11 トーン・クラスター
目覚めて、大分儚い事になっているシャルロッテを、面倒事に巻き込まれた感が否めないアドルフ(結局寝ていない)が連れて行って、クリストフとクララの部屋に行った。結局この二人は戻ってくることはなかったので、そのまま眠ってしまったらしい。時間は既に朝だったので、クララは寝ている。
ご丁寧に鍵とチェーンまでかかったドアを力ずくで開け放つ。その音に驚き起き上がったクリストフの傍らには、すやすやと眠るクララ。
それを見た瞬間シャルロッテは、先程までの背景に薔薇を散らしたような儚さなど消え失せ、その表情は般若の如く一変し剣を出して構えた。
「おのれクリス! 銃を抜きなさい! いざ尋常に勝負!」
「えぇぇぇ!?」
「ちょ、待て待て! 落ち着け!」
シャルロッテが怒るのも無理はないが、ここでクリストフを殺されては困る。アドルフは必死になって止めに入った。暴徒化するシャルロッテをロザリオ片手にアドルフが羽交い絞めにし、走り出せない様に抱きかかえたが、剣をブンブン振り回すので髪や服が徐々に刻まれていく。アドルフが必死にシャルロッテを抑える一方、クリストフは鬼気迫るシャルロッテの形相に、ベッドの隅で怯えていた。とんでもなく狂暴な姑を敵に回してしまったようである。
「許せない許せない! 絶対ブッ殺す! 私の幼気で可愛いクララになんてひどい事を! これは万死に値する重罪よ!」
「だから落ち着けって! 合意の上だって散々言っただろうが!」
散々言われた。人間の中では勿論強いクリストフ。近接戦闘を得意としているだけあって中々質実剛健だが、それでも吸血鬼のクララに適う筈がないのだ。それでも持ち込めたという事は、どう考えても合意の事だ――――と言うのはわかるのだが。
「だからってクララは子供の体なのよ! 胸だってぺちゃんこだし毛だって生えてないのに! そんな妖精のようなクララが、こんな図体ばっか大きくなったような奴にいいようにされたと思うと身の毛もよだつわ! このヘンタイ野郎!」
「そこは否定する要素ねぇけど落ち着けって、もー!」
「どーせクリスの事だから純真無垢なクララをあの手この手で誑かしたのよ! 興味本位でクララの純潔を奪うなんて……許すまじ! クリス許すまじ!」
「その線が濃厚だけど、頼むから落ち着けって!」
どうでもいいけど、さっきからアディのフォローがフォローになってねぇな、と思いながら、とりあえずクリストフは一通りシャルロッテの文句を聞いていた。
アドルフのフォローが下手なのは、普段フォローされる側にいるせいだ。慣れないことをするものではない。
クリストフがおもむろに荷物を漁って取り出したるは、十字架の装飾がついた銀のナイフとおもりのついた銀の鎖。どちらもエクソシスムの秘跡を受けている、対化物用拘束セット。
クリストフがまずは暴れるシャルロッテとアドルフの周りにナイフを投げて結界を張り、更に鎖を投げてアドルフもろともその体に巻きつけた。その瞬間に剣は液状化しシャルロッテの掌に戻っていき、もんどりうって転げた二人は何とか鎖を千切ろうとする。しかし、人間のアドルフには勿論無理だし、シャルロッテにも千切れそうにない。
シャルロッテを羽交い絞めにしたまま拘束されたせいで、シャルロッテが鎖の中で暴れる度にアドルフの背骨が軋んで苦痛で喚く。耳元でギャーギャー喚かれるのでシャルロッテは余計に怒り心頭になって暴れるという、負の循環が結界内で加速していた。
身の安全が確保できたことに安堵して、クリストフは寝ているクララの額に優しくキスをして、ベッドから降りてきた。ギャーギャーと喚きながら結界の中で転がる二人の前にやってきて、半裸で仁王立ちだ。
「俺は何も悪い事はしてない!」
堂々と、そう言い放った。その宣言にシャルロッテは顔を歪めて、ギロリとクリストフを睨み上げる。
「悪くないはずないでしょ! 時代が違えば処刑よ処刑! 私が処刑してやるわよ!」
かつてキリスト教では、小児性愛と同性愛は処刑の対象だった。シャルロッテの死刑宣告に、クリストフは普段通りの薄笑いを浮かべて飄々と言った。
「残念ながらそんな時代は終わったんだよ。ざまーみろ」
「なんですってー! この腹黒! ヘンタイ!」
その文句にやはりクリストフは、シャルロッテの前にしゃがんで笑った。
「ヘンタイでも腹黒でも、クララは好きだって言ってくれたし俺も愛してるし。どこに問題が?」
「大ありよ! アンタ自分が何したかわかってるの!?」
憎らしげに睨みつけるシャルロッテに、クリストフはチラリとクララに視線をやって、再び視線を戻すと優しく笑った。
「わかってるよ。クララが死ぬときは、俺も一緒に死ぬって決めたから」
それを聞いて、クリストフの表情を見て、一瞬で興奮を収めた。
「クララに聞いたの?」
「あぁ」
「聞いて、その上で抱いたの?」
「あぁ」
アドルフには何のことかさっぱりわからなかったが、シャルロッテは深く溜息を吐いた。
「あっそう。じゃぁ昨夜の記憶は綺麗さっぱり削除してあげるわ。クリスのもクララのも」
その言葉に、クリストフは見たこともないほどに顔を歪めて、怒気を漂わせた。
「なんでだよ。俺もクララもわかってるし、覚悟してる。それの何が悪いんだよ。俺は本気で――――」
「本気? バカ言わないで」
クリストフの言葉を遮ったシャルロッテは、嘲笑を含んだように言った。
「私達の話を聞いて、同情が盛り上がって感傷的になっただけでしょ。本気なんて馬鹿馬鹿しい。ただの勘違いだわ。そんな一時的な感情で、クララを傷付けるなんて許せない」
「俺は本気だって言ってるだろ!」
睨み下ろしてくるクリストフに、口角の端を上げて笑った。
「へぇ? じゃぁ証拠を見せて。クララを本気で愛しているというのなら、聖職を捨てて聖書を焼き捨て、私の口付けを受けなさい。クリスが私達の同族になって、クララが死んだ後も愛し続けて、クララを想いながら悠久の時を生き続ける覚悟があるというのなら、認めてやってもいいわ」
シャルロッテの提示した条件に、クリストフは動揺を隠せなかった。クララが死ぬ事はとても悲しい。それならばいっそ一緒に死んでしまいたいと思った。なのにシャルロッテは想いながら生き続けろと、酷な条件を提示する。
クララには吸血鬼になるから素直になれとは言ったものの、正直な話口説くための口実だった。のらくら言い訳をしながらやり過ごそうと思っていただけに、今の段階でシャルロッテに吸血鬼化を迫られるとは予想していなかったのだ。
結局腹黒が裏目に出たクリストフだったが、クララの事は本気だと言える自信はあった。それでもやはり、愛情と現実を天秤にかけて動揺するクリストフに、更にシャルロッテは言い募る。
「現にお父様はそうしているわよ。本当にお母様を愛してらっしゃったから。それとも、クリスの言った「本気」はそれが不可能なレベルだったのかしら? だとしたらそれは「本気」ではないわ。一時的な感情でクララを惑わせない……」
吹っ切れた。
言葉の途中で、クリストフが近くにあったナイフを床から引き抜いて放り投げた。その瞬間に結界が消失し、シャルロッテ+1を抱き起したクリストフが鎖の拘束も解いた。
「で?」
スッキリした体を撫でてクリストフを見上げると、やはりまだ怒っているらしく睨まれる。
「マジでムカつく女だな。女ってのはすぐに試したがる」
「愛情は確証のある物ではないから不安になるのよ。クララを不安にさせないでくれる?」
「言われなくても、わかってる」
溜息を吐いたクリストフが、ゆっくりとシャルロッテの前に膝をついた。クスッと笑ってクリストフの首筋に手をかけた時、後ろからアドルフが肩を掴んだ。
「おい待て、クリスが吸血鬼化するなんて冗談じゃねーぞ」
「冗談でこんなことをクリスが望むと思う?」
「俺は本気だって、さっきから何度も言ってるぞ」
男に二言はないものだ。しかし、そう言われても納得できなかったらしく、アドルフが間に入ってくる。
「待て待て、仮にも聖職者だぞ。許されるはずがねぇだろ」
「許さないって、誰が? 叔父様? それとも神様? その人たちの赦しがなければ、クリスとクララは愛し合う事が許されないの?」
「いや、そうじゃなくて」
「俺は――――」
説得を試みるアドルフの言葉を遮って、クリストフはいつもの通りに笑った。
「クララに比べたら他の事なんて、知ったこっちゃねぇ」
ラヴが圧勝したようだ。
「あら、見直したわ。随分熱狂的ね」
「まーな」
人種の壁どころじゃない、生物としての差異、年齢も呪いも何もかも、それを超越した恋をしてしまったら、他の事など比較すべくもなかった。
「……お前、バカだろ……」
どこか泣きそうな顔でアドルフが言った。
「そーか? 結構幸せモンだと思うけどな?」
そりゃもう幸せそうに笑うので、仕方なくアドルフも諦めた。その様子に満足して、シャルロッテがクリストフに再び向き直った。
「じゃぁクリス、覚悟はイイかしら?」
「あぁ」
「辛いわよー我慢しなさいよー」
「……頑張る」
肩に手をかけて、シャルロッテが首筋に顔を寄せた。優しく唇を寄せて、軽く甘噛みした――――かに見えたが、クリストフは途端に苦悶の表情を浮かべて、辛そうに歯を食いしばった。
少しするとシャルロッテが口を離したと同時にクリストフが昏倒し、その体をアドルフが支えた。それを見てシャルロッテは「出来上がり」と笑った。
「これもクララとお揃いよ」
シャルロッテが撫でたクリストフの首筋には、少し赤く腫れた辺りの真ん中に、黒い刺青の様な物で「xxx」と跡が残っていた。この吸血痕は生涯消えることはない、シャルロッテの支配下の証明「ザイン・ヴィトゲンシュタイン一族」の証だ。
気を失ったクリストフをもう一度ベッドに運び、しっかり遮光してクララとクリストフ両方に頭から毛布を被せ、部屋を後にした。
部屋に戻った後二人で今後の事を会議して、シャルロッテが居間に残ってアドルフが寝室で寝ることになった。アドルフは寝ていないし、シャルロッテも失神しただけで寝てはいないのだが、アドルフの所には隊員の誰かがやってくるだろうから、受付と取次は必要だ。シャルロッテが自分で対処するからゆっくり寝るといい、と言うと、アドルフはニヤニヤと笑った。
「どーしたお前、なんか今日はやけに優しいな?」
別に優しいわけではなく、色々と気分が挫けて感傷的になっているだけだ。
「普段からそんな風なら、ちったぁ可愛げもあるんだけどな」
「これ以上可愛くなったら完璧すぎてつまらなくなるわ。うるさいからさっさと寝なさいよ」
「ヘイヘイおやすみ」
「おやすみ、二度と起きてこなくていいわ」
なんてこと言いやがる、と思ったが、ツッコんでいると血圧が上がって眠れなくなりそうだったので、諦めて寝ることにした。精神的にも肉体的にも充実し過ぎた一日だったせいか、5秒で寝た。
シャルロッテが起きて、テレビを見てゴロゴロしている間に、まずはフレデリックとアレクサンドルがやってきた。他の隊員たちは部屋の取り合いをする4人をさっさと放置して休んでしまったので、誰がどの部屋に配置されたのか知らなかった。シャルロッテがいることに驚いていたが、「昨日の仕事の報告書にどう虚偽の報告をするか考えていた」と適当に説明すると、納得いかない顔をしていたが引き下がった。
「で、課長寝てるんだ?」
フレデリックが寝室を指さした。
「そーよ。朝まで報告書作ってたから」
実際はさくっと5分で仕上げた。
クリストフとクララの事は様子を見つつ暫く隠蔽、クリストフの吸血鬼化の件は可能な限り隠蔽。吸血鬼化した為にクリストフは、最早結界師としての仕事をすることは不可能になったので、その仕事は担当を持たないイザイアに押し付ける事にした。
昼間に起きれない人員が出来てしまったので、予定していた時間に宿を出る事は出来ない。クララがいるのでもう一泊連泊手続きをし、夜になったら帰国する、と言い訳の旨を伝えると、アレクサンドルが呆れ顔をした。
「っとに、お嬢がいると経費がかさむなー」
先程同じことをアドルフにも言われた。追加の部屋代は勿論、壊した鍵の修理代も経費で払うことになったので、アドルフがチクチク文句を言っていた。
「商人でもないのに死刑執行人は吝嗇ねー。鷹揚じゃないとモテないわよ」
「俺らお嬢にはかなり寛容だと思うけどね!」
その文句にいつも通りの微笑を纏ってアレクサンドルを見上げた。
「そーね、いつもありがとう。これからもよろしくね。頼りにしてるわ」
シャルロッテの悩殺スマイルに、アレクサンドルは反射的に頷いてしまった。アレクサンドルは自分の行動に、瞬時に自己嫌悪に陥った。
「くそ、何だこの敗北感……」
なぜか落ち込むアレクサンドルを、フレデリックが気の毒そうに肩を叩いた。
アレクサンドルとフレデリックに連泊手続きと、その他諸々を他の隊員たちに伝達するようにお願いして、その後入れ代わり立ち代わりやってくる隊員たちと適当に会話した。
昨夜の件を知らない隊員たちの話題と言えば、当然ながらシャルロッテの戦闘スキルの話になる。あの場でシャルロッテの戦闘を見たとはいえ、余りの速度にその瞬間を全く把握できなかったので、戦う男としては大層気になったようだ。
「そーいえば前から気になってたんだけど、使い魔ってさぁ」
武器開発担当のレオナートは「ダーインスレイヴ」が気になるらしく、シャルロッテの手を取る。
「あの剣だけ? 他になんか出来る?」
「出来るわよ、見る?」
「見てぇ!」と目を輝かせるレオナート。
「見たい!」と同じくオリヴァー。
「見して!」とジタバタと浮かれるイザイア。
その様子に笑って立ち上がる。
シャルロッテがその場でくるりと1回転すると、遅れて黒のワンピースと黒髪が追い付く、その刹那、ワンピースと髪の毛先から夥しい数の蝶が飛び立ち、シャルロッテの周囲を周回し始める。
今は「効果」を抑えているが、この蝶の嵐で飛び交う黒揚羽の鱗粉は、即効性の神経毒だ。他にも蝶を介した情報収集などにも使える、案外便利な能力だ。
「スッゲェー!」と一人レオナートは興奮したが、オリヴァーは「なんか気持ち悪い」と引いていた。反してイザイアは「わー! お嬢服着て!」と顔を赤くした。
ちなみに服の影を蝶に使ったのはわざとだ。
「んもぅ、本当にイザイアは初心なんだからー。可愛いわねー」
「からかうなよもー!」
イザイアの反応が毎度期待を裏切らないとなれば、からかいたくもなる。アドルフと違ってからかいがいのあるイザイアは、シャルロッテの格好のオモチャだ。
そうこうしているうちにアドルフも起きてきて、夕方になってようやくクララとクリストフがやってきた。
ある程度クリストフから話は聞いたようで、クララはそれはそれは居たたまれない様子だった。
二人をソファに座らせて、シャルロッテは対面に腰かけ腕組みをし、足を組んだ。その隣にアドルフも座った。
「アディはいなくていいわよ?」
「ざけんな。ここまで関わっといて、今更仲間外れか」
「いいから」
「何がいいからだ! お前ほっとくと暴走しそうで怖ぇんだよ!」
それを懸念してシャルロッテが失神している間も、アドルフはオチオチ寝ていられなかったのだ。自分が寝ている間に目覚めたシャルロッテが、クリストフを殺しに行くのではないかと考えると、気が気ではなかった。決して失神したシャルロッテの介抱をするためではない。アドルフの目から見てシャルロッテは「自由意志の核弾頭」に等しい。昨日一日で等しくなった。
シャルロッテとしてはアドルフに聞かせたくない話があったのだが、確かに微力ながら抑止力がなければ、暴走してしまわない自信はなかったので、それで良しとした。
手始めにアドルフと会議した内容を聞かせて、二人に承諾させた。
クリストフがシャルロッテの配下の吸血鬼になったという事は、サイラスの配下になったという事だ。吸血鬼の習性上、配下の者についてはその生死や位置情報くらいはわかるので、サイラスにもわかっているだろう。なので、都合上サイラスには事情を説明するが、その他がややこしくなるのでアマデウス以下死刑執行人たちには、クリストフの吸血鬼化は絶対の秘密を厳命した。
想像には難くない。死刑執行人およびアマデウス自身、ヴァチカンの中ですら秘匿の存在だ。その存在を知る者もいるが、周りは聖職者だらけなのだ。当然のごとくアマデウスは迫害に近い扱いを受けているし、死刑執行人たちも良く思われているわけではない。
そこに更に吸血鬼が増員したとなれば、最悪の場合絶滅主義の教皇が、処刑と言う命令を下す可能性も捨てきれないのだ。
シャルロッテとアドルフの説明を聞いて、クリストフとクララは神妙に頷いた。
「それと、クララ」
ソファの肘掛けに肘をつきクララに視線をやると、クララが少し怯えた調子で返事をした。
「クリスに抱かれて嬉しかった?」
クララは顔を赤くして、俯きながら小さな声で「う……はい」と答える。
何もそんなストレートに聞かなくても、と男2人は思ったが、ツッコむと暴走しそうなので黙る。
「そう。じゃぁクララは死ぬ覚悟出来てんのね」
「はい。クリスなら、本望です」
今度はハッキリとシャルロッテを見てそう言った。
そんなクララにクリストフは感動したらしく、熱い視線を送っている。
しかしこの点に関して一切説明のないアドルフは、首を傾げてシャルロッテを見た。
「つかよ、死ぬとか何とか何の関係があるんだよ? 恋人になるだけなのにそんな一大事?」
「そんな一大事よ、私達にとっては」
「なにが?」
「セックスが」
「はぁ?」
アドルフにはチンプンカンプンだ。それが生死を左右するとはどういう事だと頭を悩ませたが、ふと昨夜のクララの言葉を思い出した。
――――何回しても痛いってお嬢様も言ってたし……。
この時は、処女ならそうだろうと思った。だがよく考えたら、銃弾を受けても無傷のはずのシャルロッテが、痛い思いをすることなど考えられなかった。どう考えても性交痛より撃たれる方が遥かに痛いはずだ。
「毎回痛いって、お前でも痛いことあんの?」
「あるわよ。そりゃもう痛いから、二度としたくないわ。慣れないわーアレ」
「普通2度目からは痛くねぇって言うだろ」
「私達は何度経験しても痛いのよ、“永遠の処女”だから」
なんだその素敵な響きは、と思ったが、それを言うと殺されそうなので黙り、再び考える。
痛いのは毎回処女膜が破られるからだ。とすると、吸血鬼の再生力を以て、破れたその場で再生してしまうという事になる。痛みを感じる原因は不明だが、通常痛みとは生命に関わる損傷に対する危険信号の度合いの事を言う。となれば、銃撃されたりなどの外傷は特に痛みも感じないが、性交痛は命に関わるという事だ。
とすると、浮かんでくる結論。
「その程度で痛いって事は、出産なんてことになったらヤバくね?」
「そーよ。だから私のお母様は亡くなったのよ」
なんだか色々と合点がいった。人間女性なら一度しか経験しない、絶叫を上げる苦痛を彼女たちは毎回味わう。しかも出産の際の苦痛に、彼女たちの体は耐えることが出来ない。
昨夜、クララがクリストフに耳打ちした。
「私とお嬢様を、人間でも確実に殺せる、素敵な方法です――――好きな人の子供を産むこと」
だから、どうせ死ぬなら愛する男に。愛する人の子供を身籠って、その生命を紡いで死んでいきたい。相手にその秘密を明かさないことはフェアじゃない。だから理解してもらった上で、覚悟をしてもらう。愛情の表現、妊娠が絶命に直結する――――彼女たちを殺害するという、愛。その覚悟ができる男を、絶対的な愛情を信頼できない限り、彼女達が男に肌を許すことなどあり得ない。
「クララにとって、クリスはその資格者足り得るのね?」
「はい」
真っ直ぐにシャルロッテを見つめて返事をしたクララに、ふぅと息を吐いた。
「まぁいいわ。私の口付けを受けた意気や良し、許したげるわ」
許可を下すと、クララとクリストフは手を取り合って喜んだ。
それを見て付け加えた。
「あともう一つ。クララは多分死なないから安心して」
その言葉に3人ともが、「え、どゆ事?」と眉を顰めた。
「クララは10歳で体の時間が停まってるのよ。クララは人間だった頃、月経来てた?」
問われてクララは口元を抑え、「あ!」と声を上げた。
月経が来ていない、つまりは体が妊娠する用意が出来ていない。妊娠しない以上、何をしてもクララは死ぬ事はない。
「よかったわねー。アンタら好き放題イチャイチャできるわよー。さーて帰ろうかしら」
話は終わり、とさっさと立ち上がり荷物の整理を始めたシャルロッテだったが、待ったをかけたのはクリストフだ。
「ちょい待ち! て事はお嬢、クララが死なないってわかってて、俺に吸血鬼化迫ったのか!」
「そーだけど?」
ケロリと答えたシャルロッテに、クリストフは頭を抱えて悶絶した。
「クソォォ! この性悪女! ハメやがったな!」
「クララをハメたのはクリスじゃない」
「嫌な言い方すんなよさっきからさぁぁ!」
「うるさいわねー」
シャルロッテが適当にあしらうので余計にクリストフは腹を立てたが、慌ててクララがそれを諌めにかかる。
「クリス、嫌でしたか?」
涙目クララはリーサルウェポンなので、クリストフは途端にしおらしくなった。
「い、嫌じゃないけど……」
「クリスが吸血鬼になってくれて、私嬉しかったです。私が死ななくて済むなら、これからもずっと一緒にいられるんだって……クリスは嬉しくないですか?」
「う、嬉しいデス」
それを聞いて途端に顔を綻ばせたクララに、クリストフは白旗を上げた。
実際吸血鬼化した為に、これから老いる事も死ぬ事もなく、二人で生きていける。その事実に変わりはないのだ。そのこと自体は、正直に言うと飛び上がるほど嬉しかった。
「お嬢さんの事は、末永く大事にしマス」
「ダイヤの指輪でも贈るのね」
「そうしマス」
大事なクララをクリストフに取られた。嫉妬が爆発したシャルロッテの小さな復讐は、見事に成功した。




