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出会いと別れのあいだに

作者: 鈴猫

 何度、彼女を求めても、心だけは手に入らなかった。

 プロポーズをOKされて、浮かれて籍を入れたが、結局、彼女の心はどこにあるのか。


 俺は、気がつげば浮気をしていた。

 まるで訳の分らなくなった日常から逃げるように。

 しかし、わざとバレるように。

 きっと俺はどこかで期待していたのだと思う。

 取り乱し、怒りや侮蔑するか、はたまた懇願するかなど、今までに見たことのない感情的な言動から、彼女を一瞬でも俺の物に出来るかもしれないと。

 なのに彼女は顔色一つ変えず、何事もなかったかのように、いつも通り。

 正直……、疲れた。

 ちょうどその頃、浮気相手に子供が出来た。

 所詮、浮気だとはいえ、子供が出来たとなれば、男として責任は取らなければならない。

「別れてくれ」

 それでも、かなりの勇気がいった。

 彼女との間に子供はなかった。

「分ったわ」

 相変わらず何を考えているのか分らない、真っ黒な瞳でまっすぐに俺を見て、彼女は答えた。

 悪いのは俺の方なのに、即答されて、酷く傷ついた。

 翌朝、紙切れ一枚で、俺たちは別れた。


 彼女とは、大学時代に知り合った。

 口説かれれば誰とでも寝るらしいと、友達の間で有名な女だった。

 なら、俺も。

 始めは、そんな軽い気持ちだった。

 噂どおり、彼女はあっさりと俺を受け入れた。

 そして、気がつけば、俺の方が夢中になっていた。

 彼女は、付き合い始めた頃から何一つ変わらない。

 会いたいと言えば、都合をつけるし、連絡しなければ、それまで。

 彼女からの連絡は一切なかった。

 あれこれ束縛されたり、詮索されたりする事のない、都合のいい女だと喜んでいたのもつかの間、彼女が他の男と話をしているだけで、まるで馬鹿にされたような気分がして、俺は無性にイラつくようになった。

 何度聞いただろうか、「俺の事、どう思ってる?」って。

 その度に彼女は、「彼氏でしょ」って、あっさりと答えた。

 実際、俺と付き合ってから彼女の悪い噂は聞かなくなった。

 なのに俺は、なぜだか変に焦ってプロポーズして、学生結婚までして、彼女を手に入れた。

 そう思っていた。

 なのに……。


 彼女は俺の事をどう思っているのだろう。





 彼は不思議な人だった。

 私の噂を知っているはずなのに、まっすぐに私を見ていてくれた。

 私の過去が気になるはずなのに、そっとしていてくれた彼の優しが嬉しかった。

 そのくせ、ひどくヤキモチ妬きで、可愛かった。愛しかった。

 突然プロポーズされて、驚いたけど、こんな私で良かったら……、ってOKした。

 照れくさそうに喜んだ彼の顔がまた、苦しいほどに大好きだった。

 でも、それからの彼はいつも不安気だった。

 なぜなのか、不思議なくらい。

 男にもマリッジブルーがあるのよと、友達は冷やかしたりもしたけれど、それから彼のブルーはさめることなく、時間とともにその色を深くしていった。

 彼が浮気をしている。

 そう気がついても、どうすればいいのか、分らなかった。

 その頃の彼は、まるで深海に棲む魚のようで。

 泣いて叫べば良かったのだろうか。「どこにも行かないで」と。

 でも、そんなことで、、彼を不安の深い海から救ってあげられるとは、思えなかった。

 もう彼の気持ちは私に向いていないだろうから。

 「俺の事、どう思ってる?」

 何度も繰り返された質問。

 そう言う彼の顔は惨めで、可哀想で、そう言わせているのは私のせいだと、その度に自分を責めた。

 もう、彼を解放してあげよう。

 そう思った。

 それで彼が楽になれるのならと。

 付き合っている間にも、しばらく連絡の途切れた時があって、やっぱり捨てられた、飽きられたんだと、落ち込んだりもしたけど、それももう終わり。

 自分で決めた事とはいえ、やっぱりキツイ。

 独り、がらんとした部屋でため息を一つ。

 見ると、夕日に照らされた小さなベランダで、洗濯物が揺れていた。

 今日は風が強かったようで、彼のシャツが一枚、飛ばされて、手摺の端に引っ掛かかっていた。

 そこは狭いうえに、無理やり置いたエアコンの室外機があって、普通に手を伸ばしても届かない場所。

 一瞬、そのままにしておこうかとも思う。

 けれど、あの深い青から救ってあげられなかった彼のシャツぐらいは私の手で拾い上げてあげたかった。

 こんなこと、罪滅ぼしにも何にもならないのは分っているけど……。

 私は意を決して手摺から身を乗り出し、手を伸ばす。

 あと少し……。

 その時、風が強く吹いた。

 体がバランスを失う。

 目の前でシャツは風に飛ばされていった。

「どうして……」

 彼が私を後ろから抱き締めていた。

「嘘だった」

「えっ?」

「あいつの妊娠、嘘だった」

「でも……」

 それでも彼女といる方が、彼のためにはいいかもしれない。

「俺たち、やり直せるかな……」

 独り言のように、小さな声で彼は言った。


 彼は不思議な人だ。

 どうして私なんかと一緒にいてくれるのだろう。


 私は初めて、彼の前で声を上げて泣いた。


                    


                          <終わり>      

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 途中まで、二人はこのままで終わるのかと思いました。 最後元に戻ってよかったです。 二人とも今度こそは御幸せに……
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