19 貧血
枢機卿たちの会議は、アマデウス必要派と不要派に分かれて侃々諤々の議論をしていたが、しばらく見守っているとほとんどが不要派になってしまった。アマデウスの功績を訴えていたエゼキエーレが、しかしアマデウスの事件への関与を持ち出すと、どうしても処分する方向性に行ってしまうので、ついに折れてしまい、そこから他の枢機卿たちも意見を変え始めてしまった。
たくさんの枢機卿たちが提唱した。
この聖なる館に、化け物など存在してはいけない。
吸血鬼とは神への反逆者、それは淘汰されてしかるべきだ。
そう言った意見が大多数を占めたものだから、カメルレンゴも頷いた。
「わかりました。では皆様の総意を聖下にお伝えしておきます。その意見を持って、聖下にご判断戴きます」
枢機卿たちの会議では、アマデウスは処分されるという方向で決定してしまった。それを聞いてアドルフは焦ったようだが、シャルロッテは少し疑問を感じた。
「ねぇ、叔父様の処遇を決めるのも教皇決議が必要なのね。これほどの総意を得られたのなら、枢機卿決議でも構わない気がするのだけど、どうしてかしら?」
「わかんねぇけど……猊下をヴァチカンに入れたのが教皇だから、とかじゃないか?」
昔の教皇が決定したことを、枢機卿たちが覆すわけにはいかないという事のようだ。そう言われると確かにそんな気はする。しかし、聊か気がかりで頭を悩ませていると、アドルフが出ようと言った。
「会議終わっちまった。話が教皇に行ったら、猊下が処分されちまう」
言われて下を見ると、枢機卿たちが片付けを始めてぞろぞろとドアに向かって席を立っている。丁度カメルレンゴもドアを抜けたところだった。それを見届けてアドルフを見上げた。
「どうする?」
「どうするって、どうしたらいいんだ?」
「そうねぇ、じゃぁ選んで」
どうにかしたいがどうしたらいいかわからないアドルフの為に、候補を挙げた。
1・プリズンブレイク。
2・せめて待ってもらえるよう、カメルレンゴを説得する。
3・教皇を説得する。
4・すぐには処分されないだろうから、その間に真相を究明する。
「い……4!」
1を選択したいのが本心だろうが、どう考えても可能なのは4しかない。
「でもいよいよって時には、俺みんなに謝らねぇと」
「そうね。みんな突然無職どころか犯罪者ね。私にも謝ってよ」
「お前も手伝うなら謝る必要ねぇだろ、共犯なんだから」
「そうといえばそうね。どうせヴァチカンに追われる身になるなら、アンタ達も吸血鬼になっちゃいなさいよ」
その言葉にアドルフは、眉を下げて深く溜息を吐いた。
「ガチで反逆するわけだしな……いざとなったら、それもアリかな……ここまで不幸か、俺の人生」
「失礼ね、吸血鬼は不幸じゃないわよ」
「俺らにとっては、吸血鬼化すんのは不幸なんだよ」
ブツブツと文句を言うアドルフと共に、窓から外に出ようとした時だった。ふと眩暈がして窓から手が離れた。
咄嗟にアドルフが手を掴んでくれたので落下は免れたが、アドルフも不安定な場所でシャルロッテを支えるのを辛そうにした。なので、下に人がいないことを確認して、アドルフの手を払った。
「ロッテ!」
「後で迎えに来てぇぇぇぇ」
落下しながらそう言うと、すぐに芝生の庭に激突した。気のせいかと思っていたが、やっぱりヴァチカンは伊達ではなかった。来た時から具合は悪かったし、先ほどからどんどん具合が悪化している気はしていた。しかし自分が吸血鬼で、体調不良なんて初体験なものだから、気にもしないで無視していたのだ。
ぐっと腕に力を入れた。落下の衝撃のせいもあってか、ヴァチカンにいるせいもあるのか、腕は骨折した上に脱臼して回復も遅いようだ。何とか上体は起こしたものの、腰の骨も同様で歩けそうになかった。こんな情けない事態は初めてなので、思わず泣きそうになった。
30分近く待たされて、やっとアドルフが迎えにきた。来るのにやたらと時間がかかると思っていたら、車に機材なんかの荷物も全部積みこんで、車を回してくれていたらしい。歩けないと訴えると、うんざりした顔をされたが「おんぶして」というおねだりを聞いてくれた。
「ついでだからローマまで出るぞ。ホテル取っといたから。クリスたちにもそっちに来るように言っといた。どうせ俺らはもう、マトモに活動できやしねぇしな」
思った以上に出来る子だったので少し感心していたが、「クララが来るまで……」と言っていた言葉が急に止まって、車のドアを開けると後部座席に乗せられた。起き上がるのが億劫でそのまま横になると、ドアの所からアドルフが片足だけ踏み込んだ。
「なぁお前さぁ」
「なに?」
「飯、もう2日食ってねぇだろ。腹減ってねぇか?」
よくよく思い返してみると、テロ討伐に赴く前日から血液を摂取していなかったのだ。血はクララの乗ったライトバンに置いてきてしまったので、どこかでクララと合流してご飯を調達しなければとは考えていたが、すっかり忘れていた。
「そういえばそうねぇ……なんか眩暈するし、そのせいかも……」
「成程、貧血か」
案外と適切な表現をしたアドルフに、顔だけ上げた。
「その話を持ち出したって事は、血を飲ませる気になったの?」
尋ねたが、アドルフは無表情だ。
「……うーん、考え中」
返答を聞いてまたパタリと顔をシートに沈めた。
「いいわよ、嫌なら無理しなくたって。とりあえずホテル行きたいわ……疲れた」
「わかった」
車が動き出してヴァチカンを抜ける。ヴァチカンは狭い国で、教皇庁からローマまで一直線に続く大路がある。そこを走り抜けてローマに出ると、幾分か重い空気は払われて少しだけ怠さも軽減した気がしたし、骨折も治った。それと同時に、聖なるパワーで抑圧されていたのか、猛烈な空腹感に襲われ始めた。
「ねぇホテルまだ?」
「もうちょい。あと5分くらいだから」
「早く、早く」
「ハイハイ」
面倒をかけておきながら急かして、ホテルに着いた。ヴァチカンのオフィスを拠点にすることは不可能になったので、このホテルを拠点にしようと思ったらしくファミリースイートを取ってあった。よくよく考えると式典の前だ、たくさん観光客がやってきていてホテルの空き部屋を探すのも苦労したはずだ。そう考えると申し訳ない気分にもなったが、正直な話今はそれどころではなかった。
部屋に入って即、アドルフを襲撃した。
「ちょ! ストップ! 俺まだやるって言ってない!」
「もう無理、お腹空いた。ねぇお願い、ちょうだい、ちょうだい」
「Non! 待てって! 噛みつくのは無し!」
床に組み敷いたアドルフが嫌だと言ってジタバタ暴れるので、渋々シャルロッテの方が少し我慢して説得することにした。
シャルロッテは吸血をするとき他の吸血鬼と違い、自分の意志によって相手の扱いを操作することが出来る。相手を吸血鬼にしたり骸人形にしたり、全身の血を吸い取って殺したり、少量血を戴くだけでただの食料にすることが可能だ。それを聞いてアドルフも大人しくなって上体を起こした。
「えっ、じゃぁ噛まれても吸血鬼にならないようにしてくれるんだな?」
「してくれるから、お願い、ちょうだい、もう我慢できないから」
アドルフは少し瞑目して悩んでいたが、結局折れてくれた。それを見てすぐにネクタイを緩めて首元に噛みついた。牙が刺さった瞬間「いて」と漏らしたが大人しくしている。
「あんま飲み過ぎんなよ、俺が貧血になる」
一応わかってはいたので、ごくごくと飲みながら感覚で計って、400CC位に留めておいた。血の味が少し渋いのは、恐らく煙草のせいだ。それでも空きっ腹には五臓六腑に染み渡る心持がした。服を汚してしまわないように、噛みついてこぼれ出た血をお掃除するように舐め取り「ごちそうさま」と顔を上げると視線を逸らされた。
「ありがとう」
「いいえ、ドウイタシマシテ」
なぜかよそよそしいし、相変わらず視線を合わせようとはしない。
「終わったんなら早く降りろよ」
「じゃぁこの手をどけてくれないかしら」
吸血で頭がいっぱいでご馳走様をしてから気付いたが、いつの間にやら腰に腕を回されて抱き込まれている。アドルフは慌てて手を離して、ついでとばかりにシャルロッテを押しのけた。
まだお腹は空いていたし具合が悪くてふらついたが、何とか起き上がって文句を言いつつ、様子がおかしい事を尋ねるも「なんでもねぇ」と一蹴された。
「いいから、さっさと風呂でも入って休め」
「じゃぁお風呂連れてって」
「歩けるだろ」
「でも一人でお風呂入れないから」
「じゃぁクララが来るまで待ってろ」
「……わかった」
正直今は入浴するのも少ししんどいのだ。それに今はしっかり体調不良を自覚してしまったので、アドルフとケンカをする元気もない。ふらふらと立ち上がると、アドルフも立ち上がり介添えをして寝室まで連れて行ってくれた。
「後は俺らで何とかするから、お前はもう寝ろ」
ベッドに横になると、毛布を掛けたアドルフがそう言った。
「ありがとう。またヴァチカンに行く?」
「あぁ」
「じゃぁ聞いて」
一連の盗聴で得た情報を元にシャルロッテの考えを述べ、それに関する注意をしておいた。
寝室を出た瞬間アドルフは安心して、大きく息を吐いた。
あぶねぇ、なんだよアレ。完全に勃ったじゃねーか。どーしてくれんだ。
シャルロッテの介添えでもしていないと、前かがみになっている原因がばれる。吸血の際、吸血される側には強い性的快感を伴うという事を、シャルロッテは知らなかった。トイレにでも行ってしまおうかと考えたが、今はそれどころではないので我慢だ。煙草に火をつけてソファに腰かけると、ちょうどクリストフとクララとオリヴァーがやってきた。
「お嬢様は!?」
すぐに心配顔で駆けてきたクララに、シャルロッテは寝室で寝ているから介抱するように言いつけると、すぐに寝室に入っていった。オリヴァーに事情を説明して、隊員たちにも無線で連絡してもらっている間に、クリストフをバルコニーに連れ出して小声で話した。
「お前ロッテに吸血された時痛かった?」
「すんっげぇ痛かったぞ。めっちゃ辛かった」
あの時確かにシャルロッテも辛いわよ念押ししていたし、様子を見る限りそうだったのだろう。吸血鬼化するというのは、人から化け物への変異なので、苦痛を伴ったり発熱したり、衰弱してしまったりするのだ。しかしただ吸血されただけならそうはならない。
クリストフが覗き込んだ。
「お前お嬢に吸血されたのか?」
「あ? あぁ、アイツ飯食ってなかったし腹減ったとか言ったから」
クリストフは少し驚いて、小さく笑った。
「前は絶対やらんとか言ってただろ」
「だから俺も迷ったけどさぁ……」
シャルロッテは教皇庁にいる時から顔色が悪かったし、具合が悪いと言っていた。でもご飯も食べないで、変身などの力も使って、捜査に協力してくれていたのだ。シャルロッテもシャルロッテなりに頑張って、力を貸してくれていたことが素直に嬉しかった。それを思うと、少しくらい分けてやってもいいと思ったのだ。更に言うと元気がなくて弱っていて、おねだりをするシャルロッテは珍しいので、それでイイ気になったというのもある。かといってあの副作用は想定外だったので、クリストフ達が早く到着してくれて心底安心した次第だ。
「ロッテ、肩も腰も細くてさぁ」
「だなぁ」
「なんかいい匂いしたんだよ」
「美人のいい匂いだな」
「……」
「欲求不満だなお前、禁欲なんて慣れないことするから」
「……解禁しようかな」
「したらしたで、お嬢に怒られるんじゃないか」
「……じゃぁロッテがヤらせてくんねぇかな」
「くれねぇだろうなぁ」
「……」
ラッキースケベは結構つらかった。




