表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アヴァリ の一族 悪役令嬢と聖堂騎士  作者: 時任雪緒
2 ヴァチカンテロ事件
13/31

13 バロック




 イタリア共和国は芸術と美食の町フィレンツェ。

 世界中が秒速で進化し続けても、このフィレンツェだけは昔の面影を残したまま、アンティークの宝箱の様な町並みには誇り高い宝物がたくさん詰まっている。

 通りそのもの、街そのものがオープンエアの美術館と呼ばれるフィレンツェは、貴族屋敷や修道院を改装したホテルなんかの建物も多く、伝統を色濃く残した街で見つける小さな変化も面白い。

 そんな芸術に愛された町のはずれ、森の奥深くに佇む、人々に忘れ去られた巨大な石灰質の白い古城。整備された庭にはサイプレスが城をぐるりと取り囲んで青々と茂り、桜の蕾が今か今かと春の到来を心待ちにする。池の睡蓮は初夏の少女のようにしなやかに揺蕩い、白、青、赤、ピンク、黄色、様々な種類の花達が我先にと咲く順番を競っている。

 そんな城に住むのは、不死王ノーライフキングと呼ばれる吸血鬼、サイラスを家長としたザイン・ヴィトゲンシュタイン一族。と、宿敵であるはずのエクソシスト。敵同士が同居するに至ったのは、一族の長サイラスと、エクソシスト集団“死刑執行人シカリウス”のボス、アマデウスが兄弟だったからだ。

 元々王位を争って殺し合いをするほど仲の悪かった兄弟だが、今のところ兄弟間の関係は安定している。仲が悪いのはサイラスの娘シャルロッテと、アマデウスの側近アドルフ位なもので、シャルロッテの侍女のクララとアドルフの補佐クリストフは恋人同志だし、他の隊員たちは仲良くやっている。

 というのも、シャルロッテが事態を面白くしたいが為に、サイラスと愉快な謀略を巡らせている為だ。




 ヴァチカン教皇庁教理省枢機卿直属対反キリスト教勢力及び魔物強硬対策執行部強硬殲滅課――――通称“神罰地上代行”精鋭部隊“死刑執行人”。死刑執行人たちの活動は、短期で終わるものもあれば長期に渡ることもある。

 現在、教皇クレメンス16世が前立腺がんで入院中の為、教皇自身が退位を検討していると言う話題がニュースを賑わせている。年末年始しかり、こう言ったイベントが起きると、調子に乗って付けあがる輩が出てくるのも人間の性と言う物だ。

 教皇交代のタイミングで、ヴァチカン宛にテロの犯行声明が届いた。そんなプレゼントを寄越したのは悪魔崇拝の新興宗教団体で、悪魔崇拝者だけにやることがテロリストと変わらない。

 テロリストの本拠はスイス。衛星にハッキングしその映像を頼りに、彼らがサバトと称して開いている集会の会場は特定できた。そこへ密偵であるアレクサンドルが潜入し、たった今ヴァチカンの管理下にあるセーフハウスに帰投したところである。

「アレク、どうだった?」

 尋ねたアドルフの顔を見て、アレクサンドルは溜息を吐き両手を広げた。

「もーねー、狂気の沙汰としか思えない。ただの乱交パーティ会場だった」

「んだそれ」聞いてアドルフも呆れ、更にアレクサンドルは口を尖らせた。

「悪魔召喚の儀式でもやってんだろうと思って、俺ちょっとウキウキしてたのにさー。返せって感じだよ」

「浮かれてんじゃねーよ」

 一応ツッコむと、アレクサンドルは真顔になって身を乗り出した。

「でもね、一応説教みたいなことはしてた」

 その言葉にアドルフが視線を上げた。

「なんて?」

「神徒に鉄槌を喰らわせる、それは悪魔の仕事だってさ」

 なるほど、とソファにもたれたアドルフは懐を探って携帯電話を取り出し、電話をかけ始める。

「あーもしもし、ガリバルディ課長、お疲れ様です。実は例のテロ集団ですが、テロに乗じて教皇及び枢機卿暗殺を目論んでいる可能性が高いので、“聖堂騎士パラディン”の方で警備をお願いできますか? あー、はい。はい。殲滅はこっちでやりますんで、でも念の為。お願いします。ハイお疲れ様でーす」

 アドルフが電話をしているのを見て、なんだかサラリーマンみたいだわ、とシャルロッテは思った。


 予告ではテロの決行は5日後、3月25日受胎告知の日の夜。犯行予告の内容は「ヴァチカンに深淵からの祝祭を、ジュデッカを解放する死の舞踏を」という微妙な物だった。解読するのは、聖職者には楽勝だった。地獄の最下層コキュートス、その第4圏ジュデッカにて氷漬け中の悪魔大王ルチフェルを解放し召喚する、受胎告知の為にヴァチカンに集う信者たちをその生贄にする。狙われるであろう場所は、教皇庁前の広場。そこで受胎告知の祝祭イベントが開かれる運びとなっているため、そこに集った人間を包囲し虐殺する。

 決行が5日後ならば、主力がヴァチカンに移動するのは3日以内だと推測されるため、今日潰してしまうのがベストだ。アレクサンドルによると集会場の地下室の倉庫から爆発物を数点発見したと報告があり、また、どうもヴァチカン内に内通者がいるような素振りだった。その点は新たにアドルフがアマデウスに連絡を取り、内部の調査を依頼した。

「アレク、その爆弾は?」

「時限式。破片式じゃなかったよ」

「OKOK。じゃぁディオとレオは地下の爆弾を改造してやれ」

「あいよ」

「人数は?」

「50人前後。出入り口は3つ。正面玄関と裏口、キッチン」

「ならフレディ、玄関とキッチンにトラップ仕掛けとけ。エルンストは後方支援」

「了解」

「あいあい」

「で、制圧は……」

「私やるわ!」

 即挙手をした。シャルロッテなら瞬殺できるうえに、逃亡を図ったとしてもシャルロッテ一人で攻撃に回るのであれば、包囲に人員を割くことが出来る。何より経費の削減になる。

「クララも現地に同行して、ナースね」

 と言いながらクララに救護セットを持たせると、男性陣は俄然やる気が出た。


 スイスの湖畔近くの港の倉庫街、そこに集会場となっている倉庫がある。深夜は当然人など居らず閑散としており、時折野良猫が我が物顔で歩く。アメリカでもたまに見かけたが、その集会場もそうだった。古くなった倉庫を買い上げて、一部を生活空間にリノベーションし人が住んでいるようだった。

 湖の波の音と、ヨットや客船の軋む音。それらを耳にしていると以前の住居を思い出す。

「前の家を思い出しますねー」

 クララも同じことを考えていたようで、思わず笑った。

「前お前らどこ住んでたんだ?」アドルフが尋ねた。

「あら言ってなかった?」

「知らん」

「5大湖のほとりに住んでたのよ」

「アメリカ?」

「そう」

 へぇ、と呟いたアドルフは俄かに複雑な顔をした。

 コイツには色々俺の事知られてんのに、俺コイツの事なんも知らねぇ! なんか腹立つ!

 自分ばかりが情報を晒しているという事にようやく気付いたらしい。この仕事が終わった後、インタヴューを決行することに決めた。

 通信と傍受の為ライトバンにオリヴァーを残し、他の人員は身を潜めながらその倉庫の前に隠れる。窓から灯りは漏れていたが、位置は高く様子を窺えそうにはなかった。

 なのでここでもシャルロッテが名乗り出る。「見て来るわ」と言って返事も待たずに、壁をすり抜けて侵入すると1分もせずに戻った。

「マジビビるわお前」

「そんな事より課長」

「なんだよ」

「誰もいないのだけど」

 アドルフをはじめ、全員鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。

「は?」

「だから、誰もいないって」

「ウソ」

「マジよ。やっぱり内通者がいたみたいね」

「マジかよ!」

 アレクサンドルが様子を探り、それを受けて他の課に協力を要請した。その為にこちらの動向が敵に漏れて、先に行動を起こされてしまった。

 こうしてはいられない、とすぐに車に戻った。車は特定してあったので、オリヴァーに追跡してもらいつつ、アマデウスに連絡を取り“神罰地上代行”及び衛兵団にも厳戒警備を要請した。

「俺らはヴァチカンに行く。お前らはどうする?」

 シャルロッテはついて行くと言った。クララとクリストフにはヴァチカンの空気は重すぎると判断して、二人は指揮と後方支援に回ることになった。

 それにフレデリックが「えっなんで副長まで?」と口を挟んだ。

「そんな事言っている場合じゃないわ。早く車に乗って」

 質問を無視し、無理やりぐいぐいと押し込んでシャルロッテも車に乗った。ここからヴァチカンまで、どんなに走らせても1日以上かかる。

「一旦フィレンツェの城に帰ったほうがいいわ。車がもう一台欲しいし」

「は? そんな暇ねーぞ!」

「あるわよ」

 言うが早いかシャルロッテは車の床に手をついた。するとそこから伸びる影が全体を覆っていく。全てが黒一色に染まり闇に覆われ、その瞬間ガタンと車体が揺れた。一瞬で暗闇が消失した窓の外に広がっているのは、湖畔の風景とは全く違う、見慣れた城の庭だった。

「着いたわよ。あー疲れた」

 息を吐いて影を戻すと、驚いた隊員たちが一斉に胸をなでおろしているのを視界の端に捉えた。

「もうお嬢がハイスペックすぎて崇拝しそうだよ俺」とエルンストが言うので、「していいわよ」と言うと遠慮された。

 城に入るとリビングにくつろぎ仕様のサイラスがいて、アマデウスは連絡を受けてすぐにヴァチカンに発ったようだ。

「また嫌味を言われると半泣きで出かけたぞ」

 ザイン・ヴィトゲンシュタイン枢機卿は、部下の教育もまともに出来ないんですね。敵を取り逃がすなんて、吸血鬼は仕事も出来ないんですね。

 そんな感じの事を。

 あら可哀想に、と適当に相槌を打って、サイラスに耳打ちした。

「お父様、この事件の内通者が誰か、この事件の顛末はとても重要になります。よく見ていてくださいね」

 その言葉を聞いたサイラスは、「そうか」と愉悦を含んだ返事を返した。



 ――――その頃、ヴァチカン。

「お呼びですかカメルレンゴ」

「ええ。ザイン・ヴィトゲンシュタイン枢機卿、あなたは一体何をしているのですか」

 やはり嫌味を言われた。教皇が不在の現在ヴァチカンを仕切っているのは代理人であるカメルレンゴ――――いわゆる教皇の秘書長だ。登庁したと聞いたらしく呼び出されて即嫌味だ。

「まったく、これだから化け物は信用できないのです。自分が生かされているのだという事を十二分に理解して、その身命を賭して忠実に働いていただきたいものです。それが契約だと聞いていますよ」

「申し訳ございません」

 言われ慣れてはいる。だがいい気はしない。心の中に燻る反骨心を抑えて、アマデウスに出来る事は謝罪しかない。そんなアマデウスを睥睨へいげいして、カメルレンゴが言った。

「内通者がいるそうですね」

「はい」

「特定は出来ましたか?」

 その質問に「NO」と答えると嫌味が返ってくるのはわかりきっているが、「YES」と嘘を吐くと余計に悲惨な目に遭うのは自明の理。仕方なく「いいえ、まだ……」と口籠りながら返事を返すと、カメルレンゴから帰ってきた返事は意外なものだった。

「そうでしょうね」

 意外で、冷たく諦めたような口調をしたものだから、驚き思わず顔を上げた。するとカメルレンゴは冷めたような眼でアマデウスを見下ろしていて、その視線に俄かに怯んだ。

 そしてカメルレンゴの薄い唇から、視線よりもはるかに温度の低い声が注がれた。

「ザイン・ヴィトゲンシュタイン枢機卿、裏切り者はあなたなのでしょう?」

「まさか!」

 あまりの事に立ち上がろうとすると、周囲の者達に聖杖で抑えられ渋々跪いた。やはりカメルレンゴは氷のように冷たい目をして見下ろしていた。

「教皇聖下がご不在である現在、呪いを実行する地位にある者はここにはいない。この機に乗じて反乱を起こそうとしたのではないですか?」

「それは、カメルレンゴ、誤解です。私はその様な事は考えておりません」

「信頼しかねますね。裏切り者は何度でも裏切ると言いますし、言葉だけで信頼できるほど、我々は化け物に対し寛容にはなれません。それはあなたがよくご存じのはずですが?」

 何を言いたいのかはわかる。カメルレンゴが何をしたいのかも。

 現教皇と、その側近であるカメルレンゴはヴァチカンにおける対化物絶滅主義の筆頭だ。その意味では“神罰地上代行”の運営には協力的だが、だからこそ「吸血鬼ノスフェラート」の血族であるアマデウスの存在が許せない。そのことで散々苦言を呈しているし、これまでの歴史の中でアマデウスも耳が痛むほどに聞いてきた。いい加減、自分の存在が疎ましく思われていることも、迫害に近い扱いを受けていることからわかっている。だからこそ、常に平身低頭してヴァチカンに尽くしてきた。

 しかし、この機に乗じているのはカメルレンゴの方で、アマデウスに謀反の疑いをかけ排除しようとしている。長年をかけて作り上げた“神罰地上代行”は、初期こそアマデウスが吸血鬼の力をもってして前線に赴くこともあった。だからその実績と努力を買われたこともあり、指揮を円滑なものにするため、比較的寛容だった当時の教皇に枢機卿と言う地位を与えられたのだ。しかし現在は、システム上盤石なものになっていて今更アマデウスの指揮など必要としていない。人間にでも指揮は勤まるのだ。

「あくまでもご自身の潔白をを主張するというのなら、こちらにお留まり下さい」

 悔しい、たかが人間に。悔しい、契約の呪いの為に。反旗を翻すことなどできないと、わかっているくせに。

 何年何十年、どれほどアマデウスが尽力しても、努力しても、忠誠しても、その結果も経過も顧みられることはない。人間ではないというだけで、正当な評価をされないことは奥歯を砕く程に悔しかった。聖職者たちにとって自分が迫害の対象になることは致し方ない事だとわかっていても、わかっていてこの場所に身を置くことに甘んじていても、それでも涙が出てしまいそうだった。

 悔恨で震える体を必至で抑えて、アマデウスは言われるがままに、投獄された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ