14 コンチェルト
村一番の狩人がいた。その男は誰よりも早く駆り、また人よりも秀で、またその美しい容貌も人を惹きつけた。その男の名は、ノスフェラートと言った。
ある時、通りかかった村長の孫娘が、狩りをするノスフェラートに出会い、一目で恋に落ちた。だがその時、孫娘はそれはそれはお腹が空いていて、ノスフェラートに抱擁すると同時に吸血した。孫娘は、吸血鬼だった。
抱擁には壮絶な苦痛を伴い、ノスフェラートもまた吸血鬼に変容してしまった。吸血鬼となり人々からはその姿を認識されなくなった。一部の魔術師がノスフェラートが吸血鬼となって、姿を消し人を襲っていると村人に話し、村人たちは手のひらを返したように気味悪がり、彼を追い立てようとした。彼は、彼をそうせしめた娘を憎んだ。だから彼女の求愛には一切応じずに、川で禊をする少女に恋をし、抱擁した。その少女も吸血鬼になった。
ある時、孫娘の元にノスフェラートが会いに来た。胸を高鳴らせる娘に、ノスフェラートが言う。
「あの時からあなたの事が頭から離れませんでした」
娘は恋が成就したことに喜んで誘われるがままについて行き、森の奥深くで殺された。
孫娘を手にかけた時、ノスフェラートの前に立っていたのは村長だった。怒りに震えた村長は、ノスフェラートを徹底的に打ちのめし、こう言った。
「呪われてあれ、その醜い姿で生きよ。お前のしたことは、そのままお前に降りかかってくるであろう。我が一族の恨みを、お前の一族全て者で贖え」
あれほど美しかった顔は、村長に殴られて腫れあがったまま、二度と元に戻ることはなかった。ノスフェラートが吸血鬼化した者も、皆死に絶えた。しかし、川で抱擁した少女だけは生きながらえた。その少女はノスフェラートを憎み、殺しにやって来たので返り討ちにした。
その後、大洪水により村は水に沈み村長も死んだ。しかしノスフェラート達は生き残り、新たな時代がやってきても呪いだけは、村長の強大な魔力を保ち続ける。
ノスフェラートが繁殖を許される相手は、ノスフェラートの能力では吸血鬼化することのない、特定の人間に限られた。ノスフェラートの醜い娘もまた恋をして、その男性を抱擁する。そうして抱擁された相手は、自分の身の上を嘆いてノスフェラートの血族を憎む。息子も、孫も、ひ孫も、恋焦がれた相手に憎まれて命を狙われる。村長の呪いはそうして、延々と、連綿と、ノスフェラートの一族を苦しめ続けている。恨む方も恨まれる方も、どちらかが死ぬまでその苦しみから解放されることはない。
だから追う方「地上の者」は「地下の者」の殺害に執着する。その執着はまるで、烈しい恋のようだった。
教皇庁に到着し、アマデウスが逮捕されたと聞いて、サイラスから聞かされたノスフェラートの話を思い出していた。呪いからの解放に執着することは、最早回心だとかそう言ったレベルの話ではない。腹が減ったから飯を食う、眠くなったら寝る、そう言う本能的なものだ。元来アマデウスは虎の威を借る性分であるし、そう言った呪いの本能がある限りは、ヴァチカンに反旗を翻すことなどあり得ない。そんな事をしても、アマデウスには一切メリットはない。
「誤解です、猊下げいかはその様な事は致しません。大体この非常時に、カメルレンゴは何をお考えなのですか!」
その情報を齎した“聖堂騎士”の課長ガリバルディに、アドルフは激昂して食って掛かった。ガリバルディもまた疑問には思っていたようだが、一先ずアドルフを宥めた。
「リスト課長、落ち着いて下さい。“検事”の方に内通者の特定は急ぐようにお願いしてあります。猊下が冤罪であることは必ず立証されますので、今は私の言う事を聞いて下さいませんか」
その言葉にアドルフは眉を寄せた。
「……ガリバルディ課長の?」
本来なら代理の指揮は、直近の側近であるアドルフのはずであった。ガリバルディは少し居心地が悪そうにして言った。
「はい、カメルレンゴよりエゼキエーレ枢機卿にご命令があったそうで、私が仰せつかりました。猊下がご不在の際の“神罰地上代行”の指揮は私にと。リスト課長以下“死刑執行人”は……猊下に洗脳されているから、信用できない、と。“死刑執行人”はこの件から外れるようにとのことで……」
言いがかりも甚だしい。余りの言い分に瞬間的に頭が沸騰したが、ガリバルディに激昂したところでどうしようもない。実際取り逃がしたという非がある以上は、事件への関与を絶たれても仕方がないし、日ごろの事を考えると処罰対象になっても致し方ない。息を整えて静かに怒りを鎮めた。
「解りました。ではよろしくお願いします」
「公務としての“死刑執行人”の捜査は認められません。リスト課長に指揮権がない以上は、私の独断が許されるという事ですが……」
その様子を見てガリバルディも安心したが、それと同時に酷く申し訳なく、また憐れに思ったのか、命令ではあったが穏やかな口調だった。途中で言葉を切って、ガルバルディが声を潜めて言った。
「リスト課長は、今日は非番です。好きに過ごしてください」
アドルフは思わず失笑して、わかりました、と笑顔で返事をしてその場を辞した。
シャルロッテも教皇庁についてきた。なので服装を修道服に似せた。紅一点のシャルロッテに周りはすれ違うたびに振り返り、視線が集中して居心地が悪い。シャルロッテの存在を不思議がる人には、アドルフが「並ならぬ戦闘力を持っていたので、スカウトしたシスターです」と適当に説明した。
「流石はヴァチカンねー教皇庁ねー。息苦しいしなんだか吐きそうだわ」
それがシャルロッテの正直な印象だ。後はみんな黒い服を着ている、くらいしか思うところはない。色々試しては見たが、魔剣や蝶の嵐などの使い魔を出すことは出来なさそうだった。ヴァチカンの聖なるパワーのせいか、郊外で待機するクリストフとクララの気配も攪乱されてわからない。が、姿を変容させたり影や血液に隠れたりは出来た。
戻ってきたアドルフと、オフィスで早速会議をした。「今日から事件解決まで全員オフだ」と聞かされてみんな驚いて怒ったが、休みなら何をして過ごそうがこっちの勝手だと開き直った。
オリヴァ-によると、テロリストたちは真っ直ぐヴァチカンに向かっていて、まだ到着していない。ヴァチカンに入る街道には検問が敷いてあるし、教皇の入院するローマの病院の警備は厳戒態勢だ。一見したら鼠一匹通さない鉄壁に思えるが、内通者が大司教や枢機卿クラスの高位の者と仮定した場合、ヴァチカンへの侵入を許してしまう可能性は捨てきれない。
「内通者は、間違いなく司教以上よ。アディと叔父様の通達した命令を即時把握できるのは、“神罰地上代行”を除けば、ある程度地位がないと無理でしょうからね」
アレクサンドルが潜入を終えてアドルフがヴァチカンに指示を出し、シャルロッテ達が集会場に踏み込もうとするまで、時間にして3時間程度だった。その間に状況を把握したうえで、情報を横流しできるのは上層しか考えられない。
「そうだな。とりあえず犯人探しは“検事”に頼みたいところだけど、任せてばっかもいられねぇ。お前らには悪いけど、俺は単独行動をとる。汚名返上と猊下の無罪の立証は同時進行じゃなきゃいけねぇから。お前らはクリスの指揮の下、組織の追跡と抑止及び殲滅に全力を挙げろ。奴らがヴァチカンに入る前に、必ず入国を阻止して潰せ」
隊員たちはその命令に素直に従う事にし、すぐにそれぞれの仕事に取り掛かった。シャルロッテはアドルフについて行くと申し出た。お約束の様にアドルフは難色を示したが、ここもお約束通りアドルフの意見は無視した。面白そうな方に首を突っ込みたくなる、シャルロッテの性分にようやくアドルフも慣れたらしく、すぐに諦めて同行を許した。
「どうでもいいけどお前、顔色ワリィぞ。大丈夫か」
「心配するなんて柄にもない事を。そんなにいい人のふりをしたいの?」
「……どこまで理不尽なんだよお前は」
シャルロッテは本当に具合が悪いので、もとより白い肌がより蒼白になっている。たまに親切心を出してみたアドルフだったが、シャルロッテが冷たく突っぱねるので、ただでさえ気落ちしていたのが余計に沈んだ。それにシャルロッテが顔を覗き込んだ。
「あら、いつもの元気はどうしたの? 折角心配してやってんのに、とか言わないの?」
「……誰のせいだ」
相変わらず暗い顔だ。
「湿気た顔してるんじゃないわよ。アディらしくもない。アディが暗くなっても叔父様は助からないわよ」
「うるせーな、わーってるよ」
ふと、廊下の時計が0時を告げる鐘を鳴らせた。重い鐘の音が響く廊下の掲示板の日付が、21日に変わった。
「もうすぐ誕生日じゃない。好きな物なんでもあげるから、それ考えて元気出しなさいよ」
「そんなので浮かれるほど、俺はガキじゃねぇんだけど」
「私からのプレゼントに浮かれないなんて、罰当たりね」
「いやお前の存在が罰当たりなんだけど」
言われて思い出す、吸血鬼のシャルロッテがいるのは聖地だ。
「あっそれもそうね!」
「アホか……」
アドルフはやっぱりうんざりした気分になったが、少しだけ気分はほぐれた。
シャルロッテにも無線を持たされて、二人で小話をしながら向かうのは、アマデウスが投獄されている地下の牢獄だ。遥か昔は実用されていたその牢獄も、実際に使用されるのは数十年ぶりのはずの場所。堅固な牢獄と結界を施した中に、アマデウスが幽閉されている。勿論、そこにアマデウスの直属の部下であるアドルフが近づくことは不可能だ。当然ながらプリズンブレイクと言う強硬手段を試みるつもりはない。そんな事をしたら、今後一生お尋ね者だ。
とりあえず目的は、アマデウスが誰にどの程度情報を開示したか、それを尋ねる必要があった。地下に辿り着いて、見張りらしき神父に面会を申し出たが、やはり面会謝絶だと断られた。
一旦地下から出て、物陰で会議する。
「うーん、どうすっかな。まぁある程度わかんだけどさ」
「神罰地上代行はわかってるわよね? あとは教理省の枢機卿と? ていうか、どこが関与しているの?」
ヴァチカンには原則武力と言う物は存在しない。神罰地上代行は秘匿の組織であるし、表だっているのは、別の省の警察組織、スイスの衛兵団くらいだ。通常警護やヴァチカン内の問題に関してはその警察が動く。神罰地上代行が動くのは、教理省の仕事である“異端審問”に関わる場合だ。今回は問題がヴァチカンにまで発展したため、総力を挙げることになった。だから、ある程度の情報は警察をはじめとして他省にも行き渡っているはずだ。
「けど内通者云々に関しては、他の省の人員は知らねぇかもな。でもわからん。警察は知ってるかもしれんし、カメルレンゴと教皇には話はいってるはずだけど、他の枢機卿たちはどうだろう?」
アドルフの考察を聞いて、頬に手をついて溜息を零した。
「なんか面倒くさいわねー。やっぱり聞いた方が早いわよ」
「だから、それが問題なんだろ」アドルフは溜息を吐く。それに両手を開いて見せた。「どこが? その為に私がついてきたんじゃない」
言うが早いか、シャルロッテは立ち上がり再び地下へ向かう。慌ててアドルフがその後を追うと、地下牢に差し掛かる少し手前の角で身を隠した。しばらく二人で隠れていると、一人のオッサン神父が地下牢から出ていった。アドルフはその神父の事を知らなかった。長年勤めているのだから、アドルフの知らない人物なら他省の司教以下の平官吏(異動アリ)だ。休憩か交代の見張りであることは間違いなさそうだったので、再びシャルロッテは廊下に姿を現した。
「アディはここにいて。私が叔父様に聞いてくるから」
アドルフも立ち上がり「俺も行く」と言ったが、アドルフの胸を押して下がらせた。
「ダメダメ。アディは来れないわよ。足手まといだし」
「何だとコノヤロー」
「いいから、待て」
「犬扱いしてんじゃねーぞコノヤロー」
「アディが見つかったら元も子もないでしょ。いい子にしてたらご褒美あげるから、待て、お座り」
「ムカつくマジで」
とは思ったものの、シャルロッテの言い分も尤もだと納得して、言われたとおりにステイに従った。
廊下の影で先程のオッサン神父に変身し、地下牢の前に辿り着いた。見張りは二人いて、二人とも急遽用意されたであろう机とパイプ椅子に腰かけて、不思議そうにこちらを見た。
「おや、マチェラッティ神父、どうなさいました?」
どうやらこのオッサンはマチェラッティと言うらしい。尋ねたメガネ神父に眉を下げて返事を返した。
「いやー、実は万年筆を失くしてしまって、多分中に落として来たんだと思うんですが」
昇進のお祝いにと信者がくれた思い出の品なのです、と、適当な事を言って地下牢を指さしてみる。
「おやそれは一大事ですね。探しに行かれるならお手伝いしましょうか?」
「いえいえ、そんなご迷惑は。と、あれ、どこやったかな」
わざとらしくポケットを叩いて鍵を探すふりをしてみると、「さっき戻してたじゃありませんか」と、笑ったハゲ神父が机の引き出しを開け、鍵を渡してくれた。
「いやもう、近頃物忘れがひどくて。年を取るのは恐ろしいものですね」
「あはは、わかります。私もよくやります。万年筆、見つかることをお祈りしています」
「ありがとうございます」
笑顔で礼を言って、まんまと地下牢に侵入。しめしめ引っかかったヴァーカ、である。
地下牢の中を少しうろつきまわり、奥の奥。そこには荘厳かつ霊験あらたかで清廉な――――吸血鬼にとっては悍ましい気が満ちている。鉄格子や煉瓦の壁中至る所に聖書の文面が張りつけられ、銀で施錠されたその独房で、アマデウスが一人蹲っていた。
その前に腰かけると、アマデウスが顔を上げた。
「……なにか?」
「聞きたいことがあるんです、お静かに願えますか?」
「なんでしょうか?」
アマデウスから向けられるのは、明らかな敵意と警戒心だった。それを見て変身を解いた。
「――――っ! ロッテ!」
「静かに」
驚き声を上げたので、唇の前で人差し指を立てて静粛を願うと、アマデウスは驚きつつも頷いた。落ちついてようやく鉄格子の前まで這ってきた。
「ロッテ、どうして?」
「叔父様を助けたいとアディ達が躍起になっています。そのお手伝いに」
それを聞いたアマデウスは「そっか」と言って少し儚げに笑った。
「だから叔父様、私の質問に答えて頂けますか?」
「うん、なに?」
「さっき――――20日の夜ですが、アディから逐一報告を受けていたと思います。その報告と通達を誰に連絡しましたか?」
「えっとー……」
アマデウスが少し宙を仰いだ後答えた。敵のアジトの発見と、これからの行動に関しては“神罰地上代行”の各課の課長、教理省長官、国務長官以下総務局長外務局長、スイス衛兵団(警察)、カメルレンゴ及び教皇秘書室。教皇へはそこから連絡がいっているはずだ。
「だけど、事件の概要自体は国務長官から行政庁にも連絡がいっているかもしれない」
「行政庁?」
「教皇庁って言うのはあくまで教会の運営を取り仕切るものであって、実質的な政治は行政庁が執政してるんだよ」
「へぇ……」
ヴァチカン市国と言えば当然国家元首はローマ教皇だが、教会におけるトップは国務長官だ。だが行政におけるトップとなると、行政庁長官となる。
曖昧に返事をしながら質問を続けた。
「それで、内通者の件に関しては、どこまでが把握していますか?」
アマデウスが直接それを連絡したのは、“聖堂騎士”課長ガリバルディ、“審判者”課長アリオスト、“検事”課長カンナヴァーロ、スイス衛兵団団長バーデン、教理省長官である主席枢機卿エゼキエーレ、カメルレンゴのトバルカイン枢機卿。
聞いて、フム、と考える。内通者がいる。内通者がテロに加担していることは間違いない。今テロを発生させるという事は、教皇及び枢機卿暗殺、またはテロを利用して国家転覆を狙っている、という予測が真っ先に来る。しかし教皇暗殺はともかく、内通者が教会関係者である以上、国家転覆は考えにくい。それよりも、「今コンクラーヴェを行うことに異議がある」と考えた方が妥当だ。こんな事件が発生してしまえば、如何に教皇が病床に就いていたとして、騒動の最中に退位を宣言したりはしないだろう。教皇の退位は避けられないとしても、今すぐ退位を検討することはないはずだ。内通者は何らかの理由で、退位及びコンクラーヴェを先延ばしにしたいのだ。
「次代の教皇と目されているのは、やはり主席枢機卿のエゼキエーレですか?」
この考えは妥当なのだが、アマデウスは唸った。コンクラーヴェの選出と言うのは、通常の行政選挙に比べてはるかに難度が高い。なにせ3分の2を上回る票数を獲得しなければ、選挙はいつまで経っても終わらないのだ。余程枢機卿内で信頼を勝ち得ている人がいればそうでもないだろうが、通常、とくに派閥が絡んでくると、長期化は免れない。
政治が絡むと、どうしても派閥と言う物は出てくる。例にもれずヴァチカンにも保守派と革新派と言う物があって、アマデウスを例えに挙げると、業務をスムーズ且つスマートに推進するために、アマデウスの利用価値は十分と考える革新派と、典礼に則ればアマデウスの存在は言語道断と考える保守派がいる。同じ教理省の中にも当然保守派はいて、アマデウスが吸血鬼と知らない者もいるが、知っている者の中には、アマデウスの下で働くことに異議を申し立てる者はいる。
教皇は絶対的絶滅主義の左翼的保守派であり、教皇の養子であるカメルレンゴもまたそれだ。保守派の筆頭はまだ若いカメルレンゴではなく、国務長官のフォンダート枢機卿。反して主席枢機卿であるエゼキエーレは合理主義的革新派で、利用価値や合理性、科学的手段にも目を向けている為アマデウスには寛容だ(かといってアマデウスの味方ではない)。
アマデウスを枢機卿に推挙したのは数代前の教皇で、入庁を許したのは更に遡る。この時はイタリア統一などの歴史的な背景があったこともあり、革新派が台頭していた。しかし、現在の教皇もそうだが先々代辺りから古典派保守派が筆頭していて、アマデウスへの風当たりは強く、予算が削減されてしまったくらいだ。その軋轢もあって、ここ数十年保守派と革新派では熾烈な権威争いが過熱している(決してアマデウスを擁護する為ではない)。
「では内通者は革新派のエゼキエーレを推薦する枢機卿、若しくは本人でしょうか? 保守派――――フォンダート枢機卿が筆頭している内は、その勢力を縮小させないとエゼキエーレが当選しないと危惧して?」
「いや、保守派と革新派が二大派閥と言うだけで、中立派とか他にも派閥はあるからねー」
思わず顔を顰めた。
「年寄りは面倒臭いですね……」
「しょうがないよ。歳取ると人間はそう言う風になるもんだよー、いつの時代もね」
「まぁ、そうですね」
特に男で、ある程度権威の味を知ってしまったらそう言う事にもなる。
とりあえず、そうなると内通者として怪しいのは、現在筆頭している保守派である可能性は低いと思われる。が、それもアマデウスによると怪しいとの事だ。
「カメルレンゴはね、現教皇に心酔しきってるんだ。もうすごいラブってる」
「あぁ、要するに現教皇に続投を願いたいと」
「っていう憶測が立たなくもないかなー」
「余計面倒臭いんですけど。ていうか、それなら直接お願いすればいいでしょ」
「教皇って絶対主義的だし、一回言い出したら余程の事がなきゃ意見曲げないんだよ」
頑固親父らしい。そうなると狂信的なカメルレンゴの取りうる手段としては、テロの加担も辞さないと言う訳だ。
「親が親なら子も子ですねー。どこの家庭も似たようなもんですね」
「全くだね。まぁわかんないけど。ロッテの仮説を基にするなら、僕的に怪しいのは、カメルレンゴ及びその支持者、エゼキエーレ枢機卿及びその支持者」
「それと、フォンダート枢機卿及びその支持者、教皇からの推挙が欲しい保守派の枢機卿の誰か、ですね」
「ま、そんなところだろうね」
一通り話を聞いて、再び唸る。問題はそう、仮説だ。シャルロッテにしてみれば、テロリストの目的は置いておくとして、内通者が教皇暗殺を企んでいる可能性は低いと考えている。なにせ教皇は90歳に近く、それほどの高齢で発症した前立腺がんが治癒されるとは思えない。どの道放っておけば、半年から1年くらいで死ぬ人間だ。わざわざリスクを冒してまで、殺す必要性を感じない。
だとすると、誰かの命を狙っているとしたら枢機卿、もし暗殺が目的でなければ、やはりコンクラーヴェの延期くらいしか思い浮かばない。
そう考えて、新たに疑問がわいた。
「叔父様、仮にコンクラーヴェの延期が成功したとして、その為に齎されるメリットは何が考えられますか?」
シャルロッテの質問を受けて、アマデウスも腕組みをして唸った。
現在もそうだが、教皇不在の場合はカメルレンゴが代理として執政する。教皇が死んだ後も同じようにカメルレンゴとエゼキエーレ主席枢機卿が教皇代理として執政する。その際、カメルレンゴには通常与えられることのない特権が発生するが、教皇の決議が必要な案件などは、次代の教皇が確立しない間は保留されるのだ。
「うーん、なんだろう……現教皇に決議して欲しい火急の要件があるか、若しくはその逆か……」
「逆?」
「今の教皇はその案件の決議を渋ってて、内通者もその方が都合がいい、とか?」
「でも延期で構わないんですね……時間が解決するような事なんでしょうか? 叔父様は今会議中の問題とか、何かご存知ですか?」
アマデウスは首を横に振った。
「ゴメン、僕ヴァチカンの政治には不可触だから」
「あ、そうでしたね……」
アマデウスは“神罰地上代行”の指揮以外に、枢機卿としての権利は保有していないのだ。
とりあえず、アマデウスから引き出せる情報はこんなものだろう。お礼を言って笑って、もう一つお願いがあるとアマデウスにねだった。
「叔父様、今万年筆持ってませんか?」
「持ってるけどなんで?」
ここに来る口実に、失くした万年筆探しを言い出したのだというと、苦笑された。
「じゃぁこれ持ってって」
「ありがとうございます」
格子の中からそれを受け取って、格子の中のアマデウスに手を伸ばそうとしたが、結界が青い火花を散らしてシャルロッテの手を拒絶した。
それにアマデウスは悲しそうに笑って、「ごめんね」と言った。
「いいえ、叔父様。叔父様の無罪は私とアディで必ず立証しますから、待っていてくださいね」
「うん、ごめんね」
「叔父様は悪くないんですから、どうか謝らないで。こう言う時は礼を言う物ですよ」
こんな時でも可愛くない事を言うシャルロッテにアマデウスは苦笑して、「ありがとう」と言った。
「では叔父様、待っていてくださいね」
「うん、気を付けてね」
「はい」
再びマチェラッティ神父に変身し、丁寧にアマデウスに礼を取りその場から立ち去った。
牢の入り口にやってきて「見つかりました」と万年筆を見せびらかし鍵を返すと、「よかったですね」と喜ばれた。そそくさとその場を立ち去り、アドルフにステイを言いつけている場所に向かっていると緊急事態だ。
「おっと」
前方からマチェラッティ本人がやってきていることに気が付き、すぐに変身を解いて、今度はメガネ神父に変身した。
「あ、お疲れ様ですフォルト神父。どちらに?」
「ちょっと小用を足しに。歳を取ると近くて困りますなー」
また適当な事を言ってそわそわしてみる。
「あー今、そこのお手洗いは掃除中でしたから、ちょっと歩かなきゃいけませんよ」
アチャーと言う顔をしてみる。
「参ったな、走らないと。いい年こいてやらかしてしまう」
「ははは、引き留めてはいけませんね。急いで急いで」
「どうもありがとう」
笑って礼を言って、何だこの年寄りトーク、と思いつつ走ってその場から退散した。
牢の前にやってきたマチェラッティ神父は、目をパチクリとさせた。
「あれ? フォルト神父?」
今すれ違った筈だ。
「おや? マチェラッティ神父?」
今立ち去ったはずだ。
おや、あれ、んん? と、3神父はひとしきり首を傾げた。




