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夕暮れに

作者: 光悠
掲載日:2012/04/10

シミ一つない、真っ白なカーテンでした。あの日、

太陽よりも眩しい光を吸い込んだ瞬間のまま、静かに揺れていたのです。



由紀は夕暮れになると、カーテンの前にきちんと正座して、それから遊びをしました。

影絵です。


由紀の指先は、猫にも鳥にもなります。くちばしがぱくぱくするたびに、

由紀は唇を噛んで笑いました。大きな声をだしてはいけません。

ふすまの向こうでは大きなお父さんが寝ています。 戦争が終わってから、お父さんは家でお酒を飲み、夜にラジオを聞いて過ごしていました。


「由紀、俺が居ない間、大変だったろう」

由紀は小さく頷きます。

「由紀、母さんの最後、どんなだった」

由紀は首を振ります。わからないのです。あの日の朝、

まぶしい光に包まれて、由紀はめまいがしたかと思うと、母さんは影になっていたのです。



「それあなあ由紀、母さんがお前を守ってくれたんだぞ」

お父さんは大きなからだで、ふっっと笑った。




家の近所には、見たこともない真っ白な花が一面に咲きました。

大人たちはその花に触ってはいけないと何度も言いました。 

でも由紀はこっそり花を摘んでいました。市場に買い物に行く途中で、

花を2つ3つ摘んで、部屋へ持って帰るのです。花はがくを吸うととても甘くて、

幸せな気分になりました。



ある夜、おとうさんは言いました。「隣町の工場では、そこらじゅうに散らばったクズ鉄を集めて、いろいろ便利なものをつくってるらしい」

お父さんはしばらく家をあけると言ったきり、帰ってきませんでした。


由紀は毎日影絵をしました。夕方になると、ときどき空に列車が走るのです。


町中の影たちが、夕方になるとこっそり起き上がって、旅立つ準備をしているようだと、

聞いたことがあります。

由紀はお母さんが乗っているかもしれないと思って、

列車が見えると必ず影絵を空に送りました。


それからいくつの列車を見送ったでしょう。由紀はだんだんと疲れてきて、

何も欲しくなくなりました。


花を詰みにいくと、そこには新しい家ができていました。家の中では暖炉に火が燃え、

優しそうな女の人が赤ん坊を抱えながら、

編み物をしています。


由紀はなんだか、とても懐かしい様な気がして、思わず「おかあさん」とつぶやきました。その時、由紀の手を誰かがつかみました。


「いこうよ」


由紀と同じぐらいの背の、男の子でした、その姿は、真っ黒な影だったのです。


「いこうよ」

「いこうよ」


たくさんの影が起き上がって駅へ向かって走り出していました。

空は夕日でやさしく染まっています。


灰や鉄くずの山を超えて、焼けた駅が見えました。


「いやっ」


由紀は影の手をほりほどいて立ち止まりました。


「わたし、いかない」


「そうかい」


影はすこしすねたように走っていってしまいました。

列車はもう満員で影同士が押し合いへし合いしながら、乗り損ねた影は


「また明日」


といって風のなかに消えていきました。 由紀は歩いて家に帰りました。


カーテンの前に座り、手をかざすと小さな影がくっきりと浮かび上がりました。


「みえるかしら」


由紀は指先を動かして鳥や猫をつくると、それは夕暮れの空に浮かび上がり、

いつまでも静かに揺れ続けました。












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