12 鐘
城に帰り、報告を聞いたサイラスの提案により、吸血鬼化を隠すためには恋人になったことを公表した方が、都合がいいと言われた。
死刑執行人たちは仕事柄、ほとんどの活動が夜間になる。が、昼間に全く活動がないと言う訳ではない。昼間に起きることが出来なくなったクリストフの違和感が出ないようにするには、付き合っていることを公表して、クララがついて行く(若しくは連れて行く)と駄々をこねたとでもしておいた方がいい。そうすれば昼間の活動を回避せざるを得なくなる。
納得はするしほやほやカップルはどことなく嬉しそうだが、シャルロッテとアドルフは苦渋の表情をした。が、今後の事を考えると案外都合がいいかもしれないと、いち早く考え直したシャルロッテが、ならば自分も同行すると申し出た。それを聞いて更に苦渋の表情を浮かべるアドルフ。
「お前が来る必要がどこに?」
「クララを一人、男所帯に放っておきたくないわ」
「クリスがいるなら平気だろ」
「クリスがいるから平気じゃないのよ」
付き合う事は許してやったが、根に持っている。そしてクララを取られてしまったようで、少し悔しい。シャルロッテが口を尖らせるのを見て、サイラスが笑った。
「ははは、ロッテは子離れしないな」
どこか嬉しそうだ。
「お父様に言われたくありませんわ」
言葉のナイフが深々と刺さり、サイラスは俄かに落ち込んだ。が、すぐに開き直った。この辺りは親子だ、よく似た。
すぐにクリストフに笑いかけた。
「クリストフを我が一族に歓迎しよう。クララをよろしく」
シャルロッテと違い物わかりのいいサイラスに、クリストフは大層喜んでお礼を言った。
吸血鬼化したクリストフは、今後一切老いる事も怪我をすることも、余程の事がなければ死ぬ事もない。それは人間にしてみれば明らかに不自然なので、長い目で見ても10年以内には姿を消す必要がある。が、彼らはヴァチカンの裏の顔、人に知られてはいけない存在である彼らは、一生涯ヴァチカンの仕事から離れることは許されない。例え逃げたとしても追っ手を差し向けられ、その存在が人に知られる前に、消されてしまうのは目に見えている。
「10年の間に、私とロッテで何かしら対策を立てよう。お前達はとにかく隠蔽に徹しろ。今後の事は我々に任せておけ」
サイラスの決定を受けて、この親子の頭なら任せて問題なさそうだと納得し、3人は素直に頷いた。
3人がサイラスの部屋から出て行って、サイラスと二人、溜息を吐いた。クララをクリストフに近づけた事で、恋人同士になったことは大誤算だったが、予定していた以上の効果は上がった。それには満足だ。
愉快そうにサイラスが笑った。
「私には予想の範囲内だったがな?」
「まぁ、お父様はクリスがヘンタイだと御存知だったのですか」
「ヘンタイでなくともクララの様な娘に、心を動かされない男は中々おらん」
その返答を聞いて、男ってバカねーと思いながら息を吐くシャルロッテに、やはりサイラスは愉快そうにした。
「予定通り、クリストフは手に入った。小僧は?」
「アディには恋人と母親の事で揺さぶりをかけておきました。アディは繊細なのであまり踏み込むと逆効果だし、もう少し手間が必要そうだけど、こちらの手の内に落ちるのは時間の問題ですよ」
「そうか」
頷いたサイラスが、とても愉快そうに笑ってシャルロッテを覗き込んできた。
「実はな、すごく面白い事を思いついた」
「なんですか?」
「お前を正真正銘のお姫様にしてやろう」
首を傾げた。
「なんです?」
「まぁ聞け」
サイラスの思いついた「すごく面白い事」を聞き、シャルロッテは目を輝かせて手を叩いた。
「それは本当に面白いですね!」
「そうだろう?」
「流石お父様だわ! 鬼才は健在ですね!」
「まだ耄碌するには早いわ」
かつてはその鬼才をふるい、人間時代は王として軍人として悪名を馳せ、狂気の不死王と呼ばれたサイラスだ。耄碌はしていないが老獪な親子二人、新たな遊びを発見して二人でキャッキャと作戦を立てた。
クララとクリストフが付き合い始めた事を公表すると、全員がクリストフの敵に回った。
「主任め……」
「俺らのアイドルなのに抜け駆けしやがって!」
「クララちゃんはみんなのクララちゃんなんだぞ!」
この辺りは予想済みだったので、一斉に攻撃の的となったクリストフを見てほくそ笑んでいたのだが、そこにクララが弁護に入った。
「クリスは悪くないんです。吸血鬼なのに、私が好きになっちゃったんですー!」
クララの弁護を受けて感動したらしいクリストフは、クララの前に跪いてひしっと抱きしめた。
「何言ってんだよ、俺の方が先に好きになったのに」
クララも精一杯腕を伸ばして抱きしめ返す。
「でも私、ずっと子供なのに、クリス……ごめんなさい」
「謝るなよ……今でも……いや今こそ充分、クララは可愛いよ」
「クリス……」
体を離し、見つめ合う二人。
完全に二人だけの次元を構築してしまっていたので、テーブルの上に置いてあった果物ナイフを投げたと同時に、銃声が響いた。驚いて目を剥くカップルの顔の間、壁に刺さり刀身を震わせる果物ナイフと、硝煙を上げる弾痕。
「うぜぇからやめろ」
「目障りね、殺すわよ(主にクリス)」
愛用の銃“ファントム”を仕舞いながらアドルフが睨み、ツンと言い放って一瞥するシャルロッテ。カップルに辟易しだした隊員たちは、獰猛な二人に賞賛の眼差しを向けた。この瞬間、シャルロッテとアドルフの間で、妙な連帯感が芽生えた。
一方の二人は顔を青くして、ゆっくりと離れた。
「すみませんお嬢様」
空気読んでませんでした、と申し訳なさそうにするクララに「気を付けるのよ」と優しく微笑んだ。
「すみませんでしたお義母様」
「誰がお義母様よ、拷問の末火炙りにして殺されたいの?」
「ご、ごめんなさい」
クリストフにはあくまでスパルタで行く。こうして二人は目障りではなくなったが、クリストフはシャルロッテを筆頭にした嫉妬の嵐に被災した。
クリストフに嫉妬して、あるいは羨ましがって、しかしみんな最終的には二人を祝福した。その様子をどこか冷めた気分で眺めた。
恋なんていつかは終わるものだ。サイラスはもう200年以上エリザベートを一途に想い続けているが、それは死んだからそうなのかもしれないとも思う。失ってしまったから、あんなにも素晴らしいものに見えるのではないかと思う。もし生きていたら、わからないのではないか。シャルロッテがいるから、エリザベートの幻影に憑りつかれているとも思えた。
吸血鬼、シャルロッテの一族は記憶力がいい。今まで見聞きしたことを色々と覚えている。いい事も悪いことも。いい事を覚えていられるのはとても幸せだと思うが、悪いこともいつまで経っても忘れられずに、執着する羽目になる。それは、長生きするうえでは弊害でしかない。
クララとクリストフ、二人を見て願う。
クララが死なない運命に心から感謝する。
クララを愛してくれたクリストフに感謝する。
その愛が不変であることを一途に願う。
だからどうか、クララを幸せに。
母エリザベートと、サイラスとシャルロッテ。
ザイン・ヴィトゲンシュタインの苦悩を二人が背負わないように、心から願ってやまない。
邂逅した、出会うべきではない人間。しかし侵略する心の内側、後戻りできない所まで彼らの心を操り取り入り、そうして狙うのは――――。
「お父様」
「あぁ、楽しくなりそうだ。全く人間と言うのは、情と言うものに弱い」
「ええ、短い間くらい、私たちも楽しませてもらいましょう」
人間にとっては長い時間、それでもシャルロッテ達にとっては短い時間、どうせなら楽しく。
この親子にとってはただの、おままごと。




