶつけて現実に引き戻した。

「でもなんでそんな清楚っぽい子が?」

「彼氏がサタニストらしい」

「うわ、可哀想」

「でもしょうがねーよ。スイーツ(笑)に限ってDQNに引っかかってバカを見るんだから」

「あー。若い子ってギャングとか好きだよな。あんなんただの社会不適合者なのに」

「若い女の子って夢見がちでバカだから、すぐ課長みたいなんに引っかかる」

「どーゆー意味だコラ」

 ごほん、と咳払いをしてバーデンが与太話を中断させた。

「ではその女性に憑りついている悪魔が、今回のテロを指示したということですよね」

「そうだ。しかし事態はここまで発展してしまったから、彼女に憑りついた悪魔を祓っただけでは済まないだろう。その悪魔がいなくなっても、ここまでくれば勝手に動き出す」

 言って、どこからかサイラスはヴァチカンの地図を取り出して広げた。ヴァチカン入り口から正面に広がる広場、その奥のサン・ピエトロ大聖堂、その奥の教皇庁。

「一般人が入れるのは広場と大聖堂だな?」

 カメルレンゴが頷いた。

「ええ、それと教皇庁にも。許可された講堂などの限定だが」

「式典当日は?」

「当日は教皇庁への立ち入りは禁止だ」

「この、裏の区域や美術館などは?」

「普段なら規制はしないが、今回はこの事件の為に規制し、広場と大聖堂しか立ち入りを許可しない」

 少し苦渋の表情をしたサイラスが顔を上げた。

「何故式典を中止しない?」

 その問いにカメルレンゴは、強く睨むようにして言った。

「ヴァチカンは神に傅く聖なる館。たかが悪魔崇拝者如きに白旗を上げてなるものか。中止、それは神が屈したという事だ、それはただの逃避だ。それはまるで敗北主義者のようだ。そんな真似を信徒たる我々がしていいはずがない。我々は決して、神と神を信ずる者以外に、跪いたりはしない」

 カメルレンゴの宣言に、サイラスはとても嬉しそうに満足そうにして頷いた。

「素晴らしい素晴らしい。それでこそ人間だ。素晴らしいぞ、カール・トバルカイン。気に入った。私は全面的にお前に協力しよう。私の事はサイラスと呼べ。なぁ事件が終わったら飲みに行こう。城に遊びに来ても良いぞ」

「……いかない」

 突然お気に入りになってカメルレンゴは引いたが、サイラスは一旦盛り上がったら中々ブレーキが利かない。サイラス的には一方的にお友達が出来た気分だ。あれこれと熱烈な招待をするサイラスに、カメルレンゴは一応付き合ってあげる風を装って掌で静止した。

「まぁ宴会は事件が済んでからで。そのテロリストたちが行おうとしている降霊の魔術と言うのは、どういったものだ?」

 サイラスも諦めたようで息を吐いて説明を始めた。

 その魔術は悪魔が齎した物だった。用意される魔方陣は二つ。一つは大聖堂前広場と、もう一つは教皇庁。広場の魔方陣の方で観光客を生贄に使い、それによっておびき寄せた悪魔の軍団を教皇庁に降霊する。

 当日は観光客の入国に関してはかなりの規制がかかる。何でもない時でも常にヴァチカンの前は警察がいて交通整理に勤しんでいるが、そのヴァチカンに入る唯一の道、和解の道を爆破して観光客を閉じ込める。和解の道はいつも大勢の人と馬車と車が常に渋滞していて大混雑だ。更に大聖堂を爆破し、そうすると逃げ道を失った観光客たちは広場に固まるしかなくなる。一塊になった数百人の生贄を使い悪魔を呼び出し、教皇庁の中に悪魔を引き入れる。信仰を失った者、懐疑的な者、大きな悩みや戸惑いを抱えている者、そう言った者達は聖職であれど悪魔に憑かれやすいから、そう言った人たちから順に侵略されていくのだろう。そして、テロリストの、悪魔の軍団のボスである悪魔が命令する――――命を以て信徒を斃せ、と。悪魔の最終目標はどこに至っても、対象者の命を奪うこと。ついでに他人を巻き添えに出来ればラッキーと言うわけだ。

 しかし、例えその術式自体が成功したとして、それ程の人数を生贄にしたとしても降霊される場所がヴァチカンであることを考えると、完全なる成功は果たせないだろう。その辺りはテロリストもわかってはいるようだ。

「潜入していた5人の仕事は、教皇庁に魔方陣を構築することだ。今日の時点で半分以上完成しているようだから、人員を欠いたとしても後3日ある。捕まらなければ完成するだろう」

 カメルレンゴが眉根を寄せて、地図を見ながら言った。

「しかし、教皇庁周辺で魔方陣の様な物や、妙な落書きすらも見た覚えはないぞ?」

「当然だ。ばれやすいような物で書くはずがない。テロリストたちが使ったのは無色のニスだ」

「……なるほど、それなら見えないし、雨でも流されることはないか。考えたな」

「ある程度場所は覚えている。地図に詳細を描いてやるから、部下を使ってシンナーでもぶちまけておけ」

「あぁ」

 ただ、とサイラスが頬杖をついた。

「私がテロリストを殺してしまったからなぁ。邪魔者がいると報告がいっていると思うのだが」

「そうですよお父様、どうして3人を生かしておいたんです? 殺してしまえば良かったのに」

 どうせならその方が良かったと人間たちも思ったが、サイラスは少し宙を仰ぐようにして答えた。

「うーん、やはりな。その方が一層盛り上がるだろうという誘惑には勝てなくてな」

「あーじゃぁしょうがないですねー」

 最早ツッコむ元気もない人間たちである。先程から気になっていた横を見て、時計を見てサイラスたちに向いた。

「もう朝の6時。そろそろ教皇庁に戻って休んだ方がいいわ」

「あぁ、そうか。そんな時間か」

 カメルレンゴも腕時計を見て、周りも伸びをし始めた。

「アディは早々と寝てるから、ホテルでも教皇庁でも、誰か連れてってね」

「……静かだと思ったら」

「私の話の最中に居眠りをするとは、この小僧はいい度胸だな」

 やっぱりこの男は睡眠欲には勝てないらしく、途中から沈黙したと思ったらいつの間にかうつらうつらし始めて、座りながら眠っていた。それを見てエルンストが苦笑しながら、アレクサンドルと二人でアドルフを肩に担いで立ち上がらせた。

「あー課長はいつもッスよ。下手したら戦闘中にウトウトしてますから」

「そんなのでよく死ななかったな……」

「神のご加護じゃないっすか」

「こんな、聖職をバカにしたような奴でも神は守るのか」

 つくづく神の懐の深さには感心させられる。半笑いのクリストフがぺちぺちとアドルフの頬を叩いた。

「まぁコイツは一応信仰してはいるから。おい起きろ」

「うーん」

 目は開いていないが、何とか意識は覚醒したようで唸っている。

「ほら、ホテル連れてってやるから。お休み前のお祈りは?」

「んー、きょうもいちにち、おまもりくださったかみよ、あすのひのでをたのしみに。あすもてんしをぼくのそばに、よよに」

 笑いを堪えながらクリストフが「ガキの頃からの癖」と笑った。

「コイツの寝言は最高に面白いぞ。今度お嬢もやってみれば」

「是非今度夜這いをかけるわ!」

 アドルフの寝言お休み前のお祈りが余程可笑しかったのか、バーデンもカメルレンゴも声を殺して爆笑した。


 

 

 

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