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アヴァリ の一族 悪役令嬢と聖堂騎士  作者: 時任雪緒
1 邂逅と侵略―おままごと
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1 旅立ち

 黒い漆を塗ったような黒を漆黒と言う。黒の中でも艶のある黒。暗闇の表現の一つとして、全く光のない真の暗闇を漆黒の闇と言う事がある。また、美しい黒髪の表現にも使われる。

 黒があらわすものは数多い。吸収・疑惑・悪・汚染・罪科・死・有と無・独立と支配。人を惹きつける黒と言う色には、並ならぬ引力が存在している。



 森を抜けた霧の深い湖畔のほとり、艶のない黒で塗装された木製の平屋建ての家屋に住むのは、ある親子。時間は既に深夜だが家には明かりが灯って、親子の賑やかな会話が聞こえてくる。その家からほど近い場所にある桟橋では、波に揺られたボートが桟橋の柱をノックして、森では梟がさえずる。真夜中で月もない、霧に覆われたこの場所でも、この家の周りだけは無駄に賑やかだ。

「だから、どこに行きたいのですか?」

 ヒラヒラしたミニのワンピースをはためかせ、長い黒髪の少女が漆黒の瞳で見上げ、世界地図片手に迫る。同じく黒髪の父はやれやれと言った風にそれを受け取って、世界全図のページを開いて悩む。

 この土地が快適すぎて長居し過ぎた――約30年。いい加減余所に移ろうとようやく父が言い出したので、ここは思い切って国外に、と思い立った次第である。

「私もうアメリカには飽きました。ヨーロッパに行きましょうよ! お父様はヨーロッパにもお住まいだったのでしょう?」

 エンターテインメントが発達すればそれでいいと思っている、下品なだけの国に用はない。この国の文化も国民性も、彼女の肌には合わない様だ。聊いささか父親は呆れ顔をして、隣に腰かけた娘を覗き込む。

「どの口が……ロッテは生まれも育ちもアメリカじゃないか」

 そうなのだが、だからこその不満だ。

「そーなんですけど、いい加減飽きますよ。200年ですよ、200年! もう見るとこありませんよ、この国まともに文化遺産も残しちゃいないんだから!」

 映画は認める。広大な土地を背景にした自然遺産も認める。しかしやっぱり彼女の肌には合わないらしく、「バロックナイトしたい」としきりに駄々をこねる。


 アメリカやアメリカ人の何が嫌いと問われれば、それはそもそもの国民性だ。何せアメリカ人のほとんどが、キリスト教の規範的モラルを基礎としているので、驚くほどカトリック原理主義者が多い(だから差別が減らない)。「中絶する奴は人殺し」とか、「同性愛者は地獄に落ちろ」とか、「ユダヤ人死ね」とか、「異教徒は野垂れ死ね」などの過激な発言をする有名人がいたりするが、そういう人たちは「良きキリスト教徒」。レーガン大統領以降台頭している民主党も保守的なキリスト教徒で右派も多い為、数年前までアメリカ軍では同性愛者が除隊されていたくらいで、その際愛国心なんてものは考慮の範疇外だ。カトリックに政治と思想を牛耳られているアメリカは、ここ数十年非常に居心地が悪い。


 溜息を吐いた父親が地図を開いて返す。

「じゃぁロッテはどこへ行きたい?」

 尋ねられて地図を受け取った少女――シャルロッテは欧州を覗き込んで、しばらく逡巡すると再び顔を上げ父親に地図を見せる。

「お父様はどこがおススメですか?」

「……ヴァチカン?」

「冗談じゃありません!」

 ただの冗談で一々癇癪かんしゃくを起されるので、父親は耳を塞ぐのが既に習慣化している。

 (全く、うるさい。誰だ、こんな躾をした奴は)

 こんな躾をしたのは父親のサイラス本人である。母親はシャルロッテ誕生とともに死亡した。だから男手ひとつで育ててきたわけなのだが、いかんせん身内が自分だけとなると、自己中心的で我儘な部分がサイラス本人に似てくるのも致し方ない事だ。


 機嫌を損ねたシャルロッテがサイラスのおススメにことごとくけちをつけるので、とうとう喧嘩になり始めた。

「あのぉ……」

 そんな二人の様子を窺いながら、金髪の少女がやって来た。この少女は見た目は10歳くらいでほんの子供だが、彼女もまた吸血鬼だ。ストリートチルドレンをやっていた子供の頃、厳冬と病気で今にも絶命しそうになっていた刹那、シャルロッテに助けられた。苦肉の策で吸血鬼化されたため、彼女は60歳を超えた今でも子供の姿から変わらない。最初の30年は大人になれないことを嘆いたものだが流石にあきらめがついたし、子供の姿で大人の頭を持っていると、子供の容姿が案外役立つことに気付いた今日この頃である。

 そんな子供もどきが親子に差し出したのは一本のダーツ。それを見て色めきたったシャルロッテはダーツを受け取り地図を掲げてみせる。

「お父様! 狙ってはいけませんよ。適当に投げてくださいね」

 狙ったら彼の事だ、百発百中してしまう。それでは面白くない。


 ダーツをしげしげと見つめていたサイラスだったが、ふと笑って少女を見る。

「クララ、まだこれを持っていたのか?」

 そのダーツはクララがまだ子供だった頃、サイラスが買ってくれたものだった。子供の頃に助けられて、それ以来引き取って面倒を見てくれた。世話をして遊んでくれて、勉強も教えてもらった。親子と出会ってからのクララは幸せだった。誕生日を覚えていないクララに出会った日が誕生日だと、毎年プレゼントをもらえることが涙が出る程嬉しい。


 笑顔で頷いたクララの横で、地図を持ったシャルロッテが急かす。苦笑しながらサイラスが一息にダーツを放った。

「ッキャー!」

「お嬢様!」

 本当に適当に放ったものだから、ダーツが地図を突き抜けてシャルロッテの顎に刺さった。それを引き抜いたシャルロッテは怒り心頭になったが、抜いた瞬間に傷は塞がっている。

「お父様ワザとでしょ!」

「はははは」

「笑ってるし!」

 サイラスは時々茶目っ気を発揮して、悪戯を仕掛けて悦に入るという悪癖がある。憤慨するシャルロッテとサイラスの間に、オロオロしたクララが割って入る。

「お嬢様落ち着いて……ダーツはどこに刺さりました?」

 言われて不貞腐れながらもシャルロッテが地図を覗き込むと、欧州地図の真ん中より少し下、言ってみれば足首に穴が開いている。それを見てシャルロッテは地図を引き裂いた。

「お父様、マジですか」

 適当に放った結果だ。

「いいじゃないか。実は俺もイタリアは短期しかいなかったんだ」

 なにせ聖地だ。

「ではイタリア語のお勉強をしなきゃいけませんね! 明日テキストを買ってきます! お嬢様もご一緒しますか?」

 尋ねるとシャルロッテは素直に頷いた。

「じゃあ次の目的地はイタリアと言う事でいいな?」

 その問いには渋々頷いた。

「ま、いいですよ。でもローマはダメですよ」

 なにせ聖地だ。ローマ・カトリック教会の総本山だ。

「心配するな。イタリアには“トワイライト”の支部がある」

 吸血鬼をはじめとする人型の化け物による秘密結社“トワイライト”と言う物が存在する。彼らはどの種族も長命だったり老けなかったりするので、定期的な引っ越しが絶対的に必要になってくる為に、仲間内で住居を渡り歩くという事をはるか昔からやっている。

イタリアは芸術と美食、そして愛の国として名高い為か、住んでいる吸血鬼が2組いて、それぞれ南と北にある。農業を主体とした牧歌的な南か、芸術に愛された北か悩んで、北に行くことに決まった。

 話し合いで行先が決まると、早速サイラスは手紙を記して窓を開けた。窓辺に置いていたナイフで指先を斬りつけると、そこから流れ出た雫が2滴、姿を変えて窓の外で滞空する。血で作った2羽の蝙蝠コウモリはサイラスから手紙を受け取ると、真っ暗な空へ飛び立って行った。



 お引っ越しの際はコンパクトかつスピーディーに、がモットーだ。

 それぞれ荷物は一つずつ、家は家財ごと焼却した。彼らが引きずるのはそれぞれの棺(引っ越し仕様キャスター装備)。簡単な思い出の品などを詰め込んで、3人で港に立つ。

 見上げるのは巨大な輸送船だ。アメリカに来た際も航海したらしいサイラスの提案で、今度の渡航は密航となる。昔は切符さえ買えば渡航は簡単だったのだが、今は出入国の際は出入国の審査が必要で、パスポートなど持ち合わせていない吸血鬼は不法出国をするしかない。


 材木を輸送する船は巨大で、クレーンを搭載した輸送船は港から甲板まで20mはありそうだし、その全長は200m近い。どこかしら潜り込める場所はありそうだ。

 波止場からジャンプして甲板の柵に捕まり隠れ、様子を窺う。見える範囲に人影はない。

 行先は既にチェック済みで、スペインに上陸する。その後はアルプス越えをしてイタリアに入国する予定だ。慎重に歩を進めて、何とか船倉に潜り込むことが出来た。ここからの航海は最新の高速貨物船であるが2週間近くにも及ぶ。この間にイタリアおよび周辺国の国語を覚えておく。吸血鬼は、特にサイラスの一族は人間と比較して身体能力の特化し、その為に記憶力も随分良い。覚えるだけなら2,3日もあれば十分。後は反復していればその内習得できる。


 ただでさえ夜ではあるが、昼になっても光の届かない海の中の船倉は、意外にも快適な船旅を約束してくれた。朝が近づいてくると、棺の陰に隠れて座っていた隣のクララがうとうとと頭が重そうにし始めた。吸血鬼の真祖であるサイラスと、直系で純血種のシャルロッテは日中も太陽光も平気だが、変異種のクララはさほど強いわけでもなく、太陽の力には抗えない。朝になるとどうしても強烈な昏睡に襲われてしまう。遠慮するクララを無理やり棺に押し込み寝かしつけ、棺は巨大なコンテナの上に配置したので下からは見えないが、念のため午前と午後に分けてサイラスと交代で見張りをすることにした。

 一度積み荷を積んだ以上は、船倉に常に人がいるわけではない。そこまで乗組員も暇ではないが、積み荷のチェックの為に時折人はやってくる。午前はシャルロッテが見張りをすることにし、サイラスは就寝。


 そうして2週間ほどの船旅を経験した後、船のスピードが緩やかに落ちていくのを振動で感じる。

「あっ、そろそろでしょうか」

 クララが言って、瞳を輝かせる。それはシャルロッテも同様だった。初めての欧州、新しい土地、久しぶりに遭遇する異種族の同類にに期待が膨らむ。

 どんなところだろう、どんな人たちだろう、これからどんな生活が待っているのだろう。

 そう言った期待は、予想外の形で十二分に満たされることになる。


■登場人物紹介


・シャルロッテ・アヴァリ 

 200歳くらい。吸血鬼サイラスの娘。母親も吸血鬼の純血種。高飛車でプライドが高く、我儘で自己中心的。基本的に人の話を聞かない。企み好き。


・サイラス・アヴァリ

シャルロッテの父。600歳くらい。母親に生き写しのシャルロッテを溺愛している。甘やかすので、ないがしろにされがち。


・クララ・ヴィークリンゲン 

 60歳くらい。戦災孤児でシャルロッテに拾われた。母親代わりになってくれたシャルロッテ大好きだが、育てたシャルロッテに似ず清楚で可憐で愛嬌のある、随分可愛らしい娘に育った。

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