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アヴァリ の一族 悪役令嬢と聖堂騎士  作者: 時任雪緒
2 ヴァチカンテロ事件
15/31

15 ハ長調

 アドルフがステイする場所に戻り変身を解き、アマデウスに聞いた内容を聞かせた。それを聞いてアドルフも一しきり唸って思索にふけりはじめる。

「アディ、考え事は行動しながらでもできるわ。2人しかいないんだから、いつも通りにやってたら間に合わないわよ」

 と急かして、地下からさっさと退散した。1階に戻ったところで、もう一つ、とアドルフに振り返った。

「いい子にしてたからご褒美あげる」と万年筆を渡した。

 黒い万年筆は年季が入った物で、それを受け取ったアドルフは万年筆を見つめた後シャルロッテを見た。

「これ猊下のか?」

 そう言った事に少し驚いた。

「よくわかったわね?」

 尋ね返すとアドルフは、万年筆をぎゅっと握った。

「俺が猊下に差し上げた」

 10年前、15歳の時にもらった初任給で、アマデウスにプレゼントした。

「そう」

 本当に叔父様を慕っているのね、と思った。だからこその迷いと焦燥。万年筆を握る手の上から手を添えて覆った。

「今はアディが預かっておいて。叔父様が釈放されたら、必ず、アディが返してあげて」

「わかった」

 返事を返したアドルフは、瞳に使命感を宿して強く頷いた。

 素直なアドルフはとても珍しいので、少し可愛かった。

「アディはいい子ね」と頭を撫でると、気分を害したらしく「撫でんな」と手をはたかれた。やっぱり可愛くなかった。

 二人で歩きながら、アドルフが言った。

「お前の言う『テロを引き起こした理由』だけどよ、普通に考えたらやっぱ教皇暗殺か枢機卿暗殺だろ?」

 普通に考えれば、真っ先にそれが来る。コンクラーヴェが実行されることは、遅かれ早かれ間違いない。だとしたら騒ぎに乗じて邪魔な枢機卿を排除したい、もしくは教皇を。そう考えるのが妥当なのだが。

「そういうのは短絡的だからあんまり好きじゃないわー」

「お前の好みはどうでもいいんだけど。つかお前、ワザと話をややこしくしようとしてねーか?」

「だってただの暗殺じゃつまらないじゃない」

 つまるとか、つまらないとか。

「あのー……一応言っとくけど、暗殺ってただ事じゃねぇぞ? その辺わかってるか?」

「わかってるわよー、でもそれじゃ犯人がただのおバカさんになっちゃうじゃない。つまんないじゃない」

 ここにきてアドルフはようやく気付いた。

「さてはお前、この状況楽しんでるだろ」

「うん」

 返事を返すと、途端にアドルフは激昂した。

「ウンじゃねーよ! こちとら必死なんだよ! ふざけんな!」

「ふざけてないわよ。私だって一生懸命楽しくしようとしてるわよ」

 どうせなら、大事件も遊びも本気で取り組んだ方が楽しい。

 シャルロッテの返答にアドルフは頭を抱えて地団太を踏んだ。

「もーなんでお前ついてきたんだよぉぉ。あぁ、クリス、助けてぇぇ……」

 こういう時クリストフなら、真面目に仕事をしてくれてナイスなフォローをしてくれていたはずだった。少なくとも仕事に関しては、シャルロッテとコンビを組むことは最悪の事態と言わざるを得ない。

 アドルフの様子にシャルロッテは笑って慰めるように肩を叩き、それがさらにアドルフの神経を逆なでした。が、その辺りはいつも通りに無視して、「ほら行くわよー」と引っ張った。


 オフィスには既に隊員たちはいない。オリヴァーは指揮をするクリストフと合流して、他のメンバーは装備を整え直して出て行った。

 事件解決に対する抱負は、願わくば穏便に、そしてミステリアスに。それがシャルロッテの第一希望だが、世の中そうそう思い通りにはいかないものだ。内通者がどう考えているかは不明だが、テロリスト達が教皇や枢機卿暗殺を目論んでいる可能性がないわけではない。そもそも他のヴァチカンの人員は、それを一番危惧して警護に当たっている。

「ねぇアディ、テロリストたちの方はどうなっているかしら?」

「あぁ、聞いてみる」

 隊員たちは全員教皇庁から出て行って、迎撃の準備を整えている。今回は警察も動員していることから、いつも通りに皆殺しと言うわけにはいかない(かといって反撃してきたら殺す)。内通者がいる以上は、少なくともリーダー位は押さえておきたいところだ。

 アドルフが指示をしたのは、ヴァチカンに入る前に一網打尽にすること。侵入されてしまっては遅いし、警察と違って事件を未然に防ぐ権利を持つのだから、活用しない手はない。

 100人前後の衛兵団は、ほぼ全員が教皇の警護に回っている為、ヴァチカンを出てローマの病院に行っている。教皇庁及びヴァチカンを守護するのは、“聖堂騎士パラディン”を筆頭にした“神罰地上代行ファナティクス”の面々だ。それでも足りなかったらイタリア軍を要請することになる。ヴァチカン内に軍を入れる事は認められないが、イタリア側からヴァチカンを包囲してもらう。そうすることで事実上ヴァチカンを防衛できるのだ。

 特定できているテロリストの車は3台。高速道路を使ってスイスから真っ直ぐに南下している。ノイズの混じった無線の向こう側で、オリヴァーが言った。

「そろそろミラノに差し掛かるころだね。このままブッ続けで車走らせて、ヴァチカンに到着するのは明日の深夜か明後日未明にかけてかな」

「そうか。クリスはなんて?」

「えっとね、とりあえずエルンストとレオがこっちから遊撃に出た。ガリバルディ課長がヘリ貸してくれたから、鉢合わせするのは明け方くらいかな」

「装備は?」

「レオお手製(改造)対戦車ロケット擲弾てきだん発射器。旧ソ連製クルップ式無反動砲RPG-7改」

「それは重畳」ニヤリと笑った。「一人くらいは残しとけよ」

「了解!」

 小さく頷いてアドルフが無線を切った。

「ヘリなんて操縦できるの?」

「レオは武器マニアで運転マニアだから、大概のもんは」

 思っていた以上に有能なことに、素直に感心した。

「すごいわねー。一度ヘリでクルージングしたいわー」

「暢気な事言ってんなバカ」

 ヘリでヴァチカン上空を旋回してみる、そんな妄想に囚われていた。が、ヴァチカンの事を考えていたら、すぐに別の事を思いついた。色々状況を考えてみると、微妙に辻褄が合わない。

「ねぇ、アディならどうする?」

「あ? なにが?」

「テロリストは犯行予告を出しているのよ、25日。猶予は4日。それで今までスイスにいたなんて、おかしいと思わない?」

 問われてアドルフも、口元に指を当てて考え始めた。

 もしシャルロッテがテロリストなら、確実に実行するために、何日も前からヴァチカン近郊に潜伏している。そして、3日から5日以内には、ヴァチカン内に爆発物を仕掛けておく。動き出すには遅すぎるし、シャルロッテなら犯行を予告した日時きっかりに、犯行を実行したりはしない。趣味系犯罪となると、考え方によっては几帳面に守る所だが、その辺りは置いておくとしてだ。

 アドルフも唸った。

「そうなんだよな、俺もその辺は不自然に思ったんだよ」

「そうでしょう? ねぇ、もしかして」

 顔を見合わせた。

「囮?」

 声が揃った瞬間、アドルフが立ち上がった。続いて追う様に立ち上がり、出て行こうとする服の裾を掴んだ。

「どこいくの?」

「ガリバルディ課長ンとこ。警備の強化依頼と、あと事件を報道して式典を中止にしてもらわねぇと」

 テロからの予告は非公開とされていた。その為、ヴァチカンの関係者以外は事件の事を知らないのだ。ヴァチカン国民はほぼ全員が教会関係者だが、式典の際にはイタリアからも外国からも客がやってくるし、ヴァチカンには国境警備などが無い為、許可された区域には誰でも好きなように出入りできるようになっている。

 もし二人の予想が正しければ、ヴァチカン内には至る所に爆弾が仕掛けてあるかもしれない。爆弾は時限式だから遠隔での操作が可能になっていて、予告日の前からでも、警告や威嚇の為に爆破される恐れがある。その時に、何も知らないで前乗りした観光客が巻き込まれてしまったら――――。

 アドルフに賛同して、すぐに二人でガリバルディの元へ行った。二人の考察を聞いて、ガリバルディはすぐに警備の人員を増やすと約束してくれて、広報を担当している国務省や、式典を主催する福音省にも、枢機卿を経由して連絡を取ると言ってくれた。

「式典の中止と、事件の公開に関しては上の判断になりますので……どうなるかはわかりません」

 第一希望は誰も何も知らないうちに、何も起きない内に犯人を逮捕することだ。だが、警戒はしておいて損はない。上がどういった判断をするかはわからない。念の為で公開して中止してくれればありがたいが、式典にイタリアの議員も出席するし、それなりに費用を投じている。今の段階で中止を言い出せば、開催に協賛したあらゆるところで不都合が発生する。

 公開と中止に関しては、シャルロッテ達には提案する事しかできない。上には賢明な判断を願う事にして、再びオリヴァーとクリストフに連絡を取った。

「おいクリス、今ロッテとも話したんだけどよ」

『マジか』

「いや俺まだ何も言ってねぇよ」

『え? でも今お嬢が囮って』

「あ?」

 アドルフが訝しげに覗き込んできて、クリストフ本人にも言っていなかったことを思い出した。

「あっ忘れてたわ。クリスは私の支配下に入ったから、テレパシーできるのよー」

「マジ……」

『うわーすげー。いよいよ化け物っぽいな』

 シャルロッテとクララ、シャルロッテとクリストフの間ではテレパシーによる通信が可能だ。しかしクリストフとクララの間では不可能だ。ちなみにシャルロッテとサイラスの間でも可能だ。

「うふ。便利でしょ。これでいつでもクリスに小言を言えるわ」

『俺のプライバシーを返してくれ』

「それは無理な相談よ。そう言う物だもの」

 そうなってしまうものなので、シャルロッテの意志がどうこうは関係ない。

 いや、そんなことはどうでもよかったと、いきなり脱線した話を戻した。

「囮かどうか100%の確証はないわ。あっちはあっちでそれなりに武装しているのは間違いないし、囮と言うよりも別働隊として準備していた可能性が高いわ」

「そうだな。一応“聖堂騎士”の人員を増やして市内の警備はより厳重になるだろうけど、俺らも“検事”と協力して市内を改めてみるから」

『わかった。じゃぁこっちも残りの人員をそっちに寄越すから。テロリストたちがヴァチカンに既に侵入してる可能性があるんだな?』

「そうだ」

『もし見つけたら?』

「当然、殺せ」

『了解』

 無線を切った後顔を上げて拳を握った。

「何だか盛り上がって来たわねー!」

 露骨にワクワクしてみせるシャルロッテに、アドルフは半目になる。

「あからさまに「楽しくなってきた!」って顔すんなよ」

 周りは緊張感タップリに、険しい顔をして騒々しく動き回っている。溜息を吐いてこめかみを抑えるアドルフに、にっこり笑った。

「大丈夫よ心配しないで。叔父様は絶対助けてあげるから。さぁ、“検事”の所に行くわよー」

「……ハイハイ」

 やっぱりうんざりした顔をするアドルフを連れて、“検事”のオフィスへ向かった。



 彼らの通称はそのまま仕事の内容を現しているので、原則的には“検事”が捜査を担当し、“審判者”が吟味し裁きの可否を決議し、有罪判決が出たら“死刑執行人”が実行に移す、と言う流れになっている。犯人探しは“検事”の仕事になるわけだが。

「裏切り者でしょー、わっかんないのヨ」

 と、検事の課長カンナヴァーロも腕組みをして唸った。なぜオネェ、と思ったがそこは置いておくとしてだ。

「ザイン・ヴィトゲンシュタイン枢機卿猊下から連絡があった以後の、通信記録とか色々探してはいるのヨ」

 ヴァチカンからスイスへの通信の記録は、スイス衛兵団の増員の要請を含め、通常業務の連絡もあり時間が経過した現在、特定が難しいらしい。何より教皇庁の電話を使ったかどうかも怪しい。

「エルモ、お前的には誰が怪しい?」

「一番怪しいのはやっぱザイン・ヴィトゲンシュタイン枢機卿ヨ」

 とカンナヴァーロが言った瞬間、アドルフが笑顔でカンナヴァーロの顎を掴んだ。

「課長、冗談は休み休み言いましょうね?」

「ギャー! 痛い痛い! ゴメンなさい!」

 思わず全力で謝ったカンナヴァーロは、アドルフが手を離してやると顎をさすりながら涙目で見上げた。

「アディちゃん、相変わらずイイ男なのに、無駄にバカ力ネ……」

「無駄ではありませんよ、それが仕事ですから。なんなら砕いて差し上げても良かったんですよ」

「敬語で恐ろしい事言うの辞めてちょうだいヨ。そのスマイルも余計に怖いワ」

 普段のアドルフを知っている人からは、彼の営業スマイルと敬語は「なんか怖い」という理由で不評だ。

「いつも俺らにだけ仏頂面するカメルレンゴよりゃマシだろ」

「まぁそうネェ……本当カメルレンゴは、猊下もアディちゃんたちも大嫌いよネ」

 カンナヴァーロは苦笑した。

「絶対あの人が内通者だと思うんだけどな。結果的に俺らの邪魔してんだからよ」

「それは早計ヨ。カメルレンゴはあの教皇聖下の養子なのヨ。確かにアディちゃんたちには嫌な人でしょうけど、聖下もカメルレンゴも素晴らしい人だから、教会を裏切るなんてあり得ないワ」

 カンナヴァーロの説得は正しく正論だったようで、アドルフは少し面白くなさそうに舌打ちした。

 アドルフの背中から顔を出した。

「そんなにすごい人なんですか?」

「そりゃモウ!」

 途端にカンナヴァーロは興奮したようだ。

「特に聖下は素晴らしいお方ヨ。聖職者の鑑だワ。聖下のコンクラーヴェの時はね、一度の投票で5分の4の票数が集まって即決されたんだから。すごいでショ?」

「それはすごいですねー」

 実に立派だ。カメルレンゴが心酔するのも頷ける。感心しているとカンナヴァーロが言った。

「ロッテちゃんもシスターなら知っておくべきヨ。回廊に肖像と略歴があるから、見て御覧なさい」

「そうします」

 返事を返すとカンナヴァーロはにっこりと笑って、スススとアドルフに近づいた。

「ホンット可愛いお嬢さん(スィニョーラ)ネー。こんな上玉中々見かけないワヨ。もう手ェ出した?」

 アドルフはその質問にギョッとして、引き攣った顔をしながら返答した。

「……出すわけねーだろ」

「ウソばっかり!」

「いやマジで」

「ヤダもー、アディちゃんいつからチキン野郎になったワケ?」

「なってねぇよ。コイツにヤル気が起きねぇだけだ」

「……ED?」

「違う! つかしつけーんだよテメーは!」

「いだだだだ!」

 アドルフがヘッドロックをかけると、カンナヴァーロが必死にタップするので離してやった。しかし気付くと、既にシャルロッテはいなくなっていた。

 ――――ムカつく……勝手にやってろってか、コノヤロー。

 結局アドルフの事はどうでもいい。

 それより今はカンナヴァーロに教えてもらった回廊を見たいのだ。さっさと部屋から出て回廊に向かった。



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