20 行進曲
時計の針は0時をとっくに回って3月22日に日付が変わったホテルに、エルンストとレオナート以外の全員が集合した。シャルロッテは元気を回復したら自分でヴァチカンにやってくると言ったので、一先ず彼女からの話を伝えた。
ヴァチカンはとても狭い国だ。ディズニーランドより狭い。しかも一般人が立ち入ることが出来る場所は、教皇庁前、美術館、広場、聖堂とかなり限られている。それでも、何でもない時でも観光客は長蛇の列を作って聖堂に並び、広場は人がひしめいている。イベントの際は、こう言った立ち入り許可区域を含め、まさに祭りと言った様相で驚くほどの人間が集まる。一般人が出入りできる一番初めの土地は、ローマから続く和解の道を抜けた「サン・ピエトロ大聖堂」前の広場。流れに流されて入って行く観光客には、どこが国境なのかもわからないはずだ。
「で、まぁロッテが言うには、悪魔召喚の儀式をするなら魔方陣を描くように、広場を取り囲んで数か所爆破するだろうつってた。けど、どっかに隠したりとかは絶対しないはずだとも」
首を傾げたイザイアの隣で、フレデリックが手を叩いた。
「そうか、仕掛けたって周囲には警備が張り巡らされてるから」
アドルフが頷いた。
「そういうこと。予告もしてるしこっちは既に捜索を始めてる。あっちだってその辺りはわかってるはずだから、事前に隠すなんてことはしない」
「じゃぁどうする気なんだろう?」
本来なら警備は警察の仕事だ。しかし教皇は欠席することになっているし、警察は教皇の警備の方に回っている。当日に警備にあたるのは“神罰地上代行”だ。その警備の目をかいくぐって爆弾を持ちこもうと思うなら――――。
「自爆だろうな」
「うっわぁ……」
と、全員が引いたところで「と思いきや」とアドルフが続けた。
「観光客に扮するなら自爆だ。でもそうじゃない。勿論その可能性もあるけど、ロッテが言うには爆弾を仕掛けるのは“聖堂騎士”の誰かだ」
その言葉に全員がつんのめって、説明を要求したので解説する。
シャルロッテの予想では、テロの人員は既に何人かヴァチカンにも潜入している。そう考えた根拠は、シャルロッテ自身の事だ。テロ前の厳戒態勢の時期に、新規参入で入ったシャルロッテを訝る人間もいたが、特に不思議がりもせず受け流した人間がいた。このタイミングで知らない人間がやってくるなど、怪しい事山の如しだというのにだ。しかも、男成分100%の教皇庁において女性であるシャルロッテがやってきても、特に何も反応はなかったのだ。その反応はいっそ、異常と言っても良かった。
シャルロッテが言った。
「内通者は、ガリバルディ課長とカンナヴァーロ課長よ。その二人の上で誰かが糸を引いてるわ」
アドルフは少なからず驚いた。ガリバルディはアドルフに協力的だったし、カンナヴァーロは歳が近い事もあって懇意にしていたし、まさかこの両名が裏切り者だとは考えてもいなかった。しかしシャルロッテが言った。
「わざとよ、作戦が失敗するように細工したヘリを貸したのよ。カンナヴァーロが叔父様のオフィスから見つけたメモは、あれは自分で持ち込んで発見したように見せかけただけよ。二人がアディに協力的だったのは、叔父様、ひいてはあなた達の仕事をワザと失敗に追い込んで、その評価を著しく下落させて叔父様の嫌疑を濃厚にするため。ワザと作戦を失敗して、テロを誘導させたと誰かに言わせたいのよ」
それに盗聴器の事もある。“検事”と“聖堂騎士のオフィスで”見つかるはずがないのだ、そもそも仕掛ける必要がないのだから。自分達が指揮する管轄なのだから、情報も動向もいくらでも操作はできる。盗聴なんてしなくても筒抜けで、20日の夜にアドルフが連絡した段階でテロリストに指示を出したのは彼らだ。
まさか“神罰地上代行”の中に裏切り者がいるとは思っていなかった。みんな信じがたいと顔に出していたし、証拠は一切ない。だから、その二人が真犯人だとしても今は追いつめる事は出来ない。その代り目的を阻止しなければならない。
彼らの手の内には、人知れず新規の隊員として配備されたテロリストがいてもおかしくはない。
「……目的って?」
恐る恐る尋ねたアレクサンドルに言った。
「テロの阻止だ」
「はぁ?」
やはりというべきか首を傾げた。どういうことだと質問がやって来たが、それを受け流して続けた。
「それと、カメルレンゴまたはフォンダート枢機卿、若しくはその両方の暗殺だ」
更に質問が増えて少し鬱陶しくなったので、またしても解説タイムだ。
恐らく、上で糸を引いているのはエゼキエーレだ。事の発端は例のイタリア駐屯軍の事にあるのは間違いない。しかし、その為だけにテロを起こしたとすれば、少し理由が浅い気がする。褒章の割にリスクが高すぎる。とすれば、考えられる利益は「使徒座」に他ならない。テロを引き起こしておいて、テロと結託しているのをいいことに先回りし、それを阻止して柄をものにする。その手柄はエゼキエーレとカンナヴァーロの評価を高め、当然教理省長官であるエゼキエーレの地位をも高めることになる。その上で邪魔者を排除すれば完璧だ。そう考えていたところで、カメルレンゴがアマデウスを容疑者として拘束したことは、ラッキーハプニングとしか言いようがなかった。しかし、“死刑執行人”の活動まで制限されてしまったことは誤算ではあったが、少し発破をかけた程度でまんまと独断専行し始めた。そうなれば彼らの掌で転がされるだけだとも知らずに。
「真犯人は、カメルレンゴじゃないの……?」
イザイアが眉根を寄せたのを見て、アドルフも息を吐いた。
「俺もそう思うんだけどさぁ、ロッテは違うって。まぁカメルレンゴなりになんか考えがあって逮捕したことは間違いない。でも内通者はカメルレンゴじゃない。俺らのオフィスに盗聴器を仕掛けたのはガリバルディ課長で、猊下のオフィスに仕掛けたのはカメルレンゴか教皇の命令」
「でもカメルレンゴは徹底して俺らの仕事邪魔しようとしてるわけじゃん。猊下を逮捕したのだって――――」
「そう、そこだ」
アドルフが真っ直ぐ視線を向けた。
「カメルレンゴには猊下が犯人じゃないことはわかってるはずだ。敵が行動を変えたのは猊下が捕えられた後だったんだからな。猊下が犯人ならテロリストたちに指示が出来るはずがないんだ」
それにクラウディオが膝を叩いた。
「それって、実質的に猊下の無罪を証明してることになるじゃないか!」
「そういうことだ。カメルレンゴが何考えてるのかまではわかんねぇけど」そう言って頭を垂れた。「ロッテが嫌な事言いやがってよぉ……」
アドルフの様子に、みんなは何だどうしたと身を乗り出した。
シャルロッテがアマデウスのオフィスの隠し棚から見つけた物は、過去の報告書だった。その報告書に記されていた。
「20年前、“聖堂騎士”の課長をやってたのはカメルレンゴらしい」
オリヴァーが声を上げた。
「えっ!? じゃぁ猊下とカメルレンゴって上司と部下だったんだ?」
「そうだ。で、ロッテが言うには、“死刑執行人”を組織させたのもカメルレンゴの提案なんだと」
「えぇー!!」
さすがに全員ひっくり返りそうになった。あれだけ嫌われていて、組織の生みの親とは全く信じがたい。大混乱する仲間たちを見てアドルフも溜息を吐き、話しを続けた。
「ロッテがさぁ「如何にも悪役風で出てきた人間って、大概悪役じゃないものよ」とか言ってさぁ」
「えぇ―そんな理由?」
「「叔父様を逮捕したのとあなた達の行動を制限しているのも、あなた達を守るために決まってるわ!」とか断言しやがってさぁ」
更にシャルロッテは「その方が素敵だわ」とも続けた。全員が「それはどうだろう」と腕組みをして首を捻る。
「まぁとにかく、アイツの予想じゃテロに関してカメルレンゴはシロだ。これから俺らがやらなきゃいけねぇ事は……」
1・何とかフォンダート枢機卿とカメルレンゴに取り次いでもらって、この話をして説得する。
2・最早聖堂騎士は信用できないので、警察または死刑執行人の人員で二人を護衛する。
3・カンナヴァーロとガリバルディ及びエゼキエーレが内通者であるという証拠を発掘する。
「――――ってとこだな」
説明を終えても全員が頭を抱えたり項垂れたりして考え込んでいたが、いつまでも手をこまねいているわけにもいかない。内通者を確定させなければ、このままではアマデウスの身が危ないのだ。その辺りはカメルレンゴがどう考えているかは不明だが、カメルレンゴとフォンダート枢機卿が暗殺されることも阻止しなければならない。
全員が了解の返事をして、それを見届けて立ち上がった。
「エルンストとレオの事はロッテが何とかするつってたから任せておく。クリスはクララと一緒にロッテの面倒見てろ」
「おう」
「オラ、お前ら立て。行くぞ」
「ヤー」
敵が長年共に働いてきた同僚だという事は、正直な話辛い事だった。だけど、だからこそ裏切りを許してはおけない。カンナヴァーロよりもガリバルディよりも、アマデウスの方がもっと大事だ。それでアマデウスが助かるというのなら、同僚であるはずの聖職者にすら中指を立てる。それが存在してはならない、存在しないはずの“死刑執行人”であり、悪魔の仔たる所以だ。




