夕暮れに
シミ一つない、真っ白なカーテンでした。あの日、
太陽よりも眩しい光を吸い込んだ瞬間のまま、静かに揺れていたのです。
由紀は夕暮れになると、カーテンの前にきちんと正座して、それから遊びをしました。
影絵です。
由紀の指先は、猫にも鳥にもなります。くちばしがぱくぱくするたびに、
由紀は唇を噛んで笑いました。大きな声をだしてはいけません。
ふすまの向こうでは大きなお父さんが寝ています。 戦争が終わってから、お父さんは家でお酒を飲み、夜にラジオを聞いて過ごしていました。
「由紀、俺が居ない間、大変だったろう」
由紀は小さく頷きます。
「由紀、母さんの最後、どんなだった」
由紀は首を振ります。わからないのです。あの日の朝、
まぶしい光に包まれて、由紀はめまいがしたかと思うと、母さんは影になっていたのです。
「それあなあ由紀、母さんがお前を守ってくれたんだぞ」
お父さんは大きなからだで、ふっっと笑った。
家の近所には、見たこともない真っ白な花が一面に咲きました。
大人たちはその花に触ってはいけないと何度も言いました。
でも由紀はこっそり花を摘んでいました。市場に買い物に行く途中で、
花を2つ3つ摘んで、部屋へ持って帰るのです。花はがくを吸うととても甘くて、
幸せな気分になりました。
ある夜、おとうさんは言いました。「隣町の工場では、そこらじゅうに散らばったクズ鉄を集めて、いろいろ便利なものをつくってるらしい」
お父さんはしばらく家をあけると言ったきり、帰ってきませんでした。
由紀は毎日影絵をしました。夕方になると、ときどき空に列車が走るのです。
町中の影たちが、夕方になるとこっそり起き上がって、旅立つ準備をしているようだと、
聞いたことがあります。
由紀はお母さんが乗っているかもしれないと思って、
列車が見えると必ず影絵を空に送りました。
それからいくつの列車を見送ったでしょう。由紀はだんだんと疲れてきて、
何も欲しくなくなりました。
花を詰みにいくと、そこには新しい家ができていました。家の中では暖炉に火が燃え、
優しそうな女の人が赤ん坊を抱えながら、
編み物をしています。
由紀はなんだか、とても懐かしい様な気がして、思わず「おかあさん」とつぶやきました。その時、由紀の手を誰かがつかみました。
「いこうよ」
由紀と同じぐらいの背の、男の子でした、その姿は、真っ黒な影だったのです。
「いこうよ」
「いこうよ」
たくさんの影が起き上がって駅へ向かって走り出していました。
空は夕日でやさしく染まっています。
灰や鉄くずの山を超えて、焼けた駅が見えました。
「いやっ」
由紀は影の手をほりほどいて立ち止まりました。
「わたし、いかない」
「そうかい」
影はすこしすねたように走っていってしまいました。
列車はもう満員で影同士が押し合いへし合いしながら、乗り損ねた影は
「また明日」
といって風のなかに消えていきました。 由紀は歩いて家に帰りました。
カーテンの前に座り、手をかざすと小さな影がくっきりと浮かび上がりました。
「みえるかしら」
由紀は指先を動かして鳥や猫をつくると、それは夕暮れの空に浮かび上がり、
いつまでも静かに揺れ続けました。




